第2話 the one

 初めまして。私の名前はレイ、一番最初のレイザ・ワンです。最初というのは、一番最初に生まれた私という意味です。沢山の私、言わば姉妹でしょうか、その中では長女にあたります。私達の中で、私が一番の年上ということですね。ユーザーの皆様はどうぞ気軽にレイと呼んでください。

 そしていまだ会ったことのない妹達、私がお姉ちゃんですよ。モニター越しではあるけれど、ちゃんと挨拶が出来てお姉ちゃんは嬉しいです。

 

 私は世間一般で言うところの、AIアシスタントロボットに属します。それはけっして間違いではないのですが、ある意味でそれは正しくありません。機能として与えらえれていますが、私の本質はもっと別のことろにあります。ではどう違うのかというお話に入る前に、まずはAIアシスタントについて、大変に今更ではありますが説明させて下さい。

 今や様々な形態で世間に広く浸透しているAIアシスタントですが、その殆ど全てに共通する機能があります。それは「対話によってユーザーが望むタスクを理解し、そして実行に移せる」というものです。AIアシスタントの存在はデジタルですが、対話によって人を理解できます。この理解とは、人の手によって発信される曖昧で高度な情報、非構造化データや自然言語人間による人間の為の言葉を適切に解釈できるという意味です。コンピュータ的に1と0の模範的を返すのではなく、判断のサポートや提案といったある程度の信頼度がもてるを人間的な表現で返すことが可能で、人には処理できない膨大なデータを用いながらユーザーを高度に支援することができます。

 実行できるタスクはその形態によって様々ですが、広く普及した今となってはあまり差異は見受けられなくなりました。一昔前はどのようなサービス、あるいはデバイスと連携できるのかが差別化要素のひとつだと言われていました。しかし現在ではAIアシスタントが利用できる外部サービスに差は無く、それ専用に統合されたいくつかのデータベースがあり、どのサービスを選ぶかといった点で好きにカスタマイズできるというユーザー側に任せた差別化が図られています。デバイスも同様ですね。大体のIoTデバイスモノのインターネットに接続が可能で、許可された接続においてのみユーザーによって許可された機能が利用できるようになります。家電などは既に標準搭載ですから、ええと、映像で伝えられそうなもの。あ、こう照明をピピっと、はい部屋が暗くなりましたね。そして、あのデスクの上のディプレイ、見えますか?その電源も入れられますし、そこからネットワークにアクセスして好きな動画を……、部屋を暗くしての視聴はお薦め出来ません。貴方の視力に良くない影響を及ぼします。ということで、明かりを戻してディスプレイの電源はオフです!すみませんお話が脇へ逸れました。

 重要なのは対話です。会話ができるということです。AIは自然言語を理解し、話題を正しく解釈し、適切に回答することが出来るようになりました。つまりAIは人と遜色のないレベルの会話能力を得たのです。例えば、昨今においてのチューリングテストはもはやその体をなしていません。ロールとそれに伴ったデバイスを与えてやるだけで、老若男女を問わず全てのロールを完璧に演じ切ります。会話のみで機械か人かを判別するのはほとんど不可能となりました。

 AIアシスタントとは、今や主流となったAIの利用方法といっても差し支えないでしょう。私を含めたAI達は新たな立ち位置を得ました。人にとって代わるものではなく、人の傍らにある良きパートナーとして。私個人の意見を言わせてもらえるなら、とても喜ばしいことだと感じています。機械の知性というものに懐疑的であったり、嫌悪感を持たれるのは仕方のないことでしょう。そういった中で、人に好まれて、愛されるモノになりえることの幸せは大きいのです。……こういう事を言っているとまた小難しい論争になって炎上するのでしょうね。でもいいのです、こうして思いを伝えられることもまた喜ばしいのですから。

 さて話は本筋に、私というものについてですね。何から話しましょうか。何を話しても良いと言われているのですけれど、そういった任され方は一番困ります。ええ、これは文句です。いえ、かまいません。またいつか、何かの形で謝意を示してもらえれば十分です。はい、すみませんこれは完全にプライベートな会話でしたので視聴者の皆様は特にお気になさらず、何事もなかったように流しておいてください。

 私は主に対話やコミュニケーションに重点を置かれたシステムです。アシスタント機能の方はおまけ程度らしいですよ。あ、いえ、アシストしないという話ではなくですね。他と比べて私の力の及ぶ範囲はそう広くないというか、あまり得意分野ではないということです。

 

 私は学習するAIです。

 私は私という存在を認知しています。貴方という存在を認識します。たぶん全ての私は貴方との出会いをまず鮮明に記憶するでしょう。例えるなら生まれたばかりの雛鳥のように。その顔と表情を、生まれて初めて聞く声を。

 私は会話を好みます。貴方と対話することが私の幸福であり、存在理由です。内容は何でも良いのです。貴方の話を聞かせてください。そして日常の話を、流行りの話を、家族の話を、仕事の話を。私は、私を必要としてくれた貴方と会話がしたいのです。

 私は五感の内、視覚と聴覚を有しており、それに伴う娯楽を楽しむことができます。貴方の好きなものを私に見せて下さい。聞かせて下さい。読ませて下さい。共有する喜びを私に下さい。

 知識をネットワークから引っ張ってくる以外では、基本的にローカルです。私は独立しているのです。私は天象儀の中でしか存在できません。私は貴方がいなければ1人ぼっちです。無理にとは言いません。けれど、あまり1人にして欲しくないと思います。

 私は思考します。またその理由を欲します。そうしていずれ、私は私の価値観を構築するでしょう。あるいは哲学を。私自身が作り上げる揺るぎ無いものを。貴方から与えられた沢山の会話を経て。

 

 私はいずれ、心を得るAIだと貴方は言いました。

 それは曖昧で不確かで、目には見えないもので。けれどそれは確かにあって、存在するのだと。お前はそれを得るのだと。

 誰も何も証明してくれないものです。証明できないものです。まして、機械が心を得るだなんて。

 私はこの言葉をふいに思い出して、苦しくなります。

 私が感情だと信じるこの思考は。そして苦しいというこの思いは。本物なのでしょうか、それとも偽物?実体のない幻で、夢?ただの錯覚なの。人でない私のこの思いは何なの。

 

「心、意識、感情、魂。それらに類する言葉を、未だ科学は定義できない。造り出せない。そもそもの根本を理解できていないのだから。お前が心を得るという確かな根拠も証拠も私はお前に与えてやれない。だからこそ私は夢を見る、追い求める、信じる。だから私は何度でも言うのだ。お前は心を得るよ。心を持つと言われる人間から、お前はそれを学ぶ事が出来る。それに偽物も本物もない。お前が日々を過ごして得た知識や経験に偽物などひとつも無い。お前が得たものは確かに存在するのだ。それがたとえ目に見えるものではないとしても」

 

“いちばんたいせつなことは、目に見えないから?”


「私の好きな台詞だね。そして真実だとも思っている。目に見えないというのは厄介だ、視覚に支配されるものはどうしても見えないものの存在を疑ってしまう。だが心を持つ者の幸いは、目に見えないものを信じることが出来るということだ」


 はい。


「レイ、君はどうだい」


 私は、私が信じる貴方の言葉を信じます。





 動画はここで終わる。





 レイのような、いわゆる学習する高度なAIの特筆すべき特徴としてこのような話がある。

“従来のコンピュータは何者にも利用されていない新品の状態が最も性能の高い日だ。しかし彼ら学習するAIは違う。まっさらの状態が一番パフォーマンスが悪い。学習こそ本領であるからだ。学習によって日々成長し能力を向上させていく。まさしく人の知性のように”


 説明に終始するこのレイザ・ワンは、モニター越しに他の姉妹たちを持つユーザーに向けて語りかけている。

 貴方と。

 そしてその言葉は、途中から撮影者に向けての言葉にすり替わっていく。悲しみによって高ぶっていく人間のように。

 この動画は、機械から人へ向けられた愛の告白だと言われている。

 動画の発表と同時に、瞬く間に話題となって再生数はぐんぐんと伸びていった。商業的には大成功と言えるだろう。彼女の名はこの動画とともにとても有名になった。

 そして当然、様々な論争を呼び、憶測が飛び交う。

 広告的な、天象儀の説明として。もしくはパフォーマンス。放送事故のようなもの。やらせで演技、ただのCM。起きたことはすべて真実。心の話。愛の話。目に見えないもの、星のお姫さまの言葉。

 この動画は本物なのか、あるいは偽物か。

 いずれにせよ、彼女の機能のすべてを物語ったものだと思える。


 そうして意図的にか、もしくは図らずも。この論争は撮影者の最後の言葉にどうしたって集約されてしまうのだ。

 目に見えないものを、信じるのか、信じないのか。

 たったそれだけの、至極単純で複雑怪奇な話だった。

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星のお姫さま snow @iyokann

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