第11話 集結2
普段は治療する側の澱が珍しく頭を抱えていた。大学内に設けられた自分専用の部屋の中で小さく溜息をする。原因は先ほど学校の経費で呼んだタクシーで返した刀華の言葉だ。何度も頭をリフレインし、その度にこめかみがチクリと痛む。
「(きっと疲れているんだ、私)」
リッケン・アイザーク主任から消さねばならない人間が居ると聞いていた。武力を持った子供たち、その中でも突出した部隊のことも聞いていたが、まさか新学期早々から実行に移すとは思っていなかった。
「さんずいに"殿"で、澱…」
自分の名前を紙に書いて呟く。カエルのような顔をしていた保険医は『連想しやすい名前』と言っていた。端七刀華、名前になにかヒントでもあったのだろうか。
優秀な医療知識を買われ主任の助手を始めて何年になるだろうか。幾度か彼の思想を聞いた。それは子供たちの健全な将来を守ること。そのためには、奪わなくてはいけない将来もあると。国で決まった方針として多くの子供たちの記憶を奪い、塗り替える薬の開発に携わった澱。しかしそれでもなお、存在を消さないとならない人間などいるのだろうかと独りごちる。
「(きっと何人か、記憶を取り戻しかけてるんだわ。だから主任は焦ってる)」
再び端七刀華の事を思い出しながらまた紙に何かを書き始める。
「(端七刀華……あ、少し字が詰まっちゃった)」
澱、と書かれたその下に、『端切華』と書かれた。
「(華の…端切れ…うっ)」
何度目かの頭痛が、徐々に痛みを増していく。
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「なんだってこんな時間にタクシーなんかで」
乗り合わせた刀華に稔侍は尋ねる。
「学校で貧血で倒れちゃって……大学の人がタクシーを呼んでくれたの。家まで送ってくれるって」
学校、という言葉にピクリと反応する稔侍。この運転手、まさかアイザークの関係者か?と。
「それで、お兄さんはどこまで?」
ちらりと後ろに顔を向けながら今度は運転手が稔侍に尋ねる。何度も死にかけた稔侍はこの運転手さえも疑わしく思えてならない。
「学校に…忘れ物しちゃったんで高校まで行ってほしいんですけど」
慎重に目的地を告げる稔侍。横で刀華がドジだなあといたずらっぽく笑っていたが、そんなものは意識に入ってこなかった。
「学校までね、わかりました。そしたらお嬢さんを送ってからでいいかな」
「あ…お願いします」
しかし、存外普通にやり取りを交わす運転手に呆気に取られる。本当にただの運転手なのだろうか。
そうこうしているうちにタクシーはゆっくりと走り出す。肩透かしを食らった気分で、シートに背中を深く預けた稔侍は溜息を漏らす。ふと隣の刀華と目が合う。黙っているのも気が引けるので当たり障りのない会話を始めた。
「…しかし、あんた確か超がつくほど元気っ子だったよな。なんでまた」
「うーん、そのはずなんだけど近頃は体調が良くなくて。最近は特に頭痛が酷くてねぇ」
「頭痛……」
まさか、と思う。生物教師を名乗るあの大男の言葉が蘇る。記憶に関する何らかの形が頭痛となって現れてると彼は言っていた。となると…。意を決して刀華に聞く。
「なぁあんた、最近大事なものを忘れてる気がしないか?」
突如、タクシーが加速する。嫌な汗がどっと吹き出る。稔侍は腰に刺したグロック17に手を伸ばすより先に、
「動かないでくださいね、お客さん。後部座席のシート下にはC4が埋め込んである。妙なことをしたら吹き飛びますからね」
「てめぇ………やっぱり関係者かよ」
刀華の自宅を通り過ぎ、ふたりを乗せてタクシーは学校へ加速を続ける。
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