第9話
翌日。
「お待たせしましたッ!!」
「……」
昨日までの空気感はどこへやら、バリバリの元気キャラになった里香が、自分の机に例のトランジスタラジオを置いた。
そんな様子を、僕はある意味圧倒されながら見つめていた。
トランジスタラジオは、本当に新品同様に、いや、新品にすり替えられたかのように堂々として輝きを放っている。素人目で見ても、こんなに輝かしいラジオを見たのは初めてだ。
「この子が不調だったのは、単に電極部分の接触が悪かったからだよ!」
昨日もそうだったが、里香は機械のことを『この子』『あの子』と呼ぶらしい。何というメカニック魂だろうか。
「はい! この子にもお世話になったから、大事に使ってあげてね!」
そう言って、僕にラジオを差し出す里香。ふと、目が合った。
一瞬。ほんの一瞬のこと。
だがその瞳は、昨日までの牧山里香に対する僕の印象を一変させるものだった。
興味津々、幼稚園児のような輝き。僕のような人間に向けられるには、あまりにも無邪気で眩しい眼差しだった。
その瞬間、ドクン、と心臓が僕の胸を打った。一気に血流がよくなり、頭がクラッとするほどの血が上る。
こんな感情、友梨奈の前では感じたことはなかったのに。
いや待てよ? どうして友梨奈が出てくる? 何故里香を友梨奈と比較するんだ?
二人の共通点は、僕と同い年であること。同じ高校に通っていること。数少ない、僕と会話のできる人物であること。いいや、そんな些末なことではなくて。
――異性であること。
確かに、友梨奈は魅力的だと思う。こんな僕の面倒を見てくれるくらいだし、行動的だし、かと思えばとても優しいし。
でもそれは、『人間として』魅力的だという意味だ。今目の前にいる牧山里香という人物に抱いている感情とは、『魅力』の方向性が違う。
では、里香に抱いている『魅力』とは何か? それこそ、異性としての好意であって――ああもういい、僕は里香のことを好きになってしまったようなのだ。
僕と同じようにクラスでは目立たず、誰それといった友人もいない。そこに共感したのか。
もしかしたら、そんな生き方を堂々と、しかし目立たずに送っている里香が羨ましかったのかもしれない。
そんな彼女を喜ばせることができた。そしてこれからも話しかける機会を作ることができそうだ。それだけで僕は、翼でも生えて舞い上がってしまうんじゃないかと思うほど。
ただ、今後のことは確認をとらなくては。
僕は声を低め、クラスの注目を浴びていないことを確認してから、
「牧山さん、お願いがあるんだけど……」
すると、いつもの空気モードに入っていた里香は、ゆっくりと、しかしきっちりと僕の目を見つめた。
「僕と、友達になってください」
本当は土下座でも何でもしたい。だが、クラスの目を考えるとそういうわけにもいかない。
とにかく。とにかくだ。
「もしよかったら、僕と友達になってください」
僕は繰り返した。すると里香は、何の躊躇いもなく
「はい」
いや、本気で心臓が爆発するかと思った。こんな告白じみた(いや、内容としては限りなく告白に近いんだけど)言葉に、迷いなく答えてくれるなんて。
僕は赤面してしまったのを悟られないように俯いた。ちょうどよく響き渡った、朝のホームルームの予鈴。僕は軽く頭を下げるような所作を取って、里香のもとを後にした。
その日の授業は、頭も心も一杯一杯で聞き流すのがやっとだった。帰りのホームルームを終え、僕は少しばかり、お隣である一年B組の前で待機。誰を待っていたかは言うまでもない。
その人物――友梨奈は、案の定友人たちに囲まれて教室から出てきた。しかし、
「あ、ちょっとごめん! 私、用事を思い出したから」
と言って輪の中から外れ、僕の前にやって来た。
アイコンタクトで、『人が集まる前に昇降口へ出よう』と指示を飛ばす。友梨奈の返答は『了解』だった。
「昨日は一緒に帰ってくれてありがとう」
「なんのなんの! まあ、幼馴染のよしみだと思ってくだされ! で、今日も一緒に帰ろうか?」
「あ、うん……。それと、ちょっと相談事があって」
「ふうん?」
飽くまで明るい友梨奈。だが、そこに一抹の緊張感が走るのを、僕は見て取ったような気がした。気のせいだったのかもしれないけど。
僕たちは人通りの少ない、工場地帯沿いの道路を歩いて帰ることにした。
僕がちょうど口を利こうとしたその時、
「で、相談事って?」
まさにベストなタイミングで、友梨奈は問うてきた。
「あ、えっと、その……」
うう、何故こんなところでしどろもどろにならなければならないのか。目の前にいるのは絶好の相談相手なのに。
友梨奈は僕を急かすともなく、ゆっくり隣を歩いている。僕は一度、大きく息を吸い込んで、パチン! と両頬を叩いた。
「何? そんなに大事な話なの?」
軽く笑いを交えた友梨奈の言葉に答えるべく、僕は目を閉じ、言い放った。
「……好きな人ができたみたいだ」
すると、僕のそばから友梨奈の気配がふっと消えた。歩き続ける僕に対し、彼女は立ち止ったのだ。
僕もまた立ち止まり、振り返って友梨奈の方を見る。彼女は、軽く俯いていた。
「友梨奈、一体どうし――」
「よ、よかったじゃん、竜太!」
そう言いながら、友梨奈はぴょこんと跳ねて僕の隣に舞い戻った。満面の笑みを浮かべている。だが、次の彼女の発言に、僕は違和感を覚えた。
「その……誰のことなのか、訊いてもいい?」
「うん」
こくり、と頷く僕。だが、いつもだったら、友梨奈は『ねえねえ誰なの!? 教えてくれるまで帰さないからね!』くらいのことは言ってのけるものなのだが。
まあ友梨奈も、いつもいつも元気一杯、というわけではないのだろう。しかしそれにしても、
「もし言いたくなければ、言わなくてもいいけど」
と、今日の友梨奈はずっと控え目な態度を崩さない。
「いや、友梨奈には教えるよ」
僕はもう一息、思いっきり空気を吸い込んでから、
「牧山里香さん」
と、ぽつり。
「へえ、そ、そうなんだ……。よかったじゃん、竜太。わ、私もあんたと里香さんなら、上手くいきそうだと思ってたよ。二人共物静かだし、私みたいなお祭り女は、あんたには似合わないだろうし」
再びの違和感。
どうして友梨奈は、僕が『里香のことが好き』という告白に対し、自らを引き合いに出したのだろう? 僕は励ますつもりで、
「で、でも友梨奈だっていい人じゃないか! 皆に対して親切だし、ムードメーカーだし。いいところがたくさん――」
「あーっと、ごめん!」
すると突然、友梨奈は僕の前で掌を合わせ、頭を下げた。
「今日、大通りの電気屋さんで、新しいスマホ見に行くんだった! 竜太、悪いんだけど、ここから先は一人で帰ってくれない?」
「あ、そうだったの? ごめん、友梨奈には変に気を使わせちゃったね」
「い、いいのいいの! じゃあ……」
そう言って、友梨奈は来た道を少し戻り、右側の角に消えた。
でもおかしいな……。三ヶ月前に『スマホ買い換えた!』って騒いでいたような気がするんだけど。スマホなんて、そんなに頻繁に買い換えるものだろうか?
まあ女子だし、おしゃれの一環なのかな。
僕は軽くため息をつき、自宅に向かって歩き出した。
※
一旦、本来の自宅に戻った僕は、改めてトランジスタラジオを取り出してみた。
「すごいなあ……」
里香に修理してもらう前と後では、本当に雲泥の差があった。
まさか本当に買い換えたのではあるまいか? だがそうしたら、里香が金銭的に損をするだけだ。それに、里香のあの嬉しそうな、わくわくという効果音が聞こえてきそうな眼差し。うーむ、やはりこのラジオは昨日のラジオと同一個体らしい。素人目には分からないだけで。
と、そんなことを考えつつ、僕は台所でビニール袋を漁っていた。
「竜太、丈夫なビニール袋なんて、何に使うつもりなの?」
「ああ、ちょっとね」
母の興味を逸らしつつ、僕は適当な厚さ・大きさの袋を五、六枚引っ張り出した。
祖父の書斎から中間霊域にワープする際、僕は強烈な睡魔に襲われた。次回、すなわち今日も同じ現象が起こるかもしれない。そこでこのラジオを海水に浸してしまうわけにはいかなかった。
あまりにも申し訳ないじゃないか、祖父に対しても、里香に対しても。
「よいしょ、っと……」
ラジオの梱包、というか密閉を終えた僕は、ラジオを防水鞄に入れて肩から掛け、いつもの坂道をゆっくり自転車で下っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます