最終話『それぞれの後日談です』
『――
領主の庭園に騎士の面々が集まっている。彼らの前にはミリアが立ち、穏やかな声で感謝と称賛の言葉を述べていた。
騎士たちは咳払い一つせず、ミリアの演説だけが静かに響く空間。アリスは少し離れたところからその様子を眺めていた。
やがてミリアの言葉が終わると、案内役に連れられて彼らはぞろぞろと去っていく。どうやら場所を移して続けるらしい。ミリアだけはアリスに気付いたのか、小走りにこちらへ近づいてきた。
「来てくれたんですね。このあと皆で会食があるんです、アリスさんもどうですか?」
「あーいや、私はちょっと様子を見に来ただけだから」
シオンが家で料理を作ってくれているので、こっちで食べるつもりはないのだ。話題を変えようとアリスは言葉を続ける。
「さっきクラウスさんの姿がなかったようだけど……」
「彼ならまだ療養中です。命に別条はありませんが、まだ立ち上がれるまでは回復していませんので」
アリスがカルデニスのもとへ向かった後、彼は他の仲間たちとともに、文字通り孤軍奮闘の戦いを繰り広げたらしい。霊素が底を尽きてもなお剣を振るい、向かって来る眷属たちを次々に斬り伏せて、その雄姿はまさに鬼のよう。そんな話を騎士たちから聞いた。
「そっか、それならいいんだ。ミリアも心配したでしょ、クラウスが怪我して帰ってきて」
「あら、私は信じていましたから。……けれど、帰って来られなかった人もいます」
ミリアはそう言って、ふと後ろを振り返る。目線の先には、まださきほどの後始末を行っている者たちがいた。
演説のために用意した台などを分解する者に交じり、小さな壺を大事そうに抱えている者たちもいる。その壺の中には、おそらく死んでいった騎士の遺灰がつまっている。今日行われているのは戦勝の宴ではなく、亡き友を偲ぶ追悼式なのだ。
「遺体のない者を含め、18人。よく私に話しかけてくれる者もいました」
「……ミリア、気持ちは分かるけどあまり思いつめるのは……」
そう言いかけて、アリスはふと気付く。ミリアの表情が依然に比べて凛々しく、力強いものになっていることを。
「彼らの死は私の胸に痛みを残しました。けれど同時に、どこか身が引き締まる思いも感じています。私の言葉一つで人が亡くなり、あるいは生き長らえる。なればこそ自らの決断に覚悟を持ち、それがもたらし得る全てを受け止めること。それが国の長たる王族の務めだと、今はそう思えます」
その瞳は好奇心に溢れる少女のそれではなく、心に深き海を持つ淑女のものであった。
「……ミリア、かっこよくなったね」
「女の子を褒める言葉じゃありませんよ?」
「ふふっ、けどその様子なら安心だ。私は帰るよ。今度また、クラウスといっしょに我が家へ遊びに来てね」
そう言い、アリスは背を向ける。いずれ王女となる人を、心の中でひそやかに祝福しながら。
家までの帰る途中、何となく寄り道をしていると、見覚えのある姿を見つけた。
「あ、ようアリス。久しぶり」
「こんにちはニコラ君。何してんの?」
「別に。ぼうっとしてただけ」
彼はそっけなくそう返答するが、近づいてみてそれが嘘だと分かる。彼がいたのは、カダルの家のすぐ前だった。
アリスはあえてそのことには触れず、彼の胸元を指差す。
「それ、ずっとつけてるんだ」
紐を通した『アイダの守護石』と、ペンダントに作り直したあの赤い宝石が彼の首にかけられている。指摘されたニコラはバツの悪そうな顔をして、それを服の中にしまい込んだ。
「別に隠すことないのに」
「……やっぱり俺には、どちらも大事みたいだ」
「それでいいと思うよ。どちらかを捨てる必要なんてないじゃない」
「半端者ってことだろ、それ。やっぱ俺にはそういう生き方が似合ってるよ」
そう言ってくるりと背を向けるので、アリスは慌ててニコラの首根っこを引っ掴んだ。
「ぐえっ。何すんだよ!」
「そりゃこっちの台詞だよ、もう。私に言わせれば、君は勇気が足りないだけ。カルデニスのところに突っ込んで行った行動力はどこに消えたの?」
そう言われて、ニコラは口ごもる。この辺りは年相応に子どもなのだ。
ここは年長者の自分が協力してやろう、そう思ってアリスは、カダル宅の扉を思いっきりノックした。
「すいませーんカダルさーん!」
「あ、アリス!? 一体何を……!」
突然のことにニコラは慌てだすが、止める間もなくすぐにカダルが顔を出した。
「おや、君は……。声は聞こえるからもう少しトーンを下げて呼んで欲しかったね」
「ごめんなさい。けど今日は大事な用があるんです、この子のことで」
アリスがニコラのことを指すと、カダルは少し驚いたような顔を見せる。
「君は確か、いつもこの辺りを覗いていた子だね」
「えっ……」
「私が子どもたちに魔法を見せている時、よくこちらを見ていただろう」
気付かれていたとは思ってなかったのか、ニコラもびっくりした様子だ。
対してアリスはこれ幸いとにっこり笑みを浮かべた。
「そうなんです、実はこの子、カダルさんの魔法にすごく興味があって、ぜひ弟子になりたいって言ってるんです」
「なっ、ちょ、アリス……!」
「カダルさんお願いします。簡単なやつとかでいいんで、何か教えてあげてくれませんか?」
「ほう、そうだったのか」
カダルはしばらく考える様子を見せる。
「弟子か……私はまだ人に指南するほどの力量ではないが、あの程度の魔法でいいのなら教えることもできよう。君、名前は?」
「え、あっ、ニコラって言います」
「ではニコラ、もし興味があるなら上がっていきなさい。魔法という神秘の世界へ、及ばずながら手解きしよう」
カダルは扉を開け放ち、彼を迎え入れる。しかしあまりにもあっさりと知り合う糸口を得てしまい、返ってニコラは動揺した。アリスのほうを向くと、彼女は笑みを浮かべてこっそりと耳打ちした。
「私ができるのは背中を押すことまで。あとは君次第だよ」
「どうしたかね。やはり止めておくか?」
慌てた様子の彼を見かねてか、そんなことを言うカダル。ニコラはしばらく口をもごもごさせていたが、やがて意を決したように足を踏み入れる。
「いえ、おじゃまします。カダルさん、その、よろしくお願いします!」
「元気がいいな。気にいったよ」
カダルは笑みを浮かべて家の中へ入っていく。
ニコラは振り返り、意地悪い笑みを浮かべるアリスに恥ずかしそうな顔をして言った。
「ありがとう……アンタには感謝してるよ」
「ただいまーシオン君」
アリスはツリーハウスに戻ってきた。声をあげると、キッチンにいたシオンがひょいと顔を出す。
「お帰りなさいませアリス様。今から料理を温めなおすので、手を洗っておいて下さい」
「うん、分かった」
言われた通りに手洗いを済ませ、席に着く
シオンのかき混ぜる鍋の匂いが、うっすらとテーブルにまで漂ってきた。どうやら今日のメニューはビーフシチューらしい。
「お肉多めに入れてね」
「はいはい。皆さんは元気そうでしたか?」
「うん。ミリアも一皮むけたみたいだったよ」
「それは良かった。あの戦いは厳しいものでしたから、何か一つぐらい得るものがなければ」
「そうだね……」
そういえば、とアリスはふと思う。自分はあの戦いで死にかけたが、その時シオンはどんな様子だったのだろうかと。自分が戻って来た時は喜んでくれたが、死んだと思ったその時は何を考えていただろうか。
「……ねえシオン君、もしもの話だけどさ。あの地下墓地でシオン君を起こしたのが私じゃなかったら……ていうか、この世界に来たのが私とは別の地球人の誰かだったら、シオン君はその人に従うことになったの?」
「それはそうでしょうね。私は自分を最初に起動させた異世界人を主人とするように設定されています」
背を向けたまま、シオンはあっさりとそう答える。それはあまりにも当然の回答で、アリスはなんだか自分が恥ずかしくなった。
「そりゃそうだよね、ははは」
「でも、それはあくまできっかけの話です」
アリスの前に、湯気が立ちのぼるビーフシチューの皿が置かれた。とろとろに煮込まれた野菜や肉が顔を出し、実に美味そうだ。
「クラウス殿に言われました、私には自由意志があると。それが事実ならきっかけは何にしても、今アリス様のおそばにいるのは私の意志です」
「……私、こんなんだよ? おせっかいだし、結構危ないことに首突っ込むし……あなたを残して死んじゃうかもしれない」
「前の二つはあなたの美徳ですよ、アリス様。最後のは今後は控えて頂きたいですけどね」
シチューに続いて、シオンはテーブルにパンを置く。
「そして……私のことをシオンと呼ぶのは、きっとあなただけです。こんなただの魔道人形に名前を付けて、最初の友達になって欲しいなんて言ってくれる方はあなたぐらいでしょう」
「シオン君……」
シオンはテーブルを回り込んで、アリスの前に手を伸ばす。まるで握手を求めるように。
「この敬愛は定められたものでも、この親愛はあなたがもたらしたもの。だからどうか、こんな私とこれからも仲良くしてやって下さい」
アリスはなんだか無償に嬉しくなった。彼は彼なりの心で、自分に向き合おうとしていたのだ。自分の悩みなど、なんと小さいものだろう。
彼の手に、アリスもゆっくりと手を伸ばす。
「それじゃ、改めて。シオン君、これからも、ずっとずっとよろしくね」
初めての友達と手を取り、アリスは今日ようやくちゃんとこの世界に迎えられた気がした。
アリスとシオンの『異世界で友達百人できるかな?』 ゾウノスケ @zorag
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