第20話 守銭奴と来訪

「えっと、どういうことかな、これは」

僕は眼前に広がるちょっと理解できない景色について、苦笑いを浮かべながら、その景色の構成要素の二人に質問をした

「…財部さんの家にお世話になりたいということよ。十条さんに頼んで、あなたの妹さんが在籍している学校に転校させてもらったわ」

「へぇ、それはそれは、妹と仲良くしてやってよ。それで、前半の部分の説明をお願いできるかな。なんで夏目さんがここにいるわけ」

このまま夏目さんに問いただしても埒が明かなそうなため、十条さんのほうを物臭な眼で見た

「先に言っておきますが、私は何も入れ知恵はしていませんよ。昨日の段階で、急に呼び出されて、ここまで車を走らせただけですからね」

楽しそうに笑うのを隠さず、ぬけぬけとそんなことを言った

「夏目さん曰く、最も信頼できる人間のもとに身を置きたい、ということらしいですよ」

「あっそ、それはそれは、評価していただいてありがたいけど、僕の予定や事情をまるで無視っていうのはいただけないな。ここは僕一人の家じゃないんだよ」

十条さんに向かっていったが、夏目さんに聞こえないわけもない

確かに独り暮らしをたきつけたのは僕だし、たきつけた手前、利益になる限りある程度は協力するつもりではいるけど、流石にこれは文句の一つでも言いたくなる

「流石に、自分勝手が過ぎるんじゃないの?」

「…突然訪問したことはごめんなさい。けど先日、何日かくらい泊まっても良いと言ったのは財部さんよ」

言ったかなぁ。その場の勢いで言ったような気もするけど、そんな社交辞令みたいな言葉を本気にされても

「かもしれないけど、それは連絡なしでやってきた理由になってないよ」

少し威圧感を含んで言ってみた。あまり怖くない、と妹に評判の僕だが、形だけでもやっておかないとね

まぁ、妹にすら若干舐められている僕だ、良くも悪くも、小さいころから大人の圧力に晒されてきた夏目さんに効果があるはずもなく「まぁまぁ」と軽く流されてしまった。普段僕がよくやることなのだが、人にやられるとウザいなぁ。やっぱりやられるよりやる側だな

「連絡できなかったのは、私も急いでいたのよ。口座を新しく作った以上、あいつらにそれがバレる前に、家を出なくちゃならない。それに、私が星食みと戦えばお金が入る、ということをあいつらは知っているから、次に戦うより前には家を出たかったのよ」

「だけどその戦いが次はいつあるのかわからない、だから一日でも早く家を出て、新しい拠点を構えたかった。そういうことね」

夏目さんの言葉を引き継いで、要約した

僕は大きなため息を一ついた

「わかった、前もって連絡の一つくらいしてほしかったと文句を垂れたいけど、この際それはもういいや。文句はもう終わり、次はビジネスの話だ」

この話に移ったのなら、もう玄関でこそこそとしている必要もないだろう。僕は夏目さんに、家に上がるよう促した。ついでに、変なおっさんも一緒に上がってしまったが、まぁ仕方ないか

二人を客間に通して、三人分のお茶を淹れる。幸いなことに、遊路は出かけているため、こそこそする必要が無くて助かる。昨日あれだけ疑われたんだ、本当にいなくてよかったよ。まぁ遊路が返ってきた後、このことを説明しなくてはいけないのだから、結果的には変らないのだけれど

僕は夏目さんと十条さんに向かい合うように座り、お茶を口に含んで唇を湿らせ、喉を潤す

「手持ちはいくら…なんて聞く必要もないか、何せ僕が昨日25万円振り込んだんだしね。となると、いくらもらおうかな」

「…やっぱり、宿泊費や食費を取る気ね。安心したわ」

「何の安心?」

「ここで何の見返りも要求しなかったら、近くのビジネスホテルに向かっていたということよ」

まぁ中学二年生と高校一年生、年頃と言えば年頃の男女だ、そこでいきなり家に押し掛けてきた少女に何の要求もしない男というのは、後々怖いものがある

「一応お客さんコースと同居コースがあるけど、どっちが良いの」

「……えっと」

「あなたの家にはそんな妙なコースがあるんですか」

夏目さんは初めて会ったときのように、しばらく沈黙してから蚊の鳴くような声で言葉を漏らし、黙って傍観を決め込んでいた十条さんは、苦笑いを浮かべながら口を挟んできた。そんなに変な話かな?

「簡単に言うと、お客さんコースはお客さんとして扱うけど毎日ある程度の金額を徴収する、同居コースは毎月生活費としてある程度の額を徴収するし、家事や諸々を手伝ってもらう」

「…なんとなくわかったわ。なら、後者でお願い、そのつもりで来たんだし」

「長居を前提とするコースだけど、それでもいいの」

「…私は家族も家も捨てた身、むしろありがたいくらいよ」

「人生で一度は言ってみたいセリフだね」

まぁ、言う機会がある方が問題なんだけど

「それじゃ、次は金額についてだ。まず徴収する名目としては、家賃と食費、通信費や水道光熱費だ、つまり毎月払ってくれればその辺に関しては考えなくていいということ。逆に言えば、これ以外のことについてのお金は自分で何とかしてくれって感じだ」

あとは精々、衣服に関して多少なりとも援助するくらいかな

「…納得できる項目ね、それでいくらかしら。一応25万円あるから、その中で払える範囲でお願いね」

「僕の貸したお金でしょ。言っておくけど、それの返済は同居云々と関係ないところで払ってもらうからね。それで金額の方だけど、夏目さんが加わることでこの家は三人になるから、三人家族の食費や家賃、水道光熱費や通信費を三で割る金額ということで構わないね」

となるといくらだ

「…まぁ目安として、月々4万2千くらいかな」

僕の提案した金額を聞いた夏目さんは、十条さんの方を見た。確かにお金とか大好きだけど、そこまで露骨に「ぼったくりじゃないよね」みたいな反応されると、もう少し吹っ掛けとけばよかったって思うからやめてほしい

「そんなものですよ、その項目でしたら。財部さんが、思ったより正当な金額を提示してくれてよかったですよ」

「僕のことをぼったくりか何かだと思ってない?僕は取れるところからしか取らないし、お金には誠実にするのが僕のポリシーだよ」

「これはこれは見くびっておりましたよ、何分初対面で一億請求されましたからね。まぁなにはともあれ」

これで話はまとまりそうですね、そう言いかけたところに僕は待ったをかける

「何言っているの。ここまではあくまで、生活する上での支払だよ」

「…どういうこと」

「簡単に言うと、ここで暮らしたいのならばそれなりの金額を寄越せってこと。勿論夏目さんがただの薄幸少女だったらこんなこと言わないけど、僕と同じくらい貰えるんだからさ、多少なりとも誠意を見せてくれてもいいと思うんだよね」

「財部さん、あなた一億円以上持っているのにまだ欲しがるんですか」

呆れる十条さんを視界の隅に捉えながら、夏目さんを見つめる

「まぁ、そう言ってくるのは想定内だったから問題ないわ。でも、今の手持ちは昨日あなたから借りた25万円だけよ」

「さっきも言ったけど、僕はあるところからしか毟らないさ。星食みと戦って得る報酬の2割だ、僕とほとんど同じ契約に結び直したから、現金で2千万円。勿論これはある時払いで良い」

「あなた、年下の女の子、それも訳アリの女の子から2千万も要求して、恥ずかしくないんですか」

また十条さんが口を挟んできた。鬱陶しい

「別に恥ずかしいことなんてないよ、年下だろうと年上だろうと、男だろうと女だろうと、訳アリだろうと裕福だろうと、お金のある所から要求するのは当たり前のことだ。僕の金銭欲と夏目さんの背景は、何も関係ない」

むしろ同情したり、無償での施しは、夏目さんにとって気持ちのいいものではない。これから僕に対して引け目を感じて生活することになるんだから。僕だってそんなことは本意ではない

できる限り力関係を平等にすることが、快適な生活に繋がるのだ

「…わかったわ、8千万でも十分すぎる額だしね」

こう言ってはなんだけど、良いのかなぁ。唯一の収入源である星食みとの戦闘の報酬なんだけど、それの2割も渡しちゃって。まぁ、良いならいいか

「じゃあちょっと待ってて、今からちょっと契約書作ってくるから。印鑑とか持ってる?」

「契約書…随分本格的ね。印鑑は持ってないわ、言ったでしょ、全部捨ててきたって」

印鑑を使わずに、どうやって転校の手続きをしたのか謎だけど、まぁ言いたいことは分かる

「じゃあ拇印で良いか。契約書は、まぁ僕にみたいに疑り深い人間はこういうもので雁字搦めにされないと、人っ子一人信用できない可哀想な人間なんだよ」

「…これから一緒に住むんだし、多少は信用されたいわね」

「なら君は、数回しか会ていない身寄りのない異性を信用できるのかい。そりゃ夏目さんは、僕を信用するしかない状態だけど、僕からしてみれば、君が僕のお金を盗んで逃亡する可能性だって否めないんだから」

「そういうのをはっきりいうところ、嫌いじゃないですよ」

信用や信頼は時間と利益によって培われていくものだ。因みに持論だが、人の能力を見て信じることを信頼で、人の内面を見て信じるのが信用、だと僕は思う

「まぁそういう、目に見えないよくわからないものは、これからゆっくり培っていこうや」

「そうですね」

そう同意した後に、夏目さんは小さく笑った

「どったの」

「…いえ、こういう風に誰かと関係を深めたいと思ったのは、久しぶり、どころか初めてなような気がして、そしてその相手が会って間もない、人として色々欠陥部分が目立つ方だなんて、笑っちゃうわね」

「自分の不幸を嘆くふりして、僕を貶すの何なの」

「貶されても仕方のない人格ですからね、財部さんは」

「ちょいちょい会話に入ってくる十条さんは何なの、寂しいの?」

二人してディスりやがって

「さて、じゃあビジネスの話はこれで終わりだね。一応僕は後だしじゃんけんみたいなことは嫌いだから、これから先何かを付け足すことはしないと思うけど、まぁもし事情とかが変わったらその都度話し合おう」

「財部さんって、そういう保険のような一言多いですよね。自信の無さが窺えますよ」

「そうかな、まぁ無くて七癖っていうしね。てか十条さんはいつまでいるの。そのお茶飲んだら帰ってよ、暇じゃないんでしょ」

「生憎と、あなた方に関することの大半は私の仕事なので、こうしてお茶を飲むこともお仕事なんですよ」

「良い御身分なことで」

僕も将来はそういう仕事に就きたいね

「まぁ、そうは言ってもそろそろお暇させていただきますか。お二人がどんな契約を結ぶのかは知りませんが、少なくとも夏目さんが今日泊まるところがない、ということは無さそうですし」

どうやら今日、夏目さんに同行した目的はその辺らしい。つまり、十条さんの中では、僕が夏目さんをこのままほっぽり出すかもしれない、と危惧されるぐらいには信頼されているようだ

「…色々と手続きありがとうございました。あなたの仕事なので、感謝することは筋違いですが、私があそこから抜け出せた一因なので、一応は感謝しているわ」

「お気になさらずに、財部さん風に言うならば、貰っているお金分の仕事をした、だけですから」

「…それでもよ。いえ、むしろそういう心持だからこそ、お礼を受け取ってもらいたいわ」

「私がロリコンだったら危なかったですね」

「その発言も大分危ないけどね」

因みに僕と夏目さんの差は二つだから、僕が夏目さんのことを好いてもロリコンではない

十条さんの背中を見送り、僕は大きく息をついた

「…あの、急に押し掛けてすいませんでした」

「ん?あぁ、その辺はもう別に良いよ、と言うつもりはないけど、もう気にしないようにするよ。その代わり、妹の説得に付き合ってよ、僕の家族のことだからお金をもらうつもりはないけど、一万円くらいはもらってもいい仕事なんだから」

「それは重々承知しているわ。それでその妹さんはいつごろ帰ってくるの」

「お弁当持っていったから、夕方くらいかな」

「そう、それなら妹さんと話をするまで時間はありそうね。お願いがあるのだけど、少し日用品の買い物に付き合ってもらえないかしら。来たばかりでこの辺りの土地がよくわからなくて」

「まぁ別にいいけど、洗い物が終わってからね」

僕の返答に視線がチラチラとしている。まるで何か聞きにくいことを聞くかのような

「それで、あなたに動いてもらうのはいくら払えばいいかしら。できれば二千円くらいでお願いしたいのだけど」

「同居人としての契約を結んだ以上は、それくらいの買い物なら同居人として当然の行動だよ、だからお金は要らない。ただし自分のものは自分で買ってよ、着の身着のまま、通帳しかもっていないからと言って、僕が何かを君に奢ることは絶対にない」

「分かっているわ」

僕の念を押すような確認に肩を竦める夏目さん。初めて出会ったときから想像できないほど、柔らかい笑みを浮かべていた





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選ばれたのは、守銭奴でした ここみさん @kokomi3

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