第5話
三日が過ぎた。夏休みが来週末に迫っていた。この三日で変わったことと言えば、えりちゃんとの電話の時間が増えたことと、浅田と過ごす時間が減ったことだ。
えりちゃんとは、三日間の電話を通して、もう一度彼女の両親に気持ちをぶつけたいという意思を伝えた。彼女の方は、前回失敗したために乗り気ではなかったけど、それでも僕の考えは否定せず、少し考える時間が欲しいとのことだった。今はその時が来るのを待っているという状況だ。
浅田とは、これまでと同じように接しているつもりだったけど、正直、どこか遠くに感じるようになった。一緒に帰ることはなくなって、その代りにするメールの内容も、互いの本心を避けているような遠回しのやり取りばかりだった。
自分が選択したこととは言え、二つの問題にいっぱいいっぱいだった。どちらも最善の方法で解決したいとは思っている。でも、果たしてそれが可能だろうかと、もう一人の自分が呼びかける声もする。多分、そっちの方が正しい。この二つの問題は、一見つながりがないように見えて、僕がその橋渡し役としてつながりをもたらしている。僕がつながることを拒んだところで、どうしようもなく二つの問題はつながってしまうのだ。
ぐるぐると考え過ぎて、もう授業は頭に入ってこなかった。予習とかも、もはや直前に友達に見せてもらうことすらしなくなって、平常点は下降気味。当てられても「分かりません」と言って他の誰かに解答権を放り投げる。授業はかつてないほど億劫になっていた。すでにテストが終わっていることだけが、唯一の救いだった。
昼休み、今日は誰とも一緒にいる気になれなくて、一人机に突っ伏していた。不思議とお腹は空いていなかった。
「恵人、どうした? 風邪か?」と江藤が聞いてきた。
「別に……」
「別にって……お前今日ちょっと変だぞ」
「別に……」
「別に」の一点張りを通す僕に、江藤は呆れたというようにため息を吐いた。
「お前、修羅場抱えてんだろ」
「修羅……場……?」
ああ、それに近いなと思った。今のこの状況は、修羅場の一歩手前だ。僕がえりちゃんに浅田の存在を打ち明けるか、浅田にえりちゃんの存在を打ち明けるかすると、修羅場に突入するだろう。
それだけは回避しなければならない。事実、僕はそれを予感してえりちゃんに浅田の存在を言わなかったし、浅田にも友達と遊んでいたと嘘をついたのだ。だけど、今になって思う。それは修羅場を先送りにするどころか、返って状況を悪化させているのではないか、と。僕が事実を隠し、嘘をついたことで、この先修羅場以上の展開が待っている気がしてならない。
「ぁあああ……うぅ……」
机の上で頭を抱え、そんな情けない声を漏らす。きっと江藤たちはそんな僕を見て、大丈夫かこいつ的な顔を見交わしているのだろう。
「なあ恵人、一つ言っといてやろう」江藤が言った。「お前が今どんな状況にあるかはわからん。お前も、あまり言いたくはないだろうしな。でも、これだけは言っとく。傷つけずに解決しようなんて思わないことだ」
僕は顔を上げた。ほとんど無意識だった。江藤は僕の顔を見ても笑うことなく、いつになく真剣な表情で僕を見ていた。
「誰だって傷つけずに解決したいと思ってる。でもな、それっていくつもの困難を乗り越えてきた人が、それでもギリギリできるかできないかの技なんだよ。ましてや、俺たちはまだ高一だし、それに大した困難にも出くわしちゃいない。そんなやつが、誰も傷つけずに上手く立ち回れるなんてこと、できるわけがないんだよ」
一体江藤は、どこでそんな考えを作り上げたのだろう。僕は純粋に彼を尊敬し、そして自分の未熟さを痛感した。
そうだ。僕は江藤の言う通り、えりちゃんも浅田も傷つけずに二つの問題を解決したいと思っていた。二人が笑って、そして僕も笑えるような結末が、究極的な願いだった。でも、それは叶わない。僕は二人に事実を隠し、嘘をついた。自分が取ったこの行動によって、きっと最高の結末は訪れないだろう。つくづく自分はどうしようもない愚か者だと思う。でも、だからと言っていつまでも愚か者の位置づけに預かるつもりはない。最高の結末を手に入れられないのなら、少なくても最悪の結末にならないようにすることはできるはずだ。まだ、諦めるわけにはいかない。
「江藤って五歳くらい年上みたいな考え方するよな」と僕が言うと、周りも「確かに」と頷く。すると当の江藤は顔を赤くして、
「ばか、俺だってそう考えてるだけで全然まだまだ子どもだっての」
「ほら、そういうところが」
「だぁーからー! 違うっつってんだろ!」
僕たちはしばらく江藤いじりを続けていた。励ましてくれようとしていた相手を茶化すことになってしまったのは、少し申し訳ない気もするけど、彼も満更でもないようだから、もう少しだけそれに甘んじていよう。
一人でじっくり考える時間が欲しくて、学校が終わるなりさっさと家に帰った。手洗いとうがいを済ませると、素早く部屋に入ってベッドに寝転がる。燃えるような夕日が差し込んだ部屋はとにかく暑くて、そばにあったリモコンで扇風機をつけた。窓の外からは無邪気な小学生のはしゃぐ声が聞こえてくる。思えばあんなに純粋にはしゃぎ回れたのは、小学生の時だけだった。中学生になると、みんな口には出さなくてもどこかで「大人」というレールの上に乗っかり始めたことを意識していて、例外なく僕もそうで、わき目も振らずに騒ぐことはなくなった。あの無邪気さは小学生の特権なんだな、と、やけに年を取ったふうな感慨になった。その老けた考えも、彼らの声が聞こえなくなると落ち着いていって、僕は本題に入ることにした。
最高の結末は、ほとんど訪れない。僕にできることは、僕がしなくちゃいけないことは――
二人に本当のことを話すこと。
浅田には友達とは少し違う特別な存在がいるということを。
えりちゃんには彼女がいるということを。
二人はそれぞれ怒りをぶつけてくるかもしれない。浅田は、多分そうするだろう。えりちゃんは、もしかしたら泣くかもしれない。何にせよ、僕は二人を傷つけたんだ。相手がどういう反応を取ろうとも、それを正面から受け取める必要がある。そして、その後で僕は終わらせないといけない。もうこれ以上、自分のせいで誰かを傷つけたくはない。
僕は浅田に連絡を入れて家を出た。
急な呼び出しだったにもかかわらず、浅田は来てくれた。彼女が来るまでの一時間、僕は神社のベンチに腰かけて話を整理していた。姿を現した浅田は、急いだみたいで、息が上がっていた。
「ごめん、急に呼び出して」
「いえ」
何かを悟っているのか、浅田は軽口を叩くこともなく、ただ静かにそう言った。
神社の片隅で、まるで時間が止まったみたいに向かい合う。
暑さと静けさを意識しながら、僕はゆっくりと口を開いた。
「浅田に、隠していたことがある」
そう言っても、浅田は動じなかった。その姿に僕が乱されそうになって、何とか平常心を保つ。
「はい」
「僕には特別な人がいるんだ」
「特別な人? 好きな人じゃなくて?」
「うん」
「気になっている人でもなくて?」
「……どうだろう。僕にもよく分からないんだ。好きじゃないわけじゃない。でも、ただ好きってだけでもない。きっと気になっているけど、でも、ただそれだけじゃない。ほんとに彼女に対する気持ちが複雑で、そばにいて何かしてあげたくて、だからまとめて特別」
「そう、ですか」
浅田は静かに言った。ある程度の間があって、彼女は言った。
「特別なんですね。私よりも」
「うん。……ごめん。ずっと黙ってて」
浅田は、何も返してこなかった。沈黙が流れる。
「……知ってましたよ」
不意に聞こえたその言葉を理解するのに、少し時間がかかった。
「知ってた?」
「何となく、ですけど。この前、先輩夜遅くに帰ってきたじゃないですか。その時、甘い香りがしたんです。一瞬だったけど、女の子の香りだって分かりました」
「そっか……バレてたか」
やっぱり僕は嘘が下手なのかなと思う反面、浅田がすごいだけだとも思う。そう考える僕に浅田は、
「鋭いと思いましたか? でも、女子って大体こんなもんですよ」
「……女子って怖いな」
「女の子にあんまり敵を作らない方がいいですよ」
「……気をつけるよ。ほんと」
「先輩」浅田が一歩下がって言った。「別れましょう」
「浅田……」
「私を騙した罰です。もう一個の罰は、その人からちゃんと受けてください。それで、許します」
「…………ごめん」
「後悔させてやる、とか言うのも未練がましく聞こえるだけだから、これだけ言います。……さよなら、恵人先輩」
そう言って浅田は去っていった。
僕たちはこうして別れた。そこには自分の未熟さに対する怒りと悔しさだけがあって、きっと浅田の方がつらいはずなのに、とにかく苦しかった。
そしてこんな時に、いやこんな時だからか、僕の中である考えが急速に膨らんでいった。その考えを実行に移せる日はこの先いくつかあるはずだ。でも、両親の帰りが遅い今日は特に都合がいい上に、なるべく早くアクションを起こしたかった。僕は、早速それを行動に移すため、家に戻ることにした。
家に帰るなり、部屋の押し入れから旅行用の鞄を取り出した。着替えや生活用品などを詰め込む。一通り荷物をまとめ終えると、今度は適当な紙に黒のマジックで両親に手紙を書く。
これで準備は完了した。あとはえりちゃんの家に行くだけだ。
と、彼女が今日バイトがあるのかを確認するのを忘れていたことに気づく。でも、あるならあるで別に構わない。もしあるのなら家の前で待つだけだ。今から家に行くことをメールで送ると、次に小学校からの友人数人にもメールを送る。江藤たちにも送ろうかと思ったけど、それは最後の手段に取っておくことにした。
夜七時過ぎ、僕はえりちゃんの家に向かった。彼女の家に行くのは、これで二度目だ。最初はえりちゃんに従って歩いていればよかったけど、今回はそうもいかない。あの時通った道を懸命に思い出しながら歩いていく。
多分、前回と同じくらいの時間で着くことができた。それはきっと、初めて行った時には雨が降っていて、二人で一つの傘を共有していたために歩く速度が遅かったからだ。だから今回は、不確かな記憶にしては速く辿り着けたと思う。
道中、えりちゃんからメールの返信があって、今日はバイトがないことは確認してある。部屋番号を押して、コールする。数回のコール音ののち、接続が完了してえりちゃんの声がした。
『はい』
「えりちゃん、僕だけど」
『今開けるね』
ロックが解除され、スライドドアが開く。僕は真っ直ぐにえりちゃんの部屋まで行って、ベルを鳴らそうとしたところで扉の鍵が開いた。
「こんばんは」とえりちゃんは言った。僕も同じ言葉を返した。
そしてえりちゃんは、僕の姿を見て驚いた。正確には、僕の背中にしょったリュックを見て驚いた。
「どうしたの、その鞄」
最もな疑問に、僕は薄く笑って答えた。
「秘密兵器」
「とても重そう」
「まあね」
えりちゃんが部屋に戻るのに続いて、僕も部屋の中に入る。お邪魔します、と一応言って靴を脱いだ。前回と同じ位置に腰を下ろし、横に鞄を置いた。えりちゃんはやっぱり中身が気になるようで、黒い鞄を興味深げに眺めていたけど、秘密兵器を具体的に尋ねようとはしなかった。あるいは、普通を意識した僕の顔に、思いがけず「聞くな」と書かれていたのかもしれない。どちらにせよ、僕はまだ中身について打ち明けるつもりはない。それは、通話が終わってからだ。
「えりちゃん」
僕は真っ直ぐに彼女を見て言った。
もう、次の言葉はいらなかった。「うん」とえりちゃんは頷いて、覚悟を決めて携帯を操作し始めた。一度実行に移したからか、電話をかけるまでの動作が以前よりも滑らかだった。そして彼女の動きの素早さに呼応するように、すぐに電話がつながった。
『もしもし?』
すでに棘のある言葉。相手のことを煩わしく思っている証拠だ。それでもえりちゃんは、ひるむことなく電話の相手に向かって話した。
「あのね、お母さん。私、やっぱりちゃんと話したい。お母さんと、お父さんと」
大きなため息が、電話越しからでもはっきりと聞こえた。
『いい加減になさい。いい年して、まだそんな子どもみたいなこと言ってるの? 私は、あなたをそんなふうに育てた憶えはありませんよ。もっと強くてたくましい子に育つようにって思っていたんだけど?』
これまでの彼女なら、ここで折れていたはずだ。でも、今日の彼女は違った。唇を噛みしめ、まだ折れようとはしない。
「家族と笑って過ごせないのなら、私は強くもたくましくもなりたくない」
『愛理奈、あなたっ……』
えりちゃんの母親は虚を突かれたように、声を上げた。
「ねえ、気づいてよお母さん。私は、お母さんとお父さんさえいてくれればそれでいいんだよ。お金も大きな家もいらない。私が欲しいのは、二人の愛情だけなの」
『……………………』
しばらく、電話口からは何も聞こえてこなかった。ようやく聞こえてきたのは、僕ではかすかに聞き取れるかというくらいの声だった。
『私が……あなたを愛していないとでも言いたいの?』
「違う、そうじゃないよ」
『じゃあ、何なのよ。あなたの言う愛情って、一体何なの!?』
「そばにいることだよ」少し間を空けても何も返ってくる気配がないのを察して、えりちゃんは続けた。「私のそばにいて、私が学校で感じたことや、友だちと笑ったりけんかしたりしたことを聞いて、そしてお母さんとお父さんの感じたことを話してほしい。私にとっての愛情って、そういうことなんだよ」
次の言葉が紡がれるまでに発生する間は、その数だけ長くなっていった。今までで一番長い間を空けたあと、えりちゃんの母親は言った。
『私は、そうは思わないわ』
何か言いたげなえりちゃんは、でもぐっと言葉を飲み込んだ。
『私は、えりの言うような家庭で育ったわ。でもね、決定的に欠けていたものがあるの。あなたも分かるでしょう。うちはね、ずっと貧しかったの。それはもうつらかったわ。服は姉のお下がりだけ、出かけることもない。思い出という思い出は、裸電球が切れかかった狭い居間で、数も量も少ない夕食を、細々と食べることくらいよ。それのどこが幸せだっていうのよ』
「……幸せだよ。十分幸せだよ」
『あなたは何も分かってない!』
「お母さんだって分かってないよ!」
『親に向かって口答えするなんて許さないわよ! あなたは、私の言う通りにしていればそれでいいの。私とは違って、それで幸せになれるんだからちゃんと言われたことは守りなさい!』
「いやっ! 私はそれじゃあ幸せになれない」
『なんてこと言うの!? 私はあなたのためを思って――』
「私のためを思ってるんだったら、私との時間を増やしてよっ!!」
そこで、一度会話が途切れた。部屋のどこかで時計の針が規則正しく音を立てている。聞こえてくるのは、それだけだった。もしかすると、大声を出したえりちゃんの声に埋もれる形で通話の切れる音がしたのかと思ったけど、通話終了を告げる音は聞こえてこなかった。まだ、つながってはいるのだ。
ゆうに一分は経過したと思われる頃に、ようやく声がした。
『そのつもりはないわ。私は今まで通りのやり方を貫く。それでもまだあなたが愛情だの何だのって言うのなら、誰か別の人からもらうことね』
「……それ、本心で言ってるの……?」
えりちゃんの声は震えていた。どうか嘘であってほしいという願いが、そこには込められていた。
『…………本心よ』
そしてついに、堪えていたものがえりちゃんの目から落ちた。大声は出すまいとして、噛みしめた唇の隙間から嗚咽が漏れる。
『仕事残ってるから、戻るわね』
そう言って切ろうとするえりちゃんの母親に、彼女はもう何も語りかけようとはしない。完全に意気を失っている。次第に嗚咽を堪えようともしなくなりつつある。そこで僕は、急いで彼女の手から携帯を奪い取った。ここで切られてはいけない。そのために僕がいるんだ。
「待ってください」
えりちゃんではない別の声に、彼女の母親は驚いたような気配を電話口から漂わせる。しかしそれも、すぐに別のものになる。怒りや憤りといった、負の感情。えりちゃんの母親は、込み上げてくる怒りに言葉を乗せた。
『あなたこの前のっ……。いい加減にしなさいよ、本当に。これ以上迷惑を――』
僕は相手の言葉を遮って、一方的に用意していた台詞をぶつけた。
「えりちゃんを誘拐します」
すぐ目の前から、そして電話口からも、目に見えそうなくらいの驚きを感じる。そしてそれは次第に呆れへと変わっていく。
『何を言い出すのかと思いきや、そんな誘拐だなんて』
「僕は本気ですよ。あなたとえりちゃんのお父さんが、これまでの考えを改めない限り、僕は彼女を返すつもりはありません」
『もし本当にそんなことをしたら、警察に通報するわよ』
「構いません。僕の家族宛てに、家に手紙を置いてきました。あなたの家の電話番号を書いておいたので、そのうち連絡が来ると思います。次に会話をするのは、公衆電話からあなた達二人のどちらかから着信があった時です。それまで、さようなら」
『ちょっと待ちな――』
別れを告げるや否や、僕はすぐに電話を切った。そして詰めていた息を吐き出す。心臓が、やけに速く動いている。汗も知らないうちに頬を伝っていた。
ふと、顔を前に向けると、えりちゃんが泣き驚いた顔でこっちを見ていた。
「ゆう……かい……って……?」
最後に鼻水をすすって、それから湿っぽい息を吐き出す彼女に向かって、僕は用意していたプランを話した。
「そう誘拐だよ。えりちゃんが嫌だって言っても僕は君を連れて行く。だから誘拐」
「………………」
えりちゃんは僕をじっと見つめたままで何も返そうとはしなかった。だから僕は、話すことにした。
「昔親にさ、高校生の頃の話を聞いたことがあったんだ。その時憶えてた話の一つに、夏休みを前に二人の生徒が一週間駆け落ちした話があって。今となっては何で憶えたのかよく分からないんだけど、とにかく憶えてた。それともう一つ、これは僕の話なんだけど、家出をすると、まあほとんどの親は心配すると思うんだ。でも正確性を求めるなら、誰かを道連れに、つまり誘拐でもすれば絶対親は何かしらの行動を取るはず。だから僕は家出をして、君を誘拐する。そして今度こそ、ちゃんと顔を合わせて話をするんだ」
「福岡から、こっちまで来てもらうってこと?」
「もちろん。手紙にもそう書いた」
えりちゃんは、もうすっかり泣き止んでいた。でもその代わりに、不安が押し寄せているみたいだった。机に置いた手を握って、僕は言う。
「僕はえりちゃんを助けたい。えりちゃんには、やっぱり笑顔でいてほしいから。これは、それを取り戻すための行動なんだ。だから……。だから、僕に誘拐されてくれないかな?」
充血した目を真っ直ぐに見返す。すると彼女は、くすっと吹き出した。
「私が嫌だって言っても連れて行くから誘拐なんでしょ? だったら聞く意味ないじゃん」
「え、あっ、ああそっか。そうだった。じゃあ誘拐するからついて来て……ってこれも違うか。あれ、誘拐ってどうすればいいんだっけ」
「ふふっ、あはははは」
ついに彼女は口を開けて笑い出した。それにつられて、僕も少し笑う。
「そんなに笑わないでよ」
「ごめん、つい」
「ほら、行くよ」
立ち上がった僕は、彼女の手を取った。でも彼女は動こうとしなかった。
「私は手ぶらなの?」
「え?」
「恵人くんは、しっかり準備しているみたいだけど」
と、えりちゃんは僕の肩に背負われた大きな鞄を見て言った
「……えっと、それじゃあ準備してもらえるかな。大体一週間分くらい」
「うん」
「じゃあ、外で待ってるから」
「うん」
そして僕は、何だか言いようのない感情を抱えたまま家を出た。この気持ちは、何となく高揚感と恥ずかしさと、そしてそれらとは別の何かが混じったようなものに思えた。他に言えることがあるとするなら、こんな気持ちは初めてだということだった。
二人で大きな鞄を背負って歩き出す。傍から見ると、今から旅行にでも出かけるのかと思われてもおかしくない出で立ちだ。まさか僕が彼女を誘拐しているだなんて、誰も思わないだろう。それはえりちゃんも同じように思ったらしく、駅に向かう道中、「旅行してるみたいだね」と言った。
「そんな楽しいものじゃないよ。何せこれは誘拐なんだから」
「こんな誘拐、初めてじゃない? ちゃんと荷物持って、被害者の私はむしろ望んでついてってる」
「確かに……」
「あ、そう言えば」
「何?」
「どこに行くつもりなの?」
「んーネットカフェとかカラオケとか、泊まれそうなところ探してみたんだけど、身分証の提示があると困るから、友だちの家に泊めてもらおうかなって思ってる。ほら、小学生の時、一緒に遊んでた奥とか野田って憶えてない?」
「憶えてる。でも、いいの?」
「一応メールは打ったんだけど……まだ返信がない」
僕は携帯を開いて、送受信しながら言った。返信は、ない。
「無理だったら高校の友人をあたろうと思う。それでもだめなら、カラオケとかになっちゃうと思う。いい?」
「うん」とえりちゃんは頷いた。「ちゃんと事情を説明しなきゃね」
「そうだね」
そうして話しているうちに、駅についた。僕らは同じ切符を買って、続けて改札を通って、電車に乗った。各停だから車内は空いていて、二人分のスペースを簡単に見つけられた。しばらくの間、夜の景色が一定の速度で過ぎ去っていく。最寄り駅につくまで、僕らは一言も話さなかった。反対側の窓に映った自分たちの姿をじっと見つめていた。その間、えりちゃんは一体何を考えていたのだろう。僕には分からない。もしかしたら不安に思っているのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。やめようと言いたかったのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。いずれにせよ、彼女の表情は、何も考えていない時の落ち着いたものではなくて、何かを考え込んでいる時の、どこか力の入ったものだった。その一方で僕は、手に握った携帯が震えるのを今か今かと待っていた。携帯は、沈黙を保ったままだ。
最寄り駅についた。鞄を背負って電車から降りる。僕らの他に、何人かを吐き出した電車は、扉が閉まるとゆっくりとホームから走り出して行った。その姿を見届けることなく、僕らは改札を出る。
「連絡、来た?」
聞いてくるえりちゃんに、僕は首を振って答える。
「まだ来ない……」
僕の言葉を聞いた彼女は、きっと言いたかったであろう言葉を、気を遣ってか言わなかった。でも彼女の顔には、「どうする?」という疑問がはっきりと浮かんでいた。
「とりあえず、家に向かおう」
えりちゃんを心配させまいとして、僕は笑顔を作って言った。彼女は頷いて僕の後ろをついてきた。
えりちゃんも知るその友人の家は、小学校のすぐそばにある。僕たちが生まれる数年前から建っているマンションだ。大きな鞄を背負って、学校の周りを歩いていく。駅を出た時のまま僕が先頭で、後ろに彼女がいる。後ろを振り返らないと分からないけど、多分、えりちゃんも僕と同じように闇夜に浮かぶ校舎を見上げているだろう。何となく、そんな気がした。体育館や駐車場のある裏手からは、学校は完全に闇に溶け込んでいるように見えた。灯りという灯りは消されていて、駐車場に申し訳程度と、あとは緑の非常灯がついているくらいだ。
夜の学校はどこか冷たいような印象を受ける。僕は校舎から目を離し、携帯を見た。するとメールが一見届いていた。
数人に同じようなメールを送っていて、その最初の返信は……否定的なものだった。ごめん、から始まる文章に、僕は落胆の息を吐き出しそうになる。でもえりちゃんの手前、そういった態度は見せられない。何もなかったように意識して、携帯をしまう。
残念な返信ではあったけど、今向かっている友人からのメールでなかったことは救いだ。僕らは同じ速度で彼の家を目指す。
ものの三分でマンションの前についた。最後に遊びに行ったのは、中二の終わりくらいで、かれこれ一年以上も期間を開けている。最後に会ったのは、高校入学後間もない四月で、それからは約三ヶ月、メールも電話もしていない。お互いに新しい生活に慣れ始めた頃だろうから、それも分かる。だからいきなり、こうして家に訪ねて来られては驚くだろう。でも、彼なら……。
そう信じ、彼の住む部屋に向かう。エレベーターで六階まで上がって、左に進む。そこから突き当りを右に折れて、およそ中間付近でとまる。そこが、彼の家だ。
「えりちゃん、ちょっと二人で話したいから、その辺りで待っててくれないかな」
僕は友人が扉から出てきても見えない位置を指差して、彼女に言った。えりちゃんは「分かった」と頷いて、僕から離れていく。彼女が指定の位置まで移動するのを見届けると、鞄を肩から下ろし、それも扉が開いた時に見えない位置に置く。そしてインターホンを鳴らした。すぐに声がして、中から出てきたのは――
「どちら様ですか?」
てっきり母親が出てくるものとばかり思っていた僕は、見慣れない顔に面食らった。
「あ、夜遅くにすみません。祥太くんいませんか?」
「祥太? ちょっと待ってね」
母親ではない誰かは、祥太を呼びに戻っていった。一体彼女は誰だろう。彼女? と考えた瞬間、確か姉がいたことを思い出した。どういうわけか姉の存在を疎ましく思っている祥太は、姉のことは全然話さなかった。だからあんまり顔を合わせることはなくて、こうして突然現れた祥太の姉に驚いた。
再び扉が開いて、今度こそ祥太が僕を見た。
「おー……恵人じゃん。久し振り」
と眠そうな声で、しかもあくびをする祥太は、見ただけでさっきまで寝ていたことを物語っていた。
「メールしたんだけど」
「ごめん、家帰ってからずっと寝てた。ここんとこ眠くて」
「ああ、うん」
「で、何の用? わざわざ俺ん家まで」
「いきなりで悪いんだけどさ、一晩でいいから泊めてほしいんだ」
「ほんとに急だな。何、家出?」
「まあ、そんなとこ」
「あー……うーん……」
祥太はひどくばつの悪い顔をしてあごをかき始めた。
「ちょっと待ってて」
と言い残して祥太は扉を閉めた。その後一、二分ほどして再び戻って来た彼の顔は、さっきよりも渋い表情になっていた。
「ごめん、今日は無理。今姉貴帰ってきててさ。大学が休みとか何とかって。一週間くらい泊まるんだって。ほら、俺の部屋って姉貴と一緒だろ? だから厳しいんだ。ごめん」
と苦笑する祥太に、僕は同じく苦笑で返すしかなかった。
「他はどうなの? ヤスとか、陽介とか」
「ヤスはダメだって。陽介はまだ返信来ない」
「そっか。他に候補あんの?」
「最悪どっかのネットカフェに行こうかなって考えてる。年齢確認されないようなとこ、あるといいんだけど」
「もうあと一週間遅かったらいけたんだけどな」
「ううん、大丈夫。急にごめんな」
「おう。家出、頑張れよ」
「家出って頑張るものなの?」
「はは、それもおかしな話か。まあ、一週間後も家出してるなら、うち来いよ」
「分かった。じゃあ、また」
「おう」
そう言って祥太は扉を閉めた。と同時に、ついに僕の口からもため息がこぼれた。しまった、と思った時にはすでに遅くて、遠くでえりちゃんがしっかりと僕のことを見ていた。僕は困ったように笑うことしかできなくて、「祥太は無理だった」と言った自分の声の情けなさに苛立った。それでもえりちゃんは特に悲しむ素振りも見せないで、「残念だったね」と表情とは反対のことを言った。
マンションを出て、立ち止まる。携帯を取り出して新たにメールが来ていないかを確認する。陽介から、着信が入っていた。
「ごめん、ちょっと電話してきてもいい?」とえりちゃんに断りを入れた。彼女が頷いたので、声の届かない場所まで離れてコールする。相手からの着信が、つい数分前だったこともあり、陽介との電話はすぐにつながった。
『もしもし、恵人?』
「ああ、うん」
『急にどうした?」
「メールの文面通りなんだけど、今晩泊めてくれないかな」
『今日かー……。んー……悪い! 今日は厳しい。明日とかならいいけど』
「そっか。……分かった。急にごめん、また明日頼むよ」
『オッケー』
これで全ての望みが潰えてしまった。実にあっけない。そもそもが突飛な思いつきで、半ば勢いにまかせていたところはあったにはあった。だから友人達への連絡もその直前になってしまったし、当然来客を受け入れる態勢なんてできているはずがない。
そんな当たり前のことを今になって理解した自分に、ほとほと呆れる。ただ先ほど彼女に情けない姿を晒してしまった失敗があるから、今度は何とか自制する。なるべく普通を装って、声を出した。
「あの、陽介たちもダメみたいだから、繁華街まで行ってネットカフェに泊まろうと思うんだけど……、それでもいいかな?」
「うん、いいよ」
「ごめんね」
「ちょっと急だったもんね。仕方ないよ」
何で僕の方が気を遣われているんだろう。誘拐犯の僕が、被害者のえりちゃんに笑いかけられている。
僕は……とことんバカだ……!
今すぐにでも自分の頬を拳で殴りたかった。えりちゃんに殴ってほしかった。でもきっと、彼女はそんなことはしない。自分を痛めつけることができるのは自分だけで、でも彼女はそれすらも僕から取り上げてしまうだろう。
代わりに、僕は彼女に見えないように爪を立てて、小さな動作で強く頭をかいた。僕にできるのはそれくらいのことだった。
駅に向かって来た道を折り返す。行きと同じように、僕が先頭で、えりちゃんが後ろをついてくる。町は冷たいくらいに静かで、まだ夜も早い時間だというのに人の気配さえしない。僕らの歩く音だけが小さく聞こえて、やけに自分たちの存在を強く感じた。それはもしかすると、誘拐という普通に過ごしていれば関わることのないであろう行為をしているためかもしれない。僕は心のどこかで、後ろめたさみたいなものを感じているのだろうか……。
でも、今更やめようなんてことは言えない。自分が切り出して、半ば押し切る形でえりちゃんについてこさせたんだから、それはあまりにも無責任だ。
誘拐の最終目標は、えりちゃんの両親との直接対話だ。僕の家族が心配しさえすれば、どうにかなるだろう。それまでは家族から姿を消していなければいけない。
一度、深呼吸をすることにした。そうすれば、いくらか気持ちを落ち着けることができる気がした。でもそれによってもたらされたのは安堵ではなく、驚きだった。
「小野くん? 藤井さん?」
ぎょっとして声のした方を振り向くと、鉄の門を隔てた先にいたのは伊南先生だった。先生も不思議そうな表情をして僕らのことを見ていた。
「先生」
「こんな時間に何してるの? それに……結構な荷物だね。もしかして……旅行?」
と伊南先生は言った。
声を出す代わりに、僕は考えた。
走って逃げるべきか?
嘘を言って、怪しまれずに立ち去るか?
事情を話して、先生に手を貸してもらうか?
「えっと……」
何か言わないと、それこそ怪しまれると思った僕はとにかく声を出すことにした。でも、そうした以上、一定の時間を過ぎても言葉を継がないでいると、さらに状況は悪化する。僕は……。
「ああ、そうだ。この前のお礼してなかったよね」
僕が答えるより先に、伊南先生が言った。
「え?」
「ほら、机と椅子の交換。してくれたでしょ」
「ああ、はい」
「ね、僕助かったからさ、お礼させてよ」
「でも……」
「いいからいいから」言いながら先生は門を開けていく。重い音を立てながら動くそれを見ていると、先生は言った。「さ、入って」
僕とえりちゃんは顔を見合わせて、そしてアイコンタクトをした。僕らは先生の後についていった。
「熱いお茶くらいしかないんだけど、いいかな」
僕らに背を向けて棚を開ける先生に、二人で「はい」と頷く。しばらくするとセットしたポットから湯気が出始め、その間に先生は二つの湯呑を用意する。ポットが湯沸かしの完了を告げる音をささやかに知らせると、それを合図にお茶を注ぐ。
「ありがとうございます」
と二人で言って、でも僕はそれを手に取ることなく立ち上る湯気を見ていた。えりちゃんの方は、熱くないように指先で湯呑を持って、息を吹きかけてから少し飲んだ。
正直、ここに来て正解だったのかと悩んでいた。校内には伊南先生一人しかいないということは、門をくぐった直後に僕が懸念して、それに気づいた先生が教えてくれた。でも、問題はそこではない。一人でも周りに大人がいるということが問題だった。その一方で、伊南先生なら大丈夫かもしれないという考えも捨てきれなくて、結局先生の厚意を受け入れることにした。
それでもやっぱり、落ち着かない。早いところここを出なくては。
「で、二人はもう夏休みなのかな」
突然の質問に、僕は意識を戻された。
「え、ああ、その……」上手く言葉が浮かんでこない。僕はいまだに先生にどう話すべきか迷っていた。浮かんだ選択肢の中で、一体どれが正解なんだろう……。
「恵人くん」
不意に、えりちゃんが僕の名前を呼んだ。顔を向けると、彼女は微笑んでいた。その眼差しには、ある種の決意みたいなものが宿っていて、それを感じ取った僕も決心した。先生に向き直って、言う。
「伊南先生、お願いがあります」
先生は驚いたように目を見開いて、でもすぐに驚きから立ち直ったように表情を戻した。
「僕ら、家出をしているんです。具体的には話せませんが、とにかく、親が僕の提示した条件を飲めばすぐに帰るつもりです。だからそれまで、僕らのことを見逃してくれませんか? ここでこうして会ったことも、秘密にしてほしいんです。お願いします!」
「お願いします」
頭を下げる横で、えりちゃんも同じことをしたみたいだ。
話を簡単にするために、僕はあえて彼女の両親のことと、家出ではなく誘拐であることは口にしなかった。具体的な理由を話せば、あるいは快諾してくれたかもしれない。でも、決してそうとは限らない。今すぐ両親に電話されて、計画を頓挫されてしまう危険性もあった。だから僕は、なるべく話を難しくしないで、掻い摘んで真実を話すことにした。これが功を奏すのか、それとも失敗するのか……。気づけば僕の心臓は緊張で無駄に速く動いていた。
「…………」
頭を下げたままの状態だったから先生の顔は見えなかったけど、口を開く気配がした。でも、言葉はなかった。それが、余計に不安感を煽る。沈黙がなおも続いて、そして――
「家出は、結局ご家族の迷惑になるだけだ」そんな言葉がして、反射的に膝に置いた手をきつく握りしめた。「だけど、それだけじゃないのかもしれない。もちろん君たちにはそうしなきゃならない何かしらの理由があって、そして実行に移した。荷物も多そうだし、それなりに覚悟したんだと思う。きっと君たちは、後で両親にきつく叱られるだろう。でも、それも君たち家族にとって必要なことなんだろうとも思う」
僕は顔を上げた。話の行き先が予感していたのとはどんどん離れていって、不思議に思ったのだ。僕の目を見ると、先生は軽く笑った。
「さすがに最後までは面倒見切れないけど、とりあえず今晩は助けてあげる」
「え、それじゃあ……」
「とは言っても、高級ホテルみたいな空間は提供してあげられないけどね。それで悪いんだけど、仕事が終わるまでちょっと待っててくれないかな。まだ残ってるんだ」
分かりました、と返事をする僕らに、先生は申し訳ないと苦笑いした。
普段滅多に使わない携帯のライトをつけて、闇に沈んだ廊下を歩いていく。夜の学校は、ここが廃墟ででもあるかのように冷たく押し黙っていて、歩くたびにうるさいくらい足音が反響した。でも前に先生がいるせいで素直に気味が悪いとも言い出せず、わずかにつらい思いをした。
目的の教室まで到着すると、先生が扉の鍵を開けてくれた。三年二組。最後に来たのは、二週間ほど前だ。懐かしさも新鮮さも特になくて、妙な感慨に浸ることはなかった。
手探りで先生が教室の灯りをつける。ぱっと白い光がついて、暗闇に慣れていた目をちくりと刺した。
「それじゃ、なるべく早く終わらせるから」
「はい」
僕らが頷くのを見ると、先生も頷き返して教室を出ていった。
先生の足音が大きく反響して、それが消える前にまた新たな足音を作っていく。途切れることのない足音は、それでもやがて小さくなっていって、多分一階についた頃にはもう聞こえなくなっていた。
静まり返った教室内で、座って待てばいいものをなぜか僕らは突っ立ったままでいた。多分、先生が目の前からいなくなったことに対する安心感が理由かもしれない。その証拠に、僕はふっと勢いづけて息を吐き出した。体の中に溜まっていた緊張感が出ていった気がした。
鞄を適当な机の上に置くと、えりちゃんもそれに倣った。そして椅子に座ると、その低さに驚いた。
「うわ、椅子ひくっ」
「わ、ほんとだ」
こんなに低かったっけ、と二人して笑う。
「前ここに来たときは、ただ運んだだけだったもんね」
「何か小学生に戻った気分」
僕がそう言うと、えりちゃんは何かを思いついたようにはっとなった。
「そう言えば私たちって、隣同士になったことあったっけ?」
「どうだろう……思い出せないな」
「私も……」
どうにかあの頃の記憶を思い出そうとして表情を硬くしていると、えりちゃんは言った。
「じゃあさ、もし私が転校しなくて、同じ高校、同じクラスで、こうして隣同士の席だったら、どんな話してたかな?」
それは、もしかしたらあったかもしれない仮定の話。キスをしたあの夏から、途切れることなく続いた話。果たして僕らは、今となっては想像するしかできないその日常を、どう過ごしただろうか。
「どんな話かなぁ……。勉強教えてとか?」
「恵人くん勉強できなかったっけ?」
「できなくはないけど、できるわけでもないからなぁ」
「じゃあ、休み時間とかはどうやって過ごしたかな?」
「え、それは別々の友達じゃない?」
「そうなの?」
「うん。何となく、僕は男子で固まって、えりちゃんも同じように女子と固まって過ごしてるイメージがあるな」
「言われてみればしっくり来るかも。それじゃあ――」
決して叶うことのない日常を想像することは、それはそれで悲しいはずなのに、なぜか笑って話すことができた。その上「それじゃあ」がいっぱい出てきて、楽しかった。それはひとえにえりちゃんがすぐそばにいたことで、想像のクオリティがいつもよりも高くなったからかもしれない。
一通り想像した後、えりちゃんは教室の外を見ながら言った。
「先生、遅いね」
彼女の言葉に教室の時計を見ると、三十分が経過していた。
「そうだね。でももう少し待ってたら来るよ」
「うん」
と頷いた彼女は、その後にあくびを一つ付け加えた。その姿をじっと見ていた僕に、えりちゃんは恥ずかしそうに笑って言った。
「何か眠くなっちゃった」
「寝てていいよ。先生来たら起こすから」
「じゃあお言葉に甘えて」
えりちゃんは机の上の鞄の柔らかい場所を探して、そこに頭を乗せた。一度目を開けて「おやすみなさい」と言う彼女に、おやすみを言い返すと彼女は目を閉じた。
僕も今までほとんど同じ姿勢でいたから、気分転換にえりちゃんと同じような体勢になった。すると彼女の眠気が移ったのか、あくびが出た。ただ今すぐに目をつむりたいというほどの強い眠気ではなかったから、鞄に顔を乗せて彼女の眠る姿を見ていた。
考えてみれば、こうして彼女の寝姿を見るのは二回目だ。最初は、思い出すと恥ずかしさとくすぐったさを覚えてしまうような場面だった。それに比べれば今のこの状況は断然ましだ。でもそれはそれで何かが足りていないような気持ちになる。
じっとえりちゃんの寝顔を見つめていた僕は、おもむろに右手を伸ばした。彼女の艶やかな髪に伸ばした手が近づいていく……。
まだ三十センチ以上も距離を残したところで、僕は手を引っ込めた。触って起こしちゃいけないと思ってそうしたわけではない。かと言って何か他に理由があるわけでもない。ただ僕の中に急にやめておこうという考えがよぎって、それに従っただけだ。
一体僕はどうして彼女の髪を撫でようとしたんだろう。彼女を見つめて、それから目を閉じて考えてみる。何か分かりそうな気がしそうで、でもやっぱり分からなくて。早く捨てるか、すっきりさせたいもやもやした感情が僕の中に生まれた。
忘れようとしてきつく目をつむった。強引に暗闇が押し寄せてくる。その闇に意識を集中させる。その闇は心地よく感じられて、呼吸もゆっくりとしたものになっていった。やがて僕の意識はさらに闇の中に入り込んでいって……
足音が聞こえた気がして目を開けた。どうやら僕は眠っていたみたいだ。眠気を払うために目をこする。その間、気のせいかと思っていた足音は途切れることなく教室の外から聞こえてきた。
伊南先生が仕事を終わらせて戻ってきたんだ。時計を確認すると、十五分ほど経っていた。隣ではえりちゃんがまだ眠っていた。先生の足音は聞こえないらしく、僕が起こさない限り目覚めないだろうと思うほど眠りが深いように見えた。
だから、起こすと言っておきながら何だか悪いような気がして、まだ寝かせておくことにした。もしかすると、先生はまだ待っていてほしいというようなことを言いに来ただけかもしれない。えりちゃんを起こすのは、確実に移動することが決まってからでいいだろう。
先生が扉を開けて入ってきた。どこか疲れたような表情なのは、仕事を終わらせたからだろうか。
「お待たせ。じゃあ、行こうか」
残念ながらえりちゃんを起こさなくちゃならないみたいだ。と、先生の声が聞こえたのか、彼女は滑らかな動作で顔を上げた。
「ごめんね、藤井さん。待ちくたびれたよね」
教室に先生の姿を認めたえりちゃんは、髪を整えながら「いえ、大丈夫です」と言った。
僕らは立ち上がって、鞄を手に先生の後についていく。一階まで下り、廊下を進んでいく。昇降口に向かうのかと思いきや、進行方向の先にはまだ明かりのついた職員室が見えた。どうやらそこに用事があるのだろう。
先生が先に入って、その後で僕らを通す――
目が点になるというのは、きっとこういうことを言うんだろう。どこか目に見えるもの、聞こえる音が少し遠くなったようにも感じる。予測できないことが、でも確かに目の前で起きていることを自覚すると、どうやら僕は客観的にそれを見つめるらしい。それは決して冷静さを表すのではなくて、驚きを越えた結果なんだと思う。
「恵人……」
「何で……二人がここにいるの」
やっぱり、いつとは違って声が変に聞こえる。まるで自分じゃないみたいだ。
表情を硬くしたままの父さんと母さんは、僕の言葉を聞いてもちっとも反応しなかった。
本当は自分でも分かっていた。どうして二人がここにいるのか。やっぱり、間違いだった。
「僕が、連絡を入れたからだよ」
伊南先生は言った。
歯噛みして、握った手に力が入る。今すぐにでも自分を殴りたいという感情を、手に力を込めて制御する。
「すまない、二人とも。やっぱり僕は一人の大人として、二人の担任として、君たちに手を貸すことはできない。二人にとっては、きっと納得のいかないことだろうけど、僕はこれが正しいと思ってる。ちゃんと、ご両親と話すべきだよ」
しんと静まり返った職員室に、先生の声はよく響いた。
「そうだ、先生の言う通りだ。人様に迷惑をかけて。恵人、お前には全てを話し、謝罪する義務がある」
そう言って父さんは歩み寄ってきた。僕の視界には、父さんの足しか見えなかった。もう、それだけで十分だった。これ以上は何も見たくなかった。
「顔上げろ」
静かな声で父さんが言う。
僕は顔を上げない。
父さんが身動きする気配を感じた。
「謝るのは、えりちゃんの両親だ」
父さんの動く気配がとまった。父さんは何も言わない。
「えりちゃんはずっと一人だった。ずっと寂しがっていた。いや、違う。今も……! えりちゃんは家族と笑って過ごしたかったんだ。でも、彼女の両親は……! えりちゃんを一人にし続けた。だから……だから僕が――」
「私が、恵人くんに頼んだんです」
不意に聞こえた声に、溢れ出した感情が一時とまった。ゆっくり振り返ると、えりちゃんは笑っていた。その笑みは、困っているように見えて、その実全てを受け入れているような、そんな……種類のもので……。
もしかしたら、えりちゃんはこうなることを予想していたのかもしれない。もしくは、僕の誘拐が失敗することを分かっていたうえで、僕についてきたのかもしれない。でも……それって……。
それって……最初から諦めていたことと一緒じゃんか……。
「君が……頼んだ?」
父さんは面食らったように彼女の言葉を繰り返した。
「そうです」
「違う!」
僕は彼女の声をかき消す勢いで叫んだ。えりちゃんはバカだ。この期に及んで一体何を言い出すんだ。
「助けてほしいことも、誘拐してほしいことも、全部私が」
「違うっ! 全部嘘だっ!!」
「ご迷惑をおかけして――」
「何言ってんだよえりちゃん!! 何で――」
「恵人くん」
「…………えり…………ちゃん」
「もう、いいの」
そう笑う彼女の目尻には、かすかに涙が光っていた。笑って、それはほんのかすかに揺れたように見えた。
…………終わった。もう全てが終わった。
そうと分かった瞬間、僕はがっくりとその場に膝をついた。
全く、つくづく笑える。いや、笑えもしない有り様だ。何度も策を考えては、ことごとく失敗し、結局この計画だって、意味もなく壊れた。きっとえりちゃんは、僕では力不足だということに気づいたんだろう。そして呆れたんだ。だから諦めた。
今になって、最初に言ったことを思い出す。
――僕じゃ頼りにならないかも知れないけど、力になるよ。
そりゃ確かに失望もするよ、えりちゃんだって。いや、普通の人なら、もっと最初のうちから、それこそ一度目の失敗から「もういいです」と断ってきてもおかしくはなかった。そう考えると、えりちゃんは優しいというか、人を見る目がないというか、全く……バカだ。
「………………ごめん」
そう言うのにも、風邪とは違う喉の痛みでひと苦労だった。
「立て、恵人」
父さんの声が頭上から降ってくる。腕を引っ張られて立たされたくはなかったから、よろよろと立ち上がる。
「憶えてるか、いつか夕食の席でお前が聞いてきたこと」何も反応を返さない僕に、父さんは言葉を続けた。「父さんと母さんが高校生の頃、二人の生徒が駆け落ちしたことについて、お前は聞いた。今晩、机の上に手紙が置いてあったのを見て、正直後悔した。俺たちがお前にきっかけを作ってしまったんじゃないかってな」
「……違うよ」
正直なところ、そうとは断言できなかった。実際、誘拐を思いついた時によぎったのは、両親のその話だったからだ。でも、それは単に駆け落ちと誘拐がどこか似ているからかもしれない。もしくは、話に出てきた高校生と、僕とえりちゃんを勝手に重ねたからかもしれない。とは言え、今の僕は父さんと母さんが責任を感じるのは間違っていると思ったから、首を横に振った。
「それから、その後で俺はお前をからかった。駆け落ちできるものならやってみろってな。お前は昔から消極的で、自分の意思を突きつけたことなんてなかった。そんなお前が、知り合いの女の子を誘拐したって手紙に書くもんだから、俺たちは驚いた。驚いたと同時に、変な話、嬉しくもあった。あんまこういうとこで言っちゃいけないことだけどな」
父さんが頭をかく音が聞こえた。僕は相変わらず下を向いたままでいた。
「なあ恵人。消極的なお前だ。いくら成長したからと言って、急に積極的になれるわけがない。ましてや、誘拐だ。そんなことをしてまでその子の両親と連絡が取りたかったのには、それなりの理由があってのことなんだろ?」
小さく首を縦に動かした。
「明日の朝九時、彼女のマンションにご両親が来られる。謝りに行くぞ」
そこで僕は顔を上げた。だけどすぐに視界が涙でぼやけて、挙句の果てには下あごも情けなく震え出して、また下を向いた。
「…………ごめんなさい」という嗚咽交じりの声がこぼれた。その後ろで、もう一つの嗚咽が聞こえた。僕らは声を押し殺して、肩を震わせた。
翌朝、僕は制服に袖を通し、いつも以上に身だしなみを整えて家を出た。父さんも母さんも同じように身だしなみに注意を払って、表情は厳しい。それもそうだ。これからえりちゃんの両親に会って、昨日のことについて謝罪しに行くのだから。
正直、僕一人では耐えられなかっただろう。こうして二人がいてくれることが心強い反面、強く申し訳なさを感じる。
車に乗り込むと、僕はどうしてもいたたまれなくなって口を開いた。
「あの……さ」
目を合わせられずに、俯く。隣で父さんがこっちを向いたようだ。後ろでは母さんがシート越しに僕を見ているだろう。
「言わなくていいよ、もう」
そう言ったのは母さんだった。父さんも同じ意見だったようで、何も言わずに車を動かし始めた。その言葉に胸が詰まって、また昨日みたいに喉が痛くなりそうだった。窓の外に目を向けて、何とかやり過ごそうとした。
当然、えりちゃんの家を知っているのは僕だけだったから、道案内は僕がした。とは言っても、彼女の家には電車でしか行ったことがなく、だから最寄り駅を告げて、そこから一つずつ道を示していった。
彼女のマンションに着くと、今一度身だしなみを整えた父さんがパネルに番号を押していく。呼び出しボタンを押すと、電話の時とは違ってすぐに応答があった。
『はい』
「初めまして、小野恵人の父の小野大樹と申します」
『お待ちしておりました』
ロックが開錠され、ドアが開く。僕たち家族は続けて入り、彼女の部屋まで向かう。
部屋の前に着くと、父さんが真剣な顔で言った。
「恵人。何を言われても、『でも』とか自分は悪くないという態度を取るな。高校生なら大体の善悪は分かるだろ」
「うん」
父さんの言葉の意味は十分理解できた。相手からすると、僕たちは悪者だ。もちろん、僕は元々良い者でいたつもりだったけど、僕が良い者になり切れなかったばかりに、悪者になってしまった。悪者はしっかりと己の罪を償わなければならない。
インターホンも父さんが鳴らした。今度は応答がなく、代わりに扉の鍵を開ける音がした。現れたのは、えりちゃんの父親だった。その時、父さんと母さんが前に並んで、僕はその後ろに移動させられた。
「初めまして、小野恵人の父の小野大樹と申します。こっちは妻の明美です。この度はうちの息子がご迷惑をおかけし、本当に申し訳ありませんでした」
「申し訳ありませんでした」
二人は揃って頭を下げた。深い、深いお辞儀だった。二人が頭を下げたことで視界が開け、えりちゃんの父親と目が合った。突き刺さるような鋭い視線だった。思わず目を逸らして、それから両親の真似をして頭を下げた。
「すみませんでした」
えりちゃんの父親はじっと僕たち家族を見下ろしているみたいだった。唸ることも、怒りを露わにすることもなく、ただ静かにそうしていた。
「中に上がってください」
しばらくしてからえりちゃんの父親はそれだけを言うと、さっさと中に入ってしまった。僕は二人の後に続いて中に入り、心臓が嫌に動いているのを強く自覚しながら奥へと進んだ。
リビングではえりちゃんと、彼女の母親も僕たちを待っていた。父さんと母さんがえりちゃんの母親を見ると、先ほどと同じように挨拶をし、それから頭を下げた。同じような形で、彼女の母親と目が合った。ああ、怒っているな。もしくは嫌われているな。いや、そのどちらもだ。そういう目をしていた。当たり前と言えば当たり前だ。何せ僕は電話越しとは言え、この人に「最低」呼ばわりをした挙句、自分の娘を誘拐すると脅したのだから。やっぱり僕はその強烈な嫌悪感でいっぱいの目に耐えられなくて、頭を下げた。
深いため息が、えりちゃんの母親からこぼれた。
「一体、どういう教育をなさっているのやら」間にほんの小さなため息を挟んで、「誘拐って」と続けた。
僕たち家族はそのまま頭を下げ続けていた。
「どうしてうちの愛理奈を誘拐しようと考えたのか、教えていただけませんか」
とえりちゃんの父親は言った。こうして二人の声を聞いてみると、どちらも冷たい印象を受けるものの、父親の方は落ち着いているように感じられた。
僕たち家族は顔を上げ、二人は僕を見た。僕は頷いて、意識的に唇を湿らせた。部屋の隅の方で正座するえりちゃんに目を向けると、彼女はどこか悲しそうな表情で僕を見返していた。
「えりちゃ……愛理奈さんは、家族と笑って過ごしたいと願っていました。でも、それがなかなか叶わないということを僕に教えてくれました。彼女は、今まで一度も誰かにその話をしたことがなかったんです。そんなうちに秘めたことを話してくれて、僕は嬉しかった。だから、僕に何かできることはないかって考えて、そうして辿り着いたのが、誘拐でした」
僕の言葉を聞いても、相変わらず彼女の母親は表情を変えなかった。むしろより冷たさを増したようにも見える。
「愛理奈が、全部私があなたに頼んだことなんだと言っていたが、それは嘘ということですか?」
ちらとえりちゃんの方を見ると、彼女は僕とは目を合わさず、床の一点を見つめていた。
「そうです」そう言った後で、彼女の両親がどのような反応をするかを考えた僕は、慌てて付け加えた。「でも、愛理奈さんを責めないでください。彼女は――」
「それは、私たちが決めることです。あなたには関係ありません」
えりちゃんの母親がぴしゃりと言い放った。情けなくも、それに気圧された僕は、口を閉じることにした。
えりちゃんの父親が、母親の肩に手を置いて落ち着くよう促す。
「愛理奈からは、何かないのか?」
発言の機会を与えられた彼女は、一層縮こまったように見えた。
「……恵人くんは、何も悪くないの。許してあげて」
か細い声で話す彼女に、しかし彼女の両親は鋭い声で呼びかける。
「愛理奈!」
「愛理奈! どうしてそう言い切れるの。いい? あなたは被害者なのよ。被害者がどうして加害者をかばう必要があるの。……あなたもしかして、彼に口止めでもされて――」
僕はぞわっとするような焦りを覚えた。彼女の母親の考える話は、全然真実ではない。だけど、一度そうと決まってしまえばこちらが何を言っても無駄だと思えてならなかった。それはえりちゃんも同じだったようで、
「違う! 違うよ! そうじゃない!」と大声を出して否定してくれた。続けて彼女は言う。「恵人くんに口止めされてるとかじゃないの。彼は、私のためを思ってやってくれたの。だから彼は悪くない」
「あのな愛理奈。彼はお前を思って行動したのかもしれないが、こっちはそれで迷惑しているんだ。事実、今日の仕事は全てキャンセルした。それが何を意味するか、お前にも分かるだろう」
えりちゃんは俯いて、そのまま顔を上げなかった。
「だから全く悪いことはないんだ。ちゃんと彼には責任を取ってもらわないといけない」
責任……。その言葉は想像以上にずっしりと重く、恐ろしいもののように感じられた。僕はどう責任を取らされるのだろう。裁判、という文字が浮かぶ。次に、損害賠償。この事件において、それが適用されるのかどうか分からない。ただ、僕の知識ではこれが精いっぱいだった。
まるで判決を待つような心持ちで立ち尽くしていると、
「お父さんお母さん。もう二人の仕事の邪魔はしません。二人が一生懸命働いているのは、私のため。それはよく分かっています。だから今後一切邪魔をしないから…………恵人くんを許してあげてください。…………お願いします」
そう言ってえりちゃんは彼女の両親に向かって頭を下げた。
彼女以外の全員が驚いたような面持ちで彼女を見た。僕たち家族は純粋な驚きを、彼女の両親は短い驚きの後に呆れと怒りを混ぜたような表情になった。
彼女の母親の方は何か言いたくて仕方のない様子だったけど、父親が理性的にため息を吐き出すと言った。
「もとより私たちも大事にするつもりはありません。ただ、やはり責任は取ってもらわねばならない。君には、今後一切絵里奈と会わないと約束してもらう。連絡先もこの場で消去してもらう。それでどうだろう」
嫌です。それが紛れもない僕の意思だ。
しかし、この状況ではどうしても口にできない答えだった。父さんがインターホンを鳴らす前に、僕に反論するなというようなニュアンスのことを言った。僕も、これ以上家族に迷惑はかけられない。それに、彼女の父親の言う通り、相手にも迷惑をかけたんだから、その責任を負わなければいけない。
「…………分かりました」
僕はえりちゃんの顔をどうしても見れなかった。
それから僕とえりちゃんは、彼女の両親の前でお互いの連絡先を消去した。それを二度確認した二人によって、僕たち家族は許されることになった。部屋を出る前に、もう一度三人で深々と頭を下げた。
会ってはならないという約束の下、えりちゃんと別れの言葉を交わすことはできなかった。速やかに引き上げる家族に遅れないように、一刻も早くここから抜け出したい思いで、僕は部屋を出た。向こうからも、「バイバイ」の一言はなかった。
帰りの車の中で、父さんが言った。
「恵人、すぐにとは言わない。あの家族のことは忘れろ。あの家族は、俺たちとは全く別の価値観で成り立ってる。一人の高校生が、どう話したって変われるようなもんじゃない」
「……うん」
それはもう、身に染みて分かっている。
「大丈夫よ、恵人」
隣に座る母さんが、肩に手を置いた。普段なら絶対に嫌だけど、今だけは安心できた。
そうしてえりちゃんとの距離が、確実に遠ざかっていく……。
七月二十日。終業式。高校初めての、夏休みが始まる。
成績はどちらかというと低かったという程度で、補習の予定はなく、だから制服を着ることも当分ないだろう。
「行ってきます」
いつもよりも軽い鞄を持って家を出る。帰る頃にはうんざりするほど重くなっているだろうけど。僕はロッカーや机の中に置き勉している教科書類を想像して嫌な気持ちになった。
自転車の鍵を外す。黒いサドルは朝の太陽を受けて白く光っている。触るとすでに熱かった。
空を見上げると、まるで夏休みが始まることを祝福でもしているかのような青空だった。混じりけのない青色。夏の、青色。入道雲はないけど、それでも夏らしい雲が浮かんでいた。
空だけを見れば、それはそれは爽やかに違いなかった。でも今の僕に、夏の空を楽しむことはできなかった。
ものの二秒で、僕は顔を下ろした。スタンドを上げて自転車を走らせる。
えりちゃんとは、あの日以来一度も会っていない。そういう約束だから、当然と言えば当然のことだ。でも、実際はそれだけではない気がする。いや、本当はもう気づいている。約束を盾にして、彼女と顔を合わすことを避けているんだ。
結局のところ、僕はえりちゃんにとってさらに不幸をもたらす人物でしかなかった。何一つとして、状況を好転させることができなかったんだから。
そんな僕のことを、彼女はきっと恨んでいるだろう。いや、彼女のことだから恨まなくとも、よく思ってはくれないだろう。むしろ、そうあってほしい。
一通りの結末を迎えて、僕は僕の日常を、えりちゃんはえりちゃんの日常に戻ろうとしている。会うことを躊躇う僕は、やっぱりどうしても彼女のことを考えてしまう。性懲りもなく、どうすれば彼女が笑って過ごせる日々が来るだろうかと考えてしまう。これは諦めきれないことを意味しているのか、はたまた癖として習慣になってしまったのか。何となくどちらも当てはまるような気がするけど、習慣の割合が少し高いと思う。ただ、こうして彼女を避け続け、一日一日を積み重ねていくうちに、その割合も下がっていくのだろうかと考える。習慣だけじゃなくて、諦めきれない思いもバランスよく薄れていって、最後には情けない思い出として残るのだろうか。
それも……仕方ないかな、と思う。
何も変えられなかったけど、状況を悪くさせただけだけど、僕は僕なりに行動したつもりだ。精一杯動いたつもりだ。それでダメだったんだから、仕方ないのかもしれない。まだ、完全には割り切れないけど。
一学期最後の教室は、テスト終わりにも似た解放感で浮き立っていた。みんなの表情は夏の空にも匹敵するほど眩しくて、何だか羨ましい限りだった。僕は心から笑えない。えりちゃんも、きっと同じだろう。
「よ、恵人」
「冴えないな」
「いつもこんなだよ」
ぶっきらぼうに言う僕に向かって、
「なあ、恵人はどうしたい?」
と江藤は言った。
「は?」
「いや、恵人自身の気持ちだよ。本当のお前は、どうしたいって言ってる?」
「…………さあ。分かんない」
「いつか分かるさ、きっと。まあとりあえず一学期も終わったし、これから夏休みだし、楽しんでいこうや!」背中を叩く。
「こいつほんとに同い年かよ」と僕は小さく独り言ちた。
体育館で、面倒の一言に尽きる終業式を終え、教室に戻ってからも同じような気持ちにさせるお知らせの後、通知表が配られた。オール五は、このクラスにはいなかった。化学四でニアピン賞だった女子が、このクラスの最優秀生徒となった。一方僕は、そんなハイレベルの競争に参加できるほどの学力はなく、平凡なクラスメイトと平凡な勝負をした。
そして一学期が終了した。置き勉した教科書は想像よりもずっと重く、お米一袋を担いでいるように感じられた。
「じゃあ夏休み中どっか遊びに行こうぜ」
「分かった」
「じゃあな恵人」
唯一自転車通学の僕は、校門で別れる。「バイトしないとなー」「俺もだわ」「何がいいかな」という声が徐々に遠くなっていく。友人達をしばらく見つめ、反対側を向いて走り始める。
暑い。今は昼時で特に暑い。そう言えば、えりちゃんと再会した日も同じようなことを考えていた気がする。あの時はまだ夏が始まったばかりで、これからどんどん気温が高くなることにげんなりしていた。
七月も下旬に入ってくると、世界は本格的に夏仕様になる。空も、空気も、町も、全てが濃い生気に満ち溢れている。それはそれでいい。目に映る景色は他のどの季節よりも鮮やかで、見ていて飽きない。だけど、今年の夏だけはどこかくすんで見えるような気がする。それなのに暑さはちっとも和らいではくれない。早くも汗が顔を滴り落ちた。
寄り道は、しなかった。えりちゃんと再会した日を思い出してからというもの、あの日と同じことをするとばったり彼女と出くわしてしまうように思えた。直射日光は、自転車を飛ばしてその時間を減らす。
当然、家に着く頃には息が上がっていた。体はサウナにでも入ったかのように熱を持っていた。汗が滝のように流れている。
「……ただいま」
新鮮な空気を求めるのに必死で、そう言うのも一苦労だった。
返事はなかった。僕は玄関に鞄を置き、そのまま風呂場へと向かった。
シャワーで汗を流し終えると、母さんが作り置きしてくれていた昼ご飯を食べた。一時の満腹感を覚えたま、自室のベッドに横になった。枕元に置いてあったリモコンで扇風機をつける。部屋が閉め切ってあることに気づいて、窓を開けた。
町の音がクリアに聞こえ始める。
ジィ――――ョジィ――――ョと鳴くセミの声に混じって、車の走行音や布団を叩く音がする。子どもの声はしなかった。一人の家に集まってゲームでもしてるのだろうか。
暑さに耐えきれず、目を開けた。少し頭がぼんやりしていて、まどろんでいたことを理解する。携帯を確認すると、時間にして三十分ほどが経っていた。せっかくシャワーを浴びたのにまた体がべたついた。悪態をつきつつ、起き上がる。
リビングで冷えた麦茶を二杯飲んだ。それでも暑さは和らがない。冷凍庫に何かないかと確認するも、ドリアとかピザとか冷凍食品しかなく、どうしてこの時期に一つもアイスがないのかと苛立った。
ないなら仕方がない。財布をポケットに忍ばせ、また日差しの中に出た。自転車を走らせるとまた汗だくになってしまいかねないと思って、歩いてコンビニへ。「いらっしゃいませー」という店員の言葉を耳に、真っ先にアイスコーナーへ向かう。
もちろん、夏だからと言って売り切れるわけではないことは分かる。だけど、何となく散らばるようにして置かれたアイスたちは、売れ残りのように見えた。そのうちの一つ、ソーダ味のものを選んだ。レジで素早く会計を済ませ、袋を破り捨てると――
目の前に、浅田がいた。
「あっ」と僕は思わず声を出した。浅田は、そんな僕を見て「こんにちは」と言った。やっぱりどちらもぎこちない。一応彼女との関係は、お互いが納得する形で終わった、はずだ。それでも彼女に後ろめたさや申し訳なさを瞬時に覚えてしまうのは、まだどこかで引きずっているからだろうか。……そうはあってほしくないけど。
入口のど真ん中で立ち尽くしていると、浅田が言った。
「先輩、ちょっと時間ありますか?」
僕たちはたこ公園に場所を移した。移動の際、浅田は何も喋らなかった。僕の方も、情けなくも何を話せばいいのか分からなくて、無言を決め込んでいた。
砂場のベンチに腰かけた。ついに三週間ほど前に、僕はここに座っていた。あの時はジュースを持っていて、隣にはえりちゃんがいた。今はアイスの棒を持って、隣には浅田が座っている。ただ、それだけ。それだけだけど、僕にとっては見える景色が、感じる空気が、大きく違っているように思えた。でもそれを言葉に置き換えられるほど僕は賢くなかった。誰にも伝えられない歯痒さは、でも別に誰に伝える必要もないという思いに薄れていった。
「夏休み、始まりました、ね?」
中学と高校では時期がずれるのでは、ということに喋りながら気づいた浅田は、微妙なテンポで疑問形に持っていった。
「うん。今日から」
「じゃあ、一緒だ」
「そっか」
「はい」
沈黙。後ろの木々から蝉しぐれが降ってくる。僕たちとは違って、世界は騒々しい。その騒々しさは、僕に妙な圧迫感みたいなものを与えてきた。沈黙に耐えかねて、僕は口を開く。
「あのさ――」
「先輩って、どうして私と付き合ってたんですか?」
「え……?」
思いもよらない質問を受けて、呆然とした。当の浅田は飄々としていて、「もう別れたんだから言っちゃってくださいよ」と言った。
それでも僕はふんぎりがつけなくて、押し黙っていた。
「私が、告白したからですか?」
浅田の問いかけに押し出されるように、やっと声を出せた。
「もちろん、浅田かわいいし優しいし、好きだったよ。でも……うん。振ったらかわいそうだと思ったのも……ある」
申し訳なく口にしたその言葉を聞いた浅田は、突然噴き出した。
「それ、全然優しくないですよ」
「ごめん」
「心から好きでもないのに付き合われても、こっちは嬉しくないんですよ」
「……ごめん」
殴ってほしいと思った。でも、浅田はそんなことをしない。
「私、一高受けようと思うんです」
それは、この地域では最上位の公立高校だった。確か、僕の年では女子が一人行ったか行ってないかくらいの競争率だ。単に学校のレベルが低いだけということもあるだろうけど。
でも、浅田の学力なら行ける気がした。
「先生も親も応援してくれてるんです」
「受かるよ、浅田なら」
「私は、私の意思で一高に行きたいって決めましたよ」
その言い方は、どこか挑戦的なように聞こえた。
「先輩は、どうなんですか?」
「僕は……どうだろう。そこがちょうど合格ラインだったって理由が一番かな」
「そうじゃなくて。先輩は、恵人先輩は、今、何をしたいですか?」
浅田が、一体何のことを話しているのか理解できなかった。僕の顔は、戸惑いに溢れていただろう。そんな僕見て、浅田はじれったそうに、でもそれを抑えるようにして言った。
「先輩って、私の時みたいに相手を優先しますよね。でもそれって、さっき言ったように優しくなんてないですからね。もしかしたら、誰かは先輩の本当の気持ちを待っているのかもしれませんよ」
意味深なその発言は、でも確かに僕に伝わった。
僕は、世界で一番の大ばか者だ。明らかに大げさだけど、今この時だけはそうやって自分を罵りたい。
「ごめんっ……浅田……」
彼女と向き合って、僕は頭を下げた。
「僕……ほんとに最低だった。浅田と付き合う資格なんて元からなかった。傷つけて傷つけて……ほんと、そればっかりだった……。謝るだけじゃ足りないけど……今僕ができるのは、謝ることだけだから……浅田の気が済むまで謝らせてほしい。ごめん……」
汗が、まるで涙みたいに地面に落ちた。
「何で私、先輩のこと助けてるんだろうなぁ……」 浅田の声が聞こえた。明らかに自嘲の色が混じった声で、続ける。「でも、仕方ないか。そんな先輩が、好きなんだから……」
そう思ってくれる浅田が嬉しくて、でもそれ以上にはるかに申し訳なくて。僕はずっと下を向いたままでいた。
「いつまでもそうしてないで、早く行ったらどうですか? 好きじゃない人のとこにいないで、ほら」
顔を、上げる。正直泣いていると思った。
浅田は反対に笑っていた。でも、今にも崩れてしまいそうな、危うい笑顔だった。
「早く行かないと殴っちゃいますよ」
殴られたいと思っていた僕にとってその言葉は、一つの理想だった。でも、なぜか。今はそれを受け入れてはいけないと思った。
「ごめんっ、浅田……。僕、行くよ!!」
そう言って僕は駆け出した。後ろは振り返らない。振り返ってはいけない。浅田とは、今ここで、本当の意味で終わったんだ。考えちゃいけない。僕が今考えるのは、考えたいのは……。
向かう先は、駅だった。最短ルートを選んで走り続ける。でも、駅の出入り口についた途端、不意に僕は立ち止った。
違う、彼女はきっと、そこにはいない。彼女がいるのは……。
どういうわけか、不意にそんな考えが浮かんだ。
ちょっと考えてみれば、そんなのただの思い過ごしだということに気づけたはずだ。でも、暑さにやられたせいか、酸素が足りないせいか、その考えが正しいとしか思えなくて、来た道を戻った。
結局、また汗をかいてしまった。自転車に乗っていなくても同じだった。でもそんなことどうでもいい。汗が目に入って染みるのも、きつくつぶって強くこすることで、我慢した。もう少し……あと少し……。
荒い呼吸を繰り返しながら前を見ると、扉が開いていることに気づいた。普段は開いていない正面の扉も、夏休み中だけは開放してあるみたいだ。僕は汗を拭って、小学校のグラウンドに入り込んだ。
白く光る校庭はもの静かで、周囲を見渡してみても、誰もいなかった。何だか寂しげな景色だな、と思いつつ、足を動かす。
一歩一歩歩くたび、大して強く蹴ってもいないのに土煙が舞った。規則的に聞こえる足音に何となく意識を向けながら歩く。
そうしていると、不意に声が聞こえた。
「なあ」
後ろを振り返ると、一人の小学生がいた。視線を外して周りを見てみると、もう校庭の半分を過ぎていた。
「あ、」僕の顔を見た小学生は、何か気づいたような声を出した。「あん時の高校生」
僕はさっぱり分からなくて、困り果てた。すると五年生くらいの少年は、にやっと笑ってこう言った。
「この前たこ公で彼女とイチャイチャしてただろ」
「は?」
「キスしたのか?」
思い出した。えりちゃんと再会して公園に寄った時、僕らのことを茶化してきた小学生がいた。
「あの時の小学生……」
「何だよ、彼女と上手くいってねーのか?」
「別に彼女じゃないし。それに、小学生に心配されるほどのことでもない」
「ちぇっ、つまんねー大人だな」
いろいろとツッコミたいことがあったけど、相手をしている暇はない。僕は何も答えずその場から立ち去ろうとした。
「おい!」
しかし、少年は僕を引き止める。
「何?」
ちょっと苛立ち交じりに振り返ると、少年は僕の気持ちなんか気にも留めず、挑戦的な笑みを返しながら言った。
「今かくれんぼしてんだ。兄ちゃんも隠れろ」
「はぁ?」
「いいから隠れろって。人足んねーんだよ」
「何で僕が」
「兄ちゃんの彼女は、隠れてくれたぞ」
その言葉に、少年に抱いていた苛立ちやうっとうしさが全て消えていった。
僕を試すかのように腕組みする少年を見たまま立ち尽くす。
「……一分、時間くれ――」
「いーーち、にーーい、」
「早い早い!」
急にカウントが始まって、慌てて駆け出す。でも、隠れる場所はすでに決めていたから、足取りに迷いはなかった。
そこまでの残りの距離を走りながら、どこか懐かしい気持ちになった。あの時も、僕らはかくれんぼをしていた。僕は体育館脇の物置スペースに隠れることにして、金網の扉を開けた。そこは手入れをサボって伸び放題になった草木が生えていて、空間の真ん中に物置用のコンテナが一つ置かれていた。見つからないよう、裏の方に回ると――
えりちゃんがいた。あの時も、今も、変わらずにえりちゃんはそこにいた。
「恵人くん……?」
驚いたように目を見開く彼女に、僕は「隣、いい?」と言った。
学校指定の制服に身を包む彼女は、無言で僕の分のスペースを空けてくれた。
「かくれんぼ、僕もすることになった。……させられたんだけど」
聞かれる前に、僕は答えた。
「私も、似たような感じ」
それで僕らは小さく笑った。
笑い声が収まると、この小さな空間には草木の揺れる音とセミの音しかしなくなった。空を見上げると、分厚い入道雲が少しずつ、でも確実に膨れていた。
「あの、言いそびれてたことがあったんだ」
その言葉は、なぜかすんなりと口から滑り出た。
「僕、彼女がいたんだ」
えりちゃんは真っ直ぐに僕を見ていた。僕も、目を逸らさずにその目を見つめ返す。
「ごめん、黙ってて。何となく言い出せなくて。彼女の方にもえりちゃんのこと言えなくて、傷つけた。それに今だって、えりちゃんのこと、傷つけてる」
「そっか」
「本当にごめん。でも僕、やっと自分の気持ちに気づけたんだ。聞いてくれる?」
えりちゃんは、そっとささやくように「うん」と言った。頷き返して、ちゃんと伝わるように祈りながら息を吸い込んだ。
「僕がえりちゃんのそばにいて、幸せにしたい」
間近にあるえりちゃんの瞳が、かすかに揺れた気がした。
「もちろん、えりちゃんはお父さんとお母さんから愛情をもらいたかったってことは分かってる。家族にもらうそれと、他人からもらうそれとでは全然別物だとも思う。でも、それでも、僕がいっぱい笑わせるから、幸せにするから、だから――」
唇に、柔らかいものが触れた。それがえりちゃんの唇だと理解するのに、結構時間がかかった。
離れた唇に、わずかな熱が残った。
「どうだった?」
「……しょっぱかった」
「私も」
「何か、ごめん」
「あの時と一緒だね」
「うん、一緒だ」
そうして僕らは笑い合った。それで幸せだった。頬を赤く染めて笑う彼女も、同じ気持ちでいてほしいと思った。
手を繋いで空を見上げる僕らに、声が届く。
「高校生カップルみぃーーーーっけ! イチャついてんじゃねーよ!」
僕らはお互いに顔を見合わせ、そしてまた笑った。
夏のキスの味が、まだ残っていた。
青い僕らの夏 高瀬拓実 @Takase_Takumi
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