第40話 クリスマス・イブ

 クリスマス・イブ、クリスマスの前夜、すなわち12月24日の夜を指す英語の音訳である。「イヴ(eve)」は「evening(夜、晩)」と同義の古語「even」の語末音が消失したものである。

転じて、俗に12月24日全体を指すこともある[2]。日常会話では単に「イヴ」と呼ばれることが多い。


 12月24日は恋人達にとって特別な日だ。

もちろんそれは、いつも仕事に追われている鈴木にとっても同じことのはずだ……多分。


「太郎さん。明日が何の日か知ってる?」


 20日のお披露目会を何とか無事に終了させることができ、休日である23日をのんびりと過ごしていると、望からそんなメールが届いた。


「えっと今日が23日だから、24日かな?何の日ってクリスマスイブだと思うけど……」


 ここまで読んで頂ければ分かると思うが、鈴木は鈍い。

女心が分かるほど、経験豊富な男ではない。ましてや30まで童貞を貫いてきた天然記念物男なのだ。

 彼の辞書にクリスマスを恋人と過ごすなど存在しない。


「だ・か・ら!!!」


 望は額に血管を浮き上がらせて、鈴木にメール詰め寄る。


「は、はい!」

「もちろん夜は空けてくれていますよね」

「え~と」


 鈴木は頭の中で明日のスケジュールを思い出す。

新作ロボットはお披露目は終わったが、実働するためにはまだまだ実験がいるので、実践導入は年明けになる予定だ。

 残業に関しても、旧ロボットを最低限修繕するだけで済むので鈴木の出番はほとんどない。


「多分大丈夫だと思うよ」

「ならいいです」


 この三か月この二人は進展らしい進展をしていない。

鈴木が忙しいと言うことも、もちろん理由の一つなのだが、鈴木は超が付く奥手なのだ。

 何より女性にどう接していいのかわからないと言うのが、正直な感想である。


「とにかく明日の夜は私と過ごしてください」

「はい」


 鈴木は戸惑いつつも望に返事をしたことに、不安が心を包み込んできた。



「すみません。耄課長」

「鈴木君。気にすることはない。女性はイベントを大事にするもんだ。ワシも若い頃は……」


 耄さんに残業をできないことを相談すると、今は忙しさも落ち着いているのでかまわないと許可を取ることができた。

 望は早退して、すでに会社からいなくなっている。

鈴木も念押しされたこともあり、今日はオシャレをしようと考えていた。


「そうそう。ワシも昔はモテたんじゃよ」


 耄さんが昔を思い出しながら語っているのを全然聞いていなかった鈴木は立ち上がる。


「それでは耄さん。失礼します」

「うむ。頑張るのじゃよ」


 耄は鈴木の言葉に反応しているが、実際は鈴木の言葉など聞かずに昔に耽っていた。


「銀座によってスーツとプレゼントを買って……あ~ギリギリだな」


 望の威圧に鈴木も圧倒されながらもクリスマスについて調べることぐらいはする。

そこにはクリスマスとは大切な人と過ごす日であり、大切な人に日頃の感謝を込めて送り物をし合うと書いてあった。

 友達同士や親が子に、そして恋人同士なら……


「どんなものなら喜んでくれるかな?」


 鈴木なりに調べて、望へとプレゼントを買うことまでは考えたが、何を買えばいいのかまで考えていなかった。

 とりあえず銀座に行けば何か見つかるかと思ってやってきたのだ。

男性用のスーツの値段を見て驚く。一着数十万から何百万するのだ。


「こんなの……」


 本当に必要な者かと疑問に思ったが、鈴木は望の秘密を知ってしまったのだ。

彼女は超が付くお嬢様で、普通ではない容姿の持ち主なのだ。

 ならば一緒にいる自分もそれなりの格好をしなければならないと意を決したのだ。 


「よし買うぞ」


 鈴木は、目についた店に入る。

適当に服を物色するが、平凡なスーツしか買った事がない鈴木には何がいいのかわかんらない。


「何かお探しですか?」


 店員らしい女性に声をかけられる。

紳士服なのに女性がいるのは珍しいと思って鈴木が振り返る。


「あら?もしかして鈴木さんじゃありませんか?」


 突然店員に声をかけられテンパっていた上に、名前を呼ばれて鈴木はさらにパニックに陥る。


「あっは、はい。鈴木です。すみません。僕みたいな平凡な男が銀座の高級店に来てしまって」


 訳のわからないことを口走り始めた鈴木を見て、店員の女性はキョトンとした後、笑い出した。


「ふふふ。面白い人ですね鈴木さんって」

「えっ?」


 笑う店員さんに今度は鈴木が面食らい、呆然とする。


「覚えていませんか?私、桃鳥 香澄です。望の幼馴染の」

「桃鳥さん?」


 鈴木は桃鳥と言う言葉を頭の中で検索する。

そうして赤城と供にいた女性を思い出した。

 鈴木が入った店は桃鳥の一族が経営するショップだった。

香澄は様々な服を知るために、紳士服販売を手伝いにきていたのだ。


「ああ。赤城課長の彼女さん」

「ふふふ。そうです。龍牙とはもう別れましたけどね」


 桃鳥はフワフワとした雰囲気で、可愛らしく笑っている。

鈴木も桃鳥を見て、綺麗だと思った。しかし、どこか作りモノのような気がして不思議に思った。


「何か辛いことでもあったんですか?」

「えっ?どういうことです?」

「いや。間違っていたらごめんなさい。どこか桃鳥さんの笑顔が作りモノのような気がして」


 鈴木の言葉に桃鳥が不思議そうな顔をする。

そして、今までのような作りモノの笑顔ではなく、妖艶な心を鷲掴みにされるような笑顔に変わる。


「あなたは本当に面白い人ですね。本当に興味を持ってしまいそうです」


 妖艶な笑みから、困った顔になる。


「こちらこそなんだかすみません」

「ふふふ。謝ることはないですよ。それで、今日はどうしてこちらに?」


 鈴木の困った顔を見て、香澄が話題を切り替える。


「あっ!そういえば」


 鈴木も本来の目的を思い出し、香澄に事情を話し出す。

これから望と約束があること、おしゃれをしたいが、何がいいかわからないことを話した。


「なるほど。望の好みはわかりますが、鈴木さんらしい方がいいですね」


 香澄は事情を聞くと、鈴木のコーディネートをしてくれた。


「鈴木さんは誠実な感じを受けますので、カジュアルなジャケットとあまり派手ではないパンツがいいですね」


 そういうと白いワイシャツとグレーのジャケット。紺のパンツを差し出してきた。

シンプルだが、平凡な鈴木には良く似合っていた。


「どうですか?」

「自分じゃよくわからないけど、ありがとうございます」


 鈴木は最高の笑顔でお礼を述べる。


「ふふふ。本当に罪な人ですね。最後にアドバイスです。望は花が好きなのでプレゼントは花束がいいですよ」


 香澄は天然な鈴木の態度にドキリとさせられ、それでも上手く行くようにアドバイスをくれた。


「ありがとうございます」


 鈴木は進められた服を買って花屋へと向かった。


「少しぐらいの意地悪良いわよね。望がズルいんだから」


 去っていく鈴木の背中を見ながら香澄は頬に手を当てる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る