第百四十一話 ある都市伝説

 ご存知のかたも多いと思うが、有名な都市伝説に、「カシマさん」というのがある。

 内容を簡単に説明すると、こうだ。


 ――夜、夢の中に片足のない女が現れて、「足いるか」と尋ねてくる。

 ここで「いらない」と答えると、足を奪われてしまう。「いる」と答えれば大丈夫だが、すると女は、「この話を誰から聞いたか」と、さらに問いかけてくる。

 その時は、「カシマさんから聞きました」と答えなければならない。正しく答えれば、女は去っていく。だが、正しく答えられなければ、やはり足を奪われてしまう。

 なお、この話を聞いた人は、三日以内にカシマさんが夢の中に現れる――。


 ……と、概ねこのような話だ。

 もちろん都市伝説ゆえに、この話には、様々なバリエーションがある。

 女の欠損部位が片足ではなく片手だったり、夢の中ではなく起きている時に家を訪ねてきたり、「いる」ではなく「いらない」が正しい答えだったり、そもそも質問の内容がまったく違っていたり――と、挙げればきりがない。

 ただいずれにしても、「最後に聞き手を強制的に巻き込む」という構図は、どうやらお決まりのようだ。

 ……しかし実際のところ、この話そのものは、よくある怪談パーツの集合体に過ぎないようにも思える。

 体が欠損している。夜訪ねてくる。回避用のキーワードがある。連鎖する……。これらはいずれも、現代怪異の定番要素であって、決して珍しいものではない。

 だから、この「カシマさん」の話にある唯一の独自性と言えば――やはり、名前、ということになるだろうか。

 カシマさん。あるいはさん。またあるいは、カシマレイコさん。

 覚えておくといいだろう。今後、不意に時のためにも。

 ……と、前振りが長くなってしまったが、今回は、この「カシマさん」が多少絡む話である。



 関西に在住の知人から聞いた話だ。

 彼の小学生時代の同級生に、W君という男子生徒がいた。

 そのW君と、久々に同窓会で再会したところ、二人だけになった三次会で、突然こんな話を聞かされたという。

 ……所詮は「知り合いの知り合い」の話、といかにも都市伝説めいた出だしで恐縮だが、以下は、そのW君が僕の知人に打ち明けた、小学六年生当時の出来事だそうだ。


 ――当時のW君は、大の怪談好きな少年だった。

 折しも学校の怪談ブームだったということもあり、日頃からその手の話を集めては、周りに語り聞かせていたという。

 ただ――ちょっとした悪癖、と言うべきだろうか。W君はこれらの怪談を、さも我が身に起きたことのように語る向きがあったらしい。

 ……トイレで花子さんに遭った。口裂け女に追いかけられた。コックリさんに憑かれそうになった。人面犬と会話した。

 これらはいずれも、なぜかW君自身の武勇伝になっていた。

 もっとも、大抵の友達は話半分で聞いていたようだ。しかし中には、頭から信じてくれる子も何人かいたそうで、それがもしかしたら、W君を調子づかせていたのかもしれない。

 W君は飽きることなく、次々と怪談を披露した。

 それに伴い、仕入れる話の量も増えた。

 本にしろテレビにしろ、その手のネタには事欠かなかった。おかげでW君の怪談知識は、並みの小学生とは思えないほどに、豊富になっていたという。

 さて――そんな怪談漬けだったW君が、近隣の学区で語られているという新たなローカル怪談を知ったのは、十月も半ばのことだ。

 教えてくれたのは、W君と同じ学習塾に通う、別の学校の生徒だった。

 話の内容は、こうだ。

 ――金曜日の夕方四時に、校舎と体育館を繋ぐ渡り廊下を通ると、後ろから真っ赤な女の子が追いかけてくる。

 これだけだ。シンプルである。

 しかし、実際に追いかけられたという生徒も何人かいて、その学校では、かなり有名な話らしい。

 W君はそれを聞いて、さっそくこの怪談を、自分のクラスでも披露することにした。

 ……もちろん、自分自身の体験談として。

「あれは、先週の金曜日のことや。居残りで帰りが遅ぅなって、もう四時やったな――」

 W君が自己流にアレンジした怪談は、そんな出だしから始まった。


 ――先週の金曜日のことだ。

 居残りで帰りが遅くなったW君が、ようやく教室を出たのは、もう四時になろうかという頃だった。

 誰もいない廊下を、ひとり急ぎ足で昇降口へ向かう。だがその時ふと、体育館に運動靴を忘れてきたことに気づいた。

 W君の学校では、体育館に入る際は、通常の上履きから室内用の運動靴に履き替えるというルールがある。その運動靴を、体育の授業の後、体育館の下駄箱に置き忘れてきた、というわけだ。

 靴にはクラスと名前が書いてあるから、見れば誰の忘れ物かすぐに分かる。もし放っておいたら、先生に叱られるかもしれない。あるいは、誰かに悪戯されてしまう可能性もある。

 そう思ってW君は、急いできびすを返し、体育館に向かった。

 体育館は、校舎から渡り廊下をまっすぐ進んだ先にある。ちなみにこの渡り廊下は、吹きさらしではなく、屋根と壁できちんと囲われたものだ。

 ……しかし逆に言えば、という時、逃げ場がない空間でもある。

 その渡り廊下を小走りに、W君は体育館の前に着いた。

 辺りは人っ子一人いない。体育館のドアも、鍵がかかっている。

 もっとも、下駄箱はドアのすぐ横にあるから、中に入る必要はない。見れば、自分の靴もそのまま残っている。

 W君はホッとして靴を回収し、再び校舎の方に戻ろうとした。

 だが、体育館に背を向け、渡り廊下を中ほどまで進んだ時だ。

 不意に後ろから、パタ、パタ、と誰かのついてくる足音が聞こえた。

 その足音が不自然だ、とすぐに気づいたのは――やはりW君が、に慣れていたからだろう。

 ……ここは一本道の渡り廊下で、自分の後ろには、体育館のドアしかない。

 ……ただし、そのドアは閉まっていた。中に人はいなかったはずだ。

 ……だとしたら、この足音の主は、いったいどこから現れたのか。

(ああ、これは、や――)

 とっさにそう理解し、W君は前を向いたまま、急いで走り出した。

 その途端、パタ、パタ、と床を軽く蹴っていた音が、一転した。

 パタパタパタパタパタパタパタパタッ!

 まるでのたうつように荒れ、負けじとこちらを追いかけてくる。

 そして、もうすぐ渡り廊下が終わろうとした時だ。

 ガバッ――と、突如後ろから肩をつかまれた。

 W君は、思わず振り返った。

 女の子がいた。

 真っ赤だった。

 血塗られたように、ベッタリと赤い顔だった。

 その赤の中に、まるですみを潰したような真っ黒な眼球が二つ浮かび、こちらの顔を、じっと覗き込んでいた。

 ――目を合わせたらあかん。

 本能的にそう感じ、急いで視線を下に逸らす。

 視界に、女の子の着ているワンピースが映った。

 やはり血のような色の、半袖のワンピースだ。

 W君をつかんでいるのは、その半袖から伸びた、赤黒い左腕だった。

 ……右腕は、なかった。

 ブツリと断たれ、失われていた。

 そして女の子は、しわがれた声で、こう囁いた。

「――腕、返せ」

 W君は悲鳴を上げ、無我夢中で手を振り回した。

 指が女の子の顔に当たった。その拍子に、肩をつかむ力が、ふっと弱まった。

 ――今や!

 この隙を逃すまいと、全力で女の子を振り解く。

 ようやく自由になったW君は、残りの廊下をひた走り、ついに女の子を振り切って、逃げおおせた。

 ……後で思ったことだが、もしかしたらあの女の子は、生前誰かに殺されたのではないか。腕は、その時切り落とされたのだ。

 しかし自分を殺した犯人が見つからず、ああやって彷徨さまよっているに違いない。

 ――腕、返せ。

 その言葉を、無差別にぶつけながら。

 もしあの時、女の子から逃げ切れなかったら……果たしてW君の右腕は、どうなっていただろうか。


 ……という内容の話を、W君は得意げな調子で、クラスの皆に語った。

 もちろん、作り話である。

 しかも途中から、露骨に「カシマさん」の要素が割り込んでくる。話を盛り上げるために、とにかく刺激の強い怪談を、思いつくままにミックスしたという。

 何にしても――こうしてW君の学校に、よその学校の怪談がでんしたわけだ。

 この話が生徒達の間に広まるのに、そう時間はかからなかった。

 ――金曜日の夕方四時に渡り廊下を通ると、片腕のない女の子に追いかけられる。

 ――つかまったら、腕を奪われる。

 この噂は、特に下級生の間で、よく信じられていたそうだ。

 W君にしてみれば、まさに「してやったり」だったかもしれない。

 しかし――問題は、ここからだった。


 数週間が経った、ある風の強い夜のことだ。

 週一で通っている塾の帰りに、人通りのない夜道を、W君が自転車で走っている時だった。

 近所の、いつも渡る橋に近づいてきたところ、ちょうどその手前に、人影が佇んでいるのが見えた。

 街灯の光が届かない暗がりで、姿ははっきりしない。しかし、どうやら自分と同じぐらいの背丈らしい。

 長い髪とワンピースの裾が、風でバタバタとはためいている。女の子だろうか。

 体は、W君の方を向いている。しかも、こちらの自転車の動きに合わせて、じりじりと首の向きを変えているのが分かる。

 ……何だか待ち構えられているような気がして、W君は微かに不安を覚えた。

 あの橋を渡らなければ、家には帰れない。

 しかし――女の子がいる。

 これまでに覚えたいくつもの怪談が、頭をよぎる。いや、もちろん実際には、夜道に女の子が佇んでいたからといって、恐れる必要はないはずだが……。

 ――心配あらへん。横を素通りするだけや。

 W君は努めて冷静に、自分にそう言い聞かせた。

 それに、最悪あったとしても、こちらは自転車だ。簡単に逃げ切れる。

 そう思い、ペダルを踏んで、橋へと向かっていく。

 次第に女の子との距離が近づいてくる。やがて相手の姿が、視界の中に、鮮明に浮かび上がった。

 ……赤い。

 ……片腕が、ない。

 W君の全身に、いっせいに嫌な汗が吹き上がった。

 それ以上見る勇気はなかった。W君はそのまま、ペダルが空回りするほどにがむしゃらに足を動かし、一気に加速した。

 ビュンッ、と女の子の真横を突っ切る。

 一瞬、血生臭い空気が鼻を掠める。

 それでも走る。決して振り向かず、漕ぐ力を緩めず――。

 ……なのに、足音が追ってきた。

 パタパタ、パタパタ……と、まったく引き離されることなく、背後に迫ってくる。

 恐ろしさのあまり、思わず涙が出そうになる。

 漕ぐ。足が滑ってペダルから外れる。慌てて足を置き直そうとする。

 ……その時だ。ごうごうと風が唸る耳元で、声がした。

「――腕、返せ」

 しわがれた、憎悪の籠った声だった。

 W君は悲鳴を上げた。

 ブレーキは、かけなかった。

 止まれば腕を奪われてしまう――。そう直感したからだ。

 やがて、橋を渡り切った。

 その途端、ふっと背後の気配が消えた。

 それでもW君は、決して自転車のスピードを落とさず、家までの道を、全速力で走り抜けた。

 ……家の前に着いた時には、まるで水でも被ったかのように、全身が汗びっしょりになっていた。

 すでに女の子の姿はない。さすがに、ここまでは追ってこなかったのだろう。

 ホッと安堵して、自転車を降りる。

 だが、その自転車を庭の隅に置こうとしたところで、W君はようやく気づいた。

 ……サドルの後ろに、赤黒い染みが、べったりと付いていた。

 W君は自転車をその場に放り出し、半泣きになりながら玄関に飛び込んだ。

 おかげで両親にはげんな顔をされたが、W君が事情を説明しても、まったく信じてもらえなかった。

 きっと、普段から自分が、この手の怪談話ばかりしていたせいだろう。

 ともあれ、今夜は助かったが――。

 しかし問題は、来週からだ。

 塾へ通うには、必ずあの橋を渡らなければならない。

 W君は気が重くなった。

 試しに、母に「塾を辞めたい」と言ってみたが、まったく相手にされなかった。

 

 それから一週間後のことだ。

 その日もやはり塾があったが、W君は仮病を使い、休むことにした。

 母に「頭が痛いから休みたい」と訴えると、「次はちゃんと行くのよ」とだけ返された。どうやら仮病だと気づいた上で、黙認してくれたようだ。

 W君は感謝しつつ、一応頭痛という建て前もあるので、早めに夕食と風呂を済ませ、自室に引っ込んだ。

 明かりを消して、ベッドの上に横たわる。つい先日までなら、寝る時間さえ惜しんで怪談の本ばかり読んでいたが、今はどうしてもその気になれない。

 ――あれは、何やったんや。

 暗い天井を見つめながら、W君は思った。

 橋の上で追いかけてきた、片腕のない女の子……。あれではまるで、自分が語った怪談そのものだ。

 だが果たして、そんなことがあるだろうか。

 そもそも、あの怪談は作り話だ。同じ塾の生徒から教えてもらった噂をもとに、自分が適当に脚色しただけの、根っからの出任せだったはずだ。

 なのに――なぜか、それが真実になってしまった。

「……どないしよ」

 呟き、布団に頭を潜らせた。

 そのまま悩むうちに、次第に眠気が強くなってきた。

 W君は、いつしか眠りに落ちた。


「――なあ、開けて」

 ……ふと、母の声が聞こえた。

 目を開ける。真っ暗な部屋の中、壁にかかったデジタル時計の文字が、ぼんやりと光っている。

 午前三時――。

「何や、まだ夜中やん……」

 呟きながら、W君はゆっくりと身を起こした。

「なあ、ちょっとここ、開けて」

 ドアの外で、母が騒いでいる。

 自分で開ければええのに、と思いながら、のろのろとベッドから降りる。

「開けて。はよ」

 どこか苛立った調子に聞こえる。

 W君は、言われるがままにドアへ向かい――。

 そこで、さすがにおかしいと気づいた。

 ……午前三時。そんな真夜中に、いったい何の用があって、母は自分を起こしたのか。

 ドアの下を見る。いつもなら、ここから廊下の光が差し込んでくるはずだが、今は何も見えない。

 廊下の照明が消されているからか。

 しかし、だとすれば――。

 ……なぜ母は、明かりも点けずに、その真っ暗な廊下に佇んでいるのだろう。

「なあ、寝とるの? はよ開けて」

 母が騒ぐ。

 ドアの向こうにいる。

 ……ふと嫌な予感を覚え、W君はドアから後退った。

「開けて。開ぁけぇてぇ」

 母の苛立った声が響く。

 W君は、恐る恐る言い返した。

「じ、自分で開けぃ」

「……開けられへん」

「何でや」

「……左手は、鎌で塞がっとる」

「右手は……?」

「……右手は、あらへん」

「…………」

「……あらへん。……取られたんや」

 そして母は――いや、は、途端にしわがれ、こう叫んだ。

「――返せ」

「……っ!」

 ひぃ、とW君の喉から、乾いた悲鳴が漏れた。

「――腕、返せ」

 やはり、あの女の子だ。

 とてつもない戦慄が全身を襲う。W君はガクガクと震えながら、懸命に言い返した。

「お、俺は取っとらん!」

「……なら、誰が取った」

「え……?」

 予期せぬ質問だった。

 いったいどう答えればいいのか。W君の頭の中で、いくつもの可能性が巡った。

 正直に「知らない」と答えるか。それとも――やはり、なのか。

「カ……」

 言いかけて、ふと思い止まる。

 もし今ドアの外にいる女の子が、自分が参考にしたカシマさんそのものなら、その名を告げれば助かるはずだ。

 しかし、実際は違う。相手は、カシマさんではない。

 だから――たぶん、「カシマさん」と答えても無駄だ。

「……誰が取った」

 しわがれた声が繰り返す。ドアを通して、まるで憎悪が流れ込んでくるかのように思える。

 早く答えなければならない。

 だが、もし誤った答えを口にすれば――。

 ……そう、もし答えを誤れば、この手の都市伝説では、必ず命取りになる。

「……誰が取った」

 声が響く。逃げられない。

 しかし、答えを考える手がかりがない。

 W君は――だから、とっさにこう叫んだ。

「××君や!」

 ……それは、以前W君に、渡り廊下の女の子の怪談を教えてくれた、同じ塾の生徒の名だった。

 もっとも、なぜこの時自分がその名前を出したのかは、後になって考えても分からないという。ただとにかく誰かの名を伝え、一刻も早く立ち去ってもらいたい――。その一心で、とっさに頭に浮かんだ名前を口にしてしまったのだろう。

 ともあれ――途端、声はピタリと止んだ。

 ドアの外からは、もう何も聞こえてこなかった。

 同時に、緊張の糸が切れたのだろう。W君は、意識を失うようにその場に崩れ落ち、そのまま眠りに落ちた。


 その後は何事も起きず、やがて朝が来た。

 念のため母に確かめてみたところ、案の定と言おうか、母は昨夜十二時過ぎには床に就き、深夜にW君の部屋を訪ねたりはしなかったという。

 それより気がかりだったのは、つい名前を出してしまった××君のことだが――。

 後日W君は、その××君から、こんな話を聞かされた。

「昨日、えらい夢見たわ。こないだ話した真っ赤な女の子の怪談あるやろ? あんな感じの子ぉがうちに来て、『腕、返せ』言うねん。見たらその子、片腕があらへんのや。それで俺、震えながら『知らんわ』言うたんやけど、『知らないなら、お前の腕をもらう』て言われたさかい、しゃぁないわと思って、クラスの嫌なやつの名前、適当に教えてもうて――」

 その後、この地域一帯の子供達の間で、こんな噂が囁かれるようになった。

 ――夜、夢の中に、片腕のない真っ赤な女の子が現れる。

 ――「腕、返せ」と言われるので、すぐに「私ではなく××さんが取りました」と答えなければならない。

 ――そうすれば女の子は、次はその人の夢に現れる。

 ――もし答えられなければ、殺されて腕を奪われる。

 この噂はおそらく、W君の行為が発端になったものだったのだろう。

 もっとも、少なくともW君の周辺で、殺されて腕を奪われた人は、一人もいなかったようだ。


 ……以上が、W君が同窓会の日に僕の知人に打ち明けたという、小学生時代の体験談である。

 果たして女の子は、その後どうしたのだろうか。

 誰かの腕を取ったのか。それとも、今なおたらい回しにされながら、誰かの夢の中に現れ続けているのか。

 ……ところでW君は、大人になった今になって、ようやく気づいたことがあるという。

 それは、かつて自分が、渡り廊下の女の子の怪談を語った時のことだ。

 思えば、あれがきっかけなのだ。あの女の子に、「片腕がない」という設定が追加されたのは。

 だから、もしかしたら――。

「……あの子から腕を取ったんは、実は本当に、この俺やったのかも……。最近そんな気がしとるんや」

 W君は、笑うような怯えるような何とも言えない表情で、僕の知人にそう漏らしたそうだ。

 これは――やはりかつてのように、彼が創作した武勇伝だったのだろうか。

 それとも、もしかしたら、罪の告白だったのか。

 答えを確かめようにも、もう分からない。

 W君の消息は、その後つかめなくなっている。

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