第九十六話 五円玉

 Mさんが小学生の時の話だ。

 当時Mさんが住んでいたのは、T県の山間にある小さな町だった。

 辺りは自然が多く、なかなか人の踏み入らないような場所がたくさんある。小学校の裏手にある森もそうで、細い獣道をかき分けた先にある神社の境内が、Mさん達のグループの恰好の遊び場になっていた。

 神社と言っても、ろくに道もないようなところに建っているぐらいだから、大きなものではない。

 いつからそこにあるかも分からないほど古く、長年の風雨で黒ずんだ鳥居と、ボロボロに欠けた狛犬、そして荒れ放題の社殿が、何ともすさまじい。

 もちろん無人である。

 ただ、こんな寂れた神社でも、しっかりと賽銭さいせん箱が置かれている。大人の腕で一抱えはあろうかという大きなもので、Mさん達はよく、この中から賽銭を失敬しては、駄菓子屋で使っていた。

 要は、賽銭泥棒だ。褒められたものではないが。

 Mさん達の手口は、もっぱら「釣り」だった。

 長い針金の先にのりをつけて上から挿し入れ、引き上げると、小銭がついてくる。始めはふざけ半分で試してみただけだったが、思いのほか成果があったため、定期的にやるようになった。

 のは、必ず五円玉だった。

 五円は「ご縁」に通ずるとして、賽銭に五円玉を使う人は多い。これを何枚か釣って、みんなで分け合うわけだ。

 もっとも、あまり頻繁にやると怪しまれるだろうと思って、賽銭を失敬するのは月に二回と決めていたそうだ。


 ある秋のことだ。

 授業を終えたMさん達は、家に帰ってランドセルを置くと、いつものように神社の境内に集まった。

 折しも台風の後で地面は濡れそぼり、森全体が水気を含んだような、しっとりとした肌寒さを帯びていた。

 釣ろう――と、誰ともなく言い出した。

 さっそく賽銭箱に針金を挿し入れると、面白いことに、一度に二枚の五円玉が引っついてきた。もう一度挿し入れると、今度は三枚も引っついてくる。まさに入れ食いだ。

 始めは一人につき二枚でやめておくつもりだったが、あまりによく釣れるので、もう二枚ずついただくことにした。

 五円玉は途切れることなく、その場にいた全員に四枚ずつ行き渡った。

 面白がってもう一度針金を挿し入れた。また、五円玉が釣れた。

 いったいどれだけ入ってるんだろう――と思い、Mさんは賽銭箱の隙間から、中を覗いてみた。

 ぎっしりと、まるで風呂の湯のように溜まった五円玉が見えた。

 その中に、女が埋まっていた。

 女は体ごと五円玉に浸かり、中から顔だけを突き出して、こちらを見上げていた。

 真っ白な顔中に五円玉をびっしりと張りつかせ、ギロギロと睨んでいた。

 Mさんは悲鳴を上げ、その場に賽銭を捨てて逃げ出した。他のみんなも同じように賽銭箱を覗き込み、すぐ真っ青になって、Mさんの後に続いた。

 それ以来Mさん達は、神社には近づかなくなった。

 後から思えば、なぜあんなひと気のない荒れ果てた神社の賽銭箱に、いつも賽銭が入っていたのか――。

 そう考えると妙に恐ろしく、Mさんは今でも五円玉を見ると、あの女の目に睨まれているような気持ちになるという。

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