共和国:グレーター・マジック・ミサイル

 姉が火竜姫と渾名あだなされているのは、国家機関筆頭の火精術師でかつ若くて女だから、ということなのだろうけど、「竜」の字を充てたのはたぶん今のような姉の様子を見た誰かさんなんだろうなと、怒りにまかせて無意識に振るった手から飛び出た火球ハリトが床を打つ炸裂音を聞きながら、わたしは思った。当たりどころによっては重傷だ、姉を取り巻いていた技術班の面々がわっとその輪を広げたけど、姉はどうやら気づいてもいないらしい、技術班長をまっすぐ見据えて、刺々しい言葉を途切れることなく吐き出すのに全神経を注いでいる。連邦からの引き抜き組の班長は、さすがに胆が座っているみたいだ、口から火を吹かんばかりの姉の剣幕を真っ向に受けて、それでも飄々としている。

「よろしゅうございますか、お言葉ではありますが」班長は言う。「制御機構も燃料パイプも、要求仕様を全項目計算しなおして軽量化に臨んだんです。われわれはビスひとつだって、邪険に扱うことはしていません」

「そ・れ・が、自らを試験場ごと吹き飛ばした出来損ない第3エンジンの言い訳になるとでもいうんですか」姉がすかさず噛みついた。姉の左手が指し示す窓の外、二刻前まで試験場が建っていた場所には、大きな穴が、暗い火をその底からちろちろ見せつつ煙を噴いていた。そちら側の窓硝子は軒並みきれいに吹き飛んでいる。この場の皆が無傷でいられたのは、わたしと姉とのとっさの障壁術式コルツが間に合って、爆風と飛散した硝子片とを防げたためだ。

「ですから。今日までに七度の模型試験と二度の実機試験を経たうえで、自信をもって送り出した自慢の子をですよ、吹き飛んだのは技術班のせいだと一方的に言われましても」

「成る程」姉はひらりと返した掌で、ひどく優雅に班長の顔を指した。先ほど火球を生み出した同じ掌だ、さすがの班長も身じろぎをした。「では術師わたしが悪い、と言うのですか。相応の覚悟がおありなのでしょうね?」


「んわははははははは」デッキの方から楽しげな笑い声。「議論白熱だな、いやけっこう、けっこう」なんとまぁ、元首閣下ご本人だ。班長は悠然と、閣下に向き直って片膝をつき頭を垂れた。班長の薄い頭頂が目立つ。閣下の笑い声に振り返り、半呼吸ほど遅れて、姉も周りの技術者たちも同じ姿勢で礼をとる。

「このままで失礼します」わたしは動き回っている観測班の面々を代表して、術式を維持したままで、閣下に向けて小さく言った。観測機器を巻き添えに燃えつきてしまった第3エンジンの試験結果を調べるには、魔力の残り香を観測し続けるくらいしかしようがない。たいした役には立たないだろうけど、消えゆく残り香を何もせず見逃してしまうわけにはいかない。閣下はわたしに短く手を挙げて、そのままで構わないと言下に示した。屈強な護衛の空軍兵たちに囲まれて、小肥り笑顔の閣下の立ち姿は、一見、微笑ましくさえ見える。いちばん危険なのは閣下ご本人だというのに。

「原因はまだ調査中だと聞いているが」閣下はそう言って、すこし間をおいてから、わたしのほうにちらと目を向けた。

「はい」わたしは応える。「エンジンが術式に耐えられなかったのは確実です。術式が発現した魔力量がどの程度だったのか、いま観測班で、魔力の残沚をできる限り集めて調べています。エンジンのどこが問題だったのかは、ええと」わたしは技術班長に目を向ける。技術班長はわたしの言葉を継いで続ける。

「エンジンについては、魔力残沚が薄まって安全確認いただけ次第、技術班で残骸の回収から調査開始します。この状況ですので」班長は試験場跡をちらりと見てから続けた、「調査開始は明朝からとなる見込みです。残骸の状態によっては、原因特定が不可能と判断される可能性もあります。」

 姉は目を伏せて大人しくしているが、だいぶ不機嫌なのは、わたしには分かる。


「この際だから、はっきり言うが」満面の笑顔をたたえたまま、閣下は言った。あ、これ、かなり怒ってるな。「犯人探しには興味はない。大洋を越えて合衆国本土にまで核熱術式ティルトウェイトを送り込める魔弾マジック・ミサイルを、限られた資材と人材で、出来る限り早く作りあげること。私の興味は、それに尽きる。…技術班長、今回の試験は、軽量化したエンジン機構と純度の高い火精触媒との二点が要旨ポイントだった、そうだな?」

「はい、」班長は顔を上げ、言葉を選ぶためか少し時間をおいてから続ける、「二点の変更を同時に試験するのは、いわば掛けでした、成功すれば一石二鳥で資源も時間も節約できますが、失敗すれば、二点のいずれが原因だっのか切り分けるなど、余分な時間がかかります」

「あぁ、その説明を試験前にしてくれたことは、よく覚えているよ。分の悪い掛けだったとも理解している」閣下は言った。「つまり、私は掛けに負けたのだ、今回はな。それは私の判断だ、諸君らはただ私の代理で賽子ダイスを投げただけなのだから、結果について気負う必要はない…ふむ、二点のいずれかでなく、両方が原因だった可能性もあるのかな?」

「おっしゃる通りでございます」班長がまた頭を下げた。

「二点について、改めて教えてほしい。エンジンのほうから聞こうか」

「はい」技術班長は今度は淀みなく話し始めた。エンジンは、3分の1の重量で既存の2倍の耐久性を持つという、新素材と新工法との組合せ。触媒は、巻物スクロールを使った小規模な試験では最大1.5倍の魔力発現を記録したという、高純度の火精触媒。専門用語が時おり挟まれたが、それを判らない聞き手がいればその聞き手の方が悪いのだろうと思わせられるような話しぶりだった。こういう話術はどうしたら身に付くのだろう、知識と自信とハッタリと三拍子そろっているんだろうな、と私は聞き流しながら、観測された魔力の概算をまとめていた。なるほど、そういうことなら計算は合う。

 技術班長の話の終わりに被せて、わたしは口を挟んだ。「観測の結果をまとめました、概算ですが、今回発現された魔力量は、前回の3倍以上、5倍未満、だったようです、小規模な試験以上の性能があったのでしょう」

「ほう」閣下の笑顔が変わった。今度はどうやら、楽しんでいるらしい。「イェン家の火竜姫の息吹は、今回の細工物には強力すぎた、ということか」そう言う閣下の視線を受けて、姉は閣下と同じ種類の笑みを浮かべたが、特に声には出さずただ黙礼した。

「技術班長。3分の1の重さで2倍の耐久性なら、同じ重さで6倍の耐久性も実現可能、と考えてもよいか?」

「理論的には確かに可能ですが、その」班長は珍しく言い淀んだ。「…特定の術師に依存するエンジン設計は汎用性に乏しく、兵器としての長期的な運用に支障がないでしょうか?」

「この新兵器を長期運用できるまで、我が国が亡びずに持ちこたえると、保証してくれるのかね、きみ?」自嘲的な亡国冗談ジョークに自分で笑いながら閣下は言った。「あるいは我らが火竜姫がおばあちゃんになるまで、エンジンをいじり続ける気かね? 私の興味は、そこにはないよ」

「承知いたしました、軽量化に替えて耐久性を最優先事項とし、可及的速やかに再設計をいたします。」

「任せる」閣下はこちらに顔を向けた、「今日は観測班長と呼んたらよいのかな、白竜姫? 観測結果の詳細は、明日の朝に聞こう」

「はい、明日朝までには、技術班長と政務官とに共有しておきます」わたしは応えた。閣下は私の声を背に、高らかに笑いながら、空軍の風精術兵たちとともに、デッキの上へと歩み去っていった。

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ティルトウェイト・ラプソディ もあいぬ @moaiwithadog

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