第八十話 ぽとり

 園芸を趣味にしているFさんは、定年後、よく同好の士と連れ立って、各地の庭園を見にいっている。

 春のことだ。

 日差しはあるものの、まだ少し肌寒さを覚える日。訪れた庭園は、ちょうど椿つばきの見頃とあって、大勢の客で賑わっていた。

 八重に開いた桃色の、大ぶりの花を楽しみながら歩くうちに、気がつくとFさんは仲間とはぐれていた。

 それでも花に囲まれていると、不思議とあせる気持ちも湧いてこない。Fさんはのんびりと、庭園の中を散策していった。

 やがてふと、静かな一角に迷い込んだ。

 人ごみから外れた、普段なら目につかないような小道の奥に、苔むした小庭があった。

 そこに、薄紅色の揃いの服を着た女の人が、五人で佇んでいた。

 みんな年若く、一様に笑顔を浮かべていた。

 Fさんが近づくと、五人はいっせいにFさんの方を振り向いた。

 微笑みながら、ぽとり、と一人の首が落ちた。

 ぽとり、ぽとり、と残る四人の首が、次々と落ちた。

 苔の上に落ちた五つの首は、Fさんを見上げながら、とても愛らしい笑みを浮かべていた。

 その時、不意にFさんの携帯電話が鳴った。

 ハッとして我に返ると、もうそこに五人の姿はなく、花を落とした小さな椿の樹が、静かにあるばかりだったという。

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