第19話 守銭奴と追及

「…うん、わかったよ。じゃあ今からこの口座に振り込んでおくよ、それよか本当に25万円でいいの?倍の50万くらいでも僕は構わないんだよ、一億という母数を持つ僕にとっては、全然許容範囲だし」

口座番号の書かれたメモを眺めながら、女子中学生に向かって甘い言葉をささやく

『…それって、利息がいくらになるのかしら」

「最初の一ヶ月で2万5千円。だから来月返す場合は52万5千円返してもらうことになる」

『…足りなくなったら、申し訳ありませんが随時借ります。今は何とか25万円で頑張ってみる』

「あっそ、残念。じゃあ早速振り込みに行くから、そっちでも確認しといてね」

『わかったわ、入金の確認が済んだらまた連絡します。一応、公衆電話でまた掛けるわ、大丈夫だと思うけど、念のために』

「はいはーい、んじゃまた後でね」

そう言い残して電話を切った

夏目さんと直接会った次の日のことだ。仕事が速いことに、もう口座を作ったらしい

しかも僕の指示通り、今時設置されているのを探す方が難しい、公衆電話を使用しての連絡だ。言われたから実行するのではなく、言われたことを理解したうえで実行するあたり、賢い子なんだと分かる

しかし、公衆電話云々は僕との繋がりの痕跡を、夏目さんのご両親にバレないよう極力残さないようにしているだけなんだけど、杞憂にすぎないようだな。どうやらご両親は、夏目さんが稼いだお金を持って遊びに行ったようで、夏目さん自身が動くことは難しくなかったようだ。僕の想像以上に、夏目さんの家庭は冷めている。てっきり、夏目さん自身のことを資産としてカウントすると思っていたけど、どうやら夏目さんが持ってくる物のみを資産としてカウントしたってことかな。つまりはATMって訳だ。そりゃムカつくし喜ぶ顔なんて見たくないし、すべて捨てたくもなるわな

「まぁ、所詮はよそ様の話だ。僕は僕のやることをやらないとね。お金のためにね」

そんな妙な鼻歌交じりに、アタッシュケースからお金を取り出そうとしたところで、足音が近づいてくるのが聞こえた

「どしたの、遊路」

僕がそう尋ねた後に部屋の扉が開く

「…急に話しかけないでくださいよ。ドアを開けてから尋ねてください」

楽でいいじゃん。二人しか家に居なくて、自分の部屋の前に止まるように足を減速させたなら、どういうことなのかくらいは分かるよ

「それで、どうかしたのか。せっかくの休日だし、お兄ちゃんと遊んでほしいのか。良いよ、これから買い物にでも行こうと思ってたけど、それが終わったらどこか遊びに行くかい」

僕のそんな気のない誘いを無視して、遊路は僕のベットに正座をした。これはアレだ、面倒なやつだ。遊路は正面に座れと視線をお靴が、へらへら笑いながら受け流す

しびれを切らしたのか、大きなため息と共に僕を見据える

「お兄ちゃん、私に何か隠してますよね」

「何かって?」

「十条さん、でしたっけ、少し前にこの家にいらっしゃったのは。その人が来てから、お兄ちゃん、少し変ですよ」

「おいおい、僕が変なのは今に始まったことじゃないよ。この世に生を受けたその日から、僕の変人としての才覚は常に輝き続けているのさ。所謂先天性の才能ってやつだよ」

「チッ」と小さく舌打ちが聞こえたが、僕の妹がそんなことするわけないだろうから空耳かな

「それはその通りなんですけど、そうじゃないんです。質問を変えましょう、昨日はどこに行っていたんですか」

あれ?昨日のあれこれは遊路がいない時間帯に全部解決したはずなんだけどなぁ

「さて、どこでしょう。遊路はどこだと思う?」

ニヤッと大物ぶって笑う。まぁ、僕がやっても気持ち悪いだけなんだけど

「私が聞いているんです、質問を質問で返さないでください」

「えー、そうは言うけどさ、質問内容がいまいち要領を得なかったり、向こうの意図が分からない時だったら、質問を質問で返してもしょうがないと思うけどな。むしろ質問を質問で返される方が僕は悪いと思うよ。質問した側の不備を指摘したいね」

「昨日どこに行ったのか、答えるのはそんなに難しいですか?」

わぁ、ちょっとイラついて目が座っている。やれやれ、カルシウムが足りてないのかな。朝と夜は僕と同じものを飲み食いしているはずなんだけど

「おいおい、何年僕の妹をやっているんだよ。僕にそんな表情すると、余計にはぐらかしたくなるでしょ」

「…本当に腐ってますね。そんなことだから友達が…」

「喫茶店だよ」

友達ができないんですよ、と言いかけたところに僕が被せた。遊路は、折角僕が答えてあげたのにどこか不服そうだ、どないすればええねん

「どうして喫茶店に」

「その前に僕の質問も答えてほしいな。なんで僕が出かけたことを知っているの」

「私の友人が、高級車に乗っているお兄ちゃんを見た、と連絡をしてくれました」

「え、僕って監視されてたの」

「いえ、その友人が車に詳しい人なので、知り合いの兄が高級車に乗っていたので、私にその車の話題を振ったわけです」

にゃるほど、その友人さんにどういう意図があるのかは知らないが、僕が高級車に乗っていることから、財部家に珍しい高級車がある、そう解釈して遊路に連絡したのか

「それでは次は私の質問に答えてください」

「ちょっと待ってよ、代わりばんこに質問するなら、僕にはもう遊路に聞きたいことがないから、平等じゃないじゃないか」

遊路から「はぁぁ」と、失望や呆れが籠ったため息が吐かれた。妹からこんなため息を吐かせてしまうあたり、僕はクズだなぁと思う。だけど思うだけだ、直す気なんてさらさらない

「…面倒な人ですね。なら、質問ではなく会話を、お喋りをしましょう。お兄ちゃんは、さっき言っていたじゃないですか、一緒に遊んでくれるって。なら、一緒にお喋りするくらい良いですよね」

「ふむ、僕みたいなことを言いだしたな。まぁ良いよ、それで何のお話をしようか」

「先日、福沢通さんに会いました」

「……」

思わず黙ってしまった。あの人、前に遊路に関わらないでほしいと言ったばかりなのに

いやそれよりも、ここは、誰それ、と知らん顔するか、適当に話をでっちあげるのが正しい行動なのだが、まさか妹からその名前が出るとは思わなかったため、少し反応が遅れた

「それは、どちら様かな。生憎と聞いたことの無い名前だけど」

少し遅いが、とりあえず知らないふりをした。下手に設定を作るよりも、遊路からどういう経由でどんな話をしたのか聞きだし、それに合わせて設定を後付けした方が賢明だろう

「それで、その福沢さんとやらと会ってどうなったの」

「お兄ちゃんについて少々聞かれましたよ」

「僕について?何それ、僕のファンかな。やれやれ、モテる男はつらいねぇ。じゃあ今度会ったら、いつでも僕の携帯に連絡していいよって言っておいて」

「いえ、そういう友好的な雰囲気ではありませんでした。お兄ちゃんに対して、どこか刺々しかったです」

まぁ、だろうね

「ふーん、まぁ良いんだけど。僕についてどんなことを聞かれたの」

「大したことは聞かれませんでしたよ。昔からあんな感じなのか、普段はどんな風なのか」

あの人はそれを聞いてどうする気だったのだろうか

「それで、遊路はなんて答えたの」

「私としては、いきなり知らない先輩がお兄ちゃんについてあれこれ聞いてきたので、同じ組織に入っている、と自称されましても、おいそれと信用できませんから、抽象的な言葉で答えを濁させていただきました」

上出来だな。しかも、なんだかわけのわからないことをやっている兄と同じ組織にいると来たもんだ、その聞かれたってこと自体を僕との会話の手札にできる

「お知合いですよね」

「知らない人ってさっき言わなかったかな」

「流石にそれが嘘ということくらい、14年も一緒なのですからわかりますよ。福沢さんと、昨日どこかに出かけたこと、そして最近こそこそとしていること。ついでに、お兄ちゃんの部屋にある突然持って帰ってきたアタッシュケース、どれも繋がりがありますよね」

お金が入っているアタッシュケースは、持って帰ってきた日に中身は見せていないが、大切な物を保管しているからあまり触らないでほしい、と念を押している。遊路もそれだけで納得してくれるほど、頭の中はお花畑ではないか

「そのアタッシュケースの中身、伺ってもいいですか」

僕は頭を掻きながら言葉を探す

まぁ見せても良いんだけど、これ見せたら全部話さなくちゃいけないんだよな。僕自身が、今までに起きた事をちゃんと説明できる自信がない、というのもあるが、納得してもらえなかった場合、遊路の視点からは、兄がある日を境に頻繁に遠出をし、大金の入ったアタッシュケースを部屋に持ち帰ってきた、というちょっと警察に連絡したくなるような光景だけが残る

どうしたものか。でもいつかは伝えなくちゃいけないことだしな

……そうだ

「分かった、話すよ。絶対に話す。だけど、もう少しだけ待ってくれないかな。当事者がもっと多いほうが話しやすいでしょ」

「当事者?」

「遊路に話しかけてきた、福沢さんも交えて説明するよ。それなら遊路も、僕の言葉を一々嘘か本当か見極めなくても済むでしょ」

問題の先送りにしかならないが、話すことをまとめるだけの時間と、説得させる証拠を集める時間は欲しいからね。それに、たとえ僕のことを嫌っているとしても、遊路に接触した時点である程度は巻き込まれることも、誤魔化すために策を弄することも覚悟の上だろう

「…福沢さんと裏で口裏を合わせるつもりですか」

「もしそうなら、口裏を合わせなくちゃいけないようなことを抱えていると捉えてくれ。まぁ、質問してきた感じからわかると思うけど、そんなに仲は良くないから、その辺は深く考えなくていいよ。それとも今ここで、話す気のない僕から真実を聞き出す自信があるのなら、このまま追求を続けてくれても構わないよ」

遊路は顎に手を当て、しばらく考えた後小さなため息を零した。そして、納得はできないがしょうがない、と表情で語りながら

「わかりました、その時を楽しみにしています」

そう言って、この話を終わらせた

「それじゃ、こんな話をした後であれだけど、僕はちょっと出かけてくるよ。大丈夫、今日はちょっと郵便局のほうに行くだけだから」

「郵便局にですか?理由を伺っても?」

「僕の行動理由を一々報告する理由を伺っても?」

少し意地の悪い返答に、遊路は眉をひそめたが、確かに踏み込みすぎでしたね、とため息交じりに部屋から出て行った

遊路には悪いけど、これからすることを正直に話すわけにもいかないし、誤魔化す言葉も思いつかないからね

「さてと、ぼちぼち行くかね」

遊路については、福沢さんを交えて話をするから、その時に決着をつけよう。まずは目先のこと、このお金を夏目さんの所に送らなければ

アタッシュケースから100万円の束を一つ取り出し、そこから25万円を抜き取った。自慢じゃないが、触れた感覚でお札の枚数が分かるのはちょっとした特技だ。それを用意していた封筒に入れ、巾着袋に入れた後使い慣れたカバンの中に入れた

それにしても、先日一億円を持ち歩いたから少しは慣れたとは思ったけど、25万円もなかなか緊張するな。今まで多くても一万円や二万円くらいしか持ち歩かなかったからな

そんな風に周囲を警戒しながら、カバンの中に手を入れてお金の有無を確認しながら、もう一度周囲を警戒しながら、郵便局に向かった。あれだね、結構スリルあるね。もし平凡な生活に飽きてスリルを求めている人がいたら是非お勧めするよ、一定額以上のお金を現ナマで鞄に入れて歩き回るスリリングな遊びを

そんな冗談みたいな話はさておき

『…財部さん、通帳に入金を確認しました。…確かに25万円ですね』

郵便局のATMから入金を済ませると、十分ほど後に夏目さんから公衆電話で連絡が入った。妙に速いけど、ATMの前で張り込みでもやってたのかな

「良かったよ。それで、夏目さんはいつごろ出て行くの?」

『十条さんにお願いして、明日には…。今日あの人たちに無理を言って、学校や住所の変更の手続きをしてもらっています』

「ふーん、まぁあの人たちにとって、そういうお役所仕事の方が本業みたいなところあるし、別に負い目に感じる必要はないと思うよ。それよりも、新居はどこになるんだい?レンタル料を取る契約を結ぶけど、いらない家具とか貸してあげるよ」

『…家具はおそらく備え付けがありますし、私物は着替えと通帳だけしか持って行くつもりはありません』

「コンパクトだねぇ」

悪いほうに考えすぎなのかもしれないが、中学生で私物が少ないということは、それだけで十分に虐待と言える。勿論、普通に物を持たない人なのかもしれないが、昨日の話を聞く限り、どうもそっちに繋げてしまう

『それではまた後日。お金、ありがとうございました』

「どういたしまして。それじゃ」

そう言って通話を切った

この時、もう少し踏み込んで色々と聞いておけばよかった。これから住む場所のこと、転校する学校のこと、色々とお金がかかりそうなのに一般的な一月分の生活費しかもらわなかったこと。興味がなかったというのが本音だし、踏み込もうにも夏目さんには地雷が多い、相手が嫌がるかなんて考えながら喋るのは億劫だ。ならば、そこまでして聞きたいことでもないし、聞かなくても良いか、と判断したのだ

「…今日から、よろしくお願いします。財部さん」

僕の家のインターフォンが鳴ったのは、連休最終日の昼間だった。昼食を食べ終え、午前に終わらなかった家事に手をつけようとしたところだ

凛とした表情の夏目さんと、笑いを堪えている十条さんが門の前に立っていた

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