第2話 守銭奴と妹

「お兄ちゃん、あの二人は結局なんだったんですか」

「十条さんと二宮さん」

「いえ、名前を聞いているんじゃなくて」

いつの間にか部屋から出てきていた妹は、僕の後ろの壁に凭れかかっていた

僕は玄関の鍵をかけ、チェーンを結んだ

「何の用事だったんですか」

「さぁ?僕とちょっとお茶しに来たんじゃないの、ほら僕って人気者だから」

冗談めかしてリビングに戻り、二人に出していたお茶をお盆にのせた。ふむ、あの二人が座っていたソファに異常はないな

「そういう冗談は、せめてお友達を作ってから言ってくださいよ。お兄さんいつも一人だよねって昔散々言われたんですから」

同じ学校に通っていたことのある兄妹あるあるだな、兄の醜態が妹の耳に届く。情けない限りだ

「僕に頼みごとだとさ、何でも世界の危機に瀕したから、僕の力が必要になったらしいぜ」

「もぉ、変な事ばっかり言わないでください」

本当のことを言ったのに怒られてしまった。まぁぷんすか怒る遊路の顔も可愛いから、全然いいんだけどね、あぁ、頬を膨らませてわかりやすく、怒っていますよアピールしているのとか最高かよ

「あ、そういえばさ、防人ってどっかで聞いたことあるんだけど、なんだったっけ」

「確か飛鳥時代や平安時代の軍事制度でしたよね、今でいう警察や自衛隊とかですね」

ぷんすか怒りながらも、ちゃんと聞いたことには答えてくれる優しい妹である

にしても軍事制度か、穏やかじゃない単語だな

「防人、防人ねぇ」

「防人がどうかしたのですか。さっきの方々の話と、何か関係があるんですか。お兄ちゃんに歴史関係のお話?」

いきなり聞いてきたら、そう考えるのが自然だよな

「何でもないよ、それよりも今日の夕飯野菜炒めでいい?」

これ以上僕に対して追求が不可能と踏んだのか、つまらなさそうにため息をつき

「それで構いませんよ」

怒り顔から呆れた顔に変わった

「お兄ちゃんの問題に、足を踏み入れすぎるのはあまり良いことではないですしね」

「理解のある妹で助かるよ、遊路」

「でも、無理はしないでくださいよ。お兄ちゃんは昔から、話をはぐらかすときって無理している時、自分の手に余る問題が起こった時なんですよ」

そうだっけか、そう言われればそんな気がしてくるけど

「高校受験の勉強で夜遅くまで頑張っていた時だって、私に負担をかけないように、朝早く起きて朝ごはんとお弁当を作ってくれたし、部活で忙しい私に代わって休日だって、休むことなく勉強と家事を両立してくれたじゃないですか」

出来の悪い兄と出来の良い妹なら、兄が妹をフォローする、当たり前の構図なんだがな

「そうだな、去年は死ぬかと思った。だからもっと感謝しろよ、大丈夫、お兄ちゃん大好きって満面の笑みで言ってくれたら頑張れるから」

「感謝はしてます、それくらいで喜んでくれるのなら何回だって言います、ですがその結果が…」

「いやぁ、あの時はびっくりしたよ、意識がいつの間にか無かったんだもん」

気づいたら病院って怖いよね

一応軽い寝不足と過労だったんだけど、負担をかけまいと努力した結果心配をかけるなんて、本末転倒も良いところだな

「あの時だって私は何回も、家事くらいは変わるからお兄ちゃんはゆっくり勉強頑張ってくださいって言ったじゃないですか。それなのに、ぬらりくらりとはぐらかしてたじゃないですか」

僕はバツが悪くなり、台所に向かった

「まだ他にもあります、二年前だって…」

「分かっているよ、流石に僕だって何とかなるものとならないものの区別くらいはつくようになったさ、何かあったら相談するから、その時は力を貸してくれ」

「はい、いつでも待っています。お兄ちゃん力になれるのが、私だって嬉しいんですから」

僕は結構シスコンだと思っているけど、遊路も遊路で結構なブラコンだよな。まぁブラコンの可愛い妹なんて、シスコンの夢みたいなところがあるから、このままで良いか

「…別に遊路の言葉に感化されたわけではないけど、少しさっきのこと、というよりこれからのことを話しておく。多分これから先、さっきの二人、十条さんと二宮さんみたいな人、あの二人の関係者が来ると思う。今回は初対面ということで、ある程度は友好的だったり下手に出てくれたけど、次からはどう出てくるかはわからない、下手したらお前に危害が及ぶことだってあるかもしれない」

一応釘を刺しておいたけど、どこまで効果があるかは未知数

僕に言うことを聞かすために遊路を脅しの材料に使ってくる可能性も、十分にある

「何でそうなったのか、聞いたら教えてくれますか」

「詳しくはまだ教えられないけど、簡潔にまとめると、僕があの二人に喧嘩を売っちゃったからかな」

「…詳しくは聞きませんよ」

少しげんなりとしていた。流石生まれた時からの付き合いなだけあって、どんなことがあったのか予想ができたらしい

「だからさ、今後防犯対策をしっかり頼むよ、当たり前だけど鍵はしっかりかけるし、相手がどんな人でも、知らない人に話しかけられたら基本無視する」

「子供じゃないんですから」

「ついさっき、知らない男の大人を自分しかいない家にあげた奴が何を言う」

「十条さんのほうは見たことあったので、厳密に知らないとは言い切れません」

僕が言いそうな苦しい言い訳だな。なんかこういうことを聞くたびに、成長したなぁって思うよ、次はこういう言い訳をせずに形だけ謝罪の言葉を述べる、という成長があるから楽しみだな

「何にしても、要警戒週間実施ってことで」

しかし、僕のそんな心配を嘲笑うかのように、一週間ほど変わり映えのしない日常が続いた

変わらず僕は高校に通い灰色の高校生活を送り、変わらず友達も増えず、変わらずぼっち飯に勤しみ、変わらず休み時間は一人で携帯電話をいじっていた。遊路の方にも特に変わったものはない、接触してくる人物、どころか不審な人影や気配はすらない

ただちょっと、ニュースで報道される自然災害が多くなったように感じた

十条さんと二宮さんの来訪を忘れかけてきたある休日

ピンポーン

インターフォンの音が、家の中に響いた。家事を一通り終え、バイトの時間まで昼寝でもしようかなと思っていた矢先にだ。ソファに横になり、携帯電話のアラームを設定し、押し入れから取り出した毛布を肩までかけたところでだ

これもう無視で良いよね、どうせこの家のインターフォンを押す奴なんて、何かのセールスかご近所さんだろ、居留守しようっと

「良いんですか、居留守をしても。大切な用事なのかもしれませんよ」

家全体に響き渡る以上、自室で勉強していた遊路にまで聞こえるのは当たり前、インターフォンの音が聞こえて、僕が動いた音が聞こえなかったことを不審に思い部屋から出てきたようだ。不審に思いながらも、ちゃんと足音を殺して歩くあたり、僕が居留守を使っているんだなってわかっているのだろう

「…モニターに顔映っているだろ、誰だか見てくれ」

「分かりました」

「音は…」

「立てませんよ」

居留守はばれた時の心象がかなり悪くなるからね

「どんな奴、美少女?イケメン?美少女だったら応答して、イケメンだったら女の子紹介してくれないか聞いてみて」

「スーツの男の人です、四十代くらいの」

「じゃ、無視で」

スーツの男が学生しかいない家に尋ねるなんて、嫌な予感しかしないんだけど

僕は自分にかけていた毛布を頭まで被り、インターフォンの音もモニターに映る男の姿も自分から切り離した

何回かピンポーン、ピンポーンと鳴らされたが、三分くらいしてやっと諦めたのか静かになった

「もう帰ったのか」

「まだいます。どこかに電話をしているようですが」

つまりセールスって訳ではないか、どこかの組織の人間が、僕か遊路に用事があってお宅訪問、だけど留守だから上司に次の指示を仰いでいるってことか。すぐ電話を使うあたり、結構急ぎの用事みたいだな。この家に急ぎの用事、いつだか来たあの二人、名前なんだっけ、なんか数字が入っていた名前のやつら関係ってのが濃厚だな

「あ、行っちゃいました」

「あっそ、そりゃ良かった、これで安心して昼寝ができるよ」

「別に何か用事があるわけではなくて、お昼寝がしたいだけだったんですね」

「確かに昼寝がしたいってのもあるけど、絶対話が長くなりそうじゃん。聞きたくもない話を長時間聞かされるのって、お金でも貰わないとやってられないよ。僕のバイト時給880円だから、三十分話を聞くだけでも440円以上貰わないと割に合わない」

「三十分440円って聞くと、なんだか安い気がしますね」

「440円を馬鹿にしちゃだめだよ、それだけあれば少年漫画の単行本一冊税抜きで買えるし、一食として使ったら結構贅沢できる、節約すれば三食分おかずが一品増える」

「それはそうですけど、なら私がお兄ちゃんに440円払えば、三十分間お兄ちゃんを好きにしても良いってことにならないですか?」

「まぁ、常識と法律と倫理が許す範囲で僕がOKを出したらね。何?なにか僕にお金を払ってでもやってほしいものがあるの。言っておくけどバイトの時給ってのは、設備が整っていたり働きやすい空間ができていたりして、それを差し引いての時給だよ。しかも、バイトは僕の方から働かせてくださいってお願いしに行くけど、頼みごとを受けるときは、僕の方が立場は上だよ」

「要するに、私がお兄ちゃんにお金を払ってでも頼みごとをしたいときは、一時間で880円では足りず、経費は別途要求されるってことですよね」

言わんとしていることは伝わったようだが、妹に何の話をしているんだろう、僕。妹の頼みごとを聞くだけでも金銭を要求するとか、なんか情けなくなってきたな、他の奴なら搾り取れるまで搾り取るんだけど

「ふふ、大丈夫ですよ、お兄ちゃんはそう言いながらも、何だかんだ私から一度もお金を請求したことがないんですから。お兄ちゃんは守銭奴でお金に汚いけど、兄としての責務は果たしていますよ、私が保証します」

「僕そんなに心配そうな顔してた?」

「罪悪感を覚えているんだろうなって思いました」

流石生まれてからずっと一緒にいるだけあって、僕の表情で、どんなことを考えているのかお見通しらしい

「多分無駄だと思うけど一応強がってみるよ。別に僕はお前に金をせびることを恥でも情けないこととも思っていない、ただ無いところにお金を請求しても時間の無駄だと思っているだけ」

僕はあるところにしかせびらないよ、例えばお国とかね

「じゃあもし私が高校でアルバイトを始めたら、私が頼みごとをする度に請求するんですか」

「覚悟しとけよ」

「怖いお兄ちゃんですね」

楽しそうに笑いやがった。ドヤ顔で覚悟しとけよ、なんて言った僕が恥ずかしいじゃないか

まぁ、毛布を掛けて横になっている男が何をやっても締まらないんだけど

そんな締まらない男を、暖かい笑みで眺めながら遊路は部屋に戻ていった

「全く、なんか最近舐められている気がするんだよなぁ。もっとこう、兄の威厳をビシッと見せつける必要があるな」

例えばそうだな、もういい年なんだし世界とは言わないけど、町の一つでも救ってみようかな

少年漫画を読んだ少年のように、町を襲う悪人相手に無双をする妄想をしながら、ウトウトとしていると

ピンポーン、と再びインターフォンが鳴らされた

直観だが、さっきの男だとわかった

「さては居留守がバレたか、まぁバレたからと言ってどうでもいいんだけど」

だって出ないし。居留守は貫いてこその居留守だ

『いるんでしょ、財部円さん。十条の部下です、先日の取引の件でお話をしに来ました』

なんか借金取りみたいだな

にしても、十条さんか、そうだ十条だ思い出した、そんな感じの名前だったな、この間来たおっさん

ってことは、この人も政府関係者ってことか。余計出たくなくなったな

と、そこで携帯電話が震えた。学校に行くのに電車を使うため、常にマナーモードになっている僕の携帯電話は、こういう隠れていたいときに便利だな

画面には遊路の番号が表示されている

「家の中にいるんだし、さっきみたいに直接来いよ」

『さっきちょっといい雰囲気で部屋に戻れたのに、またすぐそっちに向かうって何か嫌じゃないですか』

気持ちは分からないでもないけど

『それより、本当に出なくていいんですか、十条さんの部下ということは先日のことですよね。名指しで取引の件って言っていますよ』

「そうなんだよね、正直出たくないけど、出ないと後が面倒だよね。とりあえず、遊路は部屋から出ないでほしい、無意味かもしれないけど警戒するに越したことは無いから」

『わかりました。心配してくれて、ありがとうございます』

電話を切り、寝転がっていたソファから立ち上がった。さてさて、いくらほど儲けられるかな


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