第14話 ついに多摩川を渡る

 死にかけって言っても、タイプはいろいろいる。弱そうなやつを選んで殺すだけならすごく簡単だ。でも、今は新しく出会った、この二人に認めさせる必要があった。


 一人、こちらへ歩いてくるのがいた。体は大きくて力も強そうだけれど、この大きさでも相手にできると見せたかった。緊張に汗ばんだ手で兼定を抜いた。


 一キロくらいの金属がずしりと肩に重かったけれど、一度素振りをして、その武器が自分のものになっていることを感じた。三歩まであともう少し。継ぎ足でこちらから間合いをつめた。


「えいっ!」


 沈まずに胴を打つ感覚で。鋭く手首を横に返し、小さくCの字を描く。左手を右手の近くまでスライドさせて、そこから一気に横へ。きれいに首から血が飛んで、横へ倒れていく。残心を終え、手ぬぐいで刀身を拭いてから納刀する。前を向いたまま下がって、動かないのを見定めてから振り返った。


「な? 鷹の孫は鷹なんだよ!」


 ネコがショウさんを見た。これで合格かなと思ったけれど、ショウさんは厳しい表情のままだ。


「普段、その刀で戦ってねえな。これまで何使ってきた?」


 びくっと柄を持つ手が震えた。実力を見抜かれている。ものすごい観察力だ。ショウさんは口の端だけを持ちあげた。当たったなと目が言っていた。リュックサックに縛った、折りたたみのスコップを開いた。


「これです。本当はこっちで慣れてから、日本刀を使えって言われてました」


「へえ……」


 そういうと、ショウさんが僕の武器をつかんで両手に取り、頭を下げた。居合でも刀礼はあるけれど、スコップにまで頭を下げるなんて。ショウさんはそんな僕の目も気にせず、先端の五角形に手を当てた。


「こいつは正吉先生がえらんだのか?」

「いや、自分で選びました」


 僕たちは地面に三角形を描いて座った。ショウさんが手を口に当て、ふん、と鼻を一度鳴らしてからじっと下を向いた。深い考えを言葉に変えようとしているのがわかった。


「邦彦、いいか。まず、仲間が欲しいなら隠し事はいけねえ。思ったことを正直に、丁寧に言葉にしろ。都合よく端折はしょれば端折るほど、俺たちはうまくいかなくなる。正吉先生は許したんだろうけど、俺たちはそうはいかねえ。いいな」

「……はい。すいません。わかりました。ユミを助けたくて焦ってたんです」


 ネコがひゅうと口笛を吹くのを、ショウさんがもう一度やめさせた。そして、俺たちは正吉先生への恩と、ネコがユミのライバルだったってのがあるから協力するんだ、と繰り返した。その条件付きの協力は、じいちゃんからもらった無限の愛情とは質の違うものだ。大人と大人の約束。契約って言われているものだった。


 僕はまだなにか言われるかと身構えたけれど、ショウさんはいったん話を区切った。


「で、なんでスコップを選んだ?」

「え……先が金属でとか……丈夫でとか……兼定と同じくらいの重さと長さで……他にもいろいろ。木刀より刃物のほうが効果があると思って」


「そんなにかたくなるな。言葉は下手だけど、お前の目は間違ってねえ。俺の答えを先に言うぜ。最高の答えだよ、スコップってのは」


「知識マウンティングの始まり始まり」


 ネコが横やりを入れる。


「うるせえよ。知っておいて損はねえから聞いとけ。まずスコップのいいところは鋭すぎねえことだ。訓練が浅い奴が使っても壊れにくいからな。鋭い武器は達人の武器。素人の武器は厚い武器だ。まずこいつで拍子と間合い、取り回しを覚えとくってのは正解だ」


 じいちゃんも、カネサダをぶつけるなよと言っていた。だから最初はぶつけても大丈夫なスコップがいい。たしかにそうだけど、そこまでは考えていなかった。


「次に、武器ってのは突けて払えなけりゃならねえ。攻撃の手段でいちばん体力ケチって効果を出せるのは突きだ。ただ防御の手は払う必要があるから、突き、払いが両方できたほうがいい。しかもあいつらは痛みを感じねえから、槍みたいなのだと、当たり所によっちゃ貫いたまま近づかれちまう。刃に幅があったほうがいい。


 そしてあいつらを殺すには頭を砕くか、首を切らなきゃならねえ。ところが首ってのはたくさんの骨があって、切り落とすのは難しい。だから突き立てて浴びせ倒して、足をかけて踏み込めるのもいい。他にも柄が平になっていて突き込むときに力も入れやすい。いよいよ囲まれたら全力で振り回せるとか、そういうところもだ。重心が先端にあるからな。


 あと、それほど警戒されないってのもある。生きてるやつに会ったとき、抜き身の刀持って話せねえからな。普及していて手に入れやすいのもいい。完璧だぜ。お前のカンはかなり優秀だ。スコップで殺し慣れて、それから刀に切り替えていきな」


「文字数」

「うるせえよ。ツイッターじゃねえんだぞ」


 ネコの後ろ頭を小突きながら、ショウさんがスコップを返してくる。話は長かったけど、ものすごい知識だ。よっぽど、こういうシチュエーションで頭を使うのが好きなんだろう。この人からもっといろいろ手に入れられそうに思った。


「でも、なんか聞いてると、あたし様もスコップ欲しくなってくるな。紐つけて高いところに登って回収とか、穴ほって砂場で寝るとかもできそうだ」


 このネコのアイデアもなかった。もっともっと、考えを盗まないと。スコップを握って、二人へ心の奥から声を出した。


「合格ですか。手伝ってもらえますか?」


 ネコがショウさんの肩をたたく。すねの前に組み合わせた両手を解いて、よし、と立ち上がる。それが答えだった。


「恋路を手伝うってェのは決まりだ。ただ、多摩川どーすっかねェ……橋の上は上でくたばりぞこない御一行様がお待ちかねだしよ。考えようぜ。ことわざにもあるだろよ。三人いれば」

「文殊の知恵か」


「折れない」

「それ矢だ。あと俺の世界じゃそれはことわざって言わねえ」


 言いながらショウさんも木刀をベルトに通して立ち上がった。


「邦彦、お前も意見をまとめてくれ。俺たちを連れていくリーダーらしくな」


 言われて、足りない頭をなんとか使おうとした。プレッシャーはあるけれど、じいちゃんのおかげでこの二人とつながれたんだ。独り立ちは遠いけれど、今の状況を次につなげていかないと。


 土手を歩いて他の橋も見たけれど、車に乗っていた人たちが耐えられずに出たところを噛まれたみたいで、越えられそうにない。川に沿って国領の方角へ。多摩水道橋も大きなトラックが燃えてふさがっている。別の橋へ向かおうとしたけれど、そこでネコがパシンと両手を合わせて、僕たちの足を止めた。


「天才で美少女だから、あたし様はひらめいたぜ」

「なにが?」


 僕が聞くと、ネコが川を指さした。


「貸しボートだ。多摩川は貸しボート屋がある。そいつをタダでちょっとお借りしようじゃねェか」

「アホかおまえ。貸しボート屋は登戸だぞ。対岸だ」


「兄貴こそアホか」

「なにがだ」


「あ、なるほど」


 思わず僕も声を出した。たしかにボート屋は対岸かもしれない。でも……


「ほらほらな。中学生でもわかんだよ。これだから頭でっかちはダメなんだ」


 暗闇に目を凝らした。河川敷をじっと端から端へ。すぐにそれは目に留まった。


「ありました!」

「なにっ?」


 うっしゃ、とネコがびしっと親指を立てる。


「反対側にも同じこと考えるヤツはいるってことよ」


 ネコがひょいひょいと草を飛び越えて河川敷へ降りる。ボートにはオールまでしっかりついていた。三人で乗るとかなり沈んだけれど、泳ぐよりずっと安全だ。荷物も積めた。


「さー漕げよ野郎ども。あと礼はどうしたよ礼は。あたし様の賢さをもっと讃えた方がいいぜ」

「そうしようと思ったけど腹立ったから断る。漕いではやる」

「あー楽チン楽チン。人に働かせて美少女は寝っころがるに限るなあ」


 ショウさんをからかう声と一緒に、ギーッと音を立ててボートが動く。横に流されて貸しボート屋からは離れたところへ到着したけど、目的は達成だ。知識、仲間、道具。三つを役に立てる経験になった。


 時計を見る。夜の八時を回っていた。ユミからラインがたくさん来ていたけれど、読む余裕がなかった。


   (移動中)

   (寝るところ見つけてまた連絡する)


 それだけ打ち込んで上陸した。坂道を上がったところで、ネコが赤い看板へ中国刀を向ける。


「やったぜマックだ! オリジナルビッグマックでも作るか!」


 先週家族で食べたはずなのに、なんかすごく久しぶりな気がする。自動ドアは開きっぱなしだ。座席には誰もいないけれど、レジの先に気配があった。教室に入った時の恐怖がじわっとよみがえってきた。


「うげー、制服の死にぞこないか」

「食材……たべられちゃってるかな?」


 言いながら進んだけど、予想は外れて、僕たちの声に相手の気配が止まった。厨房からはうなり声の代わりに、はっきりと意味のある声が聞こえた。


「話してるよ? 生きてる人でしょ?」


 僕たちは荷物を床に落として武器を構えた。


「俺が行く。お前らは入り口を見はってな」


 ショウさんが二本の木刀を構えて言った。


「こちらは男二人、女一人だ。武器を捨てて両手を上げな。危害は加えねえ、約束するぜ」


 ショウさんが大きな声を出す。少し間があった。


「私が一人でそっちに行きます。何かおかしいことをしたら、他の人がすぐに携帯で仲間に連絡します。いいですね?」

「そっちが何もしなけりゃこっちも何もしない。約束するぜ」


「武器は持ってますか? 持ってるなら、しまってください」

「後ろの二人には構えさせる。あんたの前に行く俺はしまう。どうだ?」

「わかりました。結構です」


 しっかりした足音に続いて、浅く両手を挙げた制服の女子が出てきた。


「……なんでえ、あんた高校生か?」

「そっちもですよね」

「俺は二宮将馬にのみやしょうま。国領高校の二年だった。こいつは妹の美弥子みやこ。後ろにいるのはさっき一緒になった妹の知り合いで、上町邦彦かみまちくにひこだ」


 ちらっと後ろを振り向いた。制服はいくらか汚れていたけれど、芯の強そうな大きい目と健康そうな赤い唇。丁寧にとかした真っ黒のストレートヘアは、生き残ろうという意思にあふれていた。


「初めまして。私は元セント・ポール学園高校二年、神楽坂優葉かぐらざかゆうは

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