第18話 告白なんか恥ずかしくない

 次の日。カフェテリアの朝食で全員に紹介された。三人で長いテーブルに座る。女子校らしいっていうことなのか、パステル調のテーブルが珍しかった。


 盗み見るようにユーハさんを見るたびに、彼女は僕にだけ見える角度で微笑んだ。そのたびに目をそらした。


「邦彦、熱でもあんのか?」


 ネコが聞いてくる。


「えっ、いや……」

「調子悪いの隠すんじゃねえぞ。おかしいと思ったら言えよ」


 大丈夫だよと短く答える。それをかき消すように、にぎやかな音が聞こえた。


「うらー、うまいもんできたぞー!」


 浅く日に焼けた小柄な女子が、大ナベを抱えて大声。ネコがぱっと顔を明るくしてそっちへ目を向ける。軽やかにいい匂いが走り回った。


「邦彦、手伝おう」


 ショウさんが立ち上がった。続こうとしたけれど、エプロン姿のその女子は長机にナベを置いて、もう一度声を出した。


「いやいや結構! 小さくてもあたしゃ強いからね!」


 がしゃんがしゃんと次々に大皿やボウルが並べる。この人が一人で作ったんだろうか。


「さー並びな! 食い物限られてるからね。常識の範囲で取るんだよ!」


 はーいと返事がそこらからかかり列を作る。ネコが真っ先にその後ろについた。


「おいネコ。他の人と同じくらいの量にしとけよ。こら、話を聞け!」

「あたし様の腹は耳より素直なんだ」


 ショウさんが言うのも気にせず、ネコがお玉を借りてひょいひょいと片っ端からプレートへ持ってくる。


 気持ちはわかる。出てきた食べ物はたしかにおいしそうだった。ショートパスタにビーフストロガノフ、トマトときゅうりのサラダ、葡萄の葉包み、ゆずのソースがかかったヨーグルト。


 机に戻って、全員で礼拝してから食事。味は最高だ。温かいものは温かく、冷たいものが冷たい。これまで食べてきたレンジも使ってないコンビニの弁当や、自然解凍した冷食とは全然違った。


「自分で言っててなんだけど、もう少し食いてえな……」


 小声でショウさんも言った。


「そうだろう?」


 横から突然、さっき配膳していた人が顔を突っ込んできた。


「うおっ!」


 ショウさんが手を振り上げてのけぞる。


「あたしの親父は赤坂の料亭で働いてたんだ。ロメロで死ぬ前に料理を習っておいてよかったよ。山城冴子だ。ごきげんよう」


 サエコさんがショウさんの手をぐっと握りしめて言った。


「ショウでいい。そっちは妹のネコだ。美味いよ」

「お粗末さまだ。そっちの中坊は?」

「上町邦彦です」


 挨拶に続いてサエコさんはすぐに切り出した。


「ショウさん、ちょっと出てく前に働いてくれないかな。手がたくさんいるんだ。ネコさんもいいかい。防災用品が山積みになってるのを寝室へ持って行きたくてね」


 冴子さんがショウさんとネコを連れていく。僕もいこうとしたけれど、そこで手首をつかまれた。横にユーハさんがいた。


 二人は学食の外へ。入れ替わるようにユーハさんが僕の隣に来て、それまでネコが座っていた席へかけた。


「昨日のこと、考えてくれた?」

「昨日のって」

「残ってほしいのよ」


 周りを見渡した。気がついたら食べ終わった人たちはもう誰もいなくて、狙ったように僕とユーハさんだけ、二人になっていた。


「昨日の続き、したくない?」


 少し落ち着いて、僕は口を開いた。


「どうしてですか?」

「……君に興味があるからよ」


 少しだけためらっているように見えた。僕は息をついて、それから少し声を大きくした。


「ユーハさん、やめてください。もうわかりましたから」


 ふっと表情を変えて、それまでの微笑を崩した。少しかたくなっていた。


「わかった。何を?」

「どうして、僕を好きでもないのにそうするのかです」


 ユーハさんは少し身を引いて、それからもう一度じっと僕の目を見た。


「疑っているの?」

「じゃあ……どうして冴子さんに二人を連れて行かせたんですか?  他の人にも出ていってもらうよう言いましたよね?」


 ユーハさんの目に、わずかだけど初めての驚きが浮かんでいた。顔をそらして質問に答えない。でも、もう考えていることはわかった。


 昨日の晩、あれこれ考えてなかなか眠れなかったけれど、今朝、いろんなことがあって、ようやくわかってきた。この人は僕をからかってるわけじゃない。でも、本気なわけでもない。別の理由がある。


「寂しいわ。そんな風に思わなくても」

「いいえ。しっかり考えたんです。僕から言いますね。ユーハさん。あなたは僕たちをガードマンにしたかったんですね。昨日の晩に僕たちの練習を見て、役に立ちそうだし、信用できそうだと思ったんでしょう。そして僕が外へ行く理由が片思いの人を追うことだって聞いて、それなら考えを変えるかもって思った。違いますか?」


 ユーハさんは、何かを答えようとわずかに口を動かしたけれど、続かなかった。たたみかけた。


「ユーハさん。僕はあなたを綺麗だとは思います。女性として。でも僕はやっぱり、ここにはいられません」

「それは、自分で考えたことなの?」


 はいと答えて、言葉のぶつけあいを切った。じっとユーハさんの目を見る。初めて、この無言の会話で、相手の考えを読み切れたと思えた。真剣に、自分のすべてをぶつけていく。そうやって進むしかない。ふーっと息をついて、ユーハさんが目を閉じた。


「うーん、結構本気でやったんだけどなあ……」


 くるっと横を向いて立ち上がる。あれっと拍子抜けして、僕も立ち上がった。ユーハさんが食堂のドアをつかむ。


「ごめん、ダメだった」


 ドアを開ける。ばたばたとさっき出ていった人たちがなだれ込んできた。めいめいに、なぜかモップや消火器を持っている。


「え?」


 あっけにとられて、僕がぽかんと口をあける。そこにサエコさんたちも戻ってきた。


「なんか音がしたと思ったんら、どうなってんのこれ。ユーハさん大根だった?」

「サエコ、もう駒澤大学行こう。ここじゃ無理だよ……」


 ユーハさんが言った。さっきまでとは全然違う質の声だ。


「何人死ぬかわからんよー。ま、ここにいたら確実に全員死ぬけどね」

「しょうがないでしょ。神様に自主独立の建学精神を忘れるなって言われてるのよ」


 言って、ユーハさんが僕のほうへ直った。


「図星だったってことでいいですか?」


 答えずに、ユーハさんがスカートを払って、床に正座した。


「え? 何?」


 ユーハさんが床に両手をついて、深く頭を下げた。


「邦彦さん。申し訳ありません。その通りです」

「そんな、謝らなくても」

「いや、これは謝ることでしょう」


 ユーハさんが顔を上げて立ちあがる。サエコさんがぽんとユーハさんの肩をたたいて、僕たち三人へ向けて頭をかいて、それから深々と頭を下げた。


「私たちも謝るよ。お察しの通り、ここで人を集めてなんとかならないかって思ってたんだけどね。昨日迷い込んできた変態がチーレムだとかわけわからんこと叫んで暴れたんで、全員でぐるぐる巻きにして放り出したんだよ。次はどうしようかって思って、こういう手を考えたんだけど。まあその、申し訳ない……」


「なんか怪しいって思ってたら、色じかけだってか? どーかと思うねえ。素直に助けてって言った方がまだマシじゃねェの」


 ネコが言って顔を押さえた。


「生きるためにはなんでもやるよ。あたしらだって、親や先生が死ぬの見ながらここまで来たんだ。昨日、ユーハが私に何ができるかって言うから、顔とスタイルがいいって答えたら、だったらって。万一なんかあったら全員で助けるって筋書きでね。しっかし、よくこんな美少女に惑わされなかったね。年上は好みじゃないの?」


 サエコさんが、ユーハさんを指さした。ボッとユーハさんが顔を赤くする。これが素なんだと思って、少しほっとした。


「理由は、ないしょですよ」


 軽く答えて、歯を磨いてきますと言って食堂の外へ出た。男子トイレは職員室のそばにしかない。静かな校舎を歩きながらスマホを取り出した。そこに、サエコさんの質問の答えが書いてあった。夜、ボートの中で書いた時から読み返した。


(邦彦)

(大丈夫かな。返事来てないけど、まだ無事? ご飯食べたよ。この前書いてもらった通りに、コップとお鍋全部出して水入れた)

(冷蔵庫はいろんなものあるけど、料理は得意じゃないから、鍋に入れて溶かして味の素とソースとかかけるだけだなー)

(おいしくないな。うん)

(外に出るのは全然無理っぽいし)

(いつまで続くんだろう)

(鍵かけたら入ってはこないみたいだけど)

(邦彦、返事できないのかな)

   (移動中)

   (寝るところ見つけてまた連絡する)


 そして電源が切れて充電して、一晩過ぎてから。僕とユミは少し長いチャットをした。


   (寝られるところ、なんとか見つかった)

   (仲間もできたよ)

   (ユミのライバルだったネコと会った)

   (お兄さんのショウさんもいる)


 すぐに返事。


(本当?)

(ネコなつかしー)

   (ライン教えようか)

   (ネコもユミのこと、気にしてたよ)

(あー)

(えーと)

(それはいい)

(会った時いっぱい話す)

   (そう?)

(ネコには会いたいし話したいよ)

(でもそうじゃないんだ)

(邦彦と二人で話がしたい)

(邦彦のメッセージが読みたい)

(今はそれが一番大事)


 そして、ハートのスタンプ。


(でも来られそう?)

(無理しないでね)

(それならそう言ってね)

(あたしなんとかするから)

(モップあるから)

(なぎなたの代わりにして戦って逃げるからさ)

   (いや、絶対助けに行く)

   (間違いなく行く)

   (何があっても)

(ごめんね)

   (ごめんじゃない)

   (待っててね)

   (大丈夫だからね)

(無理してない?)

(こんなだし)

(ダメそうなら教えてね)

(本当に)

   (ユミ)

   (絶対に行く)

   (話したいこともいっぱいある)


 それから、もう一度長いメッセージが来た。


(ねえ邦彦)

(好き。大好き。邦彦の事だけが好き。邦彦は?)


 メッセージを見て泣いた。涙で文字が読めなかった。今すぐにでも北里大学病院に行きたかった。震える指で書いた返事をもう一度読む。


 決心は変えない。進む先は一つだけだ。


    (僕もだよ)

    (ユミが好きだ)

    (ユミに会いたい)

    (ユミを助けたい)

    (ユミだけが好きだ)

    (これからもずっと好きでいたい)

    (会ったらずっと一緒にいよう)

    (待っててね)

    (大好きだよ)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る