第4話 守銭奴と会合
「なんか、思った以上にこじんまりとしていますね」
とあるビルの一室、会議室のような部屋に通された僕は、中に入ると同時に思ったことを口にしてしまった
ジロッといくつかの視線が僕を刺したが、意に介さず手近な席に腰を下ろした
僕と五十嵐さんの取引が成立した後、二人で仲良く車に揺れられて二時間ちょっと、今僕は大都会と表現しても差し支えない場所に来ている
必要性を感じないからと、こういうところにはあまり来たことは無かったが、いざ来てみるとなかなかそわそわする街並みじゃないか。のんびりと一軒一軒探索して、どんな店や施設があるのかマップを埋めたい気分だ。なるほど、これが旅気分ってやつか
尤も、今僕はここに旅行に来たわけでも、買い物に来たわけでもないのだが。感覚的には、去年何回か行った、高校の学校説明会に近いな
「まぁ説明会にしては、説明を聞く人の数が異常に少ないけどね」
蚊の鳴くような声で零れた
僕を含めて、私服でこの場にいるのが五人。残りはスーツ姿で、壁際や前や後ろに立ち、まるで僕たちを観察しているようだ
おそらく私服組が防人の適合者というわけか、五十嵐さんが遅くなったことを必死に謝っているところから、これ以上人が増えるとは考えにくいだろう。座席の位置は、一番前、一番右、一番左、一番後ろ、そして一番ドアの近く、となんとも初対面同士が集まって一室に入れられたら座りそうな場所だ、みんな距離感を測りかねて、妙に重い雰囲気が作られている。まぁ和気藹々としていたら僕が馴染めないだろうから、これくらいでちょうどいいんだけど
「それにしても」
みんな思ったより若いな。正面からしっかり見たわけではないが、多分大学生や社会人はいないだろう。もっと厳ついおっさんとかが来ると思っていたのにな
そしてこれは勝手な推測だが、僕を除いて一番年上なのは一番前に座っているポニーテールの少女かな、さっきからちらちらと周りを伺っている。あの視線は、なにかコミュニケーションをとった方が良いのかな、みたいな感じでタイミングを計っている委員長タイプと言ったところだろうな。何をすればいいのかわからずおろおろしている右の短髪少女よりかは年上だろう
左のツインテール少女は、座高的に高校生ではないだろうし、持ってきている鞄が日曜朝の美少女アニメのキャラがプリントされているから、小学生まであり得るな。まぁ中学生が、あんなこてこてのキャラグッズを使っちゃダメなルールはないから、全然中学生でも問題ないんだけどね
そして一番後ろで、つまらなさそうにしているロングヘア―の少女は、学校の名前が入っているのカバンを持ってきているため、そのカバンからある程度の年齢は判断できる
「にしても、僕以外全員女ねぇ、ハーレムものの漫画みたいだな」
そう言えば、戦隊もので男四人の女一人っていうのはよく見かけるけど、女四人の男一人っていうのは見たことないかもな
もう少し人間観察に時間を費やしたいところだったが
「皆様こんにちは、本日はお忙しい中お集まりいただき誠にありがとうございます」
と、澄み渡るおじさんの声が響いた。先日うちに来た十条さんが前に立っている
「私は本日この会合の視界を務めさせていただく、十条源二と言います。ここに来るまでの間に、本日の目的を担当の物から聞いていると思いますが、改めて説明させていただきます。皆様は地球や人類を脅かす存在、星食みと戦うために選ばれた戦士たちです。あなた方の行動、一挙手一投足が人類の未来を左右するものと心得てください」
大きく出たねぇ。だけど反応を見る限り、半分くらいにしかその言葉は響いてないよ
真面目に聞いているのはポニーテールと短髪だけで、ツインテールとロングはどこかボケーッとしている印象だ
十条さんは流石に予想通りなのか、特に露骨な反応を示さず、後ろの方で何かスタンバイをしている人に小さく指示を出した
「まぁいきなり言われてもピンと来ないので、今回はあなた方が戦う敵、星食みについて知ってもらおうと思います」
そう言い終わると同時に、ウィーンとスクリーンが下りて、プロジェクターが起動した
学校汚染性とかが、こういうスクリーンを使って授業するときって、どんな先生でも三分くらいもたつくのだが、流れるように準備を進めていく。たぶん違うと思うが、前日みんなで練習してたとかだったら、なんかかわいいな
「あなた方が戦う星食みの映像を用意しました。何人かはすでにご覧になっているかと思うので、それ以外の方はぜひご覧ください」
前方の明かりが消え、スクリーンにどこかの樹海の風景が鮮明に映し出された。そして、の樹海の中を悠然と進む化け物の姿も
「これが星食みの姿です」
これがねぇ
実感を持たせるために用意してくれた映像なんだろうけど、あまりピンと来ないな。合成させた映像とか、CG技術だとかの方がまだ納得できる。以前何かの本で読んだことがあるのだが、警察が鉄砲を使用するときまず威嚇射撃を行うのは、犯人の体に害を加えるのは最後の手段、というのもあるが、その鉄砲が本物であることを知らしめるため、ていうのを聞いたことがある
実感を持たせたいのだったら、もう少し段階を踏むべきだと思うな。ゲームの一場面を見せられている気分だ
「気持ち悪い…」
誰かの声が聞こえた
確かにその姿は、ナメクジとイノシシを足して二で割ったような、ドロドロとした獣のような生物だ。体中は不気味な灰色で、牙や爪はあるのにドロドロ無脊椎動物めいている外見、ふわふわと飛んでいるがずっしりと重量を感じられる迫力、しかも大きさは大体一軒家くらいの大きさだ
星食みなんて、少し洒落た名前がついていたから、もうちょっとスタイリッシュな敵かと思ったけど、こんなものただの化け物だ
観察を優先して見ていたが、正直僕の中にも気持ち悪さがこみあげてくる。僕バイオみたいなゲーム苦手なんだよね
「他にも様々な姿をしていますが、明確にその姿を捉えることができたのはこのタイプだけです」
「様々な姿って、具体的にどんなの?」
気持ち悪さを誤魔化すために、手を挙げて質問をした
「具体的に言うのは難しいですね。見てわかる通り、中々説明の難しい形をしていますので。一応今わかっている中で12タイプの形で分類できます、人型や大型、獣型に鳥型など、因みにこれは獣型ですね」
なんか、ますますゲームめいてきたな、獣型の弱点は火です、なんてメッセージが流れてきそうだ。実は超大規模なゲームのモニターとかだったりしないかな
「さっきその姿を捉えることができたって言ってたけど、それはどういうこと。流石に研究しているのに、敵の映像がこれだけってことは…」
無いでしょ、と続けようとしたときに
「あっ」
と、少女の声がその会議室内に響き渡った。声を出した少女は、その唐突な大きい声を恥ずかしがる素振りを見せずに、スクリーンに釘付けになっている
そこには、化け物が緑生い茂る大きな樹に触れ、一瞬でその大樹が枯れていく映像が流されていた
チョンと触れた瞬間に、生気が失ったという感じだ、ちょっとしたタワー並みの大樹がそうなったのだ、そのスケールは笑えないレベルで大きい。それによく見ると、星食みの体液が落ちた地面の個所は、まるで強力な酸でも垂らしたかのように、溶けて穴が開いている
「一瞬であんな大きい木が…」
「うそ…」
「これが先ほどの質問の答えです。一応これ以外にも撮影自体は成功しているものはいくつかあります、ですがどれも星食みがカメラに触れて、今の現象と同じように急速にその機能を失い、映像が途切れてしまっているのです」
少し納得できない回答だが、そんなものはどうでもいい。そう思えてしまうくらい、今の映像は衝撃的だった。十条さんに初めて会ったときに、話だけは聞いていたが、実際に見ると少し震えるな
「今の映像でわかる通り、星食みが触れたものは急速に生気を失い、植物の場合は枯れ、生物の場合はミイラのようになってしまいます。そしてもっと恐ろしいことに、空でその力を振るえば嵐が起き、大地に触れればそこを震源にした地震が起こります。ここ数年の災害はほとんどが星食みが引き起こしたものと思ってください」
「おぉ怖い怖い。それにしても、ここ数年ねぇ」
つまり、星食みが現れたのは割と最近ってことかな、少なくとも二、三十年くらい前とか、そういう口ぶりではないな。まぁこの辺は後で訊こう
「その、星食みに人が触れるとどうなるんですか。やっぱり、その…」
「えぇ、福沢さんのご想像通りです。人間も例外ではありません、一瞬で生気を吸い取られ死に至り、その死体はミイラのようになります」
「じゃ、じゃあ、そんなものに私たちはどうやって戦えばいいんですか」
福沢さんはポニーテールを揺らして立ち上がった
そのために僕たちなんかが集められたんでしょうに、防人ってやつの力を使うために
「そのためにあなた方を集めさせていただきました。防人に選ばれた適合者として」
スクリーンの映像を停止させ、会議室全体の明かりがついた
「何も今回は、皆さんに恐怖や絶望を抱かせるために集めたわけではありません、むしろメインはこれからです。この後は、戦って勝ってもらうために、世界を守ってもらうために、我々が最先端の科学と大いなる地球の力で開発した超装備、防人のお披露目と、これから切磋琢磨していく心強い仲間たちとのコミュニケーションを楽しんでもらいます」
コミュニケーションはともかく、超装備とやらの開発過程がすごい胡散臭い、どこかの宗教を彷彿とさせる、胡散臭くそれでいて雑だ。この人たち、本当に大丈夫なのかな
「地球の力とか、科学の力とかなんか説明が雑過ぎませんか。まるで僕たちに、過度に情報を与えないように気をつけている、そんな意思を感じるんですけど」
「確かに多少説明不足になってしまっているのは否めませんが、口頭で細かいことの説明をしても、多くの時間がかかることと思います。気になるのでしたら、後日資料を送らせてもらいますよ」
流石に、ここで怯んだりボロが出たりする相手ではないか
是非お願いします、そう言って身を引いた
「その、気になってたんですけどいいですか」
おずおずと短髪の少女が手を挙げた
「その、これは日本だけではなく、地球全体の問題なんですよね。ならどうして、その選ばれた適合者が、日本人に偏っているのですか」
それはこの会場に入ってから、全員が抱いた疑問だろうな。無作為に、とはいかないだろうけど、全人口約70億人の中から何かしらの基準で五人選んだ場合、全員が日本人になる可能性ってのはどんなものだろうか
「その問いは、なぜあなた方が選ばれたのか、という質問にもつながりますね。申し訳ありませんが、地球がどういった意図であなた方を選んだのかは私たちにも不明です。しかし、星食みが発生する率が最も高いのは日本です、それが関係あるのかと私たちは考えています」
ふーん、日本が一番多いんだ。まぁどっかの外国人のまとめサイトで、日本は人災が少ない代わりに天災が多いってのを聞いたことがあるしね。どうせなら天災じゃなくて、天才が多いと良いんだけど
てか、そういうのはさっきの映像の時に言えよ。言っても言わなくても変わらないことでも、受け取る側からしてみれば、隠し事されたって気分になるんだから
「お二人は、何か質問はありますか」
さっきから一言も発さずに、ぼーっとしているツインテールの少女と、ムスーッとしているロングヘアーの少女に視線が注がれた
「……」
「……」
沈黙したのち
「あのおっきなのをやっつければいいんだよね」
「………大丈夫です…」
ツインテールからは能天気な声と、ロングヘアーからは多分大丈夫じゃない『大丈夫』をもらった
「じゃあ僕があの二人の分まで質問しようじゃないか」
そもそも、質問は一人一回なんて制限は設けられてないんだから、誰が何回質問しても問題ないと思うんだけどね。だからそんな露骨に嫌そうになる顔を隠そうとするのやめてくれる、普通に嫌そうな顔された方がマシだから
「星食みが現れたのって、大昔ってほどではないでしょうけど、それでも結構前のことなんですよね。それまでどうやって対抗していたんですか」
「この対策本部ができたのは三年前なのでそれより前のことに関しては確証は持てませんが、そこから三年間は地球と協力して、結界を張り被害を最低限に抑えていました」
「まるで地球に意思のある人間や組織のような言い方ですね。具体的にはどんな風に協力していたんですか」
「星食みが現れるポイントを計算で割り出すことができたので、そこに合わせて土地の栄養になるようなものを送りましたね」
「それを続けていれば、最小限に抑え続けることはできたんじゃないんですか」
「それは問題を先送りにしているだけに過ぎません。今は災害を起こしているだけで止まっていますが、星食み達はいつ直接的な攻撃をしかけてくるかはわかりません、もしそうなってしまったら、どれだけの被害が出るかわかりません。攻めるチャンスがあるのなら攻めるべき、という判断が下りました」
判断が下ったって、別に矢面に立つのはあんたらじゃないのに、随分と勝手な判断なことで
「もう一つ質問。星食みって結局何なの」
「何、とは?」
「敵なのはわかるんだけど、どっから生まれてきて何を目的とした奴らなのかなって思ってね。地球を目的とした襲撃なのか、人類を目的とした襲撃なのかくらいは流石に知っておきたいじゃん」
「生まれは不明です、有力な説は宇宙か星食みが移動している異空間ですね。目的は、その二択ですと地球ですね」
星を食うって書くから、まぁそうなんだろうね
「その先も不明です。どうして地球を狙うのか、その名の通り地球を食べているのか、気に入らないから襲っているのか、それとも何か別の目的があるのか」
「なんだ、高い給料もらっている割には使えないんですね。まぁ別に良いですけど」
小馬鹿にしたように周りの大人たちに対し嘲笑を浮かべて席に着いた
さてと、んじゃさっきまでの説明に矛盾がないか、不可解なところはないか考えてみますか
考えながら、びっくりするくらい、僕は人の言うことを信用していないんだな、と思った。まぁ別に良いんだけどね
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます