第13話 守銭奴と小学生
「わぁ、ここに来るの憧れてたんですー」
目をキラキラとさせた子供のように、という比喩を何度か聞いたことがあるが、本当に目をキラキラさせてはしゃぐ子供を、僕は初めて見たかもしれない。元気があってよろしいことで
「こういう店、来たことなかったの?」
「はい。一度来てみたかったんです」
僕と野口さんがいるのは、大手ハンバーガーチェーン店。あの関東圏と関西圏で略し方が変わるあの店だ
時間は一時半を少し過ぎたあたり。どうか大人しくしてくれ、と泣いて頼む十条さんに折れ、恙なく訓練は再開された。基礎的な体力作りとしてランニングや筋トレ、現在の実力はどの程度なのかを測るスポーツテストもどき、何故か行われたチームスポーツ
六郷さんも、どこかで妥協したのか、覇気ややる気がなくても、熟しさえしていれば文句は言わなかった。最初からそうしてればよかったのに
そして、正午を過ぎたあたりで、昼休みが設けられた
運動の類が苦手な僕にとって、正直もうこのまま帰りたい衝動に駆られたが、それを見越されたかの如く
「女子小学生を一人で知らない町に放り出すわけにもいきません、お手数ですが野口さんと昼食を食べてきてください。最年長ですし、リーダーなのですから」
最年長はともかく、リーダーと言われるとその分のお金をもらっているため、断ることができない。だけど小学五年生って、流石に一人で飯くらい食ってこれるでしょうに
野口さんも意外と乗り気で、行きたいお店がある、と僕の手を引いて走り出してしまった。まぁいいか、野口さんの分ということで十条さんからお金を預かっているし、そこから僕の分も支払おう
そしてたどり着いたお店がここである。黄色いMが目印のあれだ
「ふわぁ、お店の奥の方からすごい良い匂いする」
揚げたてのポテトの匂いだろうな。このはしゃぎようから察するに、本当に初めてきたらしい
最近の小学生ってハンバーガー屋に来ないものなの?いや、そりゃ高校生や中学生と違って、小学生が頻繁に来るところではないだろうけど、全く一度もってことはそうそうないでしょ。おそらく家の方針だろうな
となると、いくら野口さんの意思とはいえ、連れてきても良かったものだろうか
「財部お兄ちゃん、どうやって注文すれば良いんですか。スマイルってどうやって頼めばいいんですか」
メニュー表を眺めていた野口さんが、楽しそうにツインテールを揺らしながら僕に駆け寄ってきた。まぁ、何かあったらごめんなさいすればいいか、頭を下げたり、謝るのは無料だし
はしゃぐ野口さんに注文の仕方を教え、ついでに僕の分の注文をさせた。店員さんや周りの他の客からは、はしゃぐ妹と面倒見の良いお兄ちゃん、と映ったらしく暖かい目で眺められた。ポリス呼ばれるより全然マシだが、遊路以外を妹にみられるのはなんか釈然としないな
野口さんは注文の後、すぐに出てきたハンバーガーとポテトを、席に着いたと同時に頬張った
「ここのハンバーガー、凄いおいしい。ポテトフライもこんなにおいしいなんて」
別人かと疑いそうになるくらいのテンションに高さだな。別に、普通のハンバーガーやポテトだとは思うけど
僕もハンバーガーにかぶりつく。うん、普通だ、もちろんポテトも普通
「そりゃよかった。ハンバーガーって食べたことないの」
「流石にありますよぉ」
何を馬鹿なことを、と笑った後
「ただ、ナイフとフォークを使わないで食べるのは初めてですねぇ」
ここではないんですか、とキョトンとした顔で尋ねられた
まぁ、元来ハンバーガーはナイフとフォークを使って食べる食べ物だし、お洒落なレストランでハンバーガーを頼むと、ナイフとフォークが添えられて来るって話は聞いたことある。ただ、そういうお洒落なレストランでの食事経験がない、ハンバーガーと言えば黄色いMかモスのどちらかしか連想できない、僕みたいな普通の学生からしてみれば、面を喰らう発言だった
「何度も来てみたいとは思っていたんですけど、身体に悪いからって、お母さんに止められてたんですよ」
「…野口さんって、家がお金持ちだったりするの」
「普通ですよ?」
金持ちに限ってそう言うんだよ
まぁ、これだけで判断するのも軽率だ。今度十条さんにでも、それとなく聞いてみよう
「そうだ、野口さんにも聞いてみたいことがあったんだ」
「私にですか?何でも聞いてください。財部お兄ちゃんは、私たちのリーダーですからね。因みに今日のパンツの色は…」
「ちょっと黙ろうか。僕はまだ警察に厄介になるつもりはないから」
「白と水色の縞々です。見ます?」
何で話を続けたよ、見るわけないだろ、この子実は僕のこと嫌いなんじゃないだろうか。幸い、野口さんの下着については、周りの喧騒に飲み込まれ、僕たち以外の誰の耳に届くこともなくかき消された
「全く、気をつけてよ、今の日本は高校生が野口さんくらいの女の子を連れているだけで面倒になる、狭量な国なんだから」
「あはは、ごめんなさい。男の人って大変ですねぇ」
反省してないなこいつ。まぁ楽しそうだし、別にそこまで目くじら立てる内容でもないか
「話を戻して質問するけど、野口さんのご両親って、野口さんが星食みと戦うことについて、なにか口を出したりとかはしないの」
夏目さんにも聞こうとは思ったんだけど、どうも家族の話がタブーっぽいからなぁ
「流石に小学生の娘を戦わせるのに、はいそうですか、と簡単に了承はしなかったでしょ」
「そうでもなかったですよ。国や世界、地球を守るために戦うなんて立派じゃないかって言われました」
「…随分あっさりしている親御さんだな」
「頑張ってきなさいとも言われました」
「そう、そりゃ頑張らないとね」
拍子抜けだな。最近の親ってこんなにもあっさりしているものなのか。放任主義の家が言えることじゃないけど
「まぁでも、最初の戦いでは野口さん結構活躍してたし、ご両親に胸を張れるんじゃないの」
「えへへ、そうですかそうですか。まぁ私がいなかったらあの勝利は無いと思いますからね」
テンションのせいなのか、素が出始めているのかよくわからないが、キャラがぶれてきているなこの子、大丈夫か
「いっぱい頑張って、たくさんの人を救いなさいって言われていますから」
「親御さんに?」
「はい」
「…嫌な聞き方するけどさ、野口さんは誰かに言われたから戦うの?僕はお金のために戦うよ、お金のためなら死んでもいいと思うくらいに、お金が大好きだからね。だけど、野口さんは何のために戦うの?」
僕の雰囲気が変わったことに少し首を傾げながら、さも当然のように答えた
「地球の平和のために戦いますよ?」
「福沢さんみたいに本心からそう思っているのなら、まぁ別にいいさ、理解はできなくても納得はできる。だけど野口さんの言う地球の平和って、目的であって理由じゃないよね」
「どういうことですか?」
「要するに、僕の質問を額面通りに答えたら、そりゃ戦う理由なんて、地球の平和を守るためになるさ、僕が聞きたいのはそこの先だよ。例えば僕の場合だと、地球の平和を守った後、それに見合った報酬を得るために戦う」
お金が大好きだからね、と何度言ったかわからない言葉を続けた
「うーん、難しいですね」
「ハハッ、そうだね、僕も小学生相手に何ガチになっているんだろって思うよ」
「いえ、質問自体は分かるんですよ。ただ、特に考えたことがなくて」
「考えたことない?」
「はい。十条さんと三井さんが私の家にやって来て、一通りお話を聞いて、お母さんとお父さんに頑張れって言われて、あの大きなお部屋に集められて、初めて戦って、そして今日訓練しに来て。いつの間にか話と時間が進んでいて、気が付いたらここまで来ていました」
それ、日々を退屈に過ごしている人の考えだよね。中学卒業して高校に入るまでの春休み、そんな感じだった。課題のない長期休暇って、吃驚するくらいやることなくて困る
「だから、戦う理由なんて、特に考えたこともないし、考えるつもりもなかったなぁ」
「怖いとは思わなかったの?ほとんど戦いに参加してないで、おいしいところだけ持っていった僕が言うのもあれだけど、初戦闘はどうなっていたかわからなかったんだよ」
下手したら、僕も野口さんもこんな暢気に食事をしながら、楽しく雑談なんてしている場合ではない
「怖い、とは思わなかったですね。勝てるとは思っていなかったけど、負けるとも思っていなかったから。私の場合、一回攻撃を当てればそれでよかったですし」
確かに野口さんの狙撃銃の威力はすさまじかった、だがその一回を当てるのがどれほど難しいのか。いくら手に馴染むからと言って、初めての命がけの戦闘で、初めて扱う武器で、化け物とはいえ生きているものを狙う。パッと思いつくだけで、三つの障害があの時の野口さんにはあった。だが野口さんは淡々と、どころか僕と雑談を交えながら成功させた
話だけ聞くと、器がでかく将来大物になりそうな感じだが、こうして直に見て直に話してみると、正直異常の一言に尽きる。夏目さんは異常な人を欲していたが、野口さんを今度紹介してみるか
「まぁ、だからどうこうって訳じゃないんだけどね。初戦闘に緊張も恐怖も感じないのは、頼もしい限りだよ。野口さんは、きっと五人の中で一番活躍できると思う、一番褒められるよ」
先ほどまでの真剣な口調を、一気に緩めて、普段の人を小馬鹿にするような口調に戻した
半ば無理矢理な話題転換だが、なんかこれ以上聞いたら野口さんの見る目が変わりそうだ。僕は野口さんを、少し積極性に乏しいけど、やることはちゃんとやるおっとりしている女の子、という認識でいたいのだ
なんて言うか、好きなアニメキャラの声優のインタビュー記事を読んだときみたいだ。そのアニメキャラに引っ張られて勝手に抱いていたイメージを、ボロボロにされて、もう純粋にそのアニメキャラを楽しめない感じ。これ以上さっきの話を野口さんと広げると、そんな一種の虚無感を味わう気がする
「えー、じゃあなんで訊いたんですかぁ」
「僕が純粋に知りたかっただけだけど。いやほら僕って、人間とはお金やそれに準ずる物さえ与えとけば動くものだと、本気で思っている人だからさ、あまりお金に関心を示さない人の意見って結構気になるものなんだよ」
「二言目にはお金ですね。私も高校生くらいになると、お金が大好きになるのかなぁ」
野口さんの中で、高校生のイメージが少し悪いものになってしまった。だけど、クラスメイトの女子の聞こえてきた会話を思い出す限り、あながち間違った認識でもないな
「さぁ?高校生に限らないと思うけど、遅かれ早かれみんなそうなると、僕は勝手に思っている。ちなみに僕は中学一年の時からこんなんだったよ」
「私もいずれ、お小遣い2000円じゃ満足できなくなるんですね」
「結構もらっているのね、僕なんて小学生のころは、学年掛ける100円だったよ」
だから野口さんの歳だと500円か、4倍貰ってんじゃん。羨ましい、現在僕の鞄に万札の札束が入っているが、羨ましいものは羨ましい
「まぁ、満足云々は欲しいもの次第だよ。何が欲しいかで多く感じたり、少なく感じたりするんだから」
僕は特にほしいものはないが、自分の財布が豊かに感じたことは無いけどね
「欲しいものですかぁ。うーん、特にこれと言って思い浮かびませんね」
「そうなの?最近の小学生事情は知らないから何とも言えないけど、もうちょっと小学生って欲に溢れているものだと思っていたよ」
「お家があって、お母さんとお父さんがいて、友達がいて、楽しく生活できている、これ以上に望むものって何かありますか?」
「いや、そんなスケールで考えるとは思ってなかったから、凄い意識の低いこと言っちゃうけど、例えばゲームとか漫画とか、アクセサリーや服はまだ早いか、どっか遊びに行くとか」
なんか僕が滅茶苦茶浅はかな人間みたいじゃん、いや浅はかな人間なんだけど
野口さんはいまいちピンときていないようで、欲しいものぉ、と唸りながら考えている
これだけ見ると、無欲で純粋な心を持っているように見えるが、さっきの戦う理由についての話を加味すると、関心の無さ故の無欲に思えてくる。いや、多分そうなんだろう
「ダメです、何も思い浮かびません。私って幸せ者なんですねぇ」
少し申し訳なさそうに、だけどどこか誇らし気に笑った
「だろうね。人間の最大の幸福は、わずかな幸福に満足すること、らしいからね」
野口さんは幸せそうにハンバーガーとポテトを頬張った
そんな幸せそうな野口さんが、冷たい武器を持って戦場に送られたのは、昼食を終えて体育館に戻ってきてすぐのことだった
どうやらまた都合よく、僕たちが一か所に集まっているときに星食みが現れたらしい
野口さんは自分のことを幸せ者と言っていたが、僕には到底そうは思えない
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