第6話 守銭奴と諍い

「私は仲を深めてと言ったんですけどね」

「そだね」

「誰も溝を深めてくださいなんて言ってないと思うんですが」

「あれ?そうだっけ」

ジトっとした目で見た後、呆れたように十条さんはため息をついた。妹にそういう目を向けられるのはなんかかわいくていいけど、50代のおっさんに向けられるのはあまり気分は良くないな

福沢さんとの空気が少し不穏になったあたりで、僕はさっさと交流会を終わらせた。これ以上続けていてもみんな不幸になるだけだしね

そう判断した後、天井の方を向いて一声かけた。もう入ってきて良いですよ

「いつから気が付いてたんですか、この部屋全体が私たちに監視されているって」

「普通に考えて、僕たちに結託されてボイコットされたり、逆にさっきみたいに、過度にギスギスされて困るのはあんたらだからね、ここの会話全部筒抜けって思っただけ。流石にカメラの位置までは分からなかったから勘だけど」

何がいない方が話しやすいだよ、最初からずっと見ていたくせに

「まぁ一回会っただけで仲良くなれると、我々も思っていないのでこの際いいでしょう」

「メインって言ってなかった?僕たちの交流会は」

「では次の議題に入らせていただきます」

あれ、おかしいな、無視されたぞ

おかしくないだろ妥当だろって声が聞こえた気がした

「次はあなた方に装備していただく防人に触れていただきます」

その声と同時に、扉が開き、厳重に鍵のかけられた金庫のようなものが運び込まれ、前に並べられた。大きさは大小様々で、小さいものは一人で抱えられるほどの大きさで、大きいものは三人でやっと運べるほどの大きさだ

「大きさは、バラバラなんですね」

樋口さんが興味深そうに金庫を眺めている

「ええ、みんな同じものよりも、戦いの幅が広がるようにバランスを考えたものになっております」

一通り並べ終わると、十条さんはゴホンと咳ばらいを一つした

「それでは初のお披露目となります。我々人類の英知と、地球という大自然の神秘を掛け合わせた最新鋭の武具の防人、是非その姿を目に焼き付けてください」

芝居がかった言葉の後に、ダイヤル式の鍵が一斉に解除された

細長い筒のような金庫からは刀、その隣には黒いブーツ、一際大きな金庫からは鉄球、入り組んだ金庫の中からは狙撃銃がパーツごとに出てきた、そして最後に開いた金庫からは二丁の銃だ

結構バラエティに富んでいるな

「これは、誰がどの武器っていうのは決まっているのですか」

「ええ、これもあなた方が選ばれたのと同じように、地球の意思によって選ばれています」

なんか、そう言っとけば説明できた感が出ると思っているのかな。もっと具体体に説明しろよ

「私は、この刀ですね」

「よくわかりましたね福沢さん、誰かから聞いたのですか」

「いえ、なんだかそんな気がして」

福沢さんは、傘でも手に取るかのように刀を持ち上げた。樋口さんも黙ってはいるが、自分がどの武器を使うのかわかっているようで、しっかりとした瞳でブーツを見据えている

直観というものか、それとも運命というべきか、まるで昔から知っていたかのようである

「夏目お姉ちゃんは随分と大きな武器ですね」

「別に、持てない大きさじゃないから…。あなたの方こそ、大きいわよね」

夏目さんが鉄球で、野口さんが狙撃銃か。ごついなぁ

残ったのは二丁拳銃、これが僕の武器ってことか。どこかで見たことあるような、そんな気がするな

「これ弾入っているの」

「ええ、というより弾という概念はありません。無尽蔵っていうわけではありませんが、莫大なエネルギーが装填されて、そこからエネルギー弾として打ち出すものなので、セーフティを外して引き金を引けば、あなたが想像している通りに発射されます。説明はしましたけど、こんなところで撃たないでくださいよ」

大丈夫大丈夫、流石に人を撃つ度胸はないよ

僕は片方の銃のセーフティを外し、窓に向かって引き金を引いた

ドンッ、という銃声の後に、当たった窓は音を立てて砕けた。ガラスの破片は内外問わず舞い散る

「イテテ、思ったより反動があるな。それに狙った場所に当たらないものだ、窓の真ん中を狙ったんだけど大分ズレたな」

だけどまぁ、反動は思ったより大きいだけで別に問題はないし、映像を見る限り、的は結構大きいから多少のずれは許容範囲だろう

「何しているんですか」

「何って、試し撃ち」

「撃つなって言いましたよね」

「ちょっと色々試したくてね。本当に撃てるのか、そんな摩訶不思議な力でできた銃が現代科学のものを壊すことができるのか、反動はどんなものか、僕の腕前は如何なものか、とかまぁ色々な検証だったよ。それにこれって、僕にしか扱えないんでしょ、なら僕の手で色々試すしかないじゃん。使ったことのない人の意見なんて参考にならないからね」

「だからと言って今やることではありません。怪我人が出たらどうするつもりなんですか」

どうするって、別にどうもしないよ

「どうせあんたらの力で揉み消すんでしょ、こんな銃を凶器として警察に提出するわけにもいかないし、作られた過程を公言するわけにもいかないだろうね。どうせこの集まり自体探られたくないものでしょ、芋づる式でこの星に今起きているものを全部公言しなくちゃいけなくなるからね。それに仮に公言したって、僕には星食みと戦う大事な使命があるからね、警察に捕まるわけにはいかないだろうし…」

言いかけたところで、思いっ切り頬を殴られた。平手打ちだが、そこからじんじんと熱が伝わってくる

「馬鹿も休み休み言え。自分に罰がないなら怪我人が出てもいいと思っているのか、人に怪我をさせていいと思っているのか、自分が良ければ人に迷惑をかけていいと思っているのか」

憤怒に表情を染めた福沢さんが、僕の胸ぐらを掴み怒鳴り声をぶつけてくる

「ガラスが頭に刺さったら最悪死ぬんだぞ、あんたが飛び散らかせたガラスが下の人に当たっていたらどうするつもりだったんだ。あんたは、自分が罪に問われなければ、人を殺してもいいと思っているのか」

はい、思っています、と言ったら余計に火に油なんだろうな、面白そうではあるけど。それにしても、妹以外でこんなに間近で女の子の顔見たの初めてけど、あれだな、遊路の方が可愛いな

さて、このまま黙って有耶無耶にするのもいいけど、なんか圧倒されて押し黙ったって思われるのも癪だな

「…こんな時に言うのもあれだけど、歯に青のりついているよ」

グーでぶん殴られた

「十条さん、提案があります。財部を防人の適合者から外してください、彼に世界を守る資格はありません」

キリっとした目ではあるが、口元に手を添えている。素直にうがいでもしてくればいいのに

「こんな訳の分からない人間に、大きな力を持たせるべきではありません。星食みは、私たち四人、いえ、私一人ででも倒してみせます」

「正直私もそんな気はしていますが、あなたの独断で決めることではありません」

十条さんの視線の先に、展開についていけずおろおろしている樋口さん、おもちゃで遊ぶようにガチャガチャと武器をいじっている野口さん、鉄球を優しくなでている夏目さん

「彼の除名は、他三人の負担にもつながります」

「その分は私が補います」

「…わかりました、我々の計算で次に星食みが現れる場所と時間を割り出すことができました、その時の戦いであなたが彼の分を補える働きを見せたら、正式に財部円を除名させていただきます」

「それで構いません」

「財部さんもそれで構いませんね。もともと、乗り気じゃなかったのですし」

「そう言われると、異議を唱えたくなるな、僕の意見も聞かずに僕の除名なんて面白くない。何より、今日この時間が無駄になりそうなのが腹立たしい」

「手切れ金を寄越せとでもいうんですか。随分と好き勝手言いますね、なんで除名されそうになっていると思っているんですか」

「もともと、あんたらが僕をここに呼んだんだろ、ならここで起きることは半分くらいはあんたらの責任ってことにしてくれよ」

「こんなやつの言葉を聞く必要なんてありません、その銃を取り上げてしまえばそれまでです」

確かに、この銃さえあればまだ交渉材料にできたが

「別にそうビビらないでくださいよ」

僕は手に持っていた銃を近くのスーツの男に投げ返した。急なことで、その男は上手くキャッチすることができずに、音を立てて落としてしまった

あーあ、あの人多分、二日くらい気に病むな

「流石にここで手切れ金を要求はしませんよ、もう今日の分はもらっていますから」

その言葉に、十条さんは五十嵐さんの方を見た

「それより、僕を除名するってことは、今日はもう帰っていいですよね」

「ええ、もう二度と私の前に現れないでください」

今時そんなことを言う人っているんだ。少し感心しながら、部屋を出ようとしたが、そこに待ったをかけられた

「勝手に話をまとめないでください。この際、あなた方が喧嘩しようとどうしようと自由ですが、予定通りの説明をさせてください。なにより、これ以上私の負担を増やさないでください」

それこそ知ったことではない。給料もらってんだから働けよ

「せめて防人の説明だけさせてください」

何人かのスーツの大人たちに、僕が割った窓ガラスの欠片の片づけをさせながら、心底疲れたように説明を始めようとした。元々老けてたおじさんだったが、なんかさらに老けて見えるな

「この防人は、先ほど財部さんが見せたとおり、見たままの武器として扱えます。そして、さらに特殊機能として…」

何か言いかけたところで、携帯電話のバイブレーションが聞こえた。前から、つまり十条さんのほうから聞こえる

「失礼」

げんなりというかうんざりというか、疲れた表情で携帯電話の画面を確認している。流石にここまで予定通りに進まない人を見ると、可哀想になってくるな

「申し訳ありませんが、また後にして……なんですって、それは本当ですか。ですが計算では、はい、はい、わかりました」

あー、これはアレだな

「お話の途中申し訳ありませんでした。星食み対策本部から、計算外なことに星食みが現れたそうです」

大人たちの空気が引き締まる

しかし、僕からしてみれば、やっぱりねと言いたくなるな。偉そうな肩書の人の言う計算って、基本的に外れるよね

「ま、まさか、もう戦うんですか、僕たち」

「落ち着いてください樋口さん、今上の方に掛け合った来ます。しかし、戦う覚悟は決めておいてください」

そう言って、慌てて会議室を出て行った

そして十条さんから入れ替わるように、十条さんより若いが、それでもおっさんという表現が似合う男が正面に立った

「私は九重と言います。十条が席を外している間、代わってこの場を仕切らせてもらいます。もし上から出撃命令が出た時のため、防人の機能の最低限覚えてほしいことだけをお伝えしますね。まず第一に変身機能、正式には対星食み用防護服瞬間着用機能といいますが、変身機能とだけ覚えていてください。第二に異空間転移機能、星食みは異空間を作り出し、そこを移動していきます、その異空間に無理やり入り込む機能ですね」

さっき銃を手に取った時に、そんな機能がついているとは思えなかったが、まぁ考えるのは止そう

「お待たせしました、上の方に掛け合ってみた結果、出撃せよ、とのことです。突然のことで本当に申し訳ありません」

「いえ、むしろ好都合です。私の活躍によって、財部は不要だということを証明します」

おう、がんばれー

さて、一人は乗り気だけど

「い、いい、いきなりですか…」

樋口さんは、きゅー、とどこから出しているのかわからない音を出し、ガタガタとものすごく震えている。なんか小動物みたいだな

「フンフフーン、バッチリ~」

野口さんは、鼻歌交じりに組み立てた銃のスコープを覗いている。妙にやる気ですね、君

「…倒せばいいだけ…」

夏目さんも、早く済ませてしまおう、という強い意志を感じる。これも見方によっては、やる気と表現できる

なんか女性陣はやる気満々だな、僕と樋口さんがヘタレみたいじゃないか

「それでは皆さん屋上に向かってください、移動用のヘリを用意しています。夏目さんと野口さんの武器は我々で運びますから、そのままで結構です」

どたばたと移動が開始されるのをのんびりと眺め、欠伸が一つ出た

「た、財部先輩も急いだ方が良いんじゃないですか」

「んー、どうも僕はお呼びじゃないみたいだし、今回は見学かなぁ」

「いや、そういう問題ではないと思うんですけど」

「それよりもさ、タイミングがおかしいと思わない?今日初めて顔合わせや防人についての説明をしたのに、その日のうちに戦うことになるなんて」

「確かに、都合がいいと言いますか、故意的な何かを感じますが、仕切っていた十条さんも予想外のことみたいですし、偶然だと思いますよ」

「偶然ねぇ」

例えば、実は十条さんは言うほど上の立場にいるのではなく、さらに上の立場の人が十条さんたちを使って、この展開を演出したとか

「それをするメリットって、何かあるんですか」

「さぁ、なし崩し的に戦わせて、ビビって逃げ出させないようにするとか。何事も最初が一番大変だし」

他にもいろいろな推測は頭を過ぎるが、所詮は推測。考えても詮無き事

「お二人も急いでください、皆さん屋上に集まっていますよ」

スーツの大人の急かす声に、僕と樋口さんは会議室を出た

「財部先輩、もし今回のことが故意的なのでしたら、僕たちはあの人たちを信じていいのですか」

「さぁね、僕は妹とお金以外信用できない可哀想な男だから、基本的には疑っているよ。まぁ、一億円もらう契約があるから、言わばあの人たちは僕の顧客だ、金蔓としては信用している」

まぁちゃんとお金を用意してくれるまで、顧客としても信用しないけど

「まぁ星食みに殺されるとかなら話は別だけど、僕たちは言わば対星食み用の兵器だ、国もそう易々と兵器を手放すことはしないだろうし、ある程度は信用しても良いんじゃない」

僕はお金貰うまで信用しないけど

そしてこの僕の理屈は、あくまで手放さないだけで、使い方については言及されていない。どんなものだって、使い方が悪ければ、簡単に壊れてしまう

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