第9話 守銭奴とリーダー
「ただいまー」
夜中の8時を過ぎたあたりで、僕は自宅にたどり着いた
「お兄ちゃんおかえりなさい、お疲れ様です、急にいなくなるんですからびっくりしましたよ。夕飯はもうできているので、手を洗ってきてください」
あぁ、この遊路の労りの言葉を聞くだけで、さっきまでの疲れが癒されるよ。まぁ流石にそんなに人間の体は単純な構造をしていないから、疲労はガンガン溜まっているけど、気分の問題よ
「お金渡したんだから、どっか外食してきても良かったのに」
「女子中学生の一人で外食は、色々角が立つんですよ」
そういうの気にしないくせに。大方、僕がバイトを休んでまでどこかに出かけたことから、並々ならないことであると察し、少しでも負担を減らそうとしたんだろう
「ありがとうね」
「むぅ、そういうのは気が付いても、気が付かないふりをするんですよ」
やっぱあれだな、今日何人か美少女見たけど、家の妹が一番かわいい
「それで、今日は何があったんですか」
僕が食事の席に着き、白米が盛られた茶碗を目の前に置いたタイミングで訊かれた。今日はハンバーグか、疲れた時には肉だよね
「別に、そんな大したことじゃないよ。普通に、選ばれし戦士たちが集められ、選ばれし勇者にしか扱えない勇者の剣的なものを貰って、それで敵を撃退してきただけだよ。うん、よくあることだね」
「ハイハイ、よくありますね」
本当のことしか喋ってないのに、どうやら信じてもらえてないな。まぁ信じてもらえないような喋り方をしているんだけど
僕は妹の作ったハンバーグに舌鼓を打ちながら、星食みを倒した後のことを思い出す
あの後、元の世界に戻った僕たちは、再びヘリに乗って、さっきまで会合をしていた会議室に戻った
ヘリの中で十条さんから時計を貰ったが、そのことで福沢さんと一悶着あった。まぁそこは割愛させてもらう
「まずは皆さん、お疲れさまでした。急に戦うことになってしまい、申し訳ありません」
「そのことは別に良いですよ、遅かれ早かれこうなっていましたから」
福沢さんが、あたかも自分が代表であるかのような振る舞いで、十条さんたちを許したのが少し癪に障るが、まぁ僕に反論する権利はないから適当に聞き流す
「それで、この議題は後日にしようかと思っていたのですが、今日初戦闘を迎えてしまったので、今日決めてもらいます…露骨に嫌そうな顔をしないでください」
僕は樋口さんの方を見る
「樋口さんに擦りつけないでください、あなたのことを言ったんですよ財部さん」
「あんたらは見ているだけだったかもしれないけど、僕たちは戦って疲れてんの。早く帰らせろや」
「あんたも見ているだけだったじゃない」
僕はほら、現場に赴いたじゃん。昔の人は言いました、営業は足で稼ぐって、つまり赴くだけで稼げる
「財部先輩、流石にそれは無いと思いますよ」
うんわかってる、自分でも流石に何言っているのかよくわからない
「話が逸れましたね。安心してください、これが終わったら本当に終わりです、我々も、先ほどの映像を基に研究をしたい個所がいくつもありますからね」
つまり僕たちみたいなガキどもに構ってやる時間は無いと。役人様も大変ですね
「…映像ってどういうこと」
夏目さんが、鋭い目つきで尋ねた。そっか、僕だけしか知らないのか
「ここの大人たちの趣味だってさ、うら若き少女たちの服にカメラを仕込んで、それをニヤニヤと楽しむんだと」
「大体間違ってませんから否定はしませんが、もうちょっと言い方は何とかならなかったんですか」
「…でも、盗撮はしたのね。別に構わないけど」
明らかに不機嫌になったな。そういうのに敏感なお年頃なのかしらね
「また話が逸れましたね、こんな短時間で二回も話が逸れるってある意味すごいですね」
そんなこと言うからまた逸れるんだよ、そう言ってまた話を逸らそうとしたとき、三度目の正直と言わんばかりに、すぐに本題へ移行した
「あなたたちのリーダーを決めてほしいのです」
「リーダー?」
リーダー、つまりこの五人の中で一番偉い人、ではなく、連絡係や雑用係を決めるってことか
「別に決めなくて良くない?各々勝手にやればいいじゃん、特に僕みたいな協調性がないやつを組織で管理する場合は、リーダーとかいた方がかえって面倒なことになるんだよ」
十中八九、面白そうだから、という理由でリーダーの命令を無視するよ
「では、あなたがやってみますか」
「冗談、誰も納得しないっての。そもそもリーダーって、あんたらはそれ決めてどんなメリットがあるんだよ」
「戦いの面においても、今回のような集まりのような面においても、リーダーを決めておくのは色々便利なのですよ」
「要するに雑用係が欲しいだけだろ。あんたらで僕たちをまとめるのが怠いから、当事者たちにまとめてもらおうって魂胆だろ」
戦い面においては、確かに絶対的な統率者がいると便利なのかもしれないが、僕を含めた五人の中に適任がいるとは思えない
「否定はしませんよ。他の方たちはどう思いますか」
これ以上、リーダーを決めない派に喋らせないため、僕に敵愾心を持っている福沢さんに話を振った
「財部以外がリーダーになるのなら賛成です」
と、予想通りの言葉が返ってきた。やれやれ、誰か一人に対して感情的になりすぎると、大事な判断を見誤るよ
「自分がやる、とは言わないんだね」
意地の悪い笑みを浮かべて、福沢さんに話しかけた
「さっきは、僕の次に年長の自分が指揮を執るとか、自分一人で星食みを倒して見せる、なんて面白いこと豪語していたのに」
「えぇ、もちろんだれもやる人がいないのでしたら私がやりますが、先ほどの私は少々自惚れていました。刀を持った時、何でもできそうな高揚感に駆られましたが、先ほどの戦いで思い知らされましたよ、私は人を率いるのに向いていません」
つまらん。折角煽ったのに、思いの外冷静な返答をされてしまった。ただまぁ、一度思い知らされた人間は信用できる、リーダーは福沢さんで良いんじゃないの?
「樋口さんはどう思われます?」
福沢さんの言葉をじっくり聞いていた樋口さんは、急に話を振られて、少しビクッとする
「僕は、僕以外でしたらどなたでも。強いて推薦するなら、財部先輩ですね」
「へぇ、それはなんで?」
反財部の福沢さんは、ギョッとした顔で樋口さんを見た。僕もまさか推薦されるとは思わなかったので、少し身を乗り出してしまった
「まず、僕がやらない理由ですが、純粋に自信がないからです。自信がない時点で、人の上や前に立つべきではないと思います。そして財部さんを推薦する理由ですが、思慮深くて、意外と気さくな人です、そしてさっきの戦いで一番僕たちの身を案じてくれていましたから、リーダーとして問題ないと思います」
なんか照れるな。別に身を案じたのは、十条さんに吹っ掛けるために用意した理屈だし、気さくなのは腹案あってのことだから、本来の僕ではない
「わ、私は反対よ。財部がリーダーになったら、報酬を上乗せしてくるに決まってる」
「当たり前だろうに、僕はボランティアとかその手の類が嫌いだからね。責任ある役職に就くってことは、それだけ報酬も上がる、社会の基本ルールだよ」
まぁ実際には、上がんないところもあるらしいけど、そんな特殊な例は置いといて
「それを考慮してくれるんなら、リーダーでも雑用係でもやるけど」
横目で十条さんと樋口さんを見た
僕と目のあった十条さんは、わざとらしくため息をついて肩を竦めた
「とりあえず、あとの二人の意見も聞きましょうか。夏目さんはどう思われますか」
後の二人、夏目さんと野口さん。なんだかいつもこの二人が残っている気がするな、まぁいつもっていうほど、話し合っていないんだけど
「……これ、私も何か言わなきゃダメなの…」
名指しで呼ばれ、少し不機嫌な眼でこちらを見た
「え、ええ、ご意見があるのなら」
十条さんって、夏目さんが苦手なのかな、なんか僕や福沢さんや樋口さんと話すときと、声のトーンというか声色というか、そう言った感じの奴が少し変わっている気がする。悪く言えば、腫物を扱うような印象を受ける
「…あまりこういうので、意見を求められたことないから驚いた」
まぁ、こんな悲しいことを当たり前の顔をして言う女の子を、腫物扱いしない方が難しいけど
「私は別に誰でもいい…」
それだけ言うと、僕たちを視界から外し、頬杖をつきながら虚空を見つめている
やれやれ、リーダーになった人は大変だな、こんな気難しい子を相手にしなくちゃいけないんだから
「最後は私だねぇ」
トリを飾るのがそんなに嬉しいのか、何故か声が弾んでいる
「リーダーはズバリ、財部お兄ちゃんが良いと思います」
まさか僕に二票はいるとは。妹の遊路然り、樋口さんや野口さん然り、もしかして僕って年下受けでもするのかね、道理で同い年に友達がいないわけだ。でもよくよく考えてみると、福沢さんも一つ下だしそういうわけでもないのか。ガッカリ
「理由を聞いてもよろしいでしょうか」
「理由はねぇ、財部お兄ちゃんはさっき私とお話してくれたからだよぉ」
え、それだけ?もっとこう、ないの、僕の良いところ的な部分、リーダーに適しているポイント的なの
「話したことの無い人をリーダーにしたくないからねぇ」
どうやら、さっきの戦いで駄弁って仲良くなったから、と言った浅い動機であっても、仲の良い人だからリーダーにしたい、と言った浅い考えではないらしい。そもそも、全員が今日初対面なのに、まとめるリーダーを決めろっていうのが無理な話だ
「で、意見は出そろったけどどうするの。そりゃ僕たちが話し合いで決めれば楽なんだろうけど、多分無理だよ」
だから、十条さんが決めてくれれば、少なくとも僕以外は納得する。僕はリーダーいらない派だから、誰が選ばれようと反抗的な態度を取るだろうね
「財部さん、お願いできますか」
「理由を聞いても」
「多数決ですよ、五人中賛成二人反対一人無効票二人、そして何よりあなた以外推薦されていない、ならあなたに任せるべきだと思います。そして私個人でも、あなたはリーダーに向いていると思います」
「おっさんに評価されてもなぁ」
大人なんだし、ちゃんとその評価を形にしてもらわないと。具体的には、日本銀行券っていう形
「さっきも言ったと思うけど、報酬はいくらか上乗せさせてもらう。今日貰った契約書、あれを一旦返すから、リーダー云々を追加して新しく用意しなおして。要求金額は、今後受けるであろう生活保障の、僕以外の四人の額の一割増し」
もう少し多く請求しようと思ったが、今回は替えが利いてしまう、そのためあまり阿漕な要求はできない。かと言って、足元を見せるわけにもいかない、こっちが上だってアピールし続けなければいいように使われてしまう
「ええ、では新しく契約書を作り直したらまた持っていきます。他の皆様も、これで構いませんね」
他の皆様、とは言ったが、十条さんが気にしているの福沢さんと夏目さんだ
そして本人たちも、それが分かっているようで
「納得いかない個所はいくつかありますが、樋口さんと野口さんに慕われているのは事実ですからね。財部がリーダーで構いませんよ」
「…話は、もう終わり?」
と、僕のリーダー就任を受け入れてくれた。受け入れてくれたのかな?
「それにしても、こんな僕がリーダーねぇ」
自嘲気味に笑いながら、声が出てしまった
「リーダー?お兄ちゃん、なにかのリーダーになったんですか。すごいことじゃないですか」
「すごかないよ。人生の先輩としてアドバイスしてやる、世の中のリーダーは大半は雑用係って意味だ」
そんなことは無いと思いますよ、と苦笑い気味に付け加えられた。まぁ、学校でガチの人気でリーダーに収まっている我が妹は、そんな僕の言葉にはピンと来ないのだろうな
「そうだ、リーダーの先輩としてアドバイスくれよ、明らかに僕に反発意識を持っている奴と、僕の言動全てに我関せずっていう態度を取っている人をまとめるには、どうすれば良いかな」
「それ、自分のことじゃないんですか?」
まぁ、自分で言っていてなんとなくそう思った。僕って傍から見ると、あの二人を足したような感じなのか
「難しいですね、やっぱり真摯に向かい合った方が良いんじゃないですか。正面から向かい合って話し合えば、きっとわかってくれますよ」
「それが面倒だから手っ取り早くまとめる方法を聞いているんだよ」
「何でリーダーになれたんですか」
「成り行きって怖いね。まぁその分報酬はもらうから良いけど」
そうだ、意見が割れた時にいくらか現金を掴ませるか。幸い、これから定期的に大金が入る契約を結ぶし
「それやって捕まった人、結構いると思いますよ」
「マジか。まぁ僕も14歳以上だし、あまりグレーなことはしたくないから、この案は却下だな」
じゃあ多数決の暴力だ、どうせ僕陣営には樋口さんと野口さんの口口コンビがついている、それでいてあの二人は協力体制にあるわけではない、つまり数の暴力で押し切れる。最大多数の最大幸福ってやつだ
「前に隣のクラスの人がそれやって、その人総スカン喰らいました。その人陣営の人たちも、自分たちが数の暴力で周りをいじめている自覚はあったらしく、リーダー格の人に全部擦りつけてました」
「マジかよ、今の中学生って怖いな」
僕ん時そんなのなかったぞ。いや、気が付いてなかっただけで、合ったのかもしれないけど
にしても、中学生怖いって言ったが、あの四人の内三人は中学生だ、そんな魔境にいるのならもう少し接し方を考えた方が良いな
と、思案していると、クスクスと笑い声が聞こえた
笑い声の主をジト目で見ながら「なんだよ」と、少し不機嫌な様子を醸し出して尋ねた
「ごめんなさい」
「別に怒っちゃいないよ。可愛い妹が笑うのに、ケチつけるような兄はいないからね。ただ理由が知りたいだけ、笑う要素なんてあった?」
「いえ、ただ私のお兄ちゃんはやっぱり素敵だなって思って」
「僕はいつだって、24時間365日素敵だよ。広辞苑の素敵の欄に、僕の名前が載るのは遠くないと思っているくらいだ」
そうですね、と少し鼻で笑われた後
「何のリーダーになって、どんな方たちがいるのかはわかりませんが。何だかんだ言いながら、たどり着く結果が歪でありながら、真剣に考えているじゃないですか。真剣にその人たちのことを想っているじゃないですか」
「…過大評価しすぎだよ。想っている奴の口から、数の暴力で押し切ろうなんて出ないよ。僕は支払われる報酬分はちゃんと働くだけ」
僕は、自分の腕に巻いてある、今日の分の報酬を見て微笑んだ
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます