第19話 大人数は難しい

 セント・ポールから駒沢へ、女子中高生が二〇人、徒歩で移動。僕も実際に反対側を歩いてきたけれど、それはじいちゃんやショウさん達と一緒だった。今回は戦える人たちじゃない。


「兄貴。二〇人、駒澤までどのくらいでいけるかね?」

「何もなければ歩いて三時間だろ。ただ何かあるからな」


 ショウさんの返事を聞いて、ネコが腕を組んでうろうろと歩き回った。窓から朝日がさしてくる。今日はよく晴れそうだ。天気予報はどのサイトもアウトだったから、これから天気がどうなるかはわからない。今日はチャンスだ。問題は、どう行くかだった。


「自動車はダメだろ。自転車も多摩川でボートに乗ったらダメだろ……うーん、HIKAKINみたいなナイスアイデアはなかなか出てこねえな。ユーハさん、武器は何があるんだっけ」


「武器は設備のさすまたね。あとは……私は切ったモップに縛った包丁。他にはやり投げの槍と砲丸……消火器?」


「まくのか?」

「殴るのよ。後ろからしか使えないけど」

「イマイチだなあ」


 ネコがどかっと椅子にかけた。壁に背を預けて同じように腕を組んでいるユーハさんも、たしかにね、と考えあぐねている。ただこの二人は相性がいいみたいで、ぽんぽんと会話はつながっていった。


「武道とかの経験者は何人いるかな」

「私のフェンシングだけよ。他はテニス部、陸上部、料理部、吹奏楽部、美術部」


「うーむ、さすがというか。うん、やっぱりあんたらだけじゃ無理だな。邦彦どうする。一度戻るか。それともお前ひとりで行くか」

「僕は戻るってことはありえないよ。少しでも前に進む」


「そうか……どうするかな。全員で相模原へ行くのは、それはそれでないしなあ」


 この先、駒澤みたいな避難場所があるかはわからないから、それはわかる。ショウさんはあまりはっきりは言わなかったけれど、本当は僕に来てほしいようだ。でもネコはぴしゃりとけりをつけてくれた。


「兄貴、とにかく邦彦だけは好きにさせてやろう。あたしらは食って寝た恩もあるし連中を大学へ送るけど、あとで追っかけるよ。何か所か目印決めて、それにバカでっかく行き先書いときな」


「嬉しいけど、追いつくの無理じゃない?」

「鍵刺さったバイクがたくさんあるから、それをかっぱらって追っかけるさ。あれなら車道がふさがっててもなんとかなる」


「ネコ、バイクに乗ったことあるの?」

「兄貴のドラスタ、何度も借りたことがあるぜ」


「免許持ってるの?」

「兄貴はな」


 改めてネコのたくましさを尊敬した。それに、とにかくネコは僕を応援してくれる。ユミを追う話になると必ず味方になってくれる。何かネコなりの理由があるような気がしたけど、今は聞けなかった。


「兄貴、とにかくあたしらは連中をどう連れてくかだ。二人で護衛と陽動やるにしても、本隊がどう自分を守る?」


 ショウさんはそれまで一人で考えていたけれど、ここで全員で何ができるか、どのくらいできるかの相談が始まった。ネコは何度も、女の弱さをなめちゃいけねえよと繰り返した。死にかけももともと半分は男で、六〇キロ以上の体重を跳ね返したり突き刺したりするには全然力が足りないと言った。ネコはたった四六キロで、僕より十五キロ以上軽い。それを克服してきた言葉には重さがあった。


 ふと、窓の外を見た。遠目に豆粒のような黒い塊がうごめいている。僕も彼女たちに何かを残したかった。ノートを見た。じいちゃんが教えてくれた、ヒントになりそうなものを。


『有効なもの:長いもの。包むもの。刃物。音や光が出るもの』


 どう考えればいいだろう。長いもの。長い武器は少ない殺意で殺すことができる。包むもの。包めるものは相手の動きを止めることができる。刃物。昨日もショウさんに言われたけど、殴るよりも刺す方が圧倒的に効果がある。そして音や光がでるのは発煙筒を使ってわかった。


 これを組み合わせて……


「テニス部の人、いましたよね。じゃあネットはありますよね?」


 立ち上がると全員に聞いた。一人が用具室から持ってこられると言った。さすまたとやり投げの槍、モップもあるそうだ。ショウさんとネコが興味深そうに僕のノートをのぞき込む。そこに、僕のアイデアを書き込んでいった。


「こんなのでどうでしょう。まず二人ずつペアになって、前後左右に四角く並ぶ。さすまたを外側に向けて、ネットを支える。ペアの片方は上を、片方は下を。これで八人の作るひし形の中には死にかけが入ってこられなくなります。何もないときはさすまたを上を向けれてれば疲れない」


「集団でつっかかってきたら、支えるのはいつまでも持たんぜ」


 ネコが反論したけれど、それは駒澤大学で自衛隊の人たちが指導してた方法が使えそうに思えた。


「うん、だから集団が来たら、下がりながら内側いる人たちで、包丁を結んだモップか、やり投げの槍で網の隙間から突き刺して殺す。それなりに大変だけど、一対一で戦うよりは動きも鈍い。ノドとか目とかを突けないかな。網があるだけ抜きやすいはずだし」


 全員がノートをのぞき込む。それを聞くと半分は青い顔をしたけれど、あと半分からは「できると思う」って答えもでてきた。


「今ので十二人。残り八人はどうする?」


「交代要員だよね。あと、車に置いてある発煙筒があるから、それをたくさん集めておいて、よってきたら投げる。テニス部の人いるんですよね? ラケットを使って火のついた発煙筒を飛ばしたらいいと思いますよ。あいつらは目にとまったものへ向けて歩くから、気をそらせるんです」


 うーん……と、ネコがむずかしそうな顔でうなったけれど、それからふむ、と区切って、じろりと僕のほうを見た。


「やるじゃねえか」

「そうかな?」


「HIKAKINもびっくりのアイデアだぜ」

「いや、それはどうかな……」


「いけると思うぜ。邦彦、意外と実戦派だな。あたし様はピストルを警察からかっぱらってくるかとかばっかり考えてたけど、ずっと現実みがある」


 ネコが苦笑いでショウさんへ目を向ける。それまでじっと考えていたショウさんも、これをきっかけに話し始めた。


「俺も邦彦の方法がいいと思う。俺は夏だし多摩川を下りながらいけるかって考えてたけど、流れはそこそこ急だし、せき止めてるところを超えられねえ。その道具の組み合わせならボートにも乗せられる」


 そこから先は早かった。道具を用意して、まずはさすまたで四角くネットを支え、中からやり投げの槍を突き出すようにしてみる。校門を開けて、三体、目の前をうろついていた奴らを通り過ぎれるかやってみた。それまで武器なんか一度も持ったことのない人たちが、覚悟を決めて槍を突きだす。最初は押しこまれたけれど、二分もしないで彼女たちだけで三体を片付けられた。戻って校門を占める。全員で水と食事をもう一度補給してから出発することにした。


「いけそうね」


 ユーハさんが言った。包丁を括り付けた槍を叩き込んだサエコさんも、これなら繰り返せるって自信を見せてくれた。ここにネコとショウさんがついてればなんとかなるだろう。


 役に立ってよかった。ユミのことは第一だけど、僕だけ恩を返さずに離れたくない。ほっとして、みんなに一足先に出ると言ってリュックサックを背負った。ショウさんが、最後に僕の方に手を載せて、バッグから何かを取り出した。


「くれぐれも急ぐなよ。それと偉そうな忠告で悪いが、これから先、生きてる奴はいてもその全員が仲間で、必ず助けてくれるわけじゃねえからな。善意の手がいつも待っていると思うな。競ったり争ったりすることになるかもしれない。お前は素直すぎるからな。あとこれを持っていけ。メッセージを書く赤マジックと、あと二つ。クマよけの電子銃と業務用のアルカリ洗剤だ。囲まれたらこいつで耳と目をつぶせ。鼓膜のねえ奴や見えてねえ奴もいるけど、七割方は動きが止まるはずだ」


「わあ、隙あらば出てくる兄貴の謎グッズ」

「いいから取っておけ」


 受け取った武器をウェストポーチに入れ、ネコとショウさんと固く握手をしてから僕は校門を出た。最後にもう一度全員へお礼をする。ここから相模原へ。死にかけは少ないようだけれど、油断しないで進もう。


 じりじりと焦げるアスファルトの熱が足まで届いてくる。ブーツだとどうしても歩きにくい。けれどところどころに這いずる死にかけたちを見ると、スニーカーはどうしても選べなかった。世田谷通りと書いてある看板をさっと見て。また車道を慎重に歩いた。


 そこで突然、後ろから声が聞こえた。


「おーい!」


 ユーハさんだ。リュックサックをしょって、スカートの端を縛って走ってきた。左手にモップを切った棒を持って、腰に刺身包丁。


「あれ、どうしたんですか?」

「大事なことを言い忘れていたのよ!」


 僕に追いつくと、息を整えながら西を指さした。


「ここから七キロくらい行ったら新百合につくの。で、それからもう二駅で鶴川って駅があって、そこを左に曲がると武相荘っていう資料館みたいなところがある。そこに十人くらいで立てこもってて、まずくなったらこっちに来てくれるって話があったのよ。今は向こうの電話が死んだみたいで連絡つかないけど、その人たちに会えれば協力してくれるし、休めるわ」


「どんな人なんですか?」

「あたしのフェンシングの先生で警察の第四機動隊にいたの。ものすごく腕がたって、普通の人なら五、六まとめてかかっても全然歯が立たないわ。そこにいる人たちに駒澤大学へ行ったってことを伝えたいのよ」


 言って、ユーハさんが南へ指を向けた。


「わかりました。今の話を伝えればいいんですね?」

「ううん。ショウさんが、どうしても邦彦君を一人にしたくないって言ったんだけど、向こうには男の人が一人以上いたほうがいい。だったら私が邦彦君と一緒にいくってなって」


「えっ?」

「あら、嫌なの?」


「いや、助かるのは助かりますけど!」

「わかった。誘惑されそうで困ってるんだ」


「そうじゃなくて!」

「浮気しないんでしょう。邦彦君の意志の強さ、信じてるわよ」


 一人は確かに不安だったけれど、別の不安が生まれてきた。女子が大変なのはわかったけど、男子も少しは大変なんじゃないかなって思った。

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