第12話 守銭奴と中二
「…ねぇ」
「ん?何かな、夏目さん」
どっかの誰かが起こした揉め事で、いったん休憩に入った僕たちは各々好きなように過ごしている。福沢さんと樋口さんは現代の若者らしく、飲料片手にスマートフォンをいじっている
僕もそれに倣おうとしたところで、夏目さんに話しかけられた。この子に話しかけられるのって、どころかまともに会話するのって、初めてなんじゃないかな
軽く居住まいを正し、まっすぐと夏目さんを見つめる
「……さっき、もしかして私を庇ってくれたの」
さっき?思考をめぐらせ、それが六郷さんに胸ぐら掴まれたとき、ほんの数分前のことだと気が付いた
「別にそんなつもりはないよ。確かにさっき六郷さんと揉めたけど、それはただ儲けられそうな展開を思いついたから実行しただけであって、特に他意はないよ。それに庇うような窮地でもなかったでしょ、夏目さんにとって」
「……私にとって、て言うけど、私の何を知っているの」
少し眉をひそめた。何事にも無関心、的なキャラかと思ったが、存外沸点は普通なのかな
「さぁ、何も知らないよ、ついこの前会ったばかりだしね。知ったような口が気に入らなかったら、まぁ言葉の綾だと思って聞き流してくれよ」
僕は適当に笑って話を終わらせようとしたが、何故か夏目さんは僕の隣に座った。フワッと、揺れた長い黒髪から放たれるいい匂いに、らしくもなく緊張してしまう
あれだな、改めて見ると、夏目さんって中二のくせに美人だな。個人的には年下なんだし、庇護欲をくすぐるような可愛げが欲しいところだが、そんなものがなくてもお釣りがきそうなレベルの美人だ。樋口さんの次に美少女と言ってもいいくらいだ。比較対象が男なのは、この際置いておくとしよう
僕はそんな心情を悟られまいと、冷淡に尋ねた
「まだ何か用かい」
「…もし私を気にかけているなら、余計なことをしないで」
鋭い目を向けられた。そういう目で見ないでよ、揶揄いたくなっちゃうから
「どういう想いで、余計なことをするなって言っているのかは知らないし興味もないけど、僕から言えることはこれだけだ。自惚れないでよ。なんで僕が夏目さんを気にかけなくちゃいけないの、パッと見金持ちって訳でもなさそうだし」
「でも、初めて会ったとき、私のことを庇ってくれたし、あの人に向けられた矛先を、自分に向けたよね。今回みたいに」
初めて会ったとき、というと、福沢さんと揉めたときのことを言っているのか
「別にそんなつもりはないよ。持論を展開したら、急に向こうが怒りだしただけ。仮にあの場に夏目さんがいなくても、僕と福沢さんは揉めてた」
「お金のため、だっけ」
「お金こそ正義だからね。夏目さんも、吹っ掛けるときに吹っ掛けといた方が良いよ」
「別に、要らない。どうせ私の手元には残らないし」
そりゃそうか、家は両親がほとんどいないから、多額の報酬を僕の意思で使用先を決めることができるけど、普通は未成年が何千万とか何億なんて額を手にしたら、親が管理するよな
「でも流石に手元に残らないってことは無いでしょ。小遣いが上がたり、食事が豪華になったり、家に便利グッズが増えたり、そう言う金額以外の形で還元されるでしょ」
僕はそういうのいいから金寄越せって思っちゃうけど
「………」
夏目さんの元々暗い表情がさらに曇った。どうやら地雷踏んだらしい
「まぁ、他人の家がどんな風にお金を使うかなんて、僕には関わりのないことだからどうでも良いんだけど」
そう言って、少し雑だが、さっさと話題を変えた
「そういえばさ、夏目さんの武器って鉄球だけど、あれって重くないの?よく振り回せるよね」
「…なんか、持てた」
それもまた、福沢さんや野口さんが言っていた、馴染むってことかな。そう言うレベルでは無い気がするけど
「武器と言えば、なんで僕たちが選ばれたっていう疑問もあるけど、なんであの武器が僕たちに割り当てられたのかっていう疑問もあるよね」
「割り当て…?」
「いや、こう言っちゃあれだけど、夏目さんの武器って女の子らしくないじゃん。女の子らしい武器って何、と聞かれれば答えられないけど、少なくとも鉄球って女の子に渡すものじゃないでしょ。どんだけプレゼント渡すセンスがないんだよって話」
まだギャルゲーですら振られる僕の方が、プレゼント選びのセンスがあると思うよ
ついでに、野口さんの狙撃銃も、小学生の女の子に渡すものじゃないでしょ。もはやセンス以前の問題だ
「…でも私は、鉄球で良かった」
意外な回答がもらえた。正直な話、刀、二丁銃、ブーツ、狙撃銃、鉄球、この五つだったら鉄球は一番のハズレだと思うけどな
「…刀や銃はあまり好きじゃない」
「それは、人を傷つけるものだからって理由じゃなさそうだね」
「刀や銃は、相手を倒すのが前提だけど、鉄球は壊すためのものだから」
その言葉の真意がどこにあるかはわからなかった。夏目さんもなかなか独特な価値観を持っている子だ
僕は飲み物に口をつけ、横目で夏目さんの表情を伺った
先ほど地雷を踏んだ時の、暗い表情に、虚ろな目がプラスされている。悲しげな表情、なんてものの比ではない
「………壊れちゃえばいいのに」
なんかすごい不穏な呟きが聞こえたな
「何が、とは聞かない方が良いかな」
「別に大したものじゃない。世の中なんて、世界なんて、壊れちゃえばいいのにって思っただけ」
テロリストかよ
「その割には、星食みと戦うんだね。別にそういう破壊思想を否定するつもりはないけど、発言には気をつけた方が良いと思うよ。夏目さんは今、世界を左右する立場にいると言っても過言ではないほどの力と役割が与えられている、それを踏まえて、本当に壊せるってことを踏まえてから発言しなよ」
「…お説教?…せっかく仲間だと思ったんだけど」
説教をしたり、意見が対立した奴が敵、という発想はなかなか子供っぽくて良いな、外見はどうあれ、中身はそこそこ子供ってことを認識できる。ついでに、僕に対してどこに仲間意識を持ったのか気になるところだ
まぁそれはどうでもいいとして
「別に説教じゃないよ、そんなことできる大層な人間でもないしね。僕が言いたいのは、本当に壊す気があるなら、なんで実行に移さないのかなってこと。壊したい世の中があって、それを壊そうとしている化け物たちがいて、僕たちはそれを倒すように命令された。例えば、福沢さんや樋口さんは難しくても、野口さんあたりならサクッと殺せるんじゃないの?扱う武器的にも体格差的にも。そうしたら、五人中一人いなくなって、一人が破滅願望を持っていて、実質三人で戦うことになる。この時点で、世の中壊すのに王手をかけていると思うよ」
現に僕はそうやって、十条さんたちを脅したんだし
「やっぱり…仲間だね」
夏目さんの虚ろな瞳に、少し光が戻った気がした
「さっきも思ったけど、僕のどこに仲間意識持っているのさ」
「異常仲間」
「失敬な仲間意識だな、僕ほど平々凡々な高校生なんてそうはいないよ。確かに今は、ちょっと変わったイベントに参加しているけど、普段はどこにでもいるちょっとがめついキュートな男の子よ」
「普通の人は…当たり前の顔して、小学生の女の子を殺す提案なんてしない。そしてキュートさは微塵もない」
「別に提案したわけじゃないよ」
こうすればできるんじゃないかなぁっていうのを思いついただけ。それに目指す先が世界を壊すことなんだし、手段が多少手荒になるのは仕方のないことだ
「…私も自分が歪んでいるって思っている。だから、歪んでいる人を見ると、心が安らぐ」
人を勝手に歪んでいる人扱いするなや
要するにあれでしょ、思春期特有な過剰な劣等感でしょ。他者と違う存在でありたいと思っているけど、特出した才がない、だからマイナス方面で個性の確立をしようとしている。そのくせ孤高を気取り切れなくて、自分の気持ちを理解してくれる人が欲しくて、だから今回みたいに、自分の尺度で変わっている部類に入る人に仲間意識を持つ。よくあるアレだよね
僕も昔なったからよくわかる、今でも治りきれてないところがあるしね
でもまぁ、何はともあれ
「僕なんかが、夏目さんの心の安穏に協力できて光栄だよ」
別に指摘する必要も義理もない、勝手に気取って勝手に気付いて勝手に黒歴史を増やせばいい。僕は人生の先輩として、その様子を楽しく眺めさせてもらうよ
「…うん、自分より下の人って、見てて救われた気分になれる」
「そりゃどうも」
気持ちは分かるけど、舐められているなぁ
確かに僕も、凄い人を見て、努力してここまで来たんだなぁ、よし僕も頑張ろう、って思うよりも、自分より低い位置にいる人見て、僕はこの人よりましだなぁ、良かった良かった、って思うタイプだけど
「何なら惚れても良いよ、そしたら好きなだけ救われるよ。夏目さん曰く、自分より下の男なんだから」
冗談の類で、拒否されるのだろうと思っての提案だ、否、嫌がらせにも似た提案だ
ここで拒否されて「おやおや、自称歪んでいるだの異常だの言う割には、自身より劣っている男には惚れないんだ、案外普通の感性なんですね」的なことでも言って、からかってやろう
しかし夏目さんは、僕を横目でジッと見た後、少し頬を綻ばせた
「……それも悪く無いですね」
「へ、マジで?」
「…人を好きになったことは無いし、愛情なんて注がれた覚えはないから、今後の人生で誰かに好意を寄せることがあるかは分からないけど、もし好きになるなら、あなたのような人が良い」
このセリフだけ切り取れば、そこそこ甘酸っぱい展開なんだろうけど、僕のような人って要するに、夏目さん視点、自分より下の人ってことでしょ。いくらかわいい女の子にそんなこと言われても、ときめかんなぁ
それにしても、愛情を注がれた覚えはない、か。どんなに放任主義の家でも、娘の口からマジトーンでこんなことは言われないだろうな。それはつまり、それだけ夏目さんの家は闇が深いってことか、そう言えば、十条さんも夏目さんに対して、何というか、腫れ物に触るような、おっかなびっくりと言った接し方をしていたな
「ねぇ、仮に夏目さんより年下の人が、夏目さんのことを年上だと気が付かずため口を聞いていて、数日後年上だということを知り、急に態度が余所余所しくなるのについて、どう思う?」
「………?」
質問の意図を探るような視線をぶつけられた
僕は笑いながら「他意はないさ」と答える
「…他意しかないでしょ。意図が分からないから普通に答えるけど……別に何とも思わない」
んじゃ、多少露骨に家族の話題を避けても良いか
僕だって、なにか先のことを考えて地雷を踏むならよくあるけど、他意もなく意味もなく、他人の地雷を踏み向きたいとは思わないよ
「……ねぇ、さっきの質問ってもしかして…」
「皆さん、そろそろ訓練を再開しましょう。財部さん、あなたは大人しくしていてくださいね、でなければ先ほど渡したお金の返金を要求しますよ」
僕に質問の意図を確認しようとしたところで、十条さんから号令がかかった。まるで図ったかのようなタイミングだ
夏目さんの言葉は途中で途切れたが、その後にどんな言葉が続くのかは容易に想像ができる
「さぁ、どうだろうね。夏目さんにどんな事情があるのか知らないし、まだまだ推測の域を出ないけど、リーダーとしてお金をもらったからには、仲間のことを気にかけるつもりでいるよ。まぁ、悪いようにはしないさ」
そう言って立ち上がった
「おいおい十条さん、高校生の可愛い主張に目くじらを立てて中断させたのはそっちなんだよ、返金なんて酷いと思うけどなぁ」
図々しく、ぬけぬけと、相手の神経を逆なでするトーンで、人を食ったような笑みを浮かべながら、十条さんのほうに歩いていく
そしてその後ろに、つまらなさそうな顔をした夏目さんが、続いて歩いてく
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