第8話 守銭奴と決着

『はい十条です、財部さんですか』

「もしもし、そろそろ僕の声が聞きたくなったと思ったんだけど、どうですか」

『戦っている割には、随分と余裕そうですね。終わったんですか』

「んにゃ、絶賛バトル中。みんな元気そうに跳んだり跳ねたりしているよ。若さかな、僕にはあんなふうに飛び回るのは無理だな」

『高校生が何を言っているんですか』

このまま雑談に興じてるのも面白そうだが、その間に戦闘が終わって、僕の策に値がつかなくなったら大変だ

僕は雑談もそこそこに、本題に入ることにした

「そっちって、どれくらい理解しているの」

『と、言いますと』

「惚けなさんな、どうせカメラとか発信機とかその辺、防人についてんだろ」

戦いのデータや敵の映像は、あの人たちにとって、喉から手が出るほど欲しいもの、それを手っ取り早く集めるには、装備自体に仕込んでしまえばいい

『私の状況把握を確認するということは、何かあったんですか』

「まだ何もないよ、このままだと何かは起こるだろうけど」

しばしの沈黙の後、小さなため息とともに、十条さんは言葉を紡いだ

『こちらはあなた方の戦闘の様子を、直接映像で見させていただいています。財部さんの予想通り、それぞれの服にカメラを仕込ませてもらいました』

「やれやれ、うら若き少年少女を盗撮とは、いい趣味をしてますね」

しかも、大体把握しているのに、あたかも知らないふりをして。カメラ云々は僕たちに隠しておきたいことだったんだろうな、ホントいい趣味しているよ

『年下の女の子たちに戦いを任せて、後ろから下着を覗いている最年長者さんほどではありませんよ』

そんなところまで筒抜けとは。そしてナチュラルに樋口さんが女の子扱いで、ちょっと笑いそうになる

「んじゃ、僕が電話した理由も知っているんだろ。このままじゃ下手したら負ける、だけど僕には一発逆転の策がある、いくらで買うよ」

『本当にぶれませんね。負けるということは、あなたも死ぬんですよ。そもそも、あなたが直接戦闘に関わるっていう発想はないんですか』

「えー、だって福沢さんに僕は要らないって言わているからねぇ」

そんな言葉に従う人ですか、とぼやかれたが、すぐに口調を整えた

『たしかまだ、一回の戦闘に対して一億円の契約に、判を押していないのでしたね。終わったら、何とかお金を用意しますから…「無理、信用できない」そうですか」

僕の即答は、どうやら予想できていたようで、すぐに何かの行動をしている音がし出した

カシャ、とシャッター音が聞こえた後、メールが送られてきた

「何これ。時計の写真のようだけど」

『私が着用している時計です。中古ですが、普通に買うなら70万はする時計です。これを差し上げます、なので皆さんが生き残り勝利を収める策をお願いします』

「おっさんの中古か」

時計ってよくわからないんだよね、高いのだと普通に100万くらいのがあるんだけど、あれってどの部位が高いんだろう

はぁ、どうせだったら美人のお姉さんの中古の腕時計とかならいいな、いい香りしそう

「まぁ良いや、わかった。引き受けようじゃないか、見事勝利を収めて見せよう」

『よろしくお願いします』

さてさて、どうしたものかね

見た感じの現状、別に策を弄さなくても五分五分ってところだ。だけど命に関わる盤面で、五分五分はかなり低い勝率、九割を超えて及第点だ

「野口さん、みんなが邪魔しなかったら、あのでかいのにあてることができるの」

「うーん、やってみないと分からないけど、たぶんできると思う」

「根拠は?」

「女の勘かなぁ。でもこの銃に触った時から、なんとなくできる気がするんだ。手足のように動かせそうだよ」

きっとそういう加工なんだろうな。僕もあの二丁の銃に触れた時、説明のできない馴染み深さを感じた。何より、ブーツはまだしも刀や鉄球は日常で触れる機会はないと言っても過言ではない、それなのにあの二人は使いこなしている

「じゃあそれって何発撃てるかわかる?僕のは無尽蔵って程ではないけど、結構余裕があるみたいだけど」

「そうですねぇ、多分撃てて三発くらいですね。その分威力はあるみたいです」

三発かぁ、その数字が信用できるかわからないから二発と想定しておくか

「とりあえず、僕が指示したタイミングで、真上に銃をぶっ放してくんない?一旦全員集めたいから」

「良いんですか?あと二発しか撃てなくなりますよ」

「僕が下手に声を張り上げるより全然効率がいいでしょ。それに一発当てられれば十分」

流石に数を少なくして威力も低い、なんてものを向こうも作らないでしょ

野口さんが納得してくれたところで、後はどのタイミングで集まってもらうかだな

隣を確認すると、もうすでに銃口を上の方に向けている。流石に大型の銃を真上に向けるのは無理なようで、戦っている三人に当たらないような角度で妥協している

そしてその戦っている三人は

「クッ、また弾かれた」

「落ち着いてください、福沢先輩の攻撃、少し雑になってきていますよ」

「…まだ倒せてないの?鉄球を振り回すの、そろそろ飽きてきたんだけど」

「もう少しだけ待ってください、接近武器には反撃フォローは必須なんです」

「次はちゃんと攻撃する、もう一回行くよ」

なんだか楽しそうなことになっているな

何回目になるかわからない三人の攻撃で、星食みは少し後ろに下がった。ちょうどいいな

「野口さん、お願いできる」

「分かりました。…えいっ」

可愛らしい掛け声とともに、引き金が引かれた

パァ―ン、と想像よりも大きな音が響き渡る。その場にいる全員が、野口さんのほうに視線を向けた。向けられている野口さんは、音と衝撃によって「ぬぁ…」と変な声を出しながら目を回している

音に反応した三人は、発射した弾が見当違いのところに飛んでいくのを見ると、何事か、と僕の予想通り集まってきた

「どうかしたんですか野口さん」

「ぬぁぁ、凄い音」

「だ、大丈夫ですか」

「ハイハイ、みんな落ち着いて。時間ないから端的に話すね」

パンパンと手を叩き、自分に意識を集中させる。戦いの最中、言ってみれば激しい運動の最中の人間の意識を集中させるには、やっぱり音が一番だな

「さっき撃ったのはみんなに集まってもらうため。そんで集まってもらった理由は、このままだと安全に星食みを突破できないから、僕の策を聞いてもらうため」

「あなたの助けなんていらない。命がけで戦っているんだから、安全に突破できないのは当たり前よ」

「あ、そういうのいいんで、僕が気に入らないなら協力しなくていいんで。じゃあ樋口さん夏目さん野口さん、作戦の概要を説明するね」

「ちょっと、待ちなさいよ」

協力しなくてもいいと言っているのに、文句を垂れ続けている福沢さんを無視して、僕は案を口にする。これ聞いて、協力する気になったらご随意に

「まず星食みに止めを刺す役、これは野口さんの狙撃銃にしてもらう。さっき見た威力だと、多分一撃で倒せる、二人にはさっきやってたように牽制をしてもらう。ただし今回は飛び回るんじゃなく、できれば走り回る避け方をしてほしい」

「僕たちの行動が、野口さんの射線に入っていたんですね。申し訳ありません、考えが足らない行動をしてしまい」

やっぱ樋口さんは頭が良いな、一を聞いて十を知るってのは説明する側としては便利だ

「最初だからしゃーないよ。それより、星食みのあのクワガタのクワみたいなアレ、あれを何とか引き付けてほしい」

「私たちは囮?」

刺すような視線を夏目さんからもらったが、気にしないように努める

「あれで狙撃を弾かれる可能性があるからね。見たところ、本当に昆虫の足のように三組六本が真ん中で生えているから、あれを夏目さんの鉄球で封じることができればいいんだけど、根元をその鉄球の鎖で縛りあげるとかして。まぁ無理はしなくていいよ、それよりも引き付けてもらえれば、極論狙撃が体に直撃さえすればいいから」

要するに、僕が指示したものは、二人に囮をしてもらい、好きを見て野口さんの銃で狙撃するという策と呼ぶにはあまりにもおざなりな作戦だ。作戦という表現も烏滸がましい

だけど、チームワークもコミュニケーションも経験もまだまだ浅い僕たちが戦うには、これくらい単純で大雑把な方が調度いい

「一応、夏目さんと樋口さんが協力すれば、根元から抑え込むことができるかもしれない方法があるから教えておくけど、あまりお勧めはしないよ、危ないし」

チームワークという言葉で思いついた策を伝え終わった後、文句を言いたげな福沢さんの方を見た

「待ちなさい。あんたは後ろから見ていただけで分からないだろうけど、あの伸縮自在で縦横無尽な攻撃は厄介よ、動きが制限された避け方は危険よ」

「そうでもないさ、少なくともさっきよりかはマシだよ。だって引き付け役は攻撃しなくていいんだもん、避けることに徹してもらえればいい。二人の十ある力をすべて、避けることに割いてほしい」

射線を気にして動いてくれればいい。なんか言葉だけ聞くと交通ルールみたいだな、車線を気にして動いてくれればいい

それは置いといて

「で、ここまで聞いて、なにか意見ある?あるなら代替案を提示してね」

文句を垂れていた福沢さんまでもが黙る

「んじゃ決定ってことで。それで福沢さんは、どうするの、協力するのしないの」

「あなたの策に乗るつもりはないけど、射線を気にして戦うわ」

「あっそ、んじゃみんな頑張ってね」

僕の声と同時に、後ろに後退していた星食みが、甲高い鳴き声を上げて前進してきた。タイミングバッチリすぎないか、僕、予想通り過ぎて自分が怖い

謎の自画自賛をしている僕を後目に、三人は駆けだした

星食みの方も学習能力があるのか、三人を見た瞬間にそれが自分に害なすものであるかを悟ったようだ。先手必勝といわんばかりに、鞭のように二本のクワを振り下ろした

その攻撃を、三人は駆けまわって避ける

「真ん中の右と上の左か、どう動かしているんかねアレ。昆虫の足ってあんなふうに動かせるものなの」

「私虫苦手なんで分からないですねぇ」

「当てられそうかい」

「クワで防がれる可能性の方が高そうですね。クワ事貫ければいいんですけど、試してみます?」

「それは、博打が過ぎるな。知ってる、日本では博打が禁止なんだよ」

冗談めかして笑われたので、見当違いな返しをした

樋口さんが、振り下ろされているクワの一つをブーツで踏みつけることで抑えた

「夏目ちゃん」

短く名前を叫ぶ。名前を呼ばれた夏目さんも、樋口さんの意図をしっかり理解し、そのクワを駆け上がる

振り下ろされた二本ではなく、先に根本を抑えてしまおうって腹だ

カウボーイのように、鉄球を頭上でぐるぐる回しながら走る夏目さんに、星食みはもがいて振り下ろすことしかできない。直接的な攻撃に出れば自身までもが傷ついてしまう、傷つく覚悟で攻撃しても回っている鉄球に弾かれてしまう、そして悪あがきのような振り落としは、樋口さんによって力づくで抑え込まれてしまっている

「あまりお勧めしないって言ったのに、なんでこんな簡単に使うかね」

「性格だと思いますよ」

「切り札は早めに切ってアドバンテージを先に得て、そのまま逃げ切る派か」

僕はじっくりと粘り、確実に勝てると踏めるまで切り札は切らないタイプだな

それはさておき、夏目さんは根元の付近まで来ると、駆け上がった勢いのまま近くの瓦礫に飛び乗った

「えい」

あまり覇気のない声で投げられたが、鉄球は僕の想定通りの軌道をたどり、クワを六本とも根元で縛り上げた。思い通りに投げる、あれも仕様かね

「やー」

やる気のない声のもと、鎖を引っ張り締め上げる

「野口さん、当てられそう?」

「だいぶ前から当てられそうだったよ、別に縛り上げなくても良かったねぇ」

「当てられそうだったら当てていいのに。まぁいいや、んじゃ撃ち抜いちゃって」

「はーい」

こっちもこっちで気の抜ける声だな

だが、そんな気の抜ける声とは裏腹に、構えている狙撃銃からは、凄まじい音とともに濃密度のエネルギーが発射される

否、発射された

さっきは呼び出し音として使っていたから、のんびり軌道を見ることができたが、今回はちゃんとした狙撃として使用。僕が確認したときには、もうすでに星食みに着弾していた

もうすでに、鉄塔のようなナナフシとクワガタを合わせたような生き物は、三分の一ほど消滅していた

「ありゃりゃ、少し狙いとズレちゃいましたね。まぁ誤差の範囲ですよね、あれくらい」

「思ったよりも、凄い威力だな」

ホントさっき集めといて正解だったな、もし痺れを切らした野口さんが引き金を引いていたら、最悪味方殺しになっていたよ

「な、なんですか、あの威力は」

星食みを抑え込んでいた樋口さんが、驚愕と恐怖が入り混じる表情で僕たちのもとに戻ってきた

「私たちの攻撃に意味なかったね」

少しつまらなさそうに言いながら、夏目さんも続いて戻ってきた

「お疲れ。確かに最初の方の攻撃は要らなかったね、でもクワを抑え込んでくれたおかげで、確実に命中させることができたんだし、それで我慢してくれや」

まぁあの威力なら、普通にクワも貫いてたと思うけど

「あれ、そういえば夏目さん、鉄球は」

「想像以上に絡まったから置いてきた」

まぁ星食みを倒せた以上後で回収すればいいだろう

それにしても、本当に倒せたのか

僕が一瞬、そんな不安に駆られた瞬間

キ―――ッ

不快音がこの空間を包み込んだ。どうやら、野口さんの狙撃で、その不快音を出す器官も、星食みの命も、取り損ねたらしい

樋口さんが気を引き締め直すのを横目に、僕はため息をついた

「ま、最後くらいあげるよ。はぁ」

これでまたでかい顔されるよ

「やぁぁぁぁ」

星食みの後ろで跳躍していた福沢さんが、残り三分の二を見事縦に真っ二つに切り裂いた

こうして、僕たちの初陣は幕を閉じた

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