第14話 守銭奴と変身

「流石に今回は、星食みが現れる日に訓練を入れたって捉えて良いんだよね」

着替えに使用した控室に男二人。他の四人はすでに向かいつつある

リーダーとして僕が率先して走らなければいけないのだが、それよりも大事な物の受け取りがあるのだ

「ええ、でなければこんなもの用意していませんよ」

僕の目の前に、少し大きめのアタッシュケースが置かれている。持ってみるとずっしりと重い、予想よりも少し重いな、こりゃ持って帰るのが大変そうだ

「んじゃ、中を確認させてもらうね」

そう言って留め具を外し、ケースを開けた。中には札束がぎっしりと詰まっている

うわぁ、と思わず声が漏れた

「自分で注文しておいてあれだけど、一億円って生で見るとちょっと引く」

「私もこれを持ってくるのは大変でしたよ。あなたが我々のことをどう捉えているかは知りませんが、こんな額の現金を普段は持ち歩きませんからね。これを入れての車の運転は気が気でないですよ」

「悪いね、僕は現金以外は信用できないんだよ」

札束を一つ取り出し、パラパラとめくる。あぁ、このお金の香り良いなぁ

「流石に悠長にお金を数えている暇はなさそうだし、一億円あるかの確認作業は戻ってきたからさせてもらうよ」

僕はケースを閉めて、持ったまま立ち上がる

「んじゃ、愛すべき仲間たちが首を長くして待っているだろし、僕たちも向かいますかね」

「それ持っていくんですか。いえ、別に構わないのですが」

「ほら、小さい子供がお気に入りのぬいぐるみを持ち歩くじゃん、それと同じだよ」

「だいぶ違うとは思いますけど」

僕もさすがに違うなぁとは思っているよ、だけど一億円という現金は置き場に困るんだよねぇ。ここは論外だとして、一番安心して大切なものが置ける場所って、ある種の閉鎖空間であり、仮に何かあっても、犯人に目星がつけやすい、もっと言うと容疑者を絞り込みやすい空間だと思うんだよ、つまり

「今回は何でどこに向かうの?」

「今回もヘリを用意してあります」

「じゃあその中にでも入れとくか、このアタッシュケースは」

「我々のこと、よほど信用していらっしゃらないのですね」

「まぁね、でも十条さんは信用してもいいかなぁって思ったり思わなかったり。大体、僕視点、ここは知らない人の巣窟、つまり都会のスクランブル交差点と大差ないんですよ、そこに大金の入ったケースをほっぽり出すなんてありえない。本当は、ロッカーにすら自分の物を入れたいとは思いませんよ」

「よくそれで今まで生きてこれましたね」

ある種の感心の籠った呆れ声だった

さて、お金も貰って置く場所に目星もついた、そろそろ向かいましょうかね、僕の初陣に

出発準備が完璧に整っているヘリに、向かい風を浴びながら乗り込んだ。すでに乗っている四人に、貰った一億円を見せびらかしながら雑談に興じていると、四十分もしないうちにどこかに着陸した

地面に足がつくと、ヘリの荷台のようなところからそれぞれの武器が運び出されてきた。福沢さんと樋口さんは、すぐに金庫のようなケースから刀とブーツを取り出す。いやぁ、妙に様になっているな、二人とも、福沢さんなんてジャージ来ているのに剣豪みたいな雰囲気を醸し出しているよ、ジャージ侍、なんかそんな映画ありそうだな

野口さんは狙撃銃という性質上、ここで出しても仕方ないため、ケースに入れたまま持ち歩く。夏目さんもそうするみたいだ

僕はどうしよう、確か僕の武器は二丁銃だから、ここであけると両手が塞がったまま歩くことになるんだよな、できればそれは遠慮したいし、ケースごと持っていくか

「皆さん、ご武運をお祈りしていますよ」

他人からの応援は、基本的に言っているだけか点数稼ぎにしか捉えない僕だが、今回の十条さんの言葉は結構本気っぽいな

ヘリコプターから出て数分、宇宙のような何とも言えない空間にいつの間にか足を踏み入れていた。前と同じだ

「しっかし、二回目ともなると感動も何もないな。前回と全く同じだ、飽きてくるな」

「そ、そうですか?僕はまだ慣れませんよ。うぅ…」

「しっかりしなさい樋口さん、初めての戦いでちゃんと勝てたんだから、一回目と同じように戦えば大丈夫よ」

背中をポンと叩いて、笑顔を見せながら鼓舞する福沢さんに少し頼もしさを感じつつも

「まぁ、前回と同じようにばらばらに戦ったんじゃ、負けるだろうけどね」

と、とりあえず茶々を入れてみた

ジロッと睨まれたが、特に何かを言い返すことは無く、不機嫌そうに異空間を進んでいった

「そういえば、財部お兄ちゃんは今回が初めての戦いですね。つまりつまり、変身も初めてですよね。どんな風になるんだろぉ」

ワクワク、と言う擬音が聞こえてきそうな目で見られた。何を期待しているんだ

「私、女装って生で初めて見るんですよ」

「何で衣装が四人と同じって言う前提なの。流石にそれくらいの配慮はしてるでしょ」

「後、なんで僕の変身衣装が女装として認識されてないの」

「あ、そうだ、十条さんにこの前のこと言うの忘れてました」

「あぁ、それは大丈夫、契約書に項目を追加してもらったから」

僕と野口さんは樋口さんを見て、主に下半身を見て、グッと親指を立てた

「え、なんですか二人して、何の話をしているんですか。ちょっと、怖いですよ、ちゃんと僕の顔を見てくださいよ」

「うっわ、聞きました?よほど自分のご尊顔に自信があるのですね、顔を見てほしいだなんて。なんだかんだ言って自分の顔は美少女の顔だなって思って…」

そこまで言った辺りで、樋口さんから蹴りが飛んできた。勿論防人のブーツを装備している状態でだ

そろそろ来るなぁ、と身構えていたため避けるのは容易かった。が、まさか本気の力で来るとは思わなかったため、少し肝を冷やした

「次は当てますよ、財部先輩」

今も当てるつもり満々だったでしょ。切れやすい最近の若者、怖いわぁ

「ごめんごめん、緊張してたから、少しでも気が紛れればって思って揶揄ったつもりがやりすぎちゃったよ。でも良かった良かった、普段の樋口さんがどんなものかは知らないけど、少しは肩の力が抜けたみたいだね」

「…本当にそんなこと考えてたんですか」

「ホントホント、嘘ついてたら百万円上げるよ」

「いえ要りませんよ。本当に支払える分より性質が悪い冗談になってますよ」

引きつった笑みを返されてしまった。持論だけど、人間多少がめつい方が、ちょっと図々しいくらいがお得だよ

「馬鹿なこと喋ってないで、来たわよ」

そういう福沢さんの視線の先には、いつの間にか何かがいた

「何だありゃ、思ってたより小さいな。前回は鉄塔を連想させるくらいには大きかったけど、今回は何というか、ミニマムだな」

「前回に比べれば小さいけど、ミニマムって表現は誤解を生むわよ」

そこには、四本足でこちらを威嚇するように睨みつけている狼のような生き物がいた

いや、狼にしては大きいな、熊や馬よりも大きい印象を受ける。特に脚なんて、馬の脚よりも太くたくましい

「要は始めが肝心ってこと、最初のナナフシ型鉄塔に比べると、今回はこじんまりしているように見えるってこと」

だけど、多分今回の方が手強そうだな

「じゃあみんな、変身しよっか」

とりあえず、まずは変身してどれほどの力が得られるのかを自分で確かめなければ話にならないな。夏目さんと野口さんはケースから武器を取り出した

「あ、今更だけど、夏目さんの鉄球のケース、キャスターがついてたんだね。道理で、軽々運べてたわけだ」

「…今言うこと?」

「そう怪訝な顔しないでよ。いやぁ、緊張するとそれを誤魔化すために口数が多くなるタイプの人っているじゃん、どうも僕は典型的なそれらしい」

「財部お兄ちゃんはいつも喋ってるイメージしかないと思うけどなぁ」

「財部でも緊張するのね」

「そりゃするさ」

だって、さっきは考慮するだろう、とか言ったけど、もしかしたら、僕はこれから女装を披露しなくてはいけなくなるんだから

自分も持っているケースから、二丁の銃を取り出す

他の四人は、淀みなく流れるように、変身していく。色とりどりの、ぴったりと身体に張り付くような長袖に、胸と腹を覆う装甲、ミニスカートとタイツ。何度見てもダサいな、しかしもしかしたらこれを着るかもと思うと、笑ってもいられない

僕は一息ついて、覚悟を決めて、グリップについているボタンを押した

光が僕を包み込む。なんとも不思議な感覚だ、服装が変化しているのに着替えている感覚はない、服だけが形を変えていくような感じだ

数十秒にも感じた光だったが、他四人の変身を考えると五秒も経っていないだろう。光が収まり、僕の体は学ランのような黒い服に包まれていた

「ふむ、まずは一つ。良かった、普通だ」

「…なんか納得いきません。なんで僕は女装なのに……ん?あの、なんかスカートの中が、変な感じなんですけど…」

「なるほど、確かにこれは力が漲る感じだ。今なら前回戦った星食み位の高さなら飛び越えれそうだし、地面を殴ったら漫画みたいにクレーターができそうだ」

「財部先輩と野口ちゃん、もしかしてさっき話していたのってこれですか。触ってみたんですけど、下着が変わっているんですけど。なんかヒラヒラがついているんですけど」

「さてと、都合よく星食みの方も待っていてくれているから、作戦でも…」

「財部先輩」

流石に耳元で名前を呼ばれたら無視できない。それに僕もやりすぎたなぁとは思っている

「大きな声を出さないでよ、何の拍子で向こうが動き出すかわからないんだから。下着が女性ものになってたってだけでしょ、知っているよ、僕が十条さんに話したんだから」

「何とんでもないこと提案しているんですか。スカート履くだけでも精神的につらいのに、下着まで女性ものにされるなんて…」

「まぁまぁ、ポジティブに考えてみてよ、防人の機能で変身したってことはさ、他の人よりも樋口さんは下着一枚分強くなっているんだよ。言葉にすると微妙だけど、着替えるだけで超人以上の力が手に入る衣装の下着一枚分、結構大きいんじゃないの」

「じゃあなんで僕だけなんですか」

「ほら、樋口さんの武器って、身体を直接相手に当てる系の武器じゃん、だから他よりも防御面を強化したんだよ」

「理解できたけど釈然としない」

ぶつぶつ言いながらも、樋口さんは引き下がってくれた。こんな屁理屈で引き下がってくれるあたり、実は言うほど気にしてないな、本当に女装の気があるのかもしれないな

さてと、次はあちらさんか

僕は星食みのほうに意識を集中させる

樋口さんを適当にあしらいつつ、星食みの様子を窺っていたが、こちらを睨んでいるだけで動きはない。今回のに当てはまるかはわからないが、肉食動物は獲物を狩る時、まずは観察することから始める、らしい。観察して力量を確かめて、満を持して襲い掛かる

「とりあえず、あの形状から察するに、向こうも接近戦を得意とするタイプだと思う、なんか狼っぽいし。だから機動性があって飛び道具を使う僕が主に攻撃するよ」

「……私は今回も露払い?」

「そう拗ねないでよ。相手は接近戦が得意であるのと同時に、きっとスピードもあると思う、夏目さんの武器の鉄球とは相性が悪い」

鉄の塊を投げて回収して投げて回収して、と繰り返すのだ、いくら力が漲っていても、四足歩行の生き物に当てるのは難しいだろう

「…別に拗ねてない。でも、そうなると私と野口は休み?」

「確かにじっくり狙う武器である狙撃銃も、今回の相手と相性が悪そうだけど、一発で致命傷になる狙撃を切るのはもったいない。だから野口さんはいけると思ったら撃っちゃって」

「わかりましたぁ」

そう言って、既に準備を終えている野口さん。頼もしいねぇ

「そして主に攻撃とは言ったけど、多分僕の銃撃も当たらないと思う。相手がどこまで速いかわからないけど、素早く動いている物体に当てられるほど僕の銃の腕は優れちゃいないだろうし。だから僕の役目は牽制、相手の動きの制限くらい、直接のダメージや止めは福沢さんと樋口さんに任せたい。夏目さんは、もしもの時のために野口さんの近くで控えていてほしい、そして僕が頼りなかったら僕の手伝いも頼む」

「……あんな話をしといて…」

夏目さんはじっと横目で野口さんを見た後僕の方も見て、小さくため息をついた。そしてそのため息よりも小さい声で「わかった」と呟いた

「随分と大雑把で単純な作戦じゃない、リーダー」

おっと、福沢さんが噛みついてくるのは予想外だな。本当にこれで大丈夫なのかって目をしているな

「まぁね。一応、もうちょっと確実性がある具体的な作戦があるけど、聞くかい?一人命に関わる怪我をするけど」

「…みんなが無事な方向で」

だよね。お金をもらっている以上、絶対に勝たなければいけない。しかし、誰かが欠けてしまったら、次の収入に支障が出る、だからみんなが無事ってのが綺麗事だが、一番利に繋がるのだ

「だから福沢さんと樋口さんは無理しないでね、流石に年下の女の子二人が、僕の指示下で怪我をするってのは忍びないからね」

「僕は男ですよ…なんだか、なんて言っても無駄な気がしてきました」

よくわかっているじゃないか。諦めが肝心よ

「もちろん野口さんと夏目さんも、ヤバそうになったら逃げていいから」

尤も、野口さんはさっきの話を聞く限り、逃げるとは思えないけど。そして夏目さんも、どちらかと言うと星食み側につきそうな思想をしているが、自分が野口さんの側に配置された意味、自分が逃げることの意味を理解しているようだ、忌々しそうにこちらを見ている

「それじゃまぁ、行きますか。財部円の初陣ってね」

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