第11話 守銭奴と監督
「やぁ、みんな遅いじゃないか、僕たちはこの世界を護る戦士なんだよ、世界を護るやつが待ち合わせ時間くらい守れなくてどうする」
三井さんから指定された、大きな体育館のような施設の一部、選手控室のような部屋で、意気揚々と遅くいた四人に文句をつけた
確かやたら僕に敵愾心を持っていた女の子(福沢さんだっけかな覚えてないや)が、僕の隣で苦笑いを浮かべている十条さんに視線だけで何かを尋ねた
「契約書にサインをしていただき、財部さんに援助金を渡したんですよ。その金額を見てから今日ずっとこんな感じです」
「なるほど、いっそ清々しいですね」
福沢さんの軽蔑するような視線を浴びているが、全く気にならない
今日は対星食みの訓練日、それと同時に防人の適合者の二度目の顔合わせだ。別に内容なんてどうでもいいし、どんな訓練だろうと誰と顔を合わせようと関心ない、問題はあれだけ多額のお金をもらったということだ。当分はバイトしなくても、妹と二人で遊んで過ごせるだけの金額だ、しかもそれが定期的にもらえるのだ、嫌でもやる気が漲ってくる。さらには、これとは別に一回の戦闘ごとに一億円をもらえる契約を結んでいる、ウハウハが止まらんな
僕は自分のカバンの中に入っている大金を思い浮かべ、だらしなく頬を緩ませる
「ま、まぁどんな理由であれ、リーダーがやる気になることはいいことだと思いますよ」
「財部お兄ちゃん、まずは何を買うんですかぁ」
「そうさなぁ、何買おうかな。とりあえず自宅のローン返済に充てて、生活の基盤を安定させたいな」
いっそいくらか貯めて、アパートでも買って管理人になって、住居者から定期的に家賃を回収して、定期的にお金を得られるシステムを確立させるのもいいな。僕にそんな管理能力があるのかは知らないけど
「意外、もっと娯楽のために使うと思っていた」
「分かってないな福沢さん、お金っていうのはお金を稼ぐためにあるんだよ。それに僕は、どんな魅力的な小説やドラマよりも、お金を眺めている方が幸せな気持ちになれるんだ」
「…お金を使うことを惜しんで餓死すればいいのに」
「それはお金の失礼に当たる、ちゃんと使ってあげないと可哀想だ」
得意げな顔で熱弁した。なんか僕を見る目が、危ない人を見る目に変わってきたな
「他の皆様の通帳にも入金は済ませてあります、後日確認してください。この後は、皆さん着替えて訓練ルーム、要は大きな体育館のほうに向かってください、既に準備は済ませてあります。着替えはここと隣の部屋を使ってください」
それだけ言うと十条さんは出て行った
「んじゃ着替えるか、部屋はグーパーで分けるでいいよね。せーの、グーパー別れっこ」
僕はパーを出したが、何故かだれも手を出さない
「おいおい、もっとスムーズにやろうぜ、時間も限られているんだし」
「いや、なんでグーパーなんですか」
「あれ、樋口さんの地域ではグーパーの掛け声が違ったの、場所によってはグッパッの別れっこって言うんだっけ。でも悪いけど僕の地元の掛け声に合わせてほしいな、リーダー権限ってことで」
「そういうことじゃありませんよ。なんでナチュラルに男女混合の部屋割りにしようとしているんですか、変態ですか」
「知らないと思うけど、かわいい女の子の着替えを覗きたいって願望は、変態じゃなくても男なら誰でも抱くものだよ」
「僕も男ですよ」
そう言えばそうだったな
そんな馬鹿なやり取りをしていると、今日まだ一言もしゃべっていない夏目さんが、呆れたような瞳で僕と樋口さんを見ながら、部屋を出て行った。そしてそれに続き、福沢さんと野口さんも出て行った
「完全に呆れられちゃったね。冗談の通じない奴らだ」
「僕が一番財部先輩に呆れてますよ」
まぁ僕の愚痴とかで盛り上がってくれればいいんだけど、あの様子じゃあ無理そうだな
「そもそも女性陣に話題メーカーというか、とっつきやすい人がいないのが問題だと思うんだよね」
動きやすい服を持ってくるようにと言われていたので、鞄の中から学校指定のジャージを取り出しながら呟いた
「別に僕がそこまで気にかける問題じゃないと思うんだけどさ、なーんかお通夜みたいな空気になってそうだよね、隣の部屋」
「そんなこと、無いとは言い切れませんが、福沢先輩が何か喋っているかもしれませんよ」
「それは福沢さんがそういうムードメーカーって訳じゃなくて、あの中で発信元になる人は福沢さんくらいしかいないって意味でしょ」
夏目さんは無口だし、野口さんは受け身だし
「別にどうでも良いんだけどね。ただこれで何か問題につながって、僕の監督不行き届きとかに問われて、もらえるお金が減らされるのは流石に嫌だからなぁ」
「飛躍のしすぎでは、最初のうちなんてよほどの人でないかぎり打ち解けられませんよ。その点、会うのは二回目なのに、こうやって打ち解けてしゃべることができる財部先輩はすごいと思いますけど」
「ありがとう、だけでこれから僕を褒めるときはそういう格好はやめてほしいな」
着替えながら会話をしていたので、僕も樋口さんも下着姿だ。僕の下着姿などと言う汚物の描写は省かせてもらうが、顔は美少女の男の娘である樋口さんは、華奢で白い肌が透けて見えるランニング、そして男物の青いトランクスを身に着けている
「なんかさ、服着ているとさ、男物が好きなスレンダーな女の子、みたいな感じになるんだけどさ、トランクスとか見ると、嫌でも男なんだなぁって思い知らされる。次から僕を褒めるときは、女性の格好で、あざとく可愛く褒めて」
「いや、本当にいい加減にしないと、防人でぶちのめしますよ」
そんな冗談を言い合いながら、着替えを済ませて体育館のほうに向かった。女の子は着替えに時間がかかるらしく、まだ女性陣は来ていない
「因みにさ、樋口さんはこの訓練とかってどう思う?」
「どう、と聞かれましても」
「別に深いことを聞きたいわけじゃないよ、ただ単純に感想というか、思うことは無いのかなぁって思ってね」
樋口さんは、慌ただしく動き回っている大人たちを眺めながら、小さく口を開いた
「選ばれてしまった以上は、男として責任をもって戦うつもりです。そのための訓練とあらば、しっかりとこなして強くなりたい、そう思っています」
「はぁー真面目ですなぁ。僕なんて、今日お金がもらえるまで如何に手を抜くかってことばかり考えていたよ」
感心したような言葉を並べながら、内心では少し嘲笑してしまった。嘘つくならもう少しマシな嘘つきなよ
樋口さんの言葉が嘘という根拠はもちろんない、ただなんとなく本心ではないと思った
「財部先輩は、どう思われますか」
「最低限の労力で、最高の結果を得るにはどうすれば良いのかってことしか考えてないよ」
「嘘ですね。もしそれしか考えていなかったら、僕に訓練について聞くことは無かったと思いますよ。何か気になることでもあるんですか」
見抜かれていたか
「気になるって程でもないし、この前三井さんって人にも話したんだけど、訓練って意味あるのかなって思ってね。前の戦いで樋口さん言ってたじゃん、意識してないと力が入りすぎて足場も壊してしまうって、そんな力を得られる装備を持っているのに、筋トレとか意味あるのかなって思ってね。一応僕なりに仮説があるんだけど」
そう言われればそうですね、と呟く声が横から聞こえたが、後ろから三人分の足音が聞こえたため、この話は打ち切りとなった
「遅かったじゃないか、お化粧にでも手間取っていたのかい」
「何でこれから運動するのに化粧する必要があるのよ」
ジャージに身を包んだ女性陣が体育館内に入ってきた、やっぱ動きやすい格好=ジャージだよね
にしても予想していたけど、色気もくそもない格好だなぁ、誰か絶滅危惧種と名高いブルマでも履いていたら面白かったのに。いや、短パンからチラッと覗く太腿ってのもアリだな
「邪な視線を感じるのですが」
「怖いねぇ、世の中には中学生とかにも欲情する変態もいるらしいから、十分に気をつけなよ」
そうこう話しているうちに、僕たちが全員そろったことに気が付いた十条さんが、一人の大男を連れてやってきた。40代くらいのおっさんだが、がっちりとした筋肉質な体格で190はありそうな身長だ、下手したら2mあるかもな。家族全員低身長の財部家からしてみれば、羨ましい限りだ
「準備が終わりましたか。それでは訓練を開始しましょう、こちらは監督の六郷雄介さんです」
紹介を受けた六郷さんは、ハハハッと豪快に笑いながら僕たちの前に立った
「よろしくな、お前たち。見ての通り体育会系だから、ビシバシ鍛えていくぞ。強靭な体を手に入れて、星食みを倒してくれ」
「「よろしくお願いします」」
福沢さんははっきりと、樋口さんはおずおずと、言葉を返した
「どうしたどうした、五人もいるのに声が小さいぞ」
僕と野口さんは、ニコッと笑うだけで返答はせず、夏目さんに至っては虚ろな目で体育館内を未だに観察中だ
「言った通り、面倒な人たちでしょ。問題児筆頭は財部さんですが、他の四人も十分際物ですから、頑張ってくださいね」
十条さんが耳打ちをした。随分な言われようだな、僕はともかく、他はみんな良い子だろ
「あまり無茶はしないことをお勧めしますよ。元軍隊さん」
そう言って、十条さんは控室のようなところに入っていった。何しに来たんだろう、あの人
「元軍隊なんですか」
「軍隊と言えば語弊があるな、自衛隊だ」
「それがどうしてまた、こんなところに。あまり政治って顔をしていませんけど」
「ハハハッ、俺も自分の顔がそういうのに向いているとは思ってない。星食みが確認されてから、情勢ってやつが大きく変わったんだ」
なるほど。そりゃそうか、防人が作られる前は普通の兵器で戦おうとしたんだもんな、そりゃ自衛隊だか軍隊だかの人間がいるのもおかしくないか。僕自身、最初に星食みの話を聞いたときは、そっちを連想したし
んじゃつまりは、この人は軍事系のところから十条さんたちの組織に派遣されてきた、エリート様って訳か
「さて、それじゃ準備運動から始めるぞ。人数はこれだけしかいないんだし、恥ずかしがらず大きな声を出していくぞ」
他は知らないけど、僕が声を出さない理由は恥ずかしいとかじゃないんだけどね。大声って疲れるじゃん、喉痛くなるし
学校でやるような準備体操を静かに終えた後、一旦集合がかかった
「どうした三人、調子でも悪いのか。別に難しいことを要求しているわけじゃないぞ、声出して盛り上げてかないと訓練も楽しくないだろ」
なぁ、と顔を近づけて同意を求めてくる
「特に夏目、お前からはやる気を感じないぞ」
「……やる気はないから…大声も苦手だし、出すのも聞くのも」
力のない虚ろな瞳で六郷さんを見つめ、か細い声で紡いだ。てか、今日初めて夏目さんの声聞いたな、そう言えばこんな声だった気がする
「おいおい、お前は選ばれた戦士なんだぞ、人々のために、自分の大切な人のために強くなろうとは思わないのか。それに、声出しすらまともにできない奴が、将来まともな大人になれると思っているのか」
将来とかは関係ないと思うんだけどなぁ
夏目さんは黙って目を逸らした。何かを諦めるような表情だ
僕は小さくため息をつき、柔和な笑みを浮かべて割って入った
「まぁまぁ落ち着いてくださいな。別にこれは体育の授業って訳でもないんだから、声出そうが出すまいが、やる気あろうがなかろうが、訓練さえこなしちゃえば文句は無いでしょ。成績つけて内申に響くわけでもないんだからさ」
「そんな流れ作業のような心構えで強くなれると思っているのか、大きな声と情熱と努力をもって人は強くなるんだぞ」
うわうざっ。一瞬思ったことを声に出してしまったかと思ったが、周りの人の反応を見る限り大丈夫みたいだ
「素晴らしい意見ですね、感服いたしました。僕から見れば六郷さんは、その三つとも備わっているように見えます、流石は僕たちの監督として抜擢されただけのことはあります」
苦虫を嚙み潰したような表情を心の中でしながら、外面は笑顔で取り繕う
流石にここまでくれば、僕が何かを企んでいると察し、怪訝な表情を浮かべる
「では次の星食みとの戦闘は、力強い声とも得るような情熱を携えている六郷さんに代わってもらいましょう。是非監督として、お手本を見せてもらいたいです」
「何を言っているんだ、お前」
「もちろん、力強い六郷さんの勇姿が見たいとお願いしているんです。ヒーローに憧れる子供のように、あなたの勇ましく戦うところに夢を見ているのです」
「ふざけたことを言うなよ、星食みと戦える戦士はお前たちだけだ。防人に選ばれた者の責務だろ」
勝手に選んどいてそれは無いだろ、僕たちは、少なくとも僕はそんな責務を負った覚えはない。お金が発生するから、ビジネスの責務として戦うだけだ
まぁそんな僕の考えはどうでもいいとして
「おや、つまりあんな大口叩いといて、戦えないと仰るんですか。僕たちに偉そうに鍛えるとかほざきながら、あなたは年端もいかない子供たちに戦いを任せて、隅でビクビク震えているっていうわけですか」
そこまで言って、僕の体は宙に浮いた。胸ぐらを掴まれ、足が床から離れたようだ
「もう一回言ってみろクソガキ」
「戦えない奴が偉そうに僕たちに指図するなって言っているんだよバーカ」
僕の胸ぐらを掴んでいる手に力が入る。少し苦しくなってきた
ハラハラしながら事の成り行きを見ていた樋口さんと福沢さんが、流石に止めに入ろうとしたところを、僕は何とか手を伸ばして制する。因みに野口さんは、何故か目を輝かせて、まるでドラマでも見ているかのように楽しんでいて、発端の夏目さんは、つまらなさそうに僕を見ていた
「反論があるなら聞くし、暴力を振るいたければ好きにしていいよ。だけど言動に気をつけた方が良いよ」
どうせ、いつぞや五人でおしゃべりさせられた時みたく、星食みとの初戦闘の時みたく、訓練風景も記録されているんだから。突拍子もなく強くなれる装備があるのに訓練を積む理由、もちろん強さではなく技術やコンビネーションを養なってほしいという側面もあるのだろうが、一番欲しいのは僕たちのデータでしょ。ならたくさんの人が僕たちを見守っているんじゃないかな
多分そろそろじゃないかな
「言動に気をつけるのはあなたですよ財部さん。どうやったらこんな短時間で、こんなに険悪になれるんですか」
ほら来た。十条さんが肩で息をしながら現れた
流石に自身の上司に当たる人の前で、僕の胸ぐらを掴み続けるのは気まずく思ったのか、乱暴に手を放して、僕は地に足をつける
「残念、思ったよりも早く止められちゃった」
「六郷さん、良い大人なのですからこんな子供の挑発に乗らないでください。財部さんの思惑通りに事が運ぶところでしたよ」
ぎろっと睨まれた。さて、僕の思惑とは、一体全体何のことだろうな
「こいつの思惑って、俺を馬鹿にすることじゃないんですか、何が気に入らないのかは知らないですが」
誰がお前なんかのために、そんな面倒なことするかよ。気に入らない人に対する対処法は、基本的に無視が安定だ
「財部さんは、あなたから殴られて、それを交渉の材料にするつもりだったんですよ、治療費とか慰謝料とか言って。契約書にサインをするということは、財部さんに一定の間隔でお金が入るということ、それは逆に言えば、お金が入る時以外にお金が入らないということ、つまり…」
そこで僕は言葉を重ねる
「別にそんな大層な考えがあったわけじゃないよ、ちょっと小遣い稼ぐ方法を思いついたから実行しようとしただけ」
「…俺をダシに使おうとしたって訳か」
「さぁ、どうだろうね」
先ほど以上に、僕に対する怒りを六郷さんは向けてくる。三井さんもそうだったけど、エリートさんたちって、馬鹿にされたりするよりも利用されたりする方が腹立たしいみたいだね
とりあえず、今にも殴り掛かりそうに睨んでくる六郷さんに、精一杯の笑顔を向けた。知り合いと目があったら、笑顔を返すのが普通だよね
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