第15話 守銭奴と参戦
パァ―ンッ
僕は躊躇いもなく銃の引き金を引いた。発射される光の弾丸は、まっすぐな軌道を描きながら星食みが立っていた足場に着弾する。あれま、一応星食みを狙ったつもりなんだけど、やっぱり狙った通りには行かないものだな、想定内だけど
しかしまぁ予定通り、弾の軌道が自身に向かってきているのを察した星食みは、軽々と跳躍し、近くに漂っている足場に移った。速さもまぁ予想通り、多分僕一人の銃の腕前では逆立ちしても当たらないだろう、いや、逆立ちをするよりあいつに当てるほうがまだ見込みがあるか。逆立ちってできてもいいことないのに、できる奴って妙にドヤ顔してくるよね、特に小学生や中学生って頼んでもないのに見せびらかしてくる
まぁそれはさておき、これで僕たちは向こうさんに明確な攻撃意思を示し、明確な敵として認識されたな
グルルルルゥ、と犬のような、猛獣のような唸り声をあげ、威嚇するイヌ科やネコ科の動物のように牙を見せてきた。そしてその刹那、十数メートルはあるであろう僕との距離を詰められた。目にも留まらぬ速さ、なんてありきたりな表現だと思っていたが、実際それを目の当たりにすると(目の当たりと言っても、目にも留まらぬ速さなんだから視覚で認識するのは不可能なのだが)結構衝撃的だ、なにせ視界に急にそれが現れるのだから
「あれ」
間抜けな声が出てしまった
間近で見ると、冷や汗が止まらないほど鋭い牙と爪が、僕に襲い掛かろうとする。情けないことに、反射的に数歩下がるのがやっとだ
動物は人の本質を見抜いて懐く懐かないを決めるらしいが、この様子を見る限り、僕の本質は予想通り駄目だったらしいな、そんな下らない考えが浮かぶ前に、僕の視界に急激な変化が起きた
星食みが横に吹っ飛ばされていた
「大丈夫ですか財部先輩」
樋口さんが蹴り飛ばしてくれたらしい。それを理解した後、今頃になって下らない考えが頭を過ぎった
一瞬の出来事だった。僕の頭が目の前で起こっている事態についてこれてないようだ
「ヤァァァァ」
福沢さんが掛け声とともに、星食みに追い打ちをかける。しかしその攻撃は、ガキンッ、と大きな金属音とともに、鋭い爪で弾かれてしまった。そして深追いは禁物だと言わんばかりにお互い距離を取る
「ありがとう樋口さん、向こうさんの動きが想定よりも速くて少し呆けてたよ。流石四本足の生物だね」
「呆けてなんかいませんでしたよ、あんなスピードで詰められてしまったら、どんなに神経を張り巡らしても、何もできませんよ」
「それはつまり、向こうさんのスピードが僕たちの全てを凌駕しているってこと」
「少なくとも、スピードという一点に関しては、この服を着ていても競い合うのは難しいかと」
さっき僕の攻撃を避けた時のスピードが最高速じゃなかったのかよ。当てが外れた相手のスピードに、思わず舌打ちが漏れそうになる。駄目だな、当てが外れて苛立つのは三下キャラだ、普段はそれでもいいが、今の僕は一億円の報酬を得た仕事人、ビジネスマンだ、不安を煽るような感情を見せるべきではない
「手応えはどうだった?結構綺麗に飛んでいったけど」
「良い一撃を入れたつもりでしたけど、後の対応を見る限りそれほど響いていないようですね」
だけど血のようなものが結構流れている、全く効いていないわけではないな。そういえば、前回のナナフシみたいなやつは、血とか流れてなかったな、この違いとかはなんなんだろう、その辺もあとで十条さんに確認しよう
「何かいいアイディアはありませんか」
「そう言われてもねぇ」
樋口さんの蹴りはそこそこダメージがあるが、福沢さんの追い打ちは爪で防がれた。それはつまり、爪と多分牙以外には有効打になるということだ、といっても当たらなければ意味がない
「おそらくだけど、さっき僕を襲おうとしたスピードまで出すと、防御に手が回らないんだと思う」
だから最初に撃った僕の攻撃を避けるとき、最高速まで出さなかったのかもしれない。僕たちにとって星食みが未知の相手であるように、向こうにとっても僕たちは、急に未知の力を得て戦いだした人間たちだ、ある程度応用の利く動き方をしないといけなくなる
「どこかに向かってスピードを出した時を見計らって、横から攻撃するのが一番かもね」
「それができたら苦労しませんよ」
「さっきできたじゃん」
「それは来るところが分かってましたからね」
「分かればできるってことでしょ」
「囮、なんてことは言わないでくださいよ」
「それは最終手段、どうしようもなくなったら使うよ」
僕は二つの銃口を星食みに向け、狙いを定める。少し乱れてしまった呼吸を整えた
「一応古典的だけど考えがある、だけどそれを実行する腕前が僕にあるかはわからない。だから好機を逃さず、しっかり狙い続けてほしい」
周りに聞こえるくらい声を張り上げた。そして言い終えると同時に、パァンッと一発撃ち込む
間髪入れずにパァンッ、と二発目を発射。三発目、四発目、五発目…
乱れ撃ちでまぐれ当たりを狙おう、ということではない。内容自体は似ているが、当てるつもりがないのは最初から一貫しているのだ
銃の衝撃と音に少し慣れてきたあたりで、撃ちながら星食みの様子を確認した。やはり僕の予想通りだ
星食みは、ひたすら僕の銃撃を避けている。避け続けている、最初の攻撃を避けて時と同じスピードで、つまり予想の範疇のスピードでだ
とどのつまり、僕の考えたのは、攻撃は最大の防御、という奴だ。あの狼もどきのスピードは確かに、僕らの常識や予想を超えていた、だけどそれは攻撃時のみ、肉食動物が獲物を狩る時、とんでもない瞬発力や俊敏性を発揮するのと同じだ
ならばその瞬発力や俊敏性を発揮させなければいい。ひたすら攻撃して、ひたすら避けに徹してもらう、ただそれだけだ。わざわざ相手の土俵で競い合う必要はない
「無茶苦茶やっているわね、雑というかなんというか。もうちょっとカッコよくできないわけ」
戻ってきた福沢さんが、少し呆れたような表情を浮かべている。銃声でよく聞き取れないが、なんとなく言いたいことは分かる
「まぁ、負けたら元も子もないからね。僕の優先順位において、見栄えはそんなに高い順位にはないよ」
「それなら僕の格好をこんなに女の人に近づける必要ないんじゃ…」
樋口さんが何かを言っているみたいだが、銃声でかき消されてしまった。まぁそんな大事なことでもないでしょ
「それより、なんで集まって来てるの」
「流石にそれだけ派手にやれば、次の行動くらい予想がつきますよ」
「そうね、私があの狼みたいのだったら、五月蠅い財部を真っ先に潰しにかかるわね」
「なんか、福沢さんがうるさい僕を潰すとか言うと、例え話に聞こえないんだけどな。後ろから刺さないでよ」
「刺さないわよ」
刺したいけど、と付け加えられた。まぁそんな軽口を言い合えるくらいには、二人とも余裕そうだな、よかったよかった
さて士気は上々、後は痺れを切らして、ダメージ覚悟で突っ込んできた星食みを、二人に仕留めてもらえば終了だ。勿論、そう簡単に上手くいくとは思っていないが、根競べになったら不利なのは向こうのはず、じっくり待たせてもらうよ
硬直状態になって数分、やはり先に動いたのは星食みの方だった。飛び回りながら避けるのをやめ、漂っている足場に制止した
僕の撃つ弾丸を気にも留めずに、腰を低くして足腰に力を溜めている
気にも留めないのも無理はない、どうやら僕の攻撃が、まぐれ当たりはあるけど、確実に討ち取る攻撃ではない、と悟られてしまったようだ。今も二、三発当たりはしているが、ほとんどは掠ったりギリギリ当たらなかったりと、無駄撃ちが多い
「来るよ、二人とも…」
迎え撃って、と続けようとしたところ、二人はとっくに迎撃準備に入っている。抜き身の刀を居合のように構えている福沢さん、いつでも蹴りを繰り出せるよう空手のような構えをしている樋口さん
なんか結局僕が囮みたいな役回りになっちゃったけど、まぁ良いか、樋口さんには最終手段、みたいに言ったけど、どうせ今の僕が貢献できる役割と言ったらこれくらいだしね。それに、年下の奴らに任せるくらいなら、僕がやった方が損害は少ないでしょ
さぁ、鬱陶しい僕を攻撃しに来な
後から聞いた話だが、比喩抜きで目にも止まらない速さで動く星食みに、来る場所が分かっているとはいえ、どうして攻撃が可能だったのか樋口さんが教えてくれた
「うーん、何といえば良いんでしょう、漫画みたいな表現になりますが、気配を読んでいたって感じですかね。流石にあの速さを目で追うのは無理ですから、こっちに近づいてくる音や空気の揺れを感じて攻撃しますね。尤も、防人が自分に馴染む感じ、があっての芸当ですけどね」
「そんな漫画みたいな方法で当たるものなの」
「どうしたって、目的があると減速せざるを得ませんから、相手は思っている以上に遅いですよ。財部先輩も、もし使う武器が近接系の武器でしたら、すぐにできるようになると思いますよ」
目で追えない相手に対して、目以外の五感で対応するのは、できるかどうかを置いといて理にはかなっている。樋口さんの言う気配を読むってのはきっと正しいのだろう
だが今回は、その中途半端な鋭さが裏目に出た
「やぁぁ……あれ」
「え?」
刀は空を斬り、蹴りは虚空に放たれた
「…フェイント」
星食みは、先ほどと同じように一瞬で僕たちとの間合いを詰めると、次の瞬間、そのまま後ろに身を引いた
そりゃまぁ、迎え撃つ準備万端のところに突っ込んでくるんだ、多少頭を使ってくると思うが、こういう獣みたいな生き物が、流れるような体捌きでフェイントを仕掛けてくるとは思わなかったな。その外見から完全に、獲物に突っ込んで牙と爪で攻撃するしか能がない生き物だと思い込んでいた
身を引いた星食みは、樋口さんと福沢さんが攻撃を空振りさせたのを確認すると、再び突っ込んでくる。狙いは変わらず僕だ、執念を感じるねぇ、そして僕と星食みの間にいる二人を頭突きで蹴散らした。フェイントをするためにスピードや勢いはほとんど落ちているが、純粋な力なのだろう、頭突きを受けた二人は3メートルほど飛ばされた
そして遮るものがなくなった僕に、牙を剥く
だけどまぁ
「流石に、そう何度もビビってはいられないんだよね、そこそこの額のお金貰っているから」
僕はその場に伏せた。そしてそれと同時に、その上に一筋の光が通る。いくら埒外のスピードを持っていようと、僕が背中で隠していた銃口から放たれる狙撃銃の一撃を避けれるはずもない
星食みに着弾すると同時に爆ぜた
数メートルは吹き飛ばされれ、体中から焦げ臭いにおいを漂わせながら、先ほどまで僕たちを悩ませていた足を一本失って倒れている
「私の独断で撃っちゃいましたけど、良いですよねぇ」
野口さんののほほんとした声が全員の耳に届く
「もうちょっと調整とかできなかったの、少し野口さんの手元がずれてたら僕も爆発に巻き込まれてたよ。てか、すでに背中とか後頭部とかが滅茶苦茶熱いんだけど。これ大丈夫?燃えてたりしない?」
「服の方は大丈夫ですけど、髪の毛がちょっと…まぁ、また生えてきますよ」
「え、なくなったの?燃え尽きたの?」
触ってみたが、少し焦げているくらいで特に大事にはなっていない
一安心したのも束の間、野口さんの護衛をしていた夏目さんが飛び出した
大きく跳躍し、僕や少し離れたところで転がっている樋口さんと福沢さんを飛び越え、虫の息で転がっている星食みに鉄球の狙いを定める
「…えい」
勢いよく鉄球を振り下ろした。地球の力だかなんだかの、よくわからない力で加工されてはいるが、鉄球は鉄球、鉄の塊だ、それが動けない生き物に振り下ろされるところなど、振り下ろされた対象がどうなったのかなど想像したくもない
形容しがたいグロテスクな音が鳴り響く
夏目さんは、鉄球の下から流れる血だまりを見ながら
「終わった」
と、つまらなさそうに言った
僕はできる限り表情には出さないようにしているが、星食みに吹っ飛ばされた福沢さんと樋口さんは、渋い表情で鉄球と夏目さんを見ている。気持ちは分からないでもないさ
「トドメおめでとう」
できる限り血だまりに意識を向けないように、拍手をしながら夏目さんに近づいた。へらへらと笑いながら
「……」
何か言いたげな視線を送られた。言えばいいのに
「いやぁ、まさか使えないと思っていた鉄球と狙撃銃が大活躍するとは思わなかったよ。リーダー兼参謀気取りだったけど、こりゃリーダーはともかく、参謀の座は誰かに譲った方が良いかもね」
「…よく言う。銃を乱射しているとき、ちらちらと狙撃銃の射線を確認してたくせに。最初から組み込むつもりだったでしょ。別に良いけど…」
「買いかぶりすぎだって。僕の乱射で注意を引いたつもりだったけど、もし僕が後回しにされたら二人がまずいからね、最悪の場合は肉壁として働こうと、できる限り間に入ってただけだよ」
「最後伏せたのは」
「やる気に満ち溢れた野口さんなら、僕の遠回しの役立たず発言をスルーして構えていると思ってたからね。さっき一緒にご飯食べたのが役に立ったよ」
まだ疑惑の目、と言うよりも胡散臭いものを見る目をやめないが
「…そういうところが気に入ったんだから仕方ないか」
と、ため息をついて、鉄球を担いだ
鉄球がどいたことにより、ぐちゃぐちゃになった星食みの姿が露になる。まぁぐちゃぐちゃは言い過ぎだな、頭が潰れて、胴体が鉄球によって潰されたところと潰されてないところが綺麗に分かれていて、四足歩行の生き物がおよそありえない体の曲がり方をしているだけだ。目を凝らしてみると、飛び出した目玉や内臓器官が血だまりに浮かんでいる
この程度なら、表情に変化を及ぼさず眺めることができるでしょう。だけど、他の人たちにはちょっと刺激が強いかな。てか、鉄球を担ぐとき夏目さんはこれを目の当たりにしているはずなのに、表情一つ変えてないな。ただの中二病かと思ってたけど、中々肝の座った女の子だ
念のため、写真を撮っておくか。グロ画像って色々役に立つって聞くし
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