第7話 守銭奴と傍観
「かの松尾芭蕉がさ、松島やあぁ松島や松島やって句を詠んだじゃん。本当の絶景を見ると、人はまともにその美しさを言語化できない、みたいな解釈されているアレ」
「ありますね、僕もこの前国語の授業で習いました」
「…知識自慢がしたいの?」
「松島?人の名前ですか?」
樋口さんしかまともに取り合ってくれないな、確かに野口さんに松尾芭蕉や松島を理解しろって言っても無理な話なんだけど
「別に絶景じゃなくても、言語化しにくい景色ってあるもんだね」
眼前には、異空間の名に恥じない景色が広がっている
まるで宇宙のように星々が煌いている空だが、さらに奥には星雲のような塊が見える、ブラックホールや太陽のような輝く恒星もはっきりと視認できる
周りには何もないくせに、何かの残骸のようなものが、あちこちに漂っている。そもそも今現在立っている場所ですら、巨大な残骸だ。パッと見人工物だよな、コレ
要するに、僕たちは今宇宙のような場所に立っている
「松尾芭蕉がこの地に立っていたら、どんな句を詠んだのかね」
「芭蕉を推しているところ悪いけど、松島の句は松尾芭蕉じゃないわよ」
「え、マジで」
「江戸時代の狂歌師、田原坊って人らしいわよ」
福沢さんは僕を嫌っている割には、間違いを指摘してくれたり、補足の説明をしてくれるのな。優しい子だ
まぁ、松尾芭蕉も松島も今は一切関係ないんだけどね。気を紛らわすための雑談程度だ
僕は携帯の地図機能を起動させた
「さっきヘリを下りたところから、100mも離れてないな。マジでここは、星食みが作った異空間ってことになるのかな」
もちろん、僕たちが歩いてきた方向を見ても、ヘリコプターはもちろん、人家も人も生き物も何もない
「僕の前に道はない、僕の後ろに道はできるって偉い人は言ったらしいけど、道ってどこだよって感じだな」
だけど、地図に自分が表示されるってことは、電波は届くんだよな
写真でも撮って、遊路に送ってやろうかなと考えていたところ、携帯電話が震えた
『もしもし、繋がりましたか』
「まぁ電波が届くなら通話もできるよな。その声は十条さんかな」
名前を出したと同時に、全員が僕に視線を向けた。人気者と勘違いしちゃいそうだ
「用があるなら福沢さんあたりに掛けてくださいよ、僕嫌ですよ、伝言係になるの」
『あなた方の名前を五十音順に並べると、財部さんが一番なんですよ』
財部、夏目、野口、樋口、福沢、ホントだ、僕が一番だ。出席番号順だと、大体二十番くらいの僕にとって、それは少し新鮮だ
『そんなことはどうでもいいです、あなた方今どこに居るんですか。ヘリから降りて、数歩歩いていったら姿が消えましたが』
「僕が聞きたいよ。見渡す限り宇宙みたいだけど、普通に息できるし、周りの温度もあまり変化を感じない、気が付いたら変な大きい瓦礫みたいなのに乗っているし。これがあんたらがいうところの、星食みが作る異空間ってやつかい」
まぁもし違ったら、それはそれで問題だけど
『おそらくはそうです、私自身この目で見たわけではないので確証は持てませんが。星食みらしき生物は周りにはいませんか。改めて計算し直した結果、そろそろ出るはずなんですけど』
「生き物と言ってもなぁ」
と、そこで奥の方から何かが近づいてくる。タイミングバッチリだな
「なんかそれっぽいのが近づいてくるんだけど、もしかしてアレ」
『アレと言われてもわからないのですが、恐らくは』
ふむふむなるほど
僕は携帯電話を通話状態にしたまま、福沢さんに投げ渡した
「ちょ、ちょっと、どうゆうつもり」
「それ以上は契約外、否、契約すら結んでいない」
僕はまだ、あの契約書に判を押していない。つまり、僕はここで戦う義務はないということだ、そしてそれは、これ以上余計なことを知るべきではないし話すべきではない
他の奴らがどういうつもりなのかは知らないけど、僕はお金が出ないのに危なっかしいことはしたくないのでね
何か文句をつけたいようだが、電話口から聞こえる十条さんの声の方を優先した
「お電話替わりました福沢です。はい、もうすぐ私たちのもとに到達すると思います。はい、はい、精一杯迎え撃ちます」
通話を切り、僕に携帯電話を投げ返した。意図的にとりにくいところを狙っているが、何とかとれた
「これより私たちは、ここにやってくる星食みを迎撃します。財部が参加しないことにより、最年長者である私が指揮をとらせていただきます」
「頑張ってねリーダー」
キッと睨まれてしまった。応援しただけなのにねぇ
「十条さんの話では、各々の武器に変身機能を起動させるスイッチがあるそうです。私のは…ここでしたか」
刀の柄の先にどうやらあったらしい。なら僕のはどの辺だろ、あ、普通にグリップの部分にあった
各々見つかったらしく、福沢さんの次の指示を待っている
星食みは刻一刻と近づいてきて、全貌がはっきり見えるくらいまで接近している
「時間がありません、皆さん起動させてください」
そう言うが早いか、四人の体が輝き始めた
恐らく起動させたのだろう、光り輝くこと数秒、それぞれ色彩豊かな衣装を纏った四人の少女が現れた
日曜朝のアニメを連想させるような、赤や青、黄色に緑。上は動きやすさと露出を抑えることに特化したのか、肌にぴっちりついている長袖と、装甲のように覆われている胸や腹。下はミニスカートとタイツだ、おそらく長袖と同じ理屈なのだろうな
しかしまぁ、贅沢言うつもりはないが、ダサいな。もうちょっとアニメみたいにお洒落でかわいいのを期待していたのだが、実際機能面以外重要視する必要もないから、理に適ってさえいればどんな格好でも良いのか
「ちょっと待ってください、なんで僕もスカートなんですか」
「大丈夫、似合っているよ」
「そんなことは聞いてません。僕男ですよ、なのに何でこんなヒラヒラしてスース―するのを」
恥ずかしそうに、もじもじとスカートの先を引っ張り、伸ばそうとしている。そういう仕草が、本当によく似合う。ヤバい、なにかに目覚めそう
「樋口お兄ちゃん…樋口お姉ちゃん、今はそんなこと言っている場合じゃないと思うなぁ」
「なんで今言い直したんですか、お兄ちゃんで良いんですよ」
野口さんの言う通り、確かにそんなことを言っている場合ではなかった
いつの間にか、星食みは僕たちのすぐ近くにいた
「なんかあれですね、思ったよりでかいし、思ったより歪な形してますね」
妙に細長い胴と、そこから腕のようにいくつも生えているクワガタのようなクワ。ナナフシとクワガタを足したような感じ、いや、ナナフシの足の部分が全部クワガタのクワになった感じだ、ちょうど三組だし。それが鉄塔並みに大きくて、どういう原理か浮いて移動する。正直恐怖でしかない
「キ――――ッ」
まるで威嚇をするかのように、鳴き声とも呼べない鳴き声、黒板をひっかいたような不快音を鳴らす
そりゃそうだ、十条さんの話ではここは星食み達の空間、そこに土足で入り込んでいるんだから、多少手荒な歓迎をされても文句は言えない
「手土産でも持ってくればよかったな」
「言っている場合、戦う気がないなら邪魔にならないところにでもいろ」
福沢さんはそう言って跳躍した
ひとっ跳びで鉄塔ほどある星食みを七割昇りきり、近くに漂う瓦礫に着地した
「今時の中学生って運動神経がすごいんだな、オリンピック目指せるんじゃないか」
「あの人が…異常なだけ」
夏目さんは、私には無理です、と言いたげに首を振った
「いえ、恐らくはこの服のおかげです。僕も意識して抑えないと、この足場まで壊しちゃいそうなほど力が漲ってますよ」
それはそれで不便じゃないかな
「壊さんといてよ、これ落ちたらどうなるかわかったもんじゃないし」
「私もぉ、お姉ちゃんたちと違って動き回る武器じゃないから、壊されたら困るなぁ」
その場で狙撃銃を組みたて、スコープで標準を定めている
「では夏目さん、一緒に福沢先輩のところに向かいましょう、あの先輩、今にも星食みに斬りかかりそうです。あと僕はお兄ちゃんです」
「…それの何がいけないの?」
「福沢さんの武器って刀でしょ、つまりは接近戦、動きが全く分からない相手に何のフォローもなしに接近戦を挑むのは流石にまずい。だから、樋口さんと夏目さんが、反撃のフォローしてあげてってことでしょ」
「流石最年長ですね。その通りです」
「それで何かあっても、あの人の責任に思えるけど…」
「なかなか手厳しいね、まぁ僕もあれで何かあっても自己責任だと思うけどね」
尤も、一番理想的なのは、僕が銃で相手を牽制しつつ、福沢さんと樋口さんがヒット&アウェイでダメージを蓄積、夏目さんの鉄球で牽制しきれなかった攻撃を処理、野口さんの狙撃で止めを刺すって感じかな
ホント、僕が自己責任とかほざくなって話だ
「まぁみんな頑張ってね、応援くらいならタダでやってあげるよ」
樋口さんは苦笑いをし、夏目さんは無表情のまま跳躍した
「いやぁ、若さパワーかな」
二人が自分の近くにやってきたことを確認すると、福沢さんは雄叫びと共に星食みに斬りかかった
どこの器官でそれを確認しているのかはわからないが、星食みの方もクワを伸ばしてそれを防ぎ、反撃に出ようとする、しかし、その反撃を夏目さんの鉄球で撃ち落とし、樋口さんの蹴りが星食みの体に直撃
さっきの威嚇のような不快音をあげて、数メートル後退した
「本当に出ないんですね、びっくりだよ」
星食みに標準を合わせたまま、雑談のような軽い口調で話しかけられた
僕も三人の戦いを眺めながら、軽い口調で応じる
「先の長い野口さんに良いことを教えてあげよう。何事も前例を作っちゃダメなんだよ」
「前例?」
「そう、一度前例を作ってしまえば、二回目三回目と、その前例を踏まえて相手の都合のいい条件を提示されてしまう。今回のことで言うと、今みたいに急に戦うことになったら、なぁなぁで報酬を誤魔化すことができる、そう思われてしまう、僕のことを上手く操縦できるやつだと思われてしまう。別に普段ならいいよ、でも今回は命に関わるものだ、ちゃんと契約で雁字搦めにしたうえで働きたいよ」
まぁ、だからさっきの福沢さんが、僕のことを除名だのなんだの騒いでくれたおかげで、今こうして堂々と戦わないでいられる。ありがたい
「難しい話はよくわからないけど、前例とかって話よりも、財部お兄ちゃんは大人の人たちのことを信用していないんだね」
「お金さえもらえればお得意様になるけどね。野口さんも吹っ掛けといた方が良いよ、僕たちの希少価値はとんでもない額だと思うし」
「うーん、私はいいかなぁ。お金をそんなにもらっても、あまりほしい物ってないし、それでみんなと仲が悪くなるのは嫌だしねぇ」
「ふーん、良い子なんだね」
僕にもこんな可愛らしい時期があったのかな、いや無かった気がする
少し自嘲気味に笑い、戦いのほうに意識を集中させる
三人と星食みの戦いは、一進一退と言ったところだ。福沢さんは単身で何度も斬りかかろうとし、樋口さんと夏目さんは反撃を捌いている。しかし、相手のクワのようなものが想像以上に伸縮や駆動が自由、二人で捌いてやっとってところか。このままではジリ貧だな
「うーん、なかなか狙いが定まりませんね」
「そうなの、クワみたいなところは結構動かしているけど、本体自体はほとんど動いてないように見えるけど」
「いえ、確かに何度か狙えそうなときはあったんですけど、他の方が邪魔で」
まぁ、野口さんの銃の射線とかを考えてはいないだろうね、あの三人は。夢中で飛び回っているし
「後、このスコープで覗いていると、偶にパンツが見えるんですよね。つい目で追っちゃって」
なんか女子小学生らしからぬ発言が聞こえたぞ
そりゃミニスカートであんなに激しく動いたら、パンチラの一つでもするだろ……え、てか本当に見えるの、あれって漫画やアニメとかの鉄壁のスカートなんじゃないの
「あんなふうに大きく動いたら、スカートくらい捲れますよ」
「そんなスカートあるあるみたいに言われても、履いたことないからわかんないよ。マジで見えるの、ちょっと見せて見せて」
「どうぞ」
頼むほうもあれだけど、譲る方も譲る方だよな。まぁ欲望に従い、スコープを覗くけど
「マジだ、チラッとだけど結構見えるもんだな」
丁度、何度目かわからない攻撃を、福沢さんがしかけるところだった。白だ
「やっぱ真面目で正義感が強い女の子って、白とか水色とか、そういう清楚感があるのが似合うよね」
「わかります、私のクラスの学級委員長さんも白のパンツをはいていることが多いです」
「お、今度は夏目さん。あぁ、なんかこういうのに無頓着そうだしな」
五枚入りで2000円みたいな安売りしてそうな下着だった
「もっとお洒落すれば可愛くなると思うんですよね」
「だよねぇ、素材は良いんだけどね」
そして最後は樋口さん。大きく足を振り上げて、攻撃を弾いたところだ
「うん、忘れてた、あの子男だったんだ、普通にトランクスだった」
顔も可愛くて、格好もダサいけど女の子っぽい格好だと、ついつい忘れちゃうんだよな
覗いといて文句を言うのも筋違いだけど、ガッカリ感が半端ない
「あれだね、この後十条さんにでも提案するか、樋口さんの装備は下着まで女性もので統一するようにって」
「ですねぇ、詐欺ですよあんなの」
三人分覗き終え、野口さんと場所を替わった
「覗いてて思ったけど、結構射線をうろちょろされるもんだね。こりゃ撃てんわ」
「どうしましょうかぁ」
互角の戦いを演じているように見えて、実際には少しずつだが押されてきている。五人で戦うことが想定されている相手に、三人でしか挑んでいないのだから当たり前だ
そして何より、連携が取れていない
つまり、星食み一体対三人ではなく、星食み一体対一人と一人と一人だ。これでは勝てるものも勝てない
「このままじゃ最悪の展開も覚悟しないとね」
「全員初陣でお陀仏ですか」
言葉のチョイスが渋いな。絶対松島とか松尾芭蕉とか知っているだろ
「なんとかなりませんか」
ならないことは無い。僕の頭の中では、いくつか勝ちに繋がりそうな策が浮かんでいる
ただ、何の契約もなしにそれを披露するのは、やはり憚られる。策の披露も、戦いに参加していると同義だ
命あっての物種だが、命よりもお金に重きを置く僕にとって、金になるかもしれないものを、おいそれと手放したくない
僕はあくまでビジネスでここにいるんだ
しまってあった携帯電話を取り出し、着信履歴から先ほどかかってきた電話番号にかけ直した
「さて、いくらまで取れるかな」
取りあえず目安は、策一つで50万くらいかな
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