第13話◎
僕はゆっくりと頭を回転させながら、一語一語を口にした。
「まず牧山さん、どうして僕の爺ちゃん……祖父の中間霊域にいるの?」
「私、小さい頃に、あなたのお祖父さんに命を救われたことがあるの。あなたにもね、竜太くん」
「え?」
そんなことがあったのだろうか?
「むむ! 竜太、その顔は信用しとらんな?」
いや、それはそうだろう。生前の祖父のイメージとしては、明るく楽しく賑やかに、を体現するような人だったのだから。
里香は続ける。
「それで、私の家には私と竜太くんと竜蔵さんの三人で撮った写真があって……。それを見つめていたら、私も中間霊域に引き込まれたの」
なるほど。中間霊域は、亡くなった人にとっては一人の世界だが、誰を、あるいは何人を呼び込むかは自由である、ということか。
「私も竜蔵さんのお葬式に行ければよかったんだけど、ショックで家から出られなくて……」
そうか。彼女の性格ならあり得る。
「でも、落ち込んでばかりもいられない、私も何か竜太くんにしてあげられないかと思っていたら、女神様が私をいざなってくれたの。この世界に」
「ぼ、僕のために……?」
すると、再び頬を染めながら里香は頷いた。
「まあー、わしの未練はいろいろあったんでな。お前一人じゃ不安だったんだ、竜太。そこで助っ人を探していたら、女神様が絶好の人材を選んでくれたというわけだ」
その時になって、僕はようやく『里香の命を救った件』について思い出した。
確かあれは、僕たちが四、五歳くらいの頃だ。余所見運転のトラックが、たまたま歩道に乗り上げて里香の元へ突進。それを見た僕は彼女を突き飛ばし、さらに僕たち二人を守るように祖父が飛び出してきた。
奇跡的なことに、三人とも無傷、あるいは軽傷。だが事故はそれだけで終わらなかった。
トラックの運転手が逃げ出したのだ。それを、祖父が追いかけ襟首を引っ掴み、半回転させて背負い投げ。そのまま警察に突き出した。
そのお陰で、祖父と僕は警察署長から直々に表彰された。当時、同じ幼稚園に通っていた
友梨奈は、未だに我が事のように触れ回っている。
だが、僕と里香は別々な小学校に通うこととなり、特に連絡を取り合うこともなかった。
「そう言えば、そうだったね……」
僕は気まずくなって目を逸らした。
僕にとって、里香は『とある女の子』に過ぎなかったのだ。つい先日までは。決して忘れていたわけではなかったけれど、特別話すこともないだろうと思ってそのままになっていた。
僕は話題を変えることにした。
「ねえ爺ちゃん、この世界は一体何なんだい? 僕、突然食われかけたんだけど」
「ん? ああ、もちろんここも、中間霊域の一角だ。女神様に頼んで、だいぶ手の込んだものにしてもらったがね」
まあ、今更恐竜が出てきたところで、驚くことでもないのだろう。
しかし、それでも今回の中間霊域について、僕にはあと二つ確認したいことがあった。
「爺ちゃん、僕たちが怪我したらどうするのさ? 危ないところだったんだよ?」
「ああ、心配ない」
ひらひらと片手を振ってみせる祖父。
「中間霊域で死んでも、強制的に現実世界に戻されるだけだ。怪我をしても、動きは鈍るだろうが痛みはあまり感じないはず」
『ま、主人公補正というやつだ』と葉巻を口に語る祖父。気楽なものだ。
「もう一つ訊きたいんだけど、やっつけた恐竜の死体が消えちゃったんだ。あれは、どういうこと?」
「お前、それを言い出したら今頃血塗れだぞ」
「うっ」
確かに。
「お前と一緒に、恐竜狩りをするゲームをやっとったろ? あの世界観に入ってみたくてな。だがお前はあんまり乗り気じゃなかった。残酷だとかぶつくさ言いおって」
「僕は血を見るのは大嫌いなんだ!」
「そのくせ、無事にここまで来たということは、恐竜と遭遇して倒してきたんだろう?」
「うん……」
祖父はゆっくりと立ち上がり、僕の頭に手を載せた。
「お前は優しい子だ、竜太。だから、出血のエフェクトはナシにしておいた」
ふうん……って、何だって?
「じゃああの恐竜は……」
「ま、ハリボテみたいなもんだ。お前の命に関わる事態は起きないし、恐竜も消え去るだけ。これならお前も余計に心配することなく、十分腕を振るえるだろう?」
なるほど。と、僕は納得させられていた。剣を手に取ったのも、身体の動きが俊敏になっているのも、主人公補正というわけか。
「そういうわけで、お前と里香にはしばらく神話の世界で活躍してもらう。差し当たって、まずはアクションゲームの舞台だな。恐竜狩りの様子を、わしにも見せてくれ」
全く勝手な人である。それでも嫌いになれないのが、僕と祖父との関係なのだけれど。
「でも爺ちゃん、アクションを爺ちゃんに見せる、ってどういうこと? ついてくるの?」
まあ、この人なら足手まといにはならないだろうが。
「うむ。そのあたりは女神様に話をつけてある」
(そうそう、心配はご無用ですよ、竜太さん)
あ、これは女神様の声だ。里香にも聞こえたらしく、視線を上げる。そこには緑色の、小さな球体が浮かんでいる。
(竜蔵さん、準備はよろしいですか?)
「おう! 構わんよ」
(では)
祖父の身体が薄い緑色に包まれた。ちょうど女神様の長髪と同じような色合いだ。すると、
「おっと!」
という言葉を残し、祖父は消えた。いや、違う。小さな球体に姿を変えたのだ。銀色の、ゴルフボールくらいの大きさに。
変身した祖父はしばし、あっちでふわふわ、こっちでふわふわ、浮かんだり沈んだりしていたが、
(ようし、移動のコツは掴んだ! これでお前たちに同行できるぞ!)
と威勢よく飛び跳ねた。その声は、ちょうど頭の中に直接響いてくるような感覚だった。顕在化する前の女神様と同じだ。
(それでは皆さん、ご武運を~)
毎度気楽な声を残し、女神様は天井をすり抜けてどこかへ行ってしまった。
(さあ行くぞ! 恐竜共を狩り尽くせ!)
「そんなに元気なら爺ちゃんがやってよ!」
(いや、わしもう死んどるし)
うっ、と言葉に詰まる僕。
その時、クスリと笑い声がした。
振り返ると、里香が笑っていた。僕と祖父(の変身した球体)の会話を見ながら、口元を押さえ、軽く肩を震わせている。
「どうしたのさ、牧山さん?」
ムキになった僕は、少しだけ棘のこもった口調で問いかけたが、
「二人は本当に仲がいいんだね」
という言葉に、言い返すべき文句を見失ってしまった。
(お前と竜太ほどではないがな!)
と言って、祖父はコツン、と軽く里香の額に体当たりをかました。
「ごめんね牧山さん、うちの爺ちゃん、こんな人で……」
すると里香はゆっくりと首を左右に振りながら、
「ううん、いいの。私のお爺ちゃん、私が産まれてすぐに亡くなっちゃったから、羨ましいなって思っただけ」
「そ、そう?」
僕は別に褒められたわけでもないのに、腕を後頭部にやって軽く掻いた。
「そ、それと、竜太くん」
「ん?」
僕は視線を合わせようと試みたが、里香は俯いている。言いにくいことがあるのだろうか。
「もし、迷惑だったらそう言ってほしいんだけど……」
いつぞやの僕と同じようなことを言い出す里香。
「何? 僕にできることだったら何でも――」
「里香、って呼んで。私のこと」
「……へ?」
僕は呆気にとられた。
「わっ、私もあなたのこと、り、竜太、って呼ぶから……」
僕は自分の頭から湯気が出る様を想像した。これも不思議なことだけれど、祖父がニヤニヤ笑っている気配が伝わってくる。しかし、里香からファーストネームでの呼び合いを要請されるとは。
「ぼ、僕は構わないけど……里香」
「あ、ありがとう……竜太」
僕たちはしばし、俯いたまま向かい合っていた。祖父も言葉をかけてくる気配はない。
こんな時に場を和ませてくれたらいいのに、全く現金な人だ。
次に口を開いたのは、里香だった。
「もうすぐ夕方だし、私たちも帰らなきゃならないから、もう一仕事、していかない?」
「そ、そうだね! 爺ちゃんも生で、戦いって見たいだろうし」
(おう、分かっとるじゃないか二人共! じゃあもう一戦、派手なやつを頼む!)
ついつい『そうだね!』などと口走ってしまった。が、空気を読んだ里香の、ひいては祖父の狙いに、上手くはめられたような気がしないでもない。
気づけば、ロッジにも夕日が差し始めている。何物かを仕留めるなら、早い方がいい。
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