第16話 守銭奴と帰路
「よくさ、自動車での死亡事故の確率と飛行機での死亡事故の確率は、自動車の方が高いけど、飛行機より自動車の方が安全って意識が強いって話を聞くじゃん」
「…まぁ、そうね。偏見だけどね」
面倒そうな気配がひしひしと伝わってくる。だけどちゃんと相手してくれて、財部さんは嬉しいよ
「自動車の方が普段の生活に接する場面が多いから、飛行機よりも安全って思いやすいって話でしょ。逆に、飛行機によく乗る人や、飛行機関係の仕事をしている人は、自動車よりも飛行機の方が安全って言うし」
僕の提示した話題について、福沢さんが分かりやすく補足をしてくれた。いつだか松尾芭蕉についても補足してくれたけど、中学生って、こういう知識持っているものなのかな
疑問を持つ僕に対し、福沢さんも急な話題にどういう意図があるのか、疑問の目をぶつけてくる
「別にただの雑談だよ、特に意味なんてない。ただこうも電車に揺られていると、乗り物繋がりでそんな話を思い出しただけ。まぁ、電車も自動車と同じくらいの必須の乗り物だから、自動車が電車に変わっても、この話は成り立ちそうだよね」
「今じゃ、カーシェアリングやレンタカーとかで、車を持っている人が減っているからね」
レンタカーは聞いたことはあるが、カーシェアリングは初耳だな、まぁ読んで字の如くだとは思うけど
僕と福沢さんは、電車の窓から流れる夜の景色を見ながら、そんな毒にも薬にもならない話をしていた
僕にとっては初めての、他の四人にとっては二回目の星食みとの戦闘を終え、一旦ヘリで体育館に戻り、怪我の有無や身体に影響が出ていないかなどの検査を行った。幸い、誰からも異常は見られず、ごたごたと面倒なことはあったものの今日は解散となった
野口さんと夏目さんは車、僕と福沢さんと樋口さんは電車を使った。僕たちも車で良かったのだが、乗りなれていない高級車よりも、電車を使った方が多少はリラックスできると判断した。まぁ帰宅ラッシュの時間とかぶって、電車を使ったことを少し後悔したけど
「にしても、家近いんだね。樋口さんは割とすぐに電車を降りちゃったけど、一時間は一緒に乗っているよね」
「そうね、降りる駅も一緒かもね」
「何ならこの後一緒に夕飯でも食べに行くかい、年上らしく、奢ってあげても良いよ」
「奢るって、そのお金で?」
座席に座りながら、絶対に手を放さず持っているアタッシュケースを見た
「遠慮しておくわ。そのお金に、財部に奢られるのはごめんよ」
「つれないねぇ。それに、まだそんなこと言っているんだ。僕は現金しか信用できない可哀想な男だから直接渡してもらっているけど、福沢さんだって通帳にはいくらか記載されているはずだよ。多分今まで見たことないくらいの額がね」
どういうスタンスであれ、どういう心意気であれ、どういう想いであれ、受け取っている以上同じ穴の狢だ
「私はあんたとは違う、私は自分の意思で自分の信念に基づき戦うって決めたの。お金や報酬の有無は関係ない、私に誰かを守る力があるなら、喜んでその力を振るう」
「正直、僕と何が違うのかがわからないんだよね。僕だって自分の意思と信念で戦うって決めたし、誰かを守るための力があるなら、それを振るうのだって吝かではない。ただ僕はそれに報酬を要求しただけだよ」
「そこが違うのよ。別にボランティアで戦えと言うつもりはないわ、だけど問題なのは貰わないと戦わないっていう姿勢よ」
ふむ、姿勢か。姿勢に関しては、僕よりも車で帰った二人の方が問題あると思うけどな
「それこそ、本当に世界よりもお金が大事って思っていそうなね」
「それは価値観だと思うよ、何に重きを置くかなんて人それぞれ違うでしょ。それに、報酬やお金って言い方をするとあれだけど、これをお礼と言いかえればどうかな、極論ありがとうって言葉もお礼に入るよ」
よく漫画とかで、みんなの笑顔さえ見れれば頑張れる、なんて言葉があるけど、それは無欲というわけではなく、笑顔という報酬を要求していることになる
「屁理屈ね。私は感謝なんかされなくても戦うわ」
「それができれば…いや、何でもない」
それができてしまえば、何の見返りも感謝もなく戦えてしまえば、もはやその人は化け物だろ
グッと言葉を飲み込んで、僕はアタッシュケースを愛おしそうに撫でた
「世界が終われば、お金だって意味なんてなくなるわよ」
「そうだね、そうならないために頑張らないとねぇ」
「…ッ、あんた、矛盾しているわ」
「そうかな。別に矛盾なんて起きてないと思うけどな、自分にできないことをお金を払って誰かにやってもらうように、僕たちにしかできないことをお金を払ってもらってやるんじゃん。ビジネスだよビジネス、多分分類としてはサービス業」
まぁ少し違うと思うけど、警備会社みたいなものでしょ
「警備会社だって、お金をもらう契約をしないと護らないでしょ、たとえその対象が何千億という価値のあるものが展示されている施設でも。いや、警備会社のことなんて全然知らないから断定できないけど」
「それと今回のことは規模が違う」
「確かに世界って言う規模と釣り合えるものは皆無だね、だけどもしこの世に警備会社が一つしかなかったらどうなると思う?」
「どうって…」
「雇うのにいくらかかるんだろうね、どれくらい横暴な態度を取っても許されるんだろうね。まぁつまりそういうことだ、守るものが大きければなおさらね」
「…それは独占禁止法でありえないことだけど、何が言いたいかはわかったわ」
「分かってくれたかい、そりゃよかった」
「財部がクズだってことは分かった」
「辛辣だねぇ、否定はしないけど」
むしろ僕自身が一番自分のことをそう思っているよ。直すつもりはないんだけどね
「だけど分かりやすくていいでしょ。僕はお金のためなら何でもやるぜ、僕の力が必要になったらいつでも言ってよ。金額に応じて働いてあげるよ」
「ふんっ」
漫画みたいにそっぽを向かれてしまった。首を動かしたときに一緒に揺れるポニーテールに、少しときめきを感じてしまうのは僕だけでないはず
まぁ、福沢さんみたいな人と僕みたいな人は分かり合うのに時間がかかるし、今はこんなものでいいでしょ
「にしても、戦っている時はもう少し友好的だったと思うんだけどね。やっぱ戦っている時ってテンション上がっちゃうよね」
「あの時は必死だったからよ、命と世界がかかっている戦いで、下らない私情を挟むべきではないわ」
「僕も人のことは言えないけど、一回目の戦いで挟んでた気がするんだけど」
まぁ、人のこと言えないというより、お前が言うなって感じだけどね、下らない私情って僕のことだろうし
「……」
福沢さんは僕の指摘に答えることなく、僕の方を訝しむように見ている
「財部は、変わらないわよね」
「どういうことよ」
「今こうして喋っている時も、初めてあの空間に行って見学していた時も、さっき変身して戦ったときも、ずっとその人を小馬鹿にしたような態度ってこと。なんかの呪い?」
「呪いだったらまだ治る見込みがあるんだけどね。生憎と素だよ。まぁ、そんな指摘を受けるほどフラットなわけでもないと思うけどね」
確かにこうやって喋る時は、意図的に人を食ったような話し方をするけど、流石に戦っている時とかはそんな余裕はないよ。こう見えて喜怒哀楽は豊かよ
「それに変わらないと言えば、野口さんでしょ。あれは育てれば僕以上の変人奇人になるよ」
「あの子は私がまっすぐ育てる」
「君にそんな権限があるかは知らないけど、根は良い子そうだし、普通にまっすぐ育つんじゃないの?」
聞いた限りだと、結構育ちはよさそうだし
「まぁ、財部にとって根が悪い子って言うのは中々いないだろうけどね」
そんなことは、無いと思うけど、でも確かに今まで心から、悪いやつだなぁって思った人はいないかもな
「それは僕が人の悪いところを見つけるよりも、人の良いところを見つけるのが得意な人間だからじゃないのかな」
「そういう意味じゃない」
「知ってる」
ガッと足を踏まれてしまった。テンポよく答えただけなのに
「まぁ何はともあれ、形成された個性みたいなものはなかなか変わらないものだよ。僕が福沢さんみたいに正義感のために戦うことができないように、福沢さんが僕みたいにお金の奴隷になれないようにね」
「そんな大それた話じゃ無かった気がするけど。まぁいいわ、どんな時でも普段どおりができるってのは、ある意味才能だしね。そこは素直に尊敬するわ」
スポーツの世界とかでよく聞く言葉だな。つまり僕が何かのスポーツを始めれば、有名選手に
「いや、無理だな。僕運動苦手だし」
唐突な運動嫌い発言に、小さく首を傾げる福沢さんを横目に、僕は電光掲示板を確認した。話していて気が付かなかったが、そろそろ降りる駅だな
走っていた電車が減速していき、景色の流れがゆっくりになっていく。そして到着を知らせるアナウンスとともに、プシューと扉が開く
「んじゃ…」
僕はこれで、と続けようとしたが、福沢さんも一緒に動き出した
「「……」」
僕たち二人は黙ったまま電車を降り、まだ少し肌寒く感じる夜空の下に立っている
「つかぬことをお伺いしますが、福沢さんの通っている中学校って何て名前」
福沢さんは忌々しそうに、僕が数か月前に通っていた学校名を口にした
降りる駅が同じってのは、ギリギリ偶然で済ませられるかもしれないけど、流石に同じ中学ってのは笑えない
「いやいやいや、世間は狭いというけど、これは流石に狭すぎでは。え、じゃあもしかして、僕と福沢さんって実は面識あったりするの」
「あったら言ってるわよ。普通、一つ上の男子なんてそうそう接点無いでしょ」
「そりゃそうだ。僕帰宅部だったし、委員会とかも係わってなかったから、年下の人間の情報って妹からじゃないと入ってこないからな」
「…妹さんって、いくつよ」
「二つ下の中二、福沢さんの後輩だよ。もし学校で見かけたら仲良くしてやってくださいな」
僕の方をしばらく見て、なんとも苦い顔をする福沢さん。何を想像しているんだよ
「安心してよ、僕の妹は割とまともだから。なんてったって、僕が手塩にかけて育てたパーフェクトシスターだぞ」
「…さっきの野口さんの話になるけど、もうすでに変人奇人に育てられた被害者がいたのね」
「見もしないで人の妹を変人奇人扱いするのやめてくれる。どこに出しても恥ずかしくないブラコンの妹だから」
「それもそれでどうなのよ」
まぁそれはさておき
「本音を言うなら、やっぱり妹とは接点は持ってほしくないな」
「何よ、ついさっきは仲良くしてなんて言ってたじゃない。私が悪影響とでも言いたいわけ」
「何でそんな攻撃的なのさ。そうじゃなくてね、妹の遊路には僕が訳の分からないことやっているって知られたくないのよ」
「知らせてないの?」
「一応話してはみたけど信じてもらえなくてね。やれやれ、昔はお兄ちゃんのいう言葉は、色々鵜呑みにしていた可愛い妹だったのに、どこで疑うなんて心の狭いことを覚えてきたのかね」
「十中八九、そのお兄ちゃんのせいでしょ」
そうなんだよねぇ。少しやりすぎたなぁとは思っているよ
まぁなんにしても、福沢さん経由で僕のことが知られるのも面白くない、なんか悪意ある説明とかされそうだし
「でも両親には話が行っているんじゃないの?」
「家、両親が二人とも海外で、今はほとんど妹と二人暮らし」
「うっへぇ、妹さん大変そう」
そういう正直なところ、嫌いじゃないよ
「でもなおさら、妹さんは心配するんじゃないの、兄貴がコソコソ何かをやっているのは。それに私たちは通帳記入だけど、あんたはそれじゃん」
僕の持っているケースに視線を向ける
「何の事情も知らないまま、兄が札束の入ったアタッシュケースを持って帰ったら、心配どころの話じゃないでしょ」
確かに、普通に警察に連絡が行きそうだ
「だけど兄貴がわけわからん化け物と戦っているって言いだしたら、それはそれで心配でしょ」
僕も心配されるし、そんなこと言い出した福沢さんも心配される
「とりあえず、可能な限り僕の妹とは言葉を交わさないでほしい。ただ、あの子は結構聡いから、露骨に避けるとバレちゃうから、そこんところは上手く調節して」
「随分一方的に、勝手なことばかり言うわね。まぁいいわ、財部遊路ちゃんでいいのよね、その子には近づかないようにするわ。私も、プライベートであんたと接点持ちたくないし」
「ありがとう。それはそうと福沢さん、一言余計って言われない?」
「多分財部よりかは言われないわよ」
そりゃそうだ、と僕は笑いながら夜空を眺めた
改めて二人で話してみたけど、やっぱり福沢さんは良い子だよ、正義感も強くて頼りがいがある。だけど、真っすぐでもなければ正しくもない
頼みごとをしつつも、低い評価を下せる自分が、少し薄情なやつみたいだな。まぁ、今さらなんだけどね
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