第1話

1.塔(1/2)

「ん……」

 意識がはっきりしないまま、寝惚ねぼけた目をこする。

 ギシギシときしむ、けれどふかふかと柔らかいベッド。インド更紗サラサの壁紙。厚い布でおおわれた窓。

「ん……?」

 ここが自宅でないことは明らかだ。

 そして、学校でないこともわかりきっている。

 それじゃあ、ここは——?


 バクバク音を立てる心臓をおさえつけ、落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせる。

 普通ならあちこち見て回ったり、ばっと飛び起きたりするところなのかもしれないが、それどころじゃない。

 いや、そもそも、迂闊うかつに動き回っていいものなのか。


 頭がぐちゃぐちゃになる。まず、何をするべきだ? どこに行くべきなんだ?

 ああ、こんなことになるなら、サスペンス小説のひとつでも読んでおくんだった。作り話とはいえ、少しは役に立ったかもしれない。


 そうだ。まず、何があったか思い出そう。

 最後の記憶は、十一月二日。前日よりも少し肌寒かった気がするあの日、通学路に人がひとりもいなかった。

 たしか、黒猫がいたっけ。そのあと頭の上でからすがくるくる飛び回っていて、不穏ふおんなことが起きるんじゃないかと冗談じょうだん半分で考えていた気がする。

 そのあとは——覚えてない。まったく思い出せない。


 ということは、最後の記憶はからすだ。その前の記憶は黒猫、もうひとつ前は人のいない道。

 十分に思い出した。次はなにをしたらいい?

「…………」

 駄目だめだ。なにをしたらいいのか全くわかない。


 よし、体を起こそう。ようやくそう決意し、ゆっくりと上体を起こす。

 ぐるっと部屋を見回すと、ここがそこそこ豪華ごうかな場所だということに気付いた。ベッド、机に椅子、本棚にはいくつもの本、地球儀さえ用意されている。当たり前といえば当たり前だが、とびらもある。隠し扉とか、そういうものではないみたいだ。要するに、出ようと思えばいつでも出られる。かぎさえかけられていなければ。


 慎重しんちょうに、ドアノブに手をかける。あせりすぎず、あわてすぎず、なるべくゆっくりとドアノブをひねり、扉をひらこうと試みる。

「……いた……」

 呆気あっけにとられ、つい言葉を発する。いや、たしかに出ようと思えば出られるとは思ったけれど、それにしたってこんなに簡単だとは思っていなかった。

 部屋を出た先は、廊下ろうかのような場所。下に降りられる階段があるが、上には登れないようだった。


 部屋に戻るべきか悩み、先に進むべきか悩み、階段を降りるべきか悩み、結局、決断にはかなりの時間をゆうした。

 一歩ずつ慎重に、まるでわなでも警戒けいかいしているかのように、そろりそろりと階段を下る。カーペットが敷かれた階段はどうも見れず、歩き慣れず、このような状況なので余計に緊張きんちょうが増す。

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