第10話 守銭奴と文句
「訓練?いや、僕の学校でこの前避難訓練したばかりなので、当分訓練の類は結構です」
そう言って立ち読みしていた雑誌を棚に戻し、コンビニから外に出た。気持ちのいい、雲一つない綺麗な青空、大きく息を吸うと少し冷たい空気が僕の鼻孔をくすぐる
「待ってください、星食みと戦うための訓練についての話ですよ。あなたリーダーでしょ」
スーツを着た女性が追いかけてくる。やれやれ、モテる男というのはなかなか大変らしい
初戦闘を終え、なし崩し的にリーダーに任命されてから数日後の休日、スーパーでの買い物を済ませ、帰りに立ち寄った近所のコンビニで、一人の女性に話しかけられた
渡された名刺には、十条さんの同じ組織所属の『三井由紀子』とあった。年齢40超えか、せめて三十とかだったらまだ可愛げがあるんだけどな
そんないろいろな方面から刺されそうなことを考えながら、適当に三井さんの話を聞いた。そしてその内容を要約すると、星食みと戦うために訓練しようぜ、ということらしい
僕を追って店を出た三井さんのほうを横目で見ながら、恨み言のようにぼやいた
「そもそもなんでそこのコンビニにいるんですか。流石公務員様ですね、休日を優雅に満喫とは羨ましい」
もちろん、スーツ姿の時点でそれは無いのだろうけど、働いている人にこの煽りは結構効くのだ。勝手に怒って帰ってくれれば楽なんだけど
「五十嵐さんに、あなたに要求を通す時は外が良いと教わったので、近くのコンビニで待ち伏せさせていただきました」
少し目元が動いたが、特に感情を表に出すことは無く、淡々とした口調で返された
「待ち伏せとか怖いなぁ、もう少し若くてかわいい子だったら悪い気はしないけど、おばさんに待ち伏せされてもねぇ。あ、すいません、これはあなたのことをおばさんと馬鹿にしたわけでなく、どうせ待ち伏せされるなら、ラブレターの手渡しや愛の告白やストーカー気味の愛が重い系女の子が良いって話ですよ。僕はヤンデレもいけるクチなんで」
「その、人を食ったような態度、聞いていた通りですね」
「おやおや、僕も有名人になったものですね。一緒に写真でも撮りましょうか、ご友人に自慢してくれて構いませんよ」
にしても外ねぇ。五十嵐さんとやらはどういうつもりでそう言ったのか、気になるところだ
大方、居留守使われたりするのを嫌ったんだろうな。それに聞いていた通りってことは、どうやら僕の印象はこの人たちの界隈ではあまりよろしくないらしい、知ってたけど
「まぁ何にしても、あんたが僕にどんな用があったにせよ、事前に連絡を取るのが筋ってもんじゃないのかな。それとも、僕如きにアポは要らないと思っているんですか」
「我々から掛かってくる電話を、ご自身の都合の悪い要件だとしても、無視したり途中で切ったりしないと言い切れますか」
多分同じ要件が電話できたら、即切るだろうし、この人らの番号覚えたらかかってきても無視しそう
「あんたらの憶測で勝手に判断されて、僕の生活にまで浸食されたくはないですね。僕はこう見えて、一日の予定をしっかり立てて、規則正しい生活を送っているんですから」
「ご心配なく、大人しく言うことさえ聞いてくれれば、我々もあなたの生活に手や口を出すほど、非常識な組織ではありませんよ」
それは脅しかな、大人しく言うこと聞かないと僕の生活を損なわすぞ、と言っているのかな。まぁどっちでもいいけど
「そう言われると、大人しく言うこと聞きたくなくなっちゃうんだよな、勉強しようとしている子供に、勉強しないさい、と言うとやる気をなくすみたいなそんな感じ。僕がそんな素敵な性格しているって、十条さんか五十嵐さんから聞いてない?それに、他の連中は知らないけど、僕のことは丁重に扱った方が良いよ、僕は人類とか世界とか地球とか、どうでもいいって思っているんだから」
「すみません、脅されているって思っていますか?冗談ですよ、そんな焦らないでください、聞いていた話だともう少し余裕のある方だと思っていたのですが、思ったよりも普通の高校生って感じですね」
三井さんは少し口角をあげている。別にこんなくだらない口論で優劣を競うほど、僕も暇ではないのだが、このまま黙るのも面白くない
「アハハ、誰がそんなこと言ってたんですか、過大評価も甚だしい。僕なんてその辺にいる、十把一絡げの愚民ですよ。あなたのようなエリート様には歯牙にもかけられない人間です、愚民は愚民らしく道の端を歩いてますね。それではこれにて」
そう捲し立てると、元から端を歩いていた道の、さらに端を後ろ歩きしながら下がっていった
このままコンビニに戻るか。幸いそんなに進んでいないし、後ろ歩きのまま戻れるだろう
「ちょっと、待ちなさい。どこ行く気ですか」
「いえいえ、僕なんかがあなた様のようなエリートと肩を並べて歩くことは非常に烏滸がましく思えたので、大和撫子よろしく数歩下がって歩こうかなって。僕に気にせず、目的地までどうぞ向かってください、ちゃんとついていきますから」
まぁ、僕と会って訓練だかの話をするのが目的であるため、目的地なんてものはないんだろうけど
この行動が、先ほどの意趣返しだと気が付かない人でもない、口元がヒクついている
「冗談ですよ、そんな焦らないでください。パッと見四十代後半くらいなので、もう少し余裕があるものかと思っていましたよ、思ったより普通のおばさんなんですね」
「…ホント聞いてた通り、いい性格しているなクソガキ」
「お褒めにあずかり光栄ですよ」
僕は芝居がかったように、大きく頭を下げた
さて、そろそろ頃合いかな。これ以上この人と話し続けると、本題を切り出されてしまう、そうなる前に僕からの要求を伝えなければ
「この荷物を置いてから近くのファミレス、もちろんそちらの奢りで」
「用件はここでも済みますよ」
「話を聞いてあげると言っているんだよ。まだ僕はこれにサインをしていないから、あんたらに一方的に話をされる筋合いもないからね」
僕は財布に折りたたんで入れてある契約書を見せた。初戦闘の後、リーダー云々のために一旦返却し、新しく作り直されたものだ
もう二回は読みこんだが、最終確認に遊路と一緒におかしなところがないか見るつもりだ。こういう大切な資料は、当事者以外の人間の目に通して、初めて確認したといえる、僕の謎持論だ
それはともかく、三井さんは僕の要求を渋々と了承してその場は分かれ、僕は荷物を自宅に置いて指定した近所のファミレスに向かった
「…逃げられたのかと思いましたよ」
席に着いた途端、そんな心ない声が飛んできた
「寂しいことを言いますね、何なら本当に逃げましょうか」
「どうぞご自由に。あなたが逃げる気ならここには来てませんよ、私にはあなたの考えは分かりませんが、あなたにとってここに来ることの方が得だと判断したのでしょ」
よくわかっているじゃないか。ずるずると引き延ばすのはあまり好きじゃないからね
「ちょっとお話をするためにこんな場所まで用意させといて、よく言いますね」
「僕はあくまで話し合いをするつもりです。それとも、あなたが持ってきた話は、立ち話程度で済ませられるものなんですか、でしたらお引き取りを、見ての通り、立ち話とか時間の無駄だと思っちゃう、ぼっち系高校生なので」
三井さんは少し黙ると、店員を呼び出すボタンを押した。来た店員にドリンクバーとチョコレートパフェを頼んだ
「確かに、私の方が間違っていました。相手が気に食わないクソガキであれ、対等の話し合いをするのに立ち話はないですね」
「対等じゃないと思うけどね、まだ」
お互いのコップに飲み物が入り、僕の目の前にそこそこの大きさのパフェが置かれたところで、やっと三井さんは本題に入った
「先ほども話しましたが、星食みと戦うための訓練を受けていただきたいのです」
「そういうのって、この契約書を回収し終えたらするもんじゃないの」
「時は一刻を争います、この話を持っていくのと同時に、契約書にサインがされてあったら回収してくるようにと指示が出されています」
「当てが外れたね、生憎とまだ書いていないよ。それにこういう大切な書類は、一番偉い人がとりに来るもんじゃないの」
「忙しいのです、わかってください」
「なら僕も忙しいね、訓練なんかをやっていられないほどに、わかってよ」
チョコレートパフェを食べるのだったり、ドリンクバーの元を取るためだったりでね
「そちらは忙しいからあれこれできない、こちらは忙しくてもあれこれしろ、さすがにどうかと思うなぁ。まぁ、あんたに言ってもしょうがないのかもしれないけど、言いたくなる僕の気持ちくらいわかってよ」
「物事には優先順位がありまして…」
「あっそ、本気で僕がそれで納得すると思うなら好きに宣ってください」
顔についたチョコソースを拭うために、三井さんから視線を外した
「…訓練ってどんな感じのことやるの」
「基礎体力の向上、筋力トレーニング、防人を使ったトレーニングを主に考えております。口で聞くより、実際に受けてみた方が早いかと」
「契約書にサインしたらね」
にしても訓練ねぇ。体育の授業すら疲れるから程々に手を抜いて受けている僕だ、好き好んで運動する柄でもない、僕にとって運動は苦痛以外の何者でもないのだ
もちろん、一回の戦闘に10億円や生活の援助金等に、訓練を受ける報酬は含まれているのだが、嫌なものは嫌なのだ
「防人を使うトレーニングは、まぁわからないでもないけど、基礎体力や筋力についてよくわからないんだけど、樋口さん曰く、あの衣装を着ていると力があふれ出て、意識してないと足場まで壊しちゃうらしいよ」
足場まで壊す、は流石に誇張表現だったとしても、あの戦いぶりを見る限り、筋トレみたいなものが必要に思えない。全員有り余っている
「あなたは自覚がないかもしれませんが、あなた方防人の適合者は我々人類の希望、最後の砦なのです。あなた方には、常に万全の整えをしておいてほしいのです」
「要するに不安なのね、そちらさん方は。地球を襲う未知の化け物が襲来して、人類が誇る兵器たちが役に立たなくて、唯一戦えるのが僕たちみたいな子供で、こんな子供に未来を託せるかどうか」
三井さんは黙ったまま肯定する
「託せるわけないでしょ、馬鹿じゃないの」
嘲るように笑った
「最後の砦や希望なんて言われても、そんなものただの言葉だよ、何の力もない、気が済むまで好きなだけほざけばいい。人類の未来?そんなものより今晩の献立の方が大事だよ、和食って気分だからこの後仕込みが大変なんだよ。未来も人類も希望も興味ない、僕は僕の意思と僕の責任で僕の利益のために行動する、そこに便乗して変なものを乗っけないでよ、迷惑だ」
決まったな、めっちゃクールじゃん僕。おっとまだ頬を緩ますな、まだ相手を馬鹿にする感じの笑い方だ
「…それが選ばれた者の責任です、未来を勝ち取り、希望を与え続け、人類を護る。あなたがどういう考えを持っていようと、周りがあなたをそういうところまで連れていくのです」
感情を殺し切った冷たい瞳を僕に向けた
「あなたは今、その身に余る役目の重さ、責任の重さから逃れようと、必死に駄々をこねている子供でしかないんですよ」
随分と言ってくれる。そして特に反論できない、反論するつもりもない
「ふーん、あっそ。まぁさっきも言ったけど、高校生なんて子供なんだし、その表現は大体合っていると思いますよ、駄々こねるのは子供の特権みたいなところあるしね。それとこの話の流れで言うのもあれなんだけど、次はあんみつ食べたい」
三井さんは何か言いたげだったが、黙って店員の呼び出しボタンを押した
数分後、僕の前には空になったパフェの器から、あんみつが盛られた器になった
「よく食べますね」
「育ち盛りだからね」
「甘いものばかりだと体に悪いですよ」
「まぁ、感情論抜きにしても、訓練は受けるよ」
このまま話しが脱線しようとしたところで、口に抹茶のアイスを詰めながら、なんとか言葉を紡いだ
「訓練を受けるのが面倒だとか、体力作りとかめんどくさいとか、なんとかして受けないで済む方法は無いかなとか、色々考えてたりはしたけど、お金が発生する以上はちゃんとやるよ」
「…物を飲み込んでから喋ってください。どういう風の吹き回しですか、さっきまで嫌がっていたのに」
「別に嫌がってなんかいないけど、いや内心は嫌だなぁとか思っていたけど、それを口にしてはないはず。契約書や内容について文句はつけたけどね」
文句と拒否は別物でしょ
「確かに、今の僕はあんたらに強制される身ではない、だけど時間的に今日この後、どこにあるかは知らないけど訓練所に連れていかれるわけではないんでしょ。今夜にでも契約書の最終確認を行い、サインをする予定だったから、次に訓練云々の話が出る頃には、僕はお金をもらって訓練を受ける身となる」
「つまり、この場は全く意味がなかったわけですか」
僕の言葉を信じてくれるならね
「全く意味がないこともないさ、好きなものを食べながら好き放題文句をつける、中々快適な時間を過ごすことができたよ」
僕は非常に有意義だった
三井さんの表情は憤怒の色に染まっていくが、間髪入れずに
「それじゃ、楽しい無駄話はそろそろ切り上げて、訓練の時間や場所について詳しくお願いします」
さっきまでの話をすべて、無駄話、の一言で片づけ、情報の提示を強請った
「ほらほら、給料もらっているんですから、しっかりと懇切丁寧に分かりやすく、僕に説明をしてくださいよ」
いやぁ、この人を怒らす感じ、堪んないわぁ。若干変態みたいな思考が頭を過ぎったが、そんなものが気にならないくらい、三井さんは怒りの感情を見せてくれている
一応注釈しておくけど、別に怒られるのが好きとかそういうのではないから、人の感情が露になるのを見るのが好きなだけだから。煽るのも好きだけど
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