第百七十一話 サドル

 A県に在住のKさんという男性から聞いた話だ。

 Kさんが普段利用している電車は、某市内の住宅街を通っている。

 当然、途中で何度も踏切を通過するのだが、その踏切の一つに差しかかる辺りで、いつも車両の窓から妙なものが見えるという。

 サドルだ。

 ありふれた形の、自転車のサドルが一つ。それも民家の屋根の上に、ポツンと載っている。

 初めてそれに気づいた時は、思わず目が点になった。

 いったいなぜ、あんなものが屋根に載っているのか。……仮にあの家の住人が載せたのだとして、そもそもサドルを屋根に載せる理由が、さっぱり分からない。

 あるいは、不法投棄だろうか。世の中には時々、他人の家の庭に物を捨てていく不届き者がいるが、あれもその類か。

 ……しかしそれだって、なぜわざわざ屋根の上に捨てたのか、という疑問が残る。

 いずれにしても、奇妙なことだった。

 それからKさんは、この電車に乗るたびに、窓からサドルの様子を確かめるようになった。

 サドルは撤去されることもなく、いつも必ず、屋根の上に載っていた。

 ……そんなある時、Kさんは、友人が同じ電車を利用していると知って、この話題を振ってみた。

「××駅の近くの踏切の辺りにさ、屋根の上にサドルが載ってるの、見たことない?」

「あ、知ってる知ってる。何だろうね、あれ」

「気になって毎回見てるんだけどさ、ずっとあそこに置いてあるんだよね」

「うん。でさ、いつも小さい男の子が座ってるよね」

「……いや、それは見たことないけど。……いつも?」

「……え? うん、いつも」

 Kさんと友人は、思わず顔を見合わせ――。

 以来二人とも、例のサドルの方は見ないようにしているそうだ。

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