第5話 守銭奴とコミュニケーション

気まずい空間というものは、思っているよりも簡単に作れてしまう

例えば、友達の友達と偶然町で出会ってしまったとき、静まり返っている授業中に変な声を出してしまったとき、持久走の授業で一人だけ差がついて最下位を走っているとき

そして

「……」

「…えっと、その…」

「…あわあわ…」

「……」

「……」

見ず知らずの他人数名が一か所に固められ、交流を深めてみようと、放置されてしまったとき

交流を深めるためには楽しく話し合うのが一番、と十条さんが言いだし、我々のような大人がいたのでは自由な発言もできまい、とおまけに余計な気も利かせてくれたおかげで、僕は若干胃が痛いよ

「えっと、せめて自己紹介くらいはしましょうか」

口火を切ったのは、先ほどの説明で僕の次に発言をしていた、ポニーテールの少女だ。気まずいながらも、ちゃんとやらなくちゃ、という心意気は見事だ

「私は福沢通、中学三年生です。いきなりこんなことになっちゃって、まだまだ頭がついてきていませんが、地球や人々、ひいては大切な人を守るために精一杯頑張ります。よろしくお願いします」

勢いよく下がった頭と同時に、パチパチと一人からの渇いた拍手が響いた。自己紹介だけでも前途多難そうだなぁ、僕もそうしている要因の一人だけど

ポニーテールの少女、福沢さんが席に着くと、次に立ち上がったのは短髪の少女だ

「ぼ、僕の名前は樋口高良、中学二年生です。よく女の子に間違われますが、列記とした男の子です。僕も男らしく精いっぱい頑張りますので、よろしくお願いします」

「え、男なの」

思わず口に出してしまった

言われ慣れているのか、特に不快な顔をすることは無かったが、アハハと苦笑いされた

いやだってねぇ、漫画や小説とかで男の娘っていうのは結構見るけど、現実に存在しているとは思っていなかったし、ぶっちゃっけこの中で一番好みの顔しているし、体つきとかもスラっと細いし

「ちょっと、股間辺り触らしてもらっていいですか」

「い、嫌ですよ。男同士で触り合いなんて」

「大丈夫、僕が一方的に触るだけだから。一方的に確かめるだけだから」

「何が大丈夫なんですか、絶対に嫌です」

「何ならお金払うから」

「余計嫌ですよ。なんか変なお店みたいじゃないですか」

残念。まぁあとで連れションにでも誘って確認するか

おっと、福沢さんの視線が変態を見るような目になっていますな。だって気になるじゃん

そうだ、声出したついでに僕も自己紹介するか

「僕の名前は財部円。高校一年生ですね。多分僕が一番の年上だと思うけど、あまり年上の対応みたいなものは求めないでね、高校生なんて所詮はガキなんだから。もらう報酬分はしっかりまじめに働くつもりなので、よろしくお願いします」

「やっぱり年上だったのですね」

福沢さんが納得したような声を出した

「そだよ。と言ってもそんなに差はないだろうけどね」

中学の頃は、高校生ってのは受験を乗り越えバイトもできるようになり、義務教育を受けている人たちなんかよりも圧倒的大人、というイメージを持っていたが、蓋を開けてみれば中学生の延長線でしかない。そんな人間に、妙な期待をされても困る

「先ほどの説明や質問で妙に堂々としていたので、私よりも年上だと思いましたよ」

別にそんな堂々としていたつもりはないんだけどな

まぁいいや、次の人に自己紹介のターンを回そう

逃げるように、隣の人に視線を向けた。僕から向けられている視線の意図に気が付いたのか、ロングヘアーの少女は僕に小さく一礼をして口を開いた

「夏目黒音、中学二年生」

それだけ言うと、全員に向かって小さくお辞儀をした

「え、えっと、それだけ?こう、意気込みとかないかな」

「特には。言われたことをやるだけなので」

言われたことをやるだけ、か

「十条さんから最初に、どんな説明を受けたかはわかりませんが、命がけの戦いになりますし、私たちの肩には人々の未来、大切な人たちの生活が懸かっているんですよ、最近起きている災害が星食みに関するものなのでしたら、既に少なくない被害もあるんですよ。もう少し選ばれたという自覚を…」

「まぁまぁ、良いんじゃない。誰がどういうモチベーションで戦っても」

他人のモチベーションなんて心底どうでもいい。誰がどういう気持ちでいようかなんて、僕の財に害がなければ知る必要すらない

てか福沢さんはちょっと正義感強すぎではないかな

「それに今は自己紹介の途中なんだしさ」

チラッと、暢気に欠伸をしているツインテールの少女の方を見た

僕は早く帰りたいんだから、さっさと自己紹介済ませて仲良くなったフリをして、向こうさんのお望み通りの展開に素早く移行したい

「あ、私喋っても良いの?私は野口千富、小学五年生です。よろしくお願いします」

「小学生、なんですか。こんな小さい子が…」

福沢さんは下唇を噛んだ。小学生を戦わせることに憤りを感じたのだろうな

しかし当の本人は

「うん、私もびっくりしたよぉ。でも私もプリキュアみたいに戦えるんでしょ、楽しみだなぁ」

無邪気に笑った。その無邪気な笑みは、福沢が感じた憤りを嘲笑うかのようだった

さて、これで一応全員の紹介は終わったが、どうすれば良いんだ?交流を深めろと、ガバガバな指示を出されているが、多分僕どの人とも仲良くなれる自信ないぞ

となると取るべき行動は

「さて、自己紹介も終わったし、今日はもういいんじゃない。帰ろうぜ」

「待ってくださいよ、お互いの名前と年齢しかわかっていませんよ、これでは交流を深めたなんてとても言えません」

やはりというかなんというか、福沢さんに止められた

「でもさ、個人情報である名前と年齢言ったんだし、もう十分交流を深めたといえるんじゃない」

「確かに個人情報ですけど、これから一緒に戦う仲間なんだし、もっと仲を深めないと」

「仲深めるって具体的に何すんだよ。僕は嫌だよ、この年になってみんなで仲良くレクリエーションなんて、見ての通りぼっちだから一人で本でも読んでいる方が好みなんだよ」

「…私も、一人でいる方が良い」

おうおう夏目ちゃん、わかってるねぇ

「どうせ私、馴染めないから」

なんか僕みたいなこと言い出したな。まぁ僕は馴染めないと思っても、公言はしないで、ひっそりと離れていくけどね、そっちの方が後々の蟠りになりにくいし

「馴染めないのは、あなたが馴染もうと努力していないからじゃないですか」

「………」

「そうやって無視する。大体さっきの言われたことをするっていう適当な…」

福沢さんがヒートアップしてきたな。だけど多分僕が止めても、ただ夏目さんを擁護しているだけと思われるだろうし

あわあわとしている樋口さん、いや樋口君の方を見た。僕じゃ無理そうだし、樋口君何とか止めて、シクヨロー

え、僕が止めるんですか、と引き攣った笑みを浮かべられたが、意を決したように

「ま、まぁまぁ、福沢先輩落ち着いてください。夏目ちゃんも、無視はダメですよ。まだ僕たちは出会ったばっかりなので、意見の食い違いはたくさん起きると思います、ですが少しずつ擦り合わせて、この大きな試練に立ち向かいましょう。ね」

と、思ったよりも丁寧な止め方をした。マジでこれで男なのか

「擦り合わせって、この子は私たちに歩み寄るつもりがないのよ。それでどうやって擦りあせればいいのよ」

「なら福沢お姉ちゃんの方から、夏目お姉ちゃんの方に歩み寄ればいいんじゃないのかなぁ」

「私の方から…」

「もちろん無視をする夏目お姉ちゃんもいけないと思うけど、歩み寄って来ないから仲良くしないっていうのは、おかしいと思うなぁ」

小学五年生に諭されて押し黙る中学三年生とは、中々珍しいものが見れたな

「そう、ですね。ごめんなさい、ついカッとなってしまいました。夏目さんも、ごめんなさい」

「……別に気にしてないから、謝らなくてもいい」

夏目さんに言葉に、ホッと福沢さんと樋口君の頬は緩んだ

二人は気づいていないのだろうけど、夏目さんの気にしていない、という言葉は決して寛容さや許容とかのプラスなところから来ていない。さっきまでのやり取りは自分にはかかわりのないもの、無関心さから来た言葉なんだろうな

まぁ、誰がどこに関心を持とうと、無関心を貫こうとどうでも良いんだけどね

「さて、雰囲気も少し良くなったところで、お開きにしましょっか」

「まだ言いますか。思い返してみれば、財部さんがそんなことを言いだしたから、さっきのちょっとしたいざこざが起こったんですよ。諸悪の根源じゃないですか」

「諸悪御の根源って、どうせ遅かれ早かれ起こっていた問題だと思うけどね。それに、さっきのやり取りで、なんとなくそれぞれのキャラクターは分かったでしょ」

福沢さんは、少し自分本位なところもあるが正義感が強い女の子。樋口君は、男らしくなりたい優しい男の娘。夏目さんは、周りに対して無関心で福沢さんとそりが合わなそうな女の子。野口さんは、ぼーっとして無邪気に笑う年相応の女の子。そしてこの僕財部円は、クールで冷静沈着、江戸川乱歩やコナンドイルも裸足で逃げだす頭脳を持ち、そして深い慈しみの心を持つ好青年

「それ、自分で言って悲しくなりませんか」

「少し泣きそうになった」

「財部先輩のまとめ方、なんだか漫画とかの登場人物紹介みたいですね」

それを意識したからね

「当の財部先輩のことは、よくわからないですけど」

「ミステリアスな男がモテるからね」

「彼女とかいるんですか」

「妹を彼女にカウントしていいなら、友達以上恋人未満が一人」

「財部先輩って、結構危ない人なんですか」

「その質問で肯定する人はいないと思うよ」

それもそうですね、と樋口君は小さく笑った

「あの財部さん、先ほどの自己紹介の時、貰う報酬分は働くと言っていましたが、財部さんは報酬についての話を、もう聞いてるんですか」

「おやおや福沢さんも、これが気になる感じですかな」

指で輪を作り、少し下卑た笑みを浮かべた。正義感が強い人がお金に興味を示すと、なんだか救われた気持ちになるのは僕だけではないはず

「いえ、そういうわけではなく、私は報酬について全く触れずにここまで来たので、ちょっと気になっただけです」

「もしかして君たち、報酬の話とか聞かずにここに集まったの」

そりゃ流石に自分を安く売りすぎじゃないっスかね。ボランティア感覚で政府だのなんだのの人間と関われるかっての

「初めてこの話を聞いたときにね、僕が戦う条件を出したんだよ。一回の戦闘に対して一億円の報酬を支払うことって」

「一回一億円!?」

ビックリしたな、そんなに大きな出さないでよ

「僕たちはその一回で死ぬかもしれないんだよ、なら一億でも安いくらいだよ。それに今は一億円って言っているけど、今後はもうちょっと吹っ掛ける予定」

「一億かぁ、色々買えるねぇ。お店ごと買えちゃうかも」

「ち、小さい店だったら買えるかもしれませんね」

「…一億。宝くじ?」

野口さんが朗らかに笑い、樋口さんが頬を引き攣らせ、夏目さんが小さく反応した

三者三様の反応を見ていると、震える女の子の声が聞こえた

「財部さんは、お金のために戦うっていうんですか。特別な力に選ばれた責任や義務感、そんなんじゃなくても人々を守りたいっていう正義感、大切な友人や愛する家族を守りたいっていう想いなんかじゃなくて」

「もちろん。僕はお金のために戦い、お金のために生き、物理的にお金に溺れて死ぬ予定だからね。義務や責任なんて下らないし、正義感なんてお金の前には無力、想いで人は守れないよ。正直馬鹿なんじゃないかと思っているよ、今僕たちがどれだけの価値を持っているのか知らずに、易々と自身の労働力を提供しようとしているところが。それをまとめてお金に換えるとって思うと、涎が止まらないよ」

「あなたにとって、お金がすべてなんですか」

「すべてだよ。普通に考えて、お金より大切なものはない」

「一番反りが合わないのは、どうやら財部さんのようですね」

「寂しいことを言うね、僕はみんなと仲良くしたいと思っているのに。このあともう少し吹っ掛ける材料に使いたいから」

僕と福沢さんに、今この瞬間決定的な溝ができた

己の内に秘める正義感に従い、大切な人やその日常を守ろうとする福沢通。人類の危機をビジネスチャンスと捉え、人々を救うというサービス業を営もうとしている財部円

どちらが正しいなんてものはない、どちらも正しいのだから

そして古来より、どちらも正しいという主張のぶつかり合いが、戦争を引き起こしてきたのだ



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