第28話 兼定が吼える

 正面から集団に近寄り、最初の相手にスコップを突き込んだ。ばったりと倒れる一体を見下ろしてから一歩引いた。死にかけが集まってくる。ひきつけながらゆっくりと逃げた。包囲させないようにジグザグに後退した。最初に粗密をよく観察して、逃げ道は確保してある。


 後退するうちに、そいつらは僕を指す矢印の先端のような形を描き始めた。それがこいつらの習性だ。この矢印の中に、どれだけたくさん入れられるかが勝負だ。この団体様が増えれば増えるほど、その分、外からは減っていく。徐々にアスファルトが見えていく。


 ふらふらと揺れる死にかけをかき集める。左斜めに、左斜めに、後ろを確認しながら。気温のせいで動きは速くない。入口のそばに大半をかき集めたところで、群れの外周を時計方向に走った。


 人間、特に日本人には右利きが圧倒的に多い。その癖が残っているから、何かが近づいたら右手を出す。右手の外側に入れば、追撃はこない。これがじいちゃんに聞いた最後の戦術だ。


 左へ、左へと走る。入口へ走りこめる距離になった。鍵はかかっているか? 隙間が空いている。中へ入れるぞ。


 横たわる死体を飛び越えて駆け込むと、自動ドアを手でこじ開けた。すぐにぐっと力を込めて戻す。集まった死にかけは入ってこない。自動ドアをこじ開ける習慣がないからだ。壁をたたくパントマイムの芸人みたいにドアに張り付いた。


 いよいよ建物の中だ。薄暗い病院のロビーにも団体様が居座っている。入ったらすぐにすっと横へ動く。中にいる奴らのうち、半分は黒くなった自動ドアへ体を向けたけれど、残り半分はそうじゃない。僕という『珍しい動き方をするなにか』に近よってくる。


 一体が僕に手を伸ばす。スコップと木刀を十字に組んで腕を受け、左右に分けながら木刀を目玉に刺し込んだ。肩の力を抜いて、体幹を崩さないように。音が響き、さらに集団が集まって半包囲される。でも焦りは全くない。歯を一度食いしばり、小さく息を吐いた。スコップを振り上げ、頭の後ろから遠心力の限りを使って横なぎに振り回し、死にかけのコメカミにスコップのふちを叩き込んだ。返す逆方向の回旋で残りを追い払った。


 包囲が甘くなる。一歩退いて、スコップを集団の頭をかすめるくらいの高さに投げ込んだ。かなりの数がそちらに目を奪われる。さらに発煙筒を取り出してこすり、別の方角へ投げる。そっちにも集団が分散した。隙間ができていく。このタイミングで階段へ移動する。短距離みたいに走った。


 目の前に立ちふさがった制服の警備員がこちらを向き、警棒を突き出そうとする。その腰へ鋭く横蹴りを食らわして動きを止め、続いて頰に木刀をめり込ませた。暗い廊下に白と銀色の歯が飛び散りからから音を立て、遅れて本体が仰向けに倒れて痙攣する。上から踏みつけてとどめを刺す。警棒を奪い取った。


 二階へ。三階へ。ライトは必要なかった。あらゆるところがガラス張りになっていて、外は暗いのに見通しはいい。腰を落としながら階段を滑らかに上がる。音に反応したのか、上からいくつかが降りてきた。一体の脛に木刀を叩き込み、バランスを崩したところで警棒を真上に突き上げ、喉を貫いて後ろへ落とす。


「おっと……?」


 死にかけが反射的に木刀をつかんだ。警棒を喉に立てて木刀を握ったまま、ガタガタ音を立てて落ちていく。


 階段を降りて木刀を拾う。さすがの枇杷も先端が折れていた。追ってきた別の首へ、ギザついた先端を叩き込む。引きながら誘導してさっきの奴へ重ねた。拳の小指側で柄を叩いて田楽刺しにする。警棒も木刀もなくなり、両手は空になった。


 ここからだ。


 まだまだ踊り場から降りてくる。黒目が僕の視線をとらえている。裂けた大きな口を開いて、にじり寄るように一段ずつ。


 いろんな人から、いろんなことを習った。どれひとつ極めていないし、もうどれひとつ習えない。けれど、ここまで僕の身を守ってくれた、かけがえのない技術だ。僕なりに仕上げた結果を出そう。


 左手を鞘に。右手を腰の武器に。


 これは呼吸と同じ。できて当たり前のこと。考えることも感じることもいらない。いくぞ、本番。


「ユミ。奇跡の準備はできたよ」


 必死。必殺。


 兼定を抜いた。ひょうたんをつかんで口に水を含む。力を込めて白刃へ吹きかけた。水色の霧と半分の太陽を受けて、鋼鉄がぎらりと輝いた。


 整えた手の内が蝦夷拵を柔らかく握る。走った。正面に立ちふさがる相手。首を真横に薙ぐ。奇妙な音をこぼして首が転がり、胴は階段の下へ倒れた。


 奥に次の二体。正眼に構えて無言で二度、下腹へ力を込めて左右へ振る。


 ごとり。


 ごとり。


 棚の上に置いてある花瓶を、一つ一つ床へ転がすように。頭を起こせ。目を開け。下腹に力を入れろ。


 斬った。


 次を斬った。


 その次を斬った。


 全身の熱が切っ先を操る。一つの生物を一撃で二つの塊へ変えていく。ものすごい斬れ味だった。豆腐やバターなんて比較にもならない。何も斬っていないみたいだ。血の痕もとどめず、音も立てず、次々に首が胴から離れていく。


「おおおっ!」


 連続で首を突き、蹴り飛ばしながら上へ。後ろから上ってくる相手の頭蓋骨を刀の束で打つ。二体を巻き込んで階下に倒れる。


 疲れていない。全身が動く。機械のように命を断っていく。体が完全にこの武器のために調整されていた。ついに六階へたどり着いた。


 半分になった日光が兼定を照らしていた。その先にも並んだ目がみえる。もう恐怖も困惑はない。


 血を拭いて、抜き身を持って駆けた。兼定は何も語らず、ただ僕の手の先で光っている。神聖な力だとか武士の心がどうだとか、日本刀にくっついてくるお決まりの伝説はここにはない。


 ただ、気合が爆ぜる。兼定が斬る。そしてすれちがう亡者が死者になる。

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