第17話 守銭奴と問題

訓練と二回目の戦闘があった日から数日後、連休の初日のことだ

一億円という多額の現金を手に入れたが、使い道に悩んでいた今日この頃、十条さんから連絡が入った。出ようか出るまいか少し悩んだが、話の持って行きかたでは収益が見込めそうだ、一応出ておくか。5回以上コールした後に

『出るまでに随分かかりましたね』

「こっちも色々忙しいんだよ。別に、焦らして話を手早く終わらせようとしていたわけじゃないよ。焦らされた相手が、素早く話を終わらせたがる傾向にあるだなんて話、僕は寡聞にして聞いたことがないからね」

札束をいじりながら言葉を並べる。本当にスラスラと言葉が出てくるものだ、僕の口は

『まぁそんなことはどうでもいいのですが、本日は会うことができますか』

「おや、あなた方にしては珍しい、事前のアポですね」

『今回はそんなに急を要しないこと、とは言いませんが多少は余裕がありますからね』

今まで問答無用で連れていかれていたから、なんだか新鮮だな。これが普通なんだけどね

「電話越しでかいつまんで説明してよ。それを聞いてから判断する」

『…わかりました。先日夏目さんが、星食みと戦うことからの脱退を申請してきました』

「おやまぁ」

夏目さんが脱退の申請、確かに急を要しない事柄だな。だけど、リーダーとしての職務の範囲だろう。それに気にならないといえば嘘になる

「わかった、詳しい話は会って聞くよ。僕はどこに向かえばいい、できれば近場が良いんだけど」

『随分と今回は腰が軽いですね』

「美少女一人との接点が消えるか消えないかの案件だからね、そりゃ健全な男子としては多少やる気にもなるよ」

僕の軽口は適当に受け流されたが、近場が良いという僕の要望は受け入れられた

『もうすぐそちらにつきます』

電話が切られた数十秒後、インターフォンが鳴り響いた。どのみち拒否権ないじゃないか。まぁ、幸い妹は部活でいないため、家には僕一人だ、変な事に妹を巻き込まないで済むならこの際どうでもいいや

インターフォンのカメラで十条さんの顔を確認すると、玄関の扉を開けた

「お役人さんは暇なんですかね、こんな地方までお越しになられて。…なんか前にも誰かに似たようなことを言った気がしますよ」

「あなたなら誰にでも言いそうですからね」

流石に僕の軽口になれてきたのか、さして表情に変化はなく、にこやかな表情を浮かべている。ふむ、そろそろ別のアプローチを考えないとな

「上がらせてもらって構いませんか」

「嫌だって言ったらどうする?」

「夏目さんの家庭に関する話です。これを聞いて上がらせないという対応をするのなら、あなたの評価を下げざるを得ませんね」

「おっさんからの評価を下げられてもねぇ」

ただまぁ、人の家のこと、それも面倒そうな背景を抱えている女の子の家のことだ、おいそれと外では話すことはできない

「あがりなよ」

「ありがとうございます」

客間に通し、自分の分と十条さんの分のお茶を淹れると、すぐさま本題に入る。珍しくやる気なのだ

「夏目さんが脱退ってどういうこと」

「先日電話で、戦うのが怖くなったから抜けさせてもらう、ここで知りえたことは誰にも話さない、とだけ伝えられ、何かを言う前に切られてしまいました」

怖くなったねぇ。あまりそういう風には見えないし、前回の戦いもその前の戦いも、そんな夏目さんに危険が及ぶような展開にはなっていなかったと思うんだけどな

まぁ、あの子の考え方があれな以上、脱退したがる理由は分からないでもないけど

「そこで財部さんにお願いします、夏目さんを説得してもらえませんか」

「説得って、脱退を考え直せって。いつ死ぬかわからないような環境に身を置き続けてくださいってお願いするの?図太い神経をお持ちで」

「確かに言葉にすれば中々酷い話ですが、夏目さんの脱退理由はそこにないと思うのです」

「その根拠は」

「夏目さんの脱退理由が大凡わかっているからです」

あの子、あの破滅思想をこの人に話したのか

「夏目さんは簡潔に言いますと、虐待を受けているのです。見たところ両親両方から」

「ふーん。あまりそういう風には見えなかったけど、傷跡とかは見えなかったし」

「そんな分かるところに残すほど、夏目さんのご両親も馬鹿ではありません。中途半端に賢いから厄介なのです」

確かに言われてみれば思い当たる個所はいくつかあった。というより、本人もあまり隠す気はなかったようにさえ見える

あの破滅思想も、恐らくはそこが要因か

「主に父親の方からは暴力的な虐待、母親の方からは放棄という虐待。まぁ分かりやすい家庭の歪みと家庭内暴力ですよ」

軽い調子で言った後に、勿論母親の方からも暴力は受け、父親の方からも放棄はされていましたけどね、と何の補足にもなっていない補足をされた

「さらに不幸なことに」

「大方学校でも虐めとかにあっているんだろ」

「ええ、その通りです」

創作とかでよくある話だが、理にはかなっているのだ。つまり、虐待の後みたいなものが少しでもあると、少しでもそんな噂があると、面白おかしく囃し立てるのが人間だ、哀れんでくれればいいのだが、夏目さんはあんな感じだ、どういう扱いを受けたのか想像に難くない

「まぁ、よくある話なんじゃないの。少なくとも、妙な力を持たされて、化け物たちと戦えって言われるよりかは全然よくある話じゃん」

「別に私も夏目さんの過去を話して、同情してもらいたいわけでも、哀れんでほしいわけでもありませんよ。あくまでこれは、戦いが怖いから脱退したい、という言葉が方便である根拠です」

要するに十条さんは、夏目さんが脱退したがる理由は、その環境にあると予想だてているらしい

「だけど原因が分かっているなら、原因の予想ができているなら、僕なんかを頼らなくても大丈夫なんじゃないの。どうせそっちには、カウンセリングの担当者とかいるんでしょ」

「詳しいですね。その話ってしましたっけ」

「別に、普通に考えればそれくらい用意しているって思ったから」

まぁあの面子じゃ想定された活躍はしてなさそうだけど

「以前訓練の時、財部さんは夏目さんと話していましたよね」

「そりゃ多少はコミュニケーションくらいとるさ。まさかそれを根拠に、僕なら夏目さんを説得できるとか言わないよね」

「無理なら無理で構いません。ですが家庭にも学校にも居場所がない夏目さんにとって、あなたがどれだけの存在になっているのか、想像できませんよ」

「知らないよ、あんなもんちょっと懐かれただけでしょ」

「心に傷を負った人間の、ちょっと懐く、という行為がどれだけ貴重なのか、お教えしましょうか」

まぁ、もともとこの頼みは聞くつもりだったし、これ以上問答を繰り返しても時間の無駄だろう

「…僕は何をすればいい」

「ありがとうございます。では一度、夏目さんとゆっくりお話をしてもらいたいのです」

夏目さんのほうには既に話を回してあります、と僕が断らないの前提の手回しで、女子中学生とおしゃべり会がセッティングされた

ここまで手が回されると、やっぱやめた、と言いたくなるのは人間として当たり前の衝動だと思う。尤も、車の中で一万円札を何枚か渡され、そんな気も失せたけど。わかっているじゃないか

車に揺られて一時間ほど、一軒の喫茶店についた。少し遠いのではないか、と愚痴ってみたけど、どうやら夏目さんの地元がこのあたりらしい

「では、お話が終わり次第ご連絡ください。私はいない方が良いでしょうし」

「丸投げかよ。まぁあんたがいない方が良いって意見には賛成だけど」

でも、僕と話をする場を設けるってだけで、向こうもなんとなく意図は汲み取っているだろうし、あまり意味はないと思うんだけどな

まぁいいや、僕は別にカウンセラーじゃないんだし、適当に話してとっとと帰ろ

店のドアを開けるとそこは貸しきり状態だった。チェーン店ではない、個人経営の喫茶店のようだから、あまり客が多いとは思っていないが、誰もいないってのは予想外だ

店主らしき人と目が合い、目で奥の席を示された。綺麗な黒髪の少女がつまらなさそうに座っている。夏目さんだ

店主から気まずい視線を浴びながら、少し重い足取りでその席に向かう

「…あ」

ドアを開けた時に音がしたはずなのだが、どうやら夏目さんはそれに気が付かず、僕が正面に座った時に、初めて自分以外の人間がいいることに気が付いたようだ

「どうも、この間ぶり」

「…どうも」

少し僕と目を合わせると、すぐにつまらなさそうに窓の外を見た。全然懐いてないじゃん、いや、懐いているとは思ってないけど

「まぁ、その感じから察するに、僕が何でここに来たのかは知っているんだね」

「一応は」

「なら話は早い、なんで脱退したいなんて言いだしたの」

「…私もあなたなら話が早いと思ったんだけど」

僕はエスパーかよ

「この世界を破滅させたいから」

そんな中二チックなことを、真剣な眼差しで言ってきた

「私がいなくなれば、負けが濃くなる。なら抜けるのが一番手っ取り早く、世界を滅ぼせる」

「あっそ、ならもっといいことを教えてあげるよ。聞いたことくらいはあるんじゃないかな、チームで何より厄介なのは、強力な敵より足を引っ張る味方って話」

そこまで言うと、店主が僕に注文を伺いにやってきた。適当に甘い飲み物を頼み、夏目さんにも何か飲むかを尋ねた。尤も、その反応はつれなかったが

「前も言ったと思うけど、本当に世界滅ぼしたかったら好きにすればいいと思うよ、だけど脱退するのは非効率的だ」

「…どうせそれも、他の人から言えって言われたんでしょ」

「別に、普通におしゃべりしてこいとしか言われてないよ。それに僕の性格上、こういえああいえと言われたらそう言いたくなくなっちゃうからね」

当たり前の様に嘘をつく自分に少し呆れながらも、それが顔に出ないように努める

てか、本当に言えという指示があった場合、率先して世界を滅ぼすアイディアを言えとは言わないでしょ

「まぁ一応、本当の理由を聞いてこいと言われたし、夏目さんの背景もある程度は聞いたよ。辛かったねって同情した方が良いかな?」

「お好きなように」

「じゃあしないでおくよ、僕が言っても煽りにしかならなさそうだし」

「そこまで知っているなら簡単、あいつらがムカついたから」

ここで言うあいつらとは、おそらくご両親のことだろう。虐待されてて、それをムカつく程度の認識しかないのもどうかとは思うが

「ふーん、そりゃ大変だね。あ、そうだ、小腹がすいたから何か頼んで良い?それとも、話している最中に何か物を食べているのは嫌なタイプ?」

「…構わないタイプ」

「んじゃ、どれにしよっかな」

呆れたような視線を受けながら、メニュー表を眺める。お、このサンドイッチとケーキセットにしよう

「星食みと戦う云々以前にさ、夏目さんもこのままじゃダメだってことくらいは分かっているでしょ」

メニューから顔を上げずにしゃべりかけた

「実際見たわけじゃないし、夏目さん本人の口から聞いたわけでもないから偉そうに言えないけど、一度壊れたものはもう直らないよ。特に人間関係が関わるものは」

「……それで」

「要するに、大人に現状が知られている以上、今まで通りに過ごすのは無理ってこと。仮にもし脱退するなら、夏目さんの案件は別のところに回されて、腫れ物に触るように扱われる。特別なもので持っていない限りは、いろんな所の盥回しよ」

メニューから顔を上げて店主を呼び、注文をする。店主が奥に引っ込んだのを確認し言葉を続ける

「何にムカついたのかは知らないけどさ、ある程度お金が貯まるまで戦ってさ、自分のことを誰も知らない土地に逃げるのもアリなんじゃないのかなって話」

「…脱退を取り消すんじゃなくて、先延ばしにしろってこと」

「まぁそんなところ。悪い話じゃないと思う、なんだったらいくらか貸してあげてもいいし」

いくらかかるかわからないが、そこそこ良いペースで貯まるんじゃないかな。そしてそんな大金を持つ少女を無碍にする大人もいないでしょ。人間、金さえあれば親や友人なんて必要ないんだよ

「…せっかくの提案だけど、無理よ」

「拒否じゃなくて無理なんだ」

「お金は、あいつらに持ってかれた」

「あいつら?ご両親のこと」

無言で頷いた

「そりゃ、ムカつくわな。これが普通の家庭だったら、お金の管理はご両親がなさるんだなぁ程度の認識だけど、夏目さんのところの場合はそうじゃないよね」

「…よくやった、お前は私たちの誇りだ。お金を見ながらそう言われた」

そりゃ、ムカつくなんてものじゃないな。今まで虐待しといて手のひら返しか

「だから私は抜けたい。あんな奴らの喜ぶ顔なんて見たくない」

「だったらなおさら抜けるのはお勧めしないよ。これから継続的にお金が入ると思っている夏目さんのご両親に、戦いから抜けたのでもうお金は入ってきません、なんて言ったら、夏目さんの身がどうなるかわかったものじゃない」

「……別に私の身なんてどうでもいい」

自分の身が危険にさらされるよりも、嫌いな奴が喜ぶのが嫌だというわけか。理解できないこともないが、納得はできないな

「じゃあさ、夏目さん自身がどうでもいいって言うんならさ、家出でもなんでもすれば?要はご両親の喜ぶ顔が腹立つって話でしょ、なら戦って金を稼いでホテルとかを転々とすれば?何日かくらいなら僕のところに泊まってもいいし」

僕は運ばれてきたサンドイッチを頬張りながら、あたかも軽い話であるかのように語る

「今までの生活全部捨てるか、今まで暴力を振るってきた奴らの喜ぶ顔を見るか、今まで以上に凄惨な暴行を受けるか。残念ながら、僕にはこの三つしか提示できないよ。尤も、僕が頼まれたのは夏目さんの家庭事情に関するあれこれって訳でもないし、どうでも良いんだけどね」

薄情に聞こえるかもしれないけど、中学二年生に提示するには、少し酷かなぁくらいは流石に僕だって思っているよ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る