第38話 同族経営

 同族経営、特定の親族などが支配・経営する組織のことを指す。ファミリー企業とも称す。


 本日は意味の無い会談に向かわなければならない。

まぁ仕方がないだろう。俺は5年前はまだ大学生だった。

 どんな事情があるのか知らないが、小父がそうを望んでいるのだ一族の者としては従うのが当たり前だ。

それにしてみれば弱小企業がどうなろうと関係ないのだ。


「おう、坊。調子はどうや?」


 俺のことを坊と呼ぶのは赤井の小父しかいない。

遠い親戚にあたるらしいが、詳しいことまでは知らない。

ただ親戚と言うだけで、話す価値があると思っている。


「赤井部長。本日の会談もよろしくお願いします」

「坊もちゃんと挨拶できるようになったか、感心感心」


 この赤井というのはAKAGI営業部部長をしている。

いつも俺のことを子供扱いしてくるので正直ウザいが、今のところは向こうが上司の手前社会人としての常識は守らなくてはいけない。


「いつも赤井部長のご指導のお蔭です」

「ほうかほうか、今日もその調子で頼むで。相手は憎っくき中小企業さんや。存分に可愛がったろうや」


 赤井は大きな声で笑いながら会談の場へと向かっていった。

それに着き従うように一人の男が赤井の影から現れる。

正直、男の顔は覚えられない。こんな奴いただろうか。


「君は誰だ?」


 わからないのならば本人に聞けばいい。


「梶原 直樹です。赤城課長の部下です」


 そうか、この男は俺の部下か。

俺よりもオッサンな癖にご苦労なことだ。

何より赤城一族でないのであれば覚える必要はないな。


「そうか。今日はよろしく頼む」

「はい」


 梶原は微妙な顔をしていたが、俺は気にせずに会談の場へと入って行く。


「いや~本日は態々すみませんね」


 赤井に続いて、部屋の中に入って行く。

中には冴えないオッサンが三人座っていた。


「この交渉が有意義なものになるようにお互い頑張りましょう」


 赤井は向こうの社長の言葉に答えているが、内心意味の無いことだと思ってしまう。

梶原が部屋の入ってきたのを確認して挨拶が始まりそれが終わると席についた。

 

「まぁまぁ自己紹介はこの辺で。今日は契約をしに来ていただいたんだ。挨拶だけではありませんよね」


 赤井の野太い声に厳つい顔がにんまりと笑顔になる。

正直キモい。見たくないものを見た気分だ。だが俺と同じように向こうのオッサンも見たくないのか委縮している。


「ほ、ほ、ほほんじつは中小企業と契約していただきありがとうござます」


 向こうのオッサンがドモリながら何か言っているが、正直どうでもいい。


「なんや新人さんか?てっきり吉川社長が直々にお話し頂けると思ってたんですがね」


 赤井が先制攻撃に出ている。

これは面白いかもしれない。こちらが優位な状態でいくらでも相手を罵っていいのだ。

面倒だと考えていたが、案外面白い出し物に付き合わされているかもしれないな。


「すみませんね。今回は初日ですので契約書の説明をさせて頂きます。今回の契約はこちらの鈴木君がまとめてくれたものです。彼が一番理解していますので彼から説明させて頂きます」

「まぁ社長さんが言うなら仕方ないですね」


 赤井の牽制に唖然としたオッサンに変わり、社長さんが赤井に謝罪する。

本当に冴えないオッサンだと思う。そう思ってみるとどこかでこの冴えないオッサンを見たような気がしてきた。


「吉川社長。ご紹介ありがとうございます。改めて自己紹介させていただきます。営業課係長、鈴木 太郎です」


 鈴木 太郎と聞いて、俺はある出来事を思い出した。

それは彼女である桃鳥とデートしている際に、元カノが連れていた男がそんな名前だった。


「契約書を見て頂ければわかると思いますが、我が社は御社のエンジンを高く評価しております。そのため我が社の事業に使わせてほしいと考えております」


 冴えないオッサンは必死に書類を見ながら説明している。

ふと悪戯心が湧いてきた俺は手を上げる。


「少しよろしいでしょうか?」

「はい。赤城課長。なんでしょうか?」

「この契約書では中小企業さんには殆ど利益が出ませんが、本当によろしいのでしょうか?コスト面は中小企業さんに、利益面はうちに入るようなものですが」


 こんな契約書が成り立つとは思えない。

裏があるのではないかと判断した俺は、相手の痛いところをついてやろうと質問したのだ。


「はい。我々がほしいのは技術です。利益ではありません。もちろん契約していただけるのならば、赤城自動車さんには利益を提供します」


 契約内容だけ見れば美味しい話だ。しかし、美味しい話には裏がある。

赤城の意図を悟った赤井部長が、鈴木の作った契約書に追い打ちをかける。


「本当にこれでいいんですか?前の壺井君は5対5、五分での契約を望んでいた。しかし今回は我が社が7もいただける。美味しすぎやしませんか?」


 赤井がギョロリと鈴木を睨み付ける。

俺は内心笑いが止まらなかった。望はこんなにも情けない男を彼氏に選んだのか。

バカな女だ。こんななにもできない奴のどこがいいというのだ。


「はい。何度も申し上げますが、我が社は御社のエンジンがほしいのです」


 同じことしか繰り返さない鈴木に正直飽きてきた。


「ふぅ~なかなかに熱い御仁やな。でもなぁ、この契約は結べませんな」


 飽きてきたところで、赤井が契約書を鈴木に突き返した。

俺も赤井に同意するように頷いて、書類をテーブルの上に置いた。


「なぜですか!御社は利益を得る。我が社は商品を得る。何がいけませんか?」

「鈴木はん。あんたが言っていることは分かる。だがな、あんたにうちの技術を与えることが、そもそもできないな」

「どうしてですか?」

「中小企業さんのことが信用できないからや!」


 元々結ぶ気ない契約相手によくやるもんだ。


「確かに現在は信用はありません。ですがこの契約の中で信用を勝ちとりたいと思っています」

「あかんな。ワシが五年前の悲劇を知っとるんや。知っとるから言わせてもらう。いくら金を積まれても中小企業さんとは契約できませんね」


 赤井がハッキリと鈴木のことを突っぱねてイスから立ち上がる。

俺もそれに習って席を立った。梶原を一瞥して席を立つように促す。


「鈴木さん、すみません」


 梶原が頭を下げていたが、気にせずに会談の場を後にした。

会談の場を離れてから、俺は梶原を呼び止める。


「梶原」

「なんですか、赤城課長」

「君は知らないかもしれないが、我が社は中小企業とは契約しない。そんなことも知らないのか?もう少し常識を学んできてくれ」


 俺はそれだけ言うと、恋人である桃鳥のデートの約束をするため電話をかけた。


 梶原がそんな俺の後ろ姿に笑いかけていたなど知らずに……

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