第百二十九話 W

 都内に住む女子大生のGさんが、まだ中学生だった頃の話である。

 ある夜Gさんのスマートフォンに、一件のメッセージが届いた。

 相手は××君という、親戚の小学五年生の男の子だ。親戚といっても遠縁で、普段はなかなか会う機会がなく、たまにSNSでやり取りするぐらいなのだが――。

 何だろう、と思い、Gさんは送られてきたメッセージを確かめた。

 奇妙な文面だった。

『wwwww』

 これだけである。

 Gさんは首を傾げた。

 wが羅列されているのは、おそらく「笑い」を意味するネットスラングだろう。純粋に可笑しがる様を表現する以外にも、場合によっては、あざけりやあおりの意味もある。

 もっとも、××君に突然煽られる理由もないから、やはり普通に笑っているのだろうか。

 まあ、普通に笑われること自体、特に理由が思い浮かばないのだが……。

 それとも、送る相手を間違えたのか。それならあり得る。

『何か面白いことでもあったの?』

 Gさんは、試しにそう返信してみた。

 しかし××君からは、何の反応もなかった。


 それから一日経った、翌晩のことだ。

 再びGさんのスマートフォンに、××君からメッセージが届いた。

『wwww』

 内容は変わらない。やはりwの羅列である。

『どうしたの?』

 Gさんはとりあえずそう返信したものの、やはりそれっきり反応はなかった。


 翌朝、Gさんはメッセージのことを母に話してみた。

「なんか、××君から変なメッセージが届くんだけど」

「××君って、あの××君? あの子、つい最近、事故で入院したって聞いたけど――」

「え、そうなの?」

「確か三日ほど前よ。あ、でも連絡があったってことは、もう大丈夫なのかしら」

 そうかもね――と、そんな形で母との会話は終わった。

 ……そして夜になると、また奇妙なメッセージが届く。

『www』

 やはり、内容は同じである。

 強いて違いを挙げれば――Wの文字が、ことか。

 Gさんはそのことに気づき、一昨日からのメッセージを見返してみた。

『wwwww』

『wwww』

『www』

 やはり、一日に一文字ずつ減っている。

 何だか、少し気味が悪くなった。


 Gさんが母から嫌な話を聞かされたのは、その翌朝のことだ。

「昨日××君の話、したじゃない? あれから伯母さんに連絡してみたんだけど――」

 伯母さんというのは、要するに××君の母親である。

「……××君、重体で、まだ意識が戻ってないみたいよ」

「え、嘘……」

 Gさんは眉をひそめた。

 だったら――ここ数日のメッセージは何なのか。

 改めてスマートフォンを確かめる。

 送り主は、××君で間違いない。

 Gさんは、すぐにその場でメッセージを送ってみた。

『入院してるって聞いたけど、本当?』

 しかし、返事はない。

 もし本当に意識不明の重体なら、それも当然だろう。もっとも、ならば毎晩届く『w』は何なのか……という話になってしまうが。

 Gさんは釈然としないまま、一日を過ごすことになった。


 ××君から次のメッセージが届いたのは、またも夜のことだ。

『ww』

 やはり、一文字減っている。

 このまま行くと、明日は『w』という、たった一文字が送られてくることになる。

 ……で、その後は?

 何も送られてこなくなるのか。それとも――何かが起きるのか。

 そもそも、なぜwなのか。

 笑っているのか。嘲っているのか。

 親愛か。悪意か。

 あるいは、他に意味があるのか。

 Gさんはわけが分からなくなって、ただただ不安な一夜を過ごした。


 次の晩のことだ。

 ××君から、またもメッセージが届いた。

『w』

 ……やはり、一文字である。

 このままだと、ここで終わってしまう――。Gさんは不意にそう感じた。

 毎晩、何らかの意味を込めたメッセージが送られてくる。しかも、送れるはずのない相手から。

 そんなメッセージを、ただやり過ごしていいのか。

 こちらからも働きかけなければ、何かになるのではないか。

 そう考えて――Gさんは、このように返信した。

『ww』

 一文字、増やした。

 ××君からの返事は、やはりなかった。


 翌朝になって、Gさんはもう一度、××君にメッセージを送った。

『www』

 また一文字増やした。

 夜になって、さらに送った。

『wwww』

 それは、ここ数日おびやかされたことに対する、半ば仕返しのつもりだったのかもしれない。

 いずれにしても、××君からの反応はなかった。

 それでもさらに次の翌朝、Gさんは駄目押しで、またメッセージを送った。

『wwwww』

 これで、元どおりの数だった。


「××君、意識が戻ったって」

 Gさんが母からそう聞かされたのは、その日の夜のことだ。

 何でも一昨日の晩から回復が始まり、ついに今朝になって目を覚ました――とのことである。

 一昨日の晩と言えば、Gさんが文字数を増やして返信した時だ。

 あの行為が、××君の命を救ったのだろうか。

 そこでGさんはふと、を思い浮かべた。

 Wの文字のようにギザギザした、「命」を示すもの。

 ――心電図。あるいは、脳波。

 それが、きっとあのメッセージの正体だった――のかもしれない。


 その後××君は、無事退院したという。

 もっとも、自分のスマートフォンから送られていたメッセージのことは、何も知らなかったそうだ。

 なぜ彼の死期が、毎晩Gさんのもとに伝えられていたのか――。

 その理由は、誰にも分からない。

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