第3話守銭奴と出発
「やぁやぁようこそいらっしゃいました、お待ちしていましたよ。なかなか来ないものでしたから、道中何かあったのかと思っちゃいましたよ」
自分でもわかるくらい、胡散臭い笑みを浮かべ、心にもないことをぺらぺらと喋った
「居留守使っといてか」
えー、出てあげたんだからもうちょっと感謝してよね
へらへら笑いながら、玄関まで男を入れた。靴は脱がせないよ
「それで、お名前を伺っても良いですか。そっちだけ知っているのも不公平ですよね」
「あぁ、申し訳ないですね。私は五十嵐と申します」
そこで僕は初めて、男の体全体を捉えた。遊路が言っていたように、四十代くらいのおっさんで、身に着けている時計や指輪は見るからに高そうだ。偏見だけど、金持ちで偉い立場にいる人って、プライド高いイメージ。いじり甲斐がありそうだ
渡された名刺を見もせずにポケットに入れ観察を続けながら、それで、と話を切り出した。僕から名前を尋ねたんだけどね
五十嵐さんは、少し不機嫌そうに眉をひそめたが、感情を形にすることなく淡々と「ええ」と、短く返してきた
「あの件、僕の報酬についてはどんな感じに話が纏まったんですか」
「一回の戦闘に対して一億の報酬って話でしたね。何分、何回あなたに戦ってもらうかわからないため、まとめるのは大変でしたと、十条さんは仰っていましたよ」
「別にどこの誰だか知らない奴の苦労話なんてどうでもいいから、要点だけ簡潔に述べてよ。それともお役人様は案外暇なんですか」
「…そうですね、申し訳ありません。簡潔に述べますと、あなたの出された条件を呑ませていただきます」
「ふーん、あっそ」
僕はポケットから携帯電話を取り出して、ちょっとした操作を始めた。そして顔を上げずに
「因みに、十条さんから僕の出した条件ってどういうものだって聞いているんですか」
と、尋ねた
「先ほど言ったように、一回星食みと戦うたびに一億の報酬って話ですよね」
「なんだ、ちゃんと伝わっていないじゃないですか」
「あれ、違いましたか」
「おいおい、冗談止してくださいよ。全く、取引をまとめるのだからもっと責任感がある人を抜擢してほしいものですね、それともそちらは人材不足なんですか」
雰囲気で、あぁこの人怒っているんだろうな、というのが分かった。まぁガキの戯言くらい、大人としての寛容な心で聞き流してほしいものだ
「僕はあの時、一回の戦闘で一億円の報酬、そして日常生活に不備が起こらないように援助、もし星食みと戦う関係で生活や財に損失が出た場合、別途要求をする、こういう条件を提示したと思うのですが」
「あぁ、そちらの話でしたか。勿論それも呑ませていただきます」
「…ふーん」
これ多分、僕が言わなかったらこっちの条件の方は無かったことにされたんだろうな
おそらく、他の防人の適合者さんには援助と費用の負担を行い、僕に対して金のみを払って帳尻を合わせるっていう算段だったのかな。やれやれ、大人は汚いな
五十嵐さんは持っていたカバンの中から、一枚の紙を取り出した
「こちらは契約書となっております。これにサインをすれば、あなたは本格的に防人の適合者、ヒーローとして、その使命を全うしてもらいます」
「なんか、文字がびっしりだな」
「我々もそれだけ真剣なんです、何せ人類の未来がかかっているのですから」
正直読む気が失せるが
「わかりました、まぁ今ここでサインするわけにもいきませんから、二日ほどこれを読む時間をいただけませんか。別にあなた方を疑っているわけではありませんが、妙な小細工されていたら堪ったものではないので」
疑っているわけではない、信用していないのだ
「もちろん構いません。存分にお読みください、後から難癖付けられるのも、私どもも嫌なので」
失礼だなぁ、別に難癖なんかつけないよ。思ったことを言っているだけ、そして思い通りにならないと、子供のように我儘を言うだけだよ
それにしても、さっき携帯電話で用意した音声録音の記録、無駄になっちゃったな。誓約書を取り出さなかったら、証拠品として大事にとっておこうと思ったんだけど
「それと、本日はもう一件用事があります。この後お時間よろしいですか」
「五十嵐さんが美人キャリアウーマンとかだったら時間があるんだけど、生憎とおっさんに費やす時間は三十分が限度ですね。普通にこの後バイトありますし」
「ご連絡が行っておらず、急で申し訳ないのですが、この後星食みの対策会議と、防人の適合者との顔合わせがあるんです。来ていただいてもよろしいですか」
僕の軽口がスルーされるのは別に良いんだけど
「あれあれ、バイトあるって言ったんだけどな。人の話を聞かないのは流石に如何なものだと思いますよ、五十嵐さんが如何様な人物でも、苦言を呈したくなりますね」
「ですが、そのバイトをお休みすればお時間があるってことですよね。何の連絡もなく急で、あなたの予定を顧みない呼び出し、本当に申し訳ないのですが、これも世界や人類を守るためです。何卒ご理解とご協力をお願いします」
「嫌だよ、バイトと世界や人類って、どう考えてもバイトの方が大切でしょ。時給880円で五時間も働けるんだよ」
どう考えてもバイトを後回しだろ、そんな敬語の崩れた言葉が聞こえたが、人の価値観は人それぞれっていうことでご理解していただきたい
これ以上居座られても迷惑なため、お茶漬けでも作ってやろうと思ったところで
「本当にお願いします、あなたを連れてこないと、防人の適合者全員を連れてこないといけないのです。国のため、人々のため、愛する人のためにお願いします」
勢いよく頭を下げられた
それは見事なお辞儀だった。パッと見プライドの高い男、という印象だったが、どうやらちゃんと頭を下げるときを弁えているらしい
「いや、ホントバイトがあるので無理っス、ハイ」
まぁどんなお辞儀をしようと、どんなことを言われようと、どうでも良いんだけどね
「これからバイトに向けての準備(昼寝)があるので、帰ってもらっていいですか。契約書は読み終えたら、五十嵐さんの名刺の連絡先に電話しますから」
虫でも追い払うかのように、シッシッと手を払った
「……でてりゃ…」
「何か言いましたか。言葉っていうのは言うだけでは意味がないですよ、ちゃんと相手に伝えなくちゃ。伝わらない言葉は、言ってないのと同じですよ」
「下手に出てりゃいい気になりやがってって言ったんだよ」
顔を憤怒で染めた五十嵐さんは、玄関や廊下に響く怒声をあげた
いやはや、少し煽りすぎてしまったかな。でもまぁ世にも珍しい、中年のマジギレが見れたから良しとするか
「おやおや、言葉が乱れてますよ。まぁさっきの薄っぺらな敬語なんかよりも、そっちの荒々しいほうが男らしくて素敵だと思いますけどね。おっと、僕が女の子だったらときめいたかもしれない言葉だったね」
「大人を舐めるのもいい加減にしろよ、クソガキ」
「僕はキャンディーや飴玉はかみ砕いて食べる派だからね、あまり物を舐めることはしたことないと思うんだけどな。あ、でもかわいい女の子はぺろぺろしたいからな、だから幼女や少女や美女を舐めることがあっても、汚らしいおっさんを舐めることは無いよ。ていうかさ、頭下げて一生懸命お願いしたら人が動いてくれるなんて、都合のいい展開本当にあると思っていたんですか?あなたどんだけ自意識が高いんですか。あなたがどれだけ偉いかなんてどうでもいいですし正直興味もないですから知りませんけど、僕からしてみればあなたはその辺の路傍の石と大して変わらないんですよね」
憎たらしい笑みを浮かべ、火に油を注ぐ用に挑発をつづけた
勿論すぐに、胸ぐらを掴まれたけど
「きゃーこわーい」
「お前のふざけた言葉聞いているとイライラするんだよ、これ以上俺たちに迷惑かけるんじゃねーよ」
「牛乳でも飲みますか、きっとカルシウム不足ですね…」
言い終わる前に力が込められ、顔を近づけられた。マズイ、このままでは僕の神聖なるファーストキスが、マジギレしているおっさんのものになってしまう。この損失は世界遺産の焼失並みだぞ
「次訳の分からないこと喋ったら、手足を縛って無理矢理連れていくぞ。それが嫌なら黙って俺についてこい」
「もしそうしたら、さっきの契約書燃やさせてもらいますよ。勿論星食みと戦う話だって水に流させてもらいます。僕を除いた適合者さんは何人か知りませんが、僕以外の人たちで世界でも人類でも守ってください、仮に僕を無理やり戦わせるような状況を作ったら、他の方の足を引っ張ってしまうかもしれませんから、変な事は考えないでくださいね」
「お前、それが何を意味しているのか分かっているのか」
「ばっかだなぁ、わかっているから脅しに使っているんじゃん。僕は心底世界も人類も愛する人とかも、どうでもいいと思っているんですよ」
胸ぐらを掴んでいる手の指をつかみ、逆に曲げることで手を放させた
全く、お気に入りの部屋着が伸びてしまったじゃないか、これは弁償してもらおう
「さて、ご理解いただけたようなので、さっそくお引き取り願います。まぁ次はタダで人が動くなんて都合のいい妄想は控えてくださいね」
「……何が、望みだ。どんな条件なら、今日来てくれるんだ」
必死だねぇ、そんなにその顔合わせと説明会が大事かね。まぁ多分大事じゃないんだろうな、大方五十嵐さんが僕を連れてこないと上の人に怒られちゃうからとか、そんな感じの理由なんだろうな
「さぁ、僕自身何を望んでいるかわかりませんからね、今度の長期休暇に自分探しの旅にでも行こうかな。あ、駄目だ、バイトがあるんだ、長期休暇は稼ぎ時だからなぁ」
「今日得られるであろうバイト代、それを俺が払う、それならどうだ」
やれやれ、最初からそう言ってくれれば僕も大人しく交渉のテーブルに着いたのに
まぁあくまでテーブルに着くだけだけど
「別に、今日普通にバイトに向かったらそれだけの報酬は得られるんだから、その程度なら、行き慣れたバイトのほうに行かせてもらうよ」
「なら一万円を支払おう。確かさっき880円で五時間って言ってたよな、倍以上の日給だ」
うーん、悪くはない。だけど
「さらにその倍の二万円で」
ここぞとばかりに吹っ掛けてきたって思われただろうけど、一応ちゃんと考えたんだよ。半分以上言いがかりみたいな主張だけど
「まずはバイト代より多く貰うのはもちろんだけど、ここでは多く貰う、なんて曖昧な表現ではなく明確に、関東圏のサービス業の店長やマネージャーの平均時給であるとしよう。確か1141円だったから、それの五時間分5705円、これは代替時給ってことで」
「まぁわからなくはない主張、だが…」
渋い顔をしながら唸る五十嵐さんを横目に、僕は饒舌に言葉を続ける
「どこで顔合わせや戦いについての説明をやるかは知らないけどたぶん首都のほうでしょ、ここから首都圏まで最低でも二時間近くかかる、往復で四時間だ、この移動時間も考えるととても五時間で終わる内容ではない、その越えた分の時給。更には家に帰るともう夜中だ、流石にそこから夕飯の準備をするのも面倒であるため、今夜は外食化お弁当ってことになる、しかも僕の分だけじゃない、一食千円だとして妹の分も含め二千円は必要だね。それに僕は夜のうちに明日の朝ごはんの準備をするからね、夜中に帰ってきたらそれもままならない、だから明日の朝食代を二人分ってことでもう二千円」
この辺はもうほとんど言いがかりだ、だけど予定していた出費以上になってしまうのは、僕としては看過できない。この人がこの話を持ってこなかったら、発生しなかった出費だし構わないだろう
「他にも、バイトをドタキャンするという店長に対する不義理を働く慰謝料、これから他の人に入ってもらうために色々と連絡する労力や後のお詫び品の用意。バイトってのは人間関係が大事なんですよ、店長ともバイト仲間とも良好な関係でいたいんですよ」
一応、一回ドタキャンしたからどうこうっていうバイト先ではないが、そういうバイト先であるからこそ、ドタキャンするのが申し訳なくなるんだよねぇ。同じく、こういう急な変更を良しとしてくれるバイト仲間だからこそ、お詫びをしたいと思えるんだよ
「あと、さっき僕の部屋着の胸ぐら掴んで伸ばしたからそれの弁償代、そして僕のことを胸ぐらを掴むレベルで嫌っている奴と数時間行動を共にしなくちゃいけないという心的ストレス分ももらいたいな」
「おい、最後のはもう完全に言いがかりじゃねーか」
「まぁ、そうだね、五十嵐さんと一緒に行動するのは時給に含まれているからこれは抜いても良いか、まぁそれでもキリが良いから二万円で」
片手でピースサインを作った。全然平和でもなんでもない話し合いだったけど
「それで、どうしますか。と言っても、あなたにはほとんど選択肢なんてないと思いますけど」
「チッ、わかったよ、この後上に掛け合って「先払いの現金払いでお願いします」
大きな声で被せた
「約束を反故されては堪ったものではありませんからね。安心してください、お金さえいただければグダグダとお時間を引き延ばすことはしませんよ」
誰をどんな形で騙そうと、お金には誠実であるってのが守銭奴の誇りだからね
五十嵐さんは、忌々しく僕を睨みながらも、革の黒い財布から一万円札二枚を取り出し、乱暴に突き付けた
「いやぁ流石御国のために働く男ですね、学生にとっては大金である二万円をいとも容易く渡してもらえるなんて。僕も将来はスッと簡単に二万円くらい取り出すような、懐にも心にも余裕のある男になりたいものですね」
そう言いながらしっかりのお札を吟味し、ポケットに入ってあった自分の財布に入れた
「では少々お待ちください、出かける準備をしてくるので」
玄関の扉を開け、外に出るように促した。僕がこのまま約束を反故する可能性もあるが、信用のおけない人間を家に入れたまま自分はその場を離れる、なんて危なっかしいことはできないと説得した
「さて、お金をもらった以上はちゃんとやらないとねぇ、あの人は今後とも毟れそうな気がするし。何事も最初が肝心ってね」
40秒で支度するのは無理だけど、三分は切りたいところだ。金を払ったら、仕事が速いって印象を植え付けないとな
僕は鼻歌交じりに携帯電話をいじり、バイト先とバイト仲間に欠席の連絡を入れた
特に問題もなく快諾を得られたが、その分少し、ダシに使ってしまったことが申し訳なくなった
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