第百二十一話 カーテン
S県に在住の、Eさんという男子大学生の話だ。
初夏のこと。同じゼミの友人から、飲み会に誘われた。
会場は、友人が一人暮らしをしているアパートの一室である。男ばかり何人かで集まって気兼ねなく飲もう――とのことで、開始時間も特に設けず、人が来次第飲み始めるという、緩い催しだ。
Eさんは、その日は夕方まで予定が入っていたので、後から遅れて合流することにした。
そして当日が来た。
Eさんが友人宅に向かったのは、すでに午後の六時を回った頃だった。
往来は、陽が落ちてなお蒸し暑い。Eさんが、おつまみの入ったビニール袋を提げて、一人足早に歩いていると、やがて友人の住むアパートが見えてきた。
友人の部屋は、三階の廊下の突き当たりにある角部屋だ。ベランダ以外に窓が一つ余分にあって、今は暑いからか、大きく開け放たれている。
その窓に――ふと、白いものが揺れているのが見えた。
カーテンだ。
真っ白なレースのカーテンが、窓の外に大きくはみ出し、風に煽られてヒラヒラとはためいている。
その光景を何となく記憶に留めながら、Eさんは階段に向かった。
半ば駆けるように三階に上がり、廊下を辿って友人宅の玄関前に着く。
すでに全員集まっているのだろう。ドア越しに、賑やかな声が響いてくる。近所迷惑にならなければいいが、と苦笑しながら、Eさんはチャイムを鳴らした。
友人に迎えられ、中に上がる。途端に、煙草の煙とムッとするような熱気が、顔を覆った。
「暑いな。煙いし」
「風がないからなぁ。窓は開けてるんだけど――」
友人がそう言ったとおり、ベランダの窓も、さっき往来から見えたもう一つの窓も、全開になっている。
なのに、風がない。
――あれ、でもさっき、カーテンがはためいていたような。
Eさんはそう思ったが、見れば当のカーテンは、窓の左右できれいに束ねられている。
しかも、窓には網戸が
Eさんは首を傾げた。
しかし――別段それを指摘する気もなかった。
所詮はささやかな問題だ。そう思い、Eさんはすぐにこのことを忘れ、飲み会の輪に入っていった。
Eさんがカーテンのことを思い出したのは、その夜の十一時頃。友人宅を引き上げ、往来で他の仲間達とも別れた、直後のことだ。
ふと気になって、アパートの方を振り返ってみた。
……カーテンは、やはりはためいていた。
友人宅の窓からはみ出し、ヒラヒラと、風もないのに。
――あれ、やっぱり出てるな。
酔った頭でぼんやりと、それを眺める。
その時だ。ふわっ、とカーテンが、一際大きく翻った。
網戸の嵌っていない、全開の窓が見えた。
その窓から、見知らぬ女が顔を出し、あらぬ方を向いてニタニタ笑っていた。
Eさんは、すぐに走って逃げたそうだ。
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