第15話 女子はよくわからない
ユーハさんは三人の友達を連れてレジの後ろへ出てきた。すぐそこの学校に立てこもっていて、食料を取りにきたそうだ。僕たちはカートに山ほど食材を詰めて店から出た。女子は四人とも紺のスカートにツーピースの白いセーラー服。襟に入っている青い線が恰好よかった。
少し話し合って、彼女たちが立てこもってる学校で休ませてもらうことになった。すぐそばらしい。
「セントポールって女子校だっけか。お嬢様学校だよな」
「いいえ。おしとやかな子はみんな家へ帰って、二度と連絡はつかなかった。がさつでバカで、なんでこの学校にって感じの、私みたいなのしか残ってないわよ」
ショウさんの質問に答えるユーハさんの話し方は賢そうで、一緒にいた友達たちもしっかりした感じに見える。きっと謙遜だろうと思った。ただ、ものすごくこちらを警戒しているみたいにも見えた。
途中、死にかけが二体、道の先に見えた。
「大きく回って避けましょう」
ユーハさんが仲間だけに聞こえる大きさの声で言う。反対側の歩道を歩いていたそいつらが、僕たちと三歩の距離を取ってすれ違った。
「あんた、あいつら殺したことあんのかい」
ネコが言った。
「まあ、あるわよ。二度」
「どうやって」
「モップの先を斜めに切り落として、口に突っ込んで殺したわ」
「やるねェ」
ネコがくくっと笑う。ネコは明らかにそれよりもはるかに殺しているはずだ。自分以外の女子が戦えるなんて思ってないんだろう。
「ユーハはね。フェンサーなんだよ」
横にいた茶髪の女子が言った。
「フェンサーってフェンシングか。あの秋田と和歌山が強い」
ショウさんがそれを受けてユーハさんに聞いた。
「そうね。神奈川だとやってるところが少ないから、全国まで行けそうだったわ。もう関係ないけどね」
ユーハさんが気真面目に答えた。フェンシングは見たことがなかった。死にかけと戦える武術なんだろうか。細くて剣とも言えないような武器で突き合うイメージしかなくて、まともに戦えるように思えないけれど、二体殺したんならこの人は使いこなせてるんだろう。
夜の街灯が一つだけ照らす看板に、セントポールとローマ字で書いてある。入り口には砂利がまいてあった。ユーハさんがその上を歩くと鉄門の向こうで気配がした。わざと音がするようにしてみたいだ。ユーハさんが門へ向けて三度手をたたくと、内側から南京錠を外れる音が聞こえた。
「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
静かな挨拶に続いて鉄門にガラガラと隙間ができる。中に入ると、門を開けたツインテールの女子生徒がびくっと身をすくませた。
「どうしたんですか、その人たち」
「途中で拾ったの」
「おいおい、あたしらは子猫かよ」
ネコが笑って割り込んだけれど、ユーハさんは張り詰めた空気を変えなかった。
「言っておくけれど、あなたたちを歓迎できるとは限らないわよ。あまりおかしなことを言ったりやったりしないでね」
言われて、少し腹が立った。さっきからなんかおかしい。せっかくお互いに生き残ってるのに、人に向かって脅すみたいな態度だ。失礼じゃないですかって割り込もうと思ったけど、ユーハさんが先に口を開いた。
「体を洗いたいわよね?」
言われて、三人で少し微妙な顔をした。
「まあ、できりゃ」
ショウが答えた。
「私が見てるから、シャワールーム行って。お湯は出ないから水だけど。シャンプーとリンスは適当に使って。バスタオルは一枚だけしか貸せないから交代で使って。そのバケツで下洗いしたら、洗濯機つかっていいわよ。そっちは動くから」
ユーハさんが乾燥機からバスタオルを取り出して、洗濯機の前の椅子にかけた。
「ここで待ってるわ。カーテンを閉めて使って。電灯は使わないでね。外から目立たないようにわざと消してるの。中に懐中電灯があるから、それをつけて」
なんだか嫌な雰囲気がどんどん強くなってきたような気がした。三人で薄暗い脱衣所に入った。トビラを閉め、転がった懐中電灯を三つつけて天井へ向けてから、はーっとショウさんが長い長いため息をついた。
「なかなか凹むな……」
ショウさんが言った。ネコが目を閉じて腰かけた。
「仕方ないだろ。あたし様もちょっとはおしとやかにしないとな。ガラじゃねェけど兄貴と邦彦に気の毒だ。ま、とにかく素直に体を洗わせてもらうか。考えてなかったけど、思ったより体臭きついのかもな」
「なに? どういうこと?」
僕が不機嫌な声を出した。
「いやァ、女子は臭いに敏感だからよ」
「そうじゃなくて、なんかあの人たち態度悪くない? 前に会ったことあるの?」
「まさか。ねェよ」
「こっちを信用してなさすぎじゃないか」
「そりゃお前、当たり前だろーがよ!」
ネコが笑う。それを聞いて、床にあぐらをかいていたショウさんも苦笑した。
「そうか、わかんねえか。わかんねえよな」
「兄貴、おかしくねえぞ。教えてやんな」
ネコがガサッとジャケットを脱いでシャワールームに入った。なんだか二人の会話についていけない。水の流れる音に遅れて、ショウさんが話し始めた。
「まあ、怖がられているってことさ」
ショウさん返り血を浴びたシャツを脱ぎながら言った。
「だって僕たち、何もしてないじゃないですか。こんな状況だし助け合わないと」
「まだ俺たちがどういう奴か伝わってねえのよ。女見て大喜びして襲ってきたらどうすんだって思われてるのさ」
「そんなこと、するわけないでしょう」
「俺や邦彦はな」
「ていうか、そんな人いませんよ」
「いるよ」
言って、ショウさんが水を張ったバケツにシャツを投げ込んだ。僕にも渡せと言ってくる。
「今、こんなになってるのにですか……?」
「ああ。いるよ。残念だけどな」
ショウさんが床を指さした。座れっていうことだろう。上半身裸でバケツのシャツを洗いながら、ショウさんが話し始めた。
「大事なことだから覚えとけ。女として生きるってのは大変なんだ。自分より力が強くて荒っぽい、そんな奴らが半分もいる中で生きなきゃならねえんだからな。普段は常識や学校が法律が守ってくれるんだけど、こうなりゃそうはいかねえ。特に連中は狙われやすいしな」
「わかりません……そうなんですか?」
「お前、夜に渋谷歩いてて、知らねえ酔っ払いに腕つかまれて、カラオケ行こうって言われたことあるか?」
「え? まさか」
「連中は一人で同じ場所を歩いてれば、そうなる夜の方が多いのさ」
言われて、少し意味がわかってきた。信じられないように思ったけれど、そういう事もあるのかもしれない。昔ネットのフィルタを偶然すり抜けたエロサイトで、裸の女の人をひっぱたいている気持ち悪い動画を思い出した。同級生はあんなのやらせだって言ってたけど、そんな事がこれからは本当になるのかもしれない。胸に吐き気がこみ上げてきた。同時にユミのことも頭に浮かんだ。たとえ死にかけに殺されなくても、見ず知らずの男に襲われるかもしれないんだろうか。
しばらくしてネコが出てきた。スポーツブラの上からジャージをひっかけてる。いつもはふわふわの髪が濡れて落ち着いていた。色っぽいとは思わなかったけれど、なんとなく目をそらした。
「冷てえから浴びねえ方がいいぜ。シャンプーとボディーソープで洗って濡れタオルで落とすしかねえ。邦彦、入りな」
「う、うん……」
「バカ兄貴に紳士のたしなみは習ったか?」
「紳士の……」
ネコはあたらしく着替えたジャージをパンと叩いて、黒いビニール袋に入れた自分の服を別のバケツに入れた。僕たちのあとで洗濯するってことなんだろう。下着が入っているから。僕たちの横で、ネコが刀と砥石を取り出した。
「もし、邦彦がユミの事を忘れてあたしにイタズラでもしたくなったら、あたし様はお前にこいつを振らなきゃならねェんだ。勝ち負け関係なく死にものぐるいでな。そいつはしたくない。わかるか?」
二人から違う言葉で聞いて、少しずつわかってきた。女の子には、僕たちとは違うプライドがあるんだ。汚されたくない、生きていくうえで大事なものが。少し恥ずかしく思った。一つずつ、大人になるために知らなきゃいけないことが増えていく。生きる死ぬが当たり前の今でも、男は男、女は女なんだ。
シャワールームに入って体を拭いた。夏でもかなり冷たい気がしたけど、水を使えるだけいい。ユミはお風呂にも入れないし、服も着替えられない。思いながら、気になって一回シャワールームから出てスマホを手に取った。電源が切れている。早く充電したい。八時にはなんかの連絡が入っていたはずだ。
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