第13話 集結3

「さて…君たちの出番だ。」


医療カレッジの地下。白塗りの壁に囲まれた、ただそれだけの部屋に3人の男女が対峙していた。1人は大学の実質的トップにして記憶を司る男、リッケン・アイザーク主任。髪をオールバックに撫で上げ銀縁のメガネ越しに相対する者を静かに見つめている。

その視線の先にいるのは男と女。目を細め佇む主任と違い、その2人は椅子に座っていた。それどころか腕ごと椅子に胴体をベルトで固定されており、足も揃えられた上で拘束されていた。彼らに許されたのは主任を睨むことだけ。その口も拘束具で言葉を発することを封じられていた。


「愛の力…なんて非科学的なことを私が信じるわけはないのだが…。いや、なかなかに興味深いね。この薬で記憶を失わないとは」


研究対象を見つけた。そんな顔をしながら拘束された男女を撫でるように見つめる主任。その視線に声にならない叫び声、いやうめき声を上げたのは女の方だった。首の上からしかその容貌を窺うことは出来ないが、切れ長の美しい目は敵意を剥き出しにすることを隠そうともしていない。威嚇する狂犬のようなうめき声が続くが、残念ながらそれが発声されることは拘束具が許さなかった。


「はぁ…しかし本当にどうしたものかな。拘束した君たちをどうにか利用したかったのだが……。」


主任は大きなため息をつく。


「片方を殺して飼い慣らそうとしたのも失敗したしな……。全く恐ろしいよ君たちが。是非私に教えて欲しいものだ。どちらかを殺そうとするか、せめて引き離そうとしても必ず片方が抵抗する。君たちは分かっているのかい?その拘束された状態で私の部下を5人も殺したのだよ?人間だって有限なんだ。まったく…」


ふたたび、ため息。もっとも、人的被害を憂うようなニュアンスとは程遠く、愛用する道具を壊してしまった時の気だるさと言った方が近かったが。


「さて、今日は君たちと取引きがしたいのだよ。君たちの…まぁ、愛の力と呼ぼうか。その前には私の科学力も通用しないと認めよう。認めた上での、取引きだ。」


主任は腕を組みなおし続ける。


「君たちの得意な命のやり取りをしよう。私が切るカードは2枚。君たちも、それぞれの命で2枚だ。選択肢は3つある。」


ちょうどその時、見計らったように扉をノックする音が聞こえる。入れ、と一言短く主任が告げると4人の男女が入ってくる。

1人はタクシーの運転手。の、格好をした主任の部下だ。角刈りの頭にサングラスをつけたヤクザ風の男は2人の男女を室内に蹴り入れて、その後入室した。

蹴り入れられた男女二人、椅子に座る男女同様、上半身が拘束されている。歩くために両足は自由だが、しかし微々たる自由に変わりはなかった。

そして最後に入ってきたのは、白衣に身を包んだ女性だった。澱と呼ばれる彼女こそ、主任の助手であり、"消した記憶に別の記憶を植え付ける"という薬を開発した少女だった。医療の腕も去ることながら、心のケアこそが彼女の土俵であり、ケアができるならその逆もできるのであった。

蹴り入れられた男の方、小柄ながらしなやかな筋肉がついていると一目で分かる彼はすぐさま顔を上げると、主任と目が合う。


「てめぇ……。よくもこんな真似してくれたなぁおい!!」

「その様子だと、生物教師から全て聞いたようだね」

「あぁ……まさか今までずっとてめぇの手の平で踊らされていたなんてな。だがなんでだ!なんで俺たちを殺そうとする!記憶を封じたらてめぇの目的は達成したも同然だろうが!!」


よく吠える犬だ、と主任は思いながら、本日何度目か分からないため息をつく。


「君たちはまだ自分たちの価値が分かってないようだね。まぁ、記憶を奪った私が言う話ではないが…。君たち一人一人の力は計り知れないものなんだよ。それを野放しにしておく訳には行かない。だから記憶を封じ、普通の生活を与えてあげようと思ったのだよ。だが、私はこうもかんがえた。勿体ない、ともね」


主任はゆっくりと、椅子に拘束された男女を中心に歩き出す。探偵が推理を披露する時のように、1人悠々と語り続ける。


「だから私は君たちの部隊を私の物しようとした。記憶を消し、改竄し、私の手足となるように教え込むつもりでいた。私の邪魔をするものを排除する殺しのエキスパートとして、ね。しかしどうだ。君たちの記憶は綻び初め、真実を知ったものもいる。こうなってしまうのは私のシナリオではない。そして、間違ったシナリオは修正しなければならない。そこでだ-」


カツ…カツ…と、歩を進める主任はピタリと、椅子に拘束された女の前で止まる。


「全てを手に入れることが出来ないのなら、より確実に、一部を手に入れることにした。ところで、先程までの威勢はどうしたのかな?黎明ナル」


拘束された女の、いや少女の名前は室内を木霊する。その名を聞いた瞬間、蹴り入れられた男女、すなわち稔侍と刀華は激しい頭痛を覚えて蹲る。

主任はゆっくりと、ナルと呼ばれた少女の拘束具を口部分だけ解いた。荒く呼吸を繰り返すナルは怒気を孕んだ、しかし落ち着いた声で話し出す。


「取引き…って言ったな。アイツらまで連れ出して、一体何が望みなんだ」

「いやね…君たちには薬が効かないものだから、記憶を保ったまま、私の元で働いて貰おうと思ったのだよ。その見返りは彼らの命。君たちが従順に言うことを聞いてくれるのであれば、命は保証しよう。ただし…」

「ただし、裏切ったら殺すってのか。はっ、バカが。取引きとしては弱い。アイツらはそんな簡単に殺せない。」

「いや…失礼、ははは。…全く、君は話を聞いていなかったのかね。私は君たちの力が欲しいんだよ。裏切る…と言うより、この提案を断るのなら君たちを殺すだけだ。その代わり、記憶を取り戻しつつある彼らだ。彼らの目の前で君たちを殺し、生じた心の隙に漬け込んで記憶を書き直す。放心状態の人間の記憶を変えることは容易いことだ。そして死ぬまで使いつぶす。なに、うちには腕のいい看護師がいるから、壊れても直ぐに治せるからね」

「なっ……!」


ある意味、死よりも恐ろしいその提案にナルは言葉を詰まらせる。


「君たちが死んで彼らが手足となるか、彼らを助けるために君たちが手足となるか。そして3つ目だ。君たちどちらか1人と、彼ら1人、助けてもいい。例えば、黎明ナル。君が私の手足となってくれるのであれば、君が選ぶ彼ら、すなわち佐世保稔侍か端七刀華、どちらか1人の命と、君が愛する男の命は保証しよう。残る片方は人質として私の元で働いてもらう。君が裏切ったり、助けた愛する男か、君に選ばれ自由になったどちらかが干渉してくるようならば、その時こそ殺す。どうだい?彼を思うきみの気持ちに敬意を評した特別な提案だ。」

「そんなの……」


そんなの、選べるわけが無い。彼女は胸の中でつぶやく。3番目の提案は、助ける人間を選ぶことができる。しかしその選択はあまりにも残酷なものだった。


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