第39話 スイートルーム

 スイートルーム、一般に、スイートルームは通常よりワンランク上の部屋をさし、部屋の広さや家具、内装なども豪華にし、そのホテルにおいて最上級の部屋になっているまた、ホテルのグレードを示すシンボルでもある。


 夜景の見える高級レストランで向い合せに座って食事をとる。

デートをするのもこれで5回目、そろそろ進展したいと俺は考えている。

 俺の彼女、桃鳥モモトリ 香澄カスミはガードが堅い。

手を握ったり腕を組んでは歩いてくれるが、キスやお触りは厳禁なのだ。


「本当に綺麗な夜景ね。ねぇ龍牙」

「ああ。そうだな。でもこんな夜景よりも香澄の方が綺麗だよ」

「もう。上手いこと言っても何も出ないわよ」


 俺の本心からの言葉に香澄は冗談だと思ったのか笑い出す。

だからこそ俺の本気を見せる必要がある。


「香澄。俺は本気だよ。だから今日はこのホテルのスイートを取ってある」


 高級ホテルのスイートルームなのだ。

一日何百万とする。香澄のためならば惜しくはない。


「受け取ってくれないか」


 俺は最高のキメ顔で香澄にホテルのキーを差し出す。


「ふふふはははは」


 香澄は口に手を当て突然笑い出した。


「龍牙……ごめんなさい。そのプレゼントは受け取れないわ」


 香澄は笑いを堪えるように、口元とお腹を押さえて俺に返事をする。 

会心の一撃を放った俺に香澄の言葉は無残なものだった。


「どうしてだ!」


 俺はつい大きな声を出してしまう。


「ごめんなさい。まだ龍牙のことがよくわからないの。龍牙は私に隠し事をしてるわよね」


 香澄は天然でフワフワした女性である。

黒い髪はストレートで美しく。開いた胸元に目線が釘付けにならない美貌の持ち主だ。

 そんな香澄が上目使いに俺を見つめる。


「なっ何も隠してなど……」


 俺は確かに隠し事をしている。

望と付き合っていたことを香澄には言っていないのだ。

望の事はあくまで幼馴染であり、俺が好きなのは香澄だと決めたからこそ言う必要はないと思っていた。


「ふ~ん。ねぇ龍牙、望とはどこまでしたの?」


 香澄のセリフに俺は血の気が引いていく。

その目は得物を狙う狩人のようで、俺は蛇に睨まれたカエルのようだ。


「なっなんのことだ」

「私知っているのよ。龍牙が望と付き合っていたって。だって望から龍牙と付き合うことになったって嬉しそうに報告もらったもの。でもその後、望は龍牙と別れて、龍牙は私と付き合った。おかしいわよね?」


 香澄は両肘をテーブル突いて、両手の上に顔を乗せる。


「ねぇ龍牙。望とはどこまでしたの?もうホテルに泊まった?」


 ぷっくらとした唇が妖艶な光を放つ。

俺が今まで見てきた香澄は、俺の知っている香澄ではないのか……香澄は全て知っていたのだ。

全て知っていて俺と付き合ったのだ。知っているから付き合ってから何もさせなかったのだ。


「お、おれは……」

「俺は?どうしたの龍牙?唇が震えているわ」


 まるでバカにするような口調で、香澄が俺に言葉をかけてくる。


「お前は誰だ?香澄をどこにやった!」


 俺の目の前にいる香澄を香澄だと思えなかった。天然で可愛くて、優しい笑顔の香澄しか俺はしらない。


「私は、私よ。龍牙……あなたが私の本質を見てなかっただけ」


 俺の前で香澄は妖艶な笑みを作る。香澄は最初から自分の本質を偽ってはいなかったという。

そんなはずはない。俺の知っている香澄は……幻なのか?


「ねぇ龍牙。私は望の彼氏であるあながた好きだったの。でもね、今は望の彼氏ではないあなたに興味なんてないの。だからそのキーは受け取れないわ」


 それだけ告げると、香澄は席を立ち出口へと向かっていく。


「ご馳走様、龍牙。またお友達・・・として食事に行きましょう」


 後ろ手に手を振る香澄に、呆然と立ち尽くしたままの俺は何もできなかった。



 あの日、見た光景は夢だったのだろうか。しかし、あの日から香澄は携帯に出なくなった。

何を間違えた?俺はどこで間違った……


「香澄なんていなかったんだ。俺が本当に好きなのは望だ。あの美貌と財力に釣り合うのは俺しかいない」


 いつしか俺の中で、香澄を愛していた自分を否定した。

否定して望こそがふさわしい存在だったと認識するようになった。


「そうだ。望は俺が好きなんだ。好きなはずなんだ。ならば好きな者同士よりを戻すのが当たり前だ」


 俺はフラフラとした足取りで、会場に向かった。

今日は新作ロボットのお披露目会だ。ならば望がいるはずだ。

 望が働いている会社に行くのだから望がいる。


「なぜ電話に出ないか知らないが、もう逃がさないぞ」


 俺は望の会社で望を探し回った。

望は綺麗な服ではなく。地味なOLの衣装を着ていた。

 屋上で見つけた望は衣装とは別で輝く美貌を持っていた。


「望!」

「龍牙!どうしてあなたがここにいるの?」


 俺の声に望が反応する。そうだ。やはりこの美貌は俺のためにあるんだ。

性悪女など、どうでもいい。俺に相応しいのは望の美しさだ。


「やっぱり俺にはお前しかいないんだ。俺とよりを戻してくれ」

「何を言っているのあなたは!そんなことありえるはずがないじゃない」


 望が何故俺を否定する?望は俺が好きなはずだ。


「わかってくれ。望!俺にはお前しかいないんだ」

「バカじゃないの!私には太郎さんがいるの。あんたなんかお呼びじゃないわ」

「お前こそバカだ。お前とあんな冴えないオッサンが釣り合う訳がないじゃないか!」

「どういう意味よ」


 望の質問に笑いが込み上げてくる。

何も持たない冴えないオッサンが望に釣り合うはずがない。 


「お前は黄島重工業の一人娘なんだ。そんなお前と釣り合うのは俺しかいないだろうが」


 屋上の扉から音がした。 


「誰!?」


 望の鋭い声に冴えないオッサンが姿を現す。


「太郎さん!!!」

「お前!!!」


 意外な人物に驚いていしまう。

どうしてあのおっさんがここにいるんだ。


「太郎さん。これは違うの!」


 望は咄嗟に何か言い訳をしようとしている。

そんなことさせてやるわけがない。望は俺のものだ。


「丁度よかった。お前に言いたいことがあったんだ。いいか、望は俺の女だ。確かに一時はすれ違いがあった。だがな、望は俺の女なんだよ。手を出してんじゃねぇよ」


 俺は男らしく宣言してやった。これで冴えないオッサンは引いていくだろう。

望が何か言おうとしたが、邪魔をする。


「いいか。もしお前がこのまま望に手を出すようならな。俺にも考えがある。AKAGIと中小企業との契約を破棄する」


 俺に視線を送ってきた冴えないオッサンにダメ押しの言葉を投げかける。

サラリーマンは上からの命令には逆らえないもんだ。


「何を言っているかわかっているんですか?」


 急に鋭い目つきになった冴えないオッサンが、馬鹿丁寧な言葉で疑問を投げかけてきた。


「分かって言っているに決まっているだろう。貴様がどれだけの功績を上げようと俺の一言で全て水の粟となるんだ。貴様はちっぽけな存在でしかない。それに比べて俺には力がある」


 そうだ俺は選ばれた人間なんだ。お前とは違う。

お前みたいな平凡な奴と俺は違う。


「よくわかりました」

「何がわかったんだよ」


 俺はオッサンの態度が気に入らなくて、肩を突き飛ばす。


「やればいい」

「はぁ?」

「やればいいと言ったんですよ。ガキの戯言に左右されるような会社ならばそうすればいい」


 ガキだと!俺がガキだと言ったのか?上等だ。

お前は赤城一族の力を知らないからそんなことを言うのだ。


「お前!自分が何を言っているのかわかっているのか」

「ええ。わかっていますよ。会社とは人です。もしあなたが言うように私が気に入らないからという理由で契約をするならばやればいい。そんな損得の計算もできない経営者がやられている会社に未来はありませんからこちらから願い下げです」


 何を偉そうに説教を垂れてやがる。

俺は次期赤城の後継者だ。お前のようは平民とは違うのだ。


「あと、望に関しては彼女が決めることです。私は彼女を愛している。手を出したや、釣り合いが取れないなど確かにあるのかもしれませんが、全て彼女が決めることです。あなたが決めることではない」


 オッサンが何をカッコいいことを言ってやがる。


「どうしますか?私と来ますか?」

「はい!」


 俺の望に手を出してんじゃねぇ。


「五月蠅い五月蠅い五月蠅い!!!お前はなんなんだよオッサン。お前が現れてから周りがおかしくなってんだよ。全部お前のせいだよ」


 望が鈴木の手を取ろうとするのを邪魔する。

香澄がおかしくなったのもオッサンが現れてから、望が俺を選ばないのもオッサンが現れてから。

赤城が中小企業と契約したのもオッサンが現れてからだ。


「危ない!!!」

「本当にガキだな」


 俺はオッサンに殴り掛かって宙を舞った。


「なっ!」

「えっ!」


 時間が止まったかと思った一瞬……


「三か月間、ほぼ毎週耄さんに鍛えられていたからね」


 オッサンが勝ち誇った顔で俺を見下ろしていた。

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