第37話 出世

 出世、社会的に高い身分・地位を得ること


 「お見事!」


 鈴木が龍牙を投げ飛ばすと、言葉と共に拍手が送られる。


「耄さん!」

「鈴木君。見ていましたよ。見事な空気投げでした」

「どうして耄さんが……」


 鈴木は梶原に会場を離れることは告げたが、耄には何もいっていないのだ。


「あなたが会場を飛び出していく姿が見えたのでな。探しておったんじゃよ」


 鈴木に投げられ、唖然としていた龍牙と望も耄の登場に驚いていた。

それが意識の覚醒となり、龍牙はすぐに立ち上がり、望は鈴木の下へと駆け寄った。


「とんでもないことをしてくれましたな。AKAGIのお坊ちゃん」


 起き上がった龍牙に耄が話しかける。


「はっ。なんのことかわからんな。むしろ俺は投げられたほうなんだ。こちらが被害者だと言ってもいいぐらいでは」


 龍牙は悪びれた様子もなく。耄に言葉を返してきた。


「ほほほ。そんなことを仰ってよろしいのでしょうか?」

「はぁ~中小企業の課長如きに何ができる」


 龍牙はあくまで高圧的な態度で耄に接していた。


「そうですな。まずはこういうのはどうでしょうか?」


 耄は歳に見合わずスマホを使い熟す。

そのスマホの画面には今にも鈴木に殴り掛かろうとしている龍牙の姿が映されていた。


「これを雑誌やテレビに流すと言うのはどうでしょうか?流すのはそうですね。女性を奪われた腹いせに殴り掛かるAKAGI後継者というのはどうでしょうか?」

「そんなものが通用すると思っているのか?」


 龍牙は高圧的に耄を睨み付ける。


「フォフォフォ。まぁそんなことをしなくてもよろしいでしょうがね」

「どういう意味だ?」


 龍牙が疑問を口にすると、耄の後ろに人影が見えた。


「こういうことだ龍牙」


 耄の後ろから現れた影は赤城社長。その人だった。


「なっ!オヤジ!」

「そうだ。馬鹿息子。お前がAKAGIの名前を武器に、鈴木君に契約を破棄することを告げたな」


 赤城社長の威圧は半端なものではなかった。

今まで高圧的だった龍牙も赤城の威圧に言葉を失う。


「お前が凄いんじゃない。AKAGIが凄いんだ。勘違いするなよ餓鬼が!」

「ヒッ!」


 龍牙は後ずさりして、何も言わずに震えだした。

赤城社長は鈴木に向き直り、威圧はどこかに消えていた。


「始めまして鈴木さん。赤城自動車AKAGIの現社長を務めていた。赤城 龍爪です」


 赤城社長は丁寧な口調で、深々と鈴木に対して頭を下げた。


「この度はうちのバカ息子がとんだご無礼をしました。また中小企業とAKAGIの契約を結ぶ立役者となってくれたこと本当に感謝しています」


 謝罪と礼を述べる赤城社長に鈴木は唖然とした後、すぐに平常心を取り戻す。


「こちらこそ息子さんを投げ飛ばしてしまい申し訳ありません。また我が社と契約を結ぶことをお決め頂きありがとうございます」


 鈴木も謝罪と礼を赤城社長へと述べる。


「君は本当に凄い男なのだな」


 赤城社長は、鈴木の胆力に正直な感想を言ったつもりだった。

実際、赤城社長の威圧は息子に向けるものよりかは弱くなっているが、鈴木以外の者が赤城の前に立てばその威圧に負けて萎縮してしまう。


「それは買いかぶり過ぎですよ。僕は平凡な中小企業の係長です」


 鈴木は赤城社長に対して、笑顔で自分は平凡だと告げる。

果たして鈴木のその言葉を信じる者がどれほどいるだろうか。

 鈴木は数々の功績を打ち立てた。

ロボットの修繕のときも掃除のときも、営業に移ったときもリスクを回避したときも。

 そして大手企業であるAKAGIと契約したときも、鈴木は当たり前だと告げてきた。

それは平凡だから、それは当たり前に誰もができることだからと言ってきた。


「ハハハ!そうか。君は平凡か」


 赤城社長は大きな声で笑いだした。

それに釣られるように耄が笑い、鈴木の後ろで望も笑っている。

 鈴木本人だけは、笑い出した人々にキョトンとしていた。


「耄さん」


 赤城社長は一頻り笑い終わると、耄の名前を呼びつけた。


「はい。社長」


 耄も赤城の意図を察して一歩前に出る。


「鈴木係長」

「はい」


 鈴木は名前を呼ばれて返事を返した。


「赤城自動車との契約を結んだ功績を称えて、お主を営業三課課長を命じる」

「はっ?」


 耄の言った言葉を理解できずに、鈴木は驚いた顔になる。


「またも辞令がワシからになってしまって申し訳ないな」


 耄に初めて辞令を告げられたことを思い出す。

あのときは壺井と交代だった。

しかし、今度の辞令は出世を告げるものなのだ。


「ですが、課長は耄さんが」

「ワシは今年いっぱいで引退する。その座を鈴木君、君に託したいのだ」


 耄は我が子を見るように優しい眼差しで鈴木を見ている。


「どうか受け取ってくれんか?」


 鈴木は耄の想いが伝わってきた。

だからこそ、ゆっくりと辞令に手を伸ばす。


「謹んでお受けいたします」


 鈴木が辞令を受け取ると、耄と赤城社長が拍手してくれる。


「私もしかと見届けさせてもらった」


 赤城社長はそれを告げると、龍牙の首根っこを掴めて引きずっていく。


「太郎さん。おめでとうございます」


 耄も辞令を渡して満足したのか、屋上から姿を消していた。

最後に残った鈴木に望が声をかけてくる。


「なんだかまだ実感がないけど……」

「それはそうだよ。まだ課長になってないんだから」


 鈴木の発言に望が笑い。鈴木はこの笑顔を失わずに済んで良かったと思えた。


「それに……カッコよかったですよ」


 望はそういうと鈴木の胸に飛び込んできて、二人はキスをした。

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