第18話 守銭奴と決意

「…私は、どうしたらいいのかな」

僕がサンドイッチを食べ終わるころに、絞り出すような声でもらした。個人的に、こういうところのサンドイッチよりも、普通のスーパーとかで買ったサンドイッチの方が、味はともかく腹持ちは良いから、スーパーとかの方が好きだなぁ

それはともかく

「僕に聞かれてもねぇ、好きにすればいいんじゃないかな、としか言えないよ、夏目さんの人生なんだし。まぁオススメとしては、一つ目かな。全部捨てて、夏目さんのことを誰も知らないところで一からやり直す。何かの本で書いてあったよ、人生にはコンティニューもリセットボタンがあるって。いくらでもやり直せるらしいよ」

「そんな力…私にはないわよ」

「ないこともないでしょ。確かに中学二年生が親元を離れて、誰も自分のことを知らない土地で暮らすのは難しいよ。学校や市役所とのやり取り、生活面での問題、だけど夏目さんは今どんな立場にいるか知っているでしょ。親類や世間、常識が立ちはだかろうと、国や政府が夏目さんのことを守ってくれる」

力はなくとも価値はある。そもそも、女子中学生って時点で、大分価値があると思うけどね

十条さんあたりに頼めば、多少の小言を貰いつつも、色々と手は回してくれるだろうし、住む場所と当面の金銭は確保できる。尤も、価値のあるうちは、だけど

「そして何より、夏目さんにはお金という何ものにも勝る力がある。価値も力も十分に備わっている。人生をやり直すくらいわけないでしょ」

まぁ、似たような価値と力を持つとはいえ、所詮は部外者の意見だから、参考にするもしないも夏目さんの自由だけどね

それにこれは僕の参考までの意見だ、僕に何の責任もない。全ては夏目さんが決めることだ

「………」

サンドイッチと共に運ばれてきたケーキに手をつけながら、俯きながら考える夏目さんを見た。あれだな、夏目さんの綺麗な黒髪に視線を持って行かれるけど、目も結構綺麗だよなぁ

何でこんな美人が虐待なんかされるかねぇ

「…ねぇ、私が今の生活を捨てて、新しい人生を歩みたいって言ったら、財部さんは手伝ってくれるの」

「え?なんで僕が手伝わなきゃいけないの?」

「え…」

「僕はあくまで提案しかしないよ。まぁ、安定的な生活が送れるくらいまではお金を貸すのも吝かではないけど、それはあくまで貸すだけであって、利子も含めて取り立てるよ。少なくとも、僕が夏目さんに無償で何かをするっていうことは無いと思って」

なんで僕が一円にもならないことをしなくちゃならんのだ。ボランティアに反対とまでは言わないけど、取れる相手からはしっかりとらないと。たとえそれが、薄幸な女子中学生でも

「……ふふ、それでこそ財部さん」

「どういう意味だよ」

「大金を持つ人に対して、堂々と金を払えって言う人は、色々な意味で信頼できるってこと。少なくとも、媚び諂われるよりも好感は持てる」

「そりゃどうも」

「…お金を信じるあなたを信じるわ」

夏目さんは小さく笑った。どこか吹っ切れたようだ

「…財部さん、私は過去を捨てる。私のことを誰も知らない土地で、一からやり直すことにする」

「ふーん、勧めたり提案したりしといてなんだけど、自分の人生に関わることをそんなにあっさり決めていいのかい?」

「…どうせ、どの道を選んだって、苦悩の道なんだし。なら、財部さんの勧めを受けるのも悪く無い」

「苦悩の道以外の道が、人生にあるとは思えないけどね。まぁいいよ、わかった。それと一応確認だけど、それは星食みと戦うことを止めない、と捉えていいんだよね」

元々は、それが発端で今回の会談が起こったんだし、確認はしておかないと

「…はい。私も財部さんと同じく、稼がせてもらうわ」

そう宣言する夏目さんの黒くて綺麗な目は、今までの空虚な目ではなく、なにか目標を見つけたような目だった

「うん、中々良い目になったじゃないか。やっぱり人間、欲に淀んだ目が一番きれいだよね」

自分の、欲に汚れた汚い目に親指を向けた

僕からの評価を、誉め言葉として受けとっておく、と軽く返してから、彼女は居住まいを正した

「…それで早速なんだけど、財部さん、さっきお金を貸してくれるって言っていたわよね」

「言ったよ。いくら貸してほしいの。勿論利子は取るし、ちゃんと返済できるのか、返済能力があるかどうかを調べてから貸すことになるけど。まぁ、金額だけ先に聞いておくよ」

少し考えた後、探るように金額を提示した

「…とりあえず、25万円」

確か成人男性の一ヶ月分の一人暮らしの生活費が大体それくらいだったような、いやもうちょっと少ないか。確か20万くらいか。まぁそれでも生活費ってところかな

「25万か。中々の金額だね、だけどそれくらいの額なら、この間稼いだんじゃないの」

「…振り込まれたお金は、全部持ってかれた」

そのときのことを思い出したのか、下唇を噛んでいる

「それは許しがたいな。まぁいいや。何に使うの…て聞くまでもないか。当面の生活費ってところでしょ。でもさ、25万だけでいいの?この後どうするかは知らないけど、生活圏を丸々変えるんでしょ、ならそれだけじゃ足りなくない?」

生活費というのは、あくまである程度の生活の基盤が前提にある、今回の場合だと、ちょっと厳しいだろう

「…それは大丈夫、考えがある」

ふーん、まぁ良いんだけど

「僕はお金を貸すとき、基本的に民事法定利率を採用しているから、一か月ごとに貸した分の5%を上乗せさせてもらう。今回の場合だと、来月返してもらうとしたら26万2500円ってことになるけど、それでいい?」

「…今計算したの?」

「利率計算は得意でね。税込値段はしっかり把握して買い物を進めたいからね」

「…構わない。でも、良いの?返済能力を調べるんじゃないの?」

「それについては、親に隠れて銀行の口座でも作ってくれればいいよ。そして、これからはそこに入金してもらえれば」

どうせ僕と同レベルでこれから稼ぐんだ、返済する意志さえあれば問題ない

そして返済する意思だけど、自惚れるわけではないが、ここで僕を敵に回すことは、夏目さんにとって賢い選択とは言えないだろう、そこまで愚かって程でもない。なら大丈夫だ

「さてと、じゃあ僕はこれ食べたら帰るけど、夏目さんはどうする?この後デートでもする?」

「…財部さんの奢り?」

「冗談、割勘に決まっているでしょ。まぁ、ここでの飲食費くらいはもらっているから、ここくらいなら奢るけどさ」

「…甲斐性なし」

ジトっとした瞳をこちらに向けた

きっと、夏目さんの両親もクラスメイトも、彼女のこんな目を見たことはないのだろうね。こんな、わざとらしく呆れたような、どこかおどけているような、そんな可愛らしい目は

勿論、僕が夏目さんに慕われているとかそういうことを言うつもりはない。ただ、信頼されただけだ。何の要求もせずににこにこ手を貸してくれる人と、分かりやすく金額を提示して助けてくれる人、どちらが信頼できるかって話なだけだ。好みによるだろうけど、夏目さんも僕も後者の方が信頼できると考えたわけだ

「これからお金を借りる相手にそういうこと言っちゃう?」

僕はおどけ返した

「あなたがこの程度の言葉で気分を害したとしても、利子を取ることができる私にお金を貸さないことはない。1万2500円をこんなことで棒には振るわない、そうでしょ」

「僕のことをよくわかってらっしゃる」

「…でも、確かに貸してもらう人の態度ではなかったわね。ごめんなさい」

「甲斐性なしなのは事実だから別に良いよ」

素青に謝られると対応に困るな

それはさておき、僕は懐からメモ帳を取り出し、自分の携帯電話の番号を書いた

「それじゃ、口座を作ったらここに連絡を入れて。できれば公衆電話とかで。ご両親も、家出をするために口座を新しく作って、よくわからない男から金を借りるなんて、良くは思わないだろうから」

「…あの人たちが、私に対してそんなこと」

「思うでしょ。夏目さんは大事な大事な収入源なんだから。大事に閉まっておきたいでしょ。良かったじゃん、ご両親に大事にされて」

「…それ、冗談でも笑えない」

「うん、僕も自分で言って不謹慎だなって思ったよ。とにかく、手のひら返して夏目さんのことを手放したくは無い人たちだから、行動するときは慎重にね」

欲深い人間は色々厄介だし、妙に鼻が利くところがある。僕がそうだからね

そこから一時間ほど雑談をして、その場はお開きになった。その頃には、最初の頃の夏目さんの儚げな雰囲気は取り払われ、年相応、にはまぁ見えないけど、普通の女の子というところまでにはすることができたかな

すると言っても、僕が何かしたわけではないけどね。僕はただ、お金の偉大さを教えただけだし

「それじゃ、そろそろ出ようか。お金の入金は任せて頂戴な。あと、もし引越しの手伝いとかがあるなら、時給1000円で請け負ってあげるから、必要になったら連絡して」

「…その時は、お願いする。財部さんこそ、できることは少ないけど、私の力が必要になったら、連絡をしてきてくれて構わないわ。内容にもよるけど、時給1000円で請け負うわ」

お互い笑いあって、僕たちは店を出た

お開きになりそうな雰囲気になった時点で、十条さんに連絡は入れてあったため、店を出てすぐの所に黒塗りの高級車は止まっていた

「わざわざご苦労さん。こういうときに便利ですよね、車の運転ができる人を顎で使えると」

「あなたは一々挑発しないと会話ができないのですか」

別に挑発したつもりはないんだけどなぁ。どこか怒るような言葉があったのかな

「それで、随分と仲良くなれたようで良かったですよ」

「経過を話してないんだけど」

「お二人の雰囲気を見ればわかりますよ。それで夏目さん、抜けたいという件の方は」

「…それなら大丈夫。まだ戦っていてあげる。そのかわり、いくつか条件をつけさせて」

そこで十条さんは僕の方を一瞥した。いや、確かに色々吹き込んだけど、面倒な事吹き込みやがって、みたいな視線を飛ばさないでもらえる?

「良いでしょう、我々にできる範囲のことでしたら」

十条さんの視線がムカついたからちょっとちょっかいかけてやるか

「あ、そうそう夏目さん。この人たちにお願いをするときにはさ、僕も呼んでくれるかな。この手の交渉ごとに慣れているわけでもないんでしょ」

僕も人に指導できるほど慣れてはいないが、同席する名分くらいにはなるでしょ

「…何が狙いよ」

「さぁ、何だろうね。夏目さん、僕は夏目さんの提示する条件を、この人たちに飲んでもらわないといけないんだよ、なら同席くらいしてもいいよね」

「…狙いが分からない以上…いえ、あなたの狙いはずっと変わらないわね」

「お金ですか。まぁ良いでしょう、あなたはがめつくて守銭奴なところを除けば、いえむしろその要素だからこそ、妙に公平なところがありますからね」

「ご評価いただきありがとうございます」

感情の籠っていないお礼を述べた後、僕と夏目さんは車に乗り込んだ

しかし車は一向に出発する気配はなく、運転席に乗っている十条さんは何やらごそごそとしている

「用意しておいてよかったですよ」

鞄から一枚の紙を取り出し、夏目さんに手渡した

「これは…」

「これ、僕が前にサインした契約書じゃん。所々違うみたいだけど」

「えぇ、夏目さんの気が変わらないうちに、契約書という拘束具で雁字搦めにしてしまおうと思いまして」

つまりこのおっさんは、今日僕が夏目さんを説得すると見込んでいたわけか。なんだか掌の上みたいな感じがして、いい気分ではないな

「それにしても、僕の時は随分時間を取ったけど、今回はすんなりだね」

「まぁ、何れ何方かがあなたみたいなことを言いださないとも限りませんでしたからね」

先駆者になれたわけか、光栄だね

「…ねぇ財部さん、ここに書いてある契約書の内容、あなたと同じものなの?」

「どれどれ…まぁ、ほとんど同じだね、僕はリーダーとしての手当がこれに加わているけど。夏目さんの報酬を現金支給、額は僕と同じ一億円、快適に過ごせる生活の保障。まぁこの快適に過ごせるの定義は、どうなるのかはわからないけどね」

「財部さんがこれで問題のなら、私はこれで構わないわ」

手に持っている契約書を、夏目さんはポケットにしまった。スカートのポケットってそうなっているんだ

「どこかの誰かと違って、すんなり話が進んで嬉しい限りですよ。それでは迷惑にもなりますし、そろそろ出ますか。まず夏目さんの自宅に向かいますね」

十条さんの言葉に、夏目さんは少しビクッと身体を震わせる。僕はそっと、震えている肩に手を乗せた。とても脆くて少し力を込めたら壊れてしまうのではないかとさえ思った

「安心しなよ、今まで何があったかのかは、僕は情報としてしか知らないけど、君は今ご両親にとって重要な財産で資産だ、そう手荒な真似はされないだろう。今までのギャップに苦しんでいるのならば、もう少しの辛抱だ、バレないように逃げる準備を進めておきな。大丈夫、価値があるうちは僕は夏目さんの味方だから、どんなことでも相談しなよ、報酬次第で力になるよ」

「価値があるうちって…まぁ、そういうところが気に入ったんだけどね」

「だから自分の価値をしっかり自覚して、その価値がなくならないように気をつけな」

「…もしかして、励ましてくれているんですか」

聞き返すなよ、恥ずかしい

「…私じゃないと気がつかない励ましの言葉ね」

「夏目さんにも気づいてほしくなかったな。あれだ、僕が妹以外をこう励ますのってそうはないから、慣れてないんだよ」

「…少し、光栄に思う」

何が光栄なのかはわからないけど、夏目さんの震えが収まってよかったよ

「それと十条さん、そのニヤニヤしている顔を止めてもらっていいですか。気持ち悪いですよ」

「あなたから運転中の私の顔は見えないはずですけど」

「雰囲気でなんとなくわかるんだよ、微笑ましく笑うその顔止めろ」

「これくらいの意趣返しをしても罰は当たらないと思うのですけどね。あなたが我々にしてきたことを思うと」

「僕が何をしたんだよ。口では色々言ったし、挑発とかはしまくったけど、実害が出ることはしてないはずだよ」

「ええ、なので私も実害が出ることはしてませんよ」

けっ、随分とちゃちな因果応報なことで

「それにしても財部さんが、そういう風に誰かを励ますなんてねぇ。私、あなたが誰かと揉めているところしか見たことなかったですよ。そういう病気なのかと思っていました。ですが、根は優しい方なんですね」

「ムカつくなぁ…まぁ、夏目さんが笑ってくれたから、良しとしよう」

口元に手を添えて上品に笑う夏目さんに毒気を抜かれた僕は、窓の外に視線を移した。自分でも気がつかなかったが、夏目さんの家につくまで、僕は彼女の肩に手を乗せていたらしい

どうやら、僕にとって夏目さんは無意識のうちに庇護すべき対象となっていて、夏目さんにとって僕は、そう悪しくない存在らしい


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