第10話 集結

穴まみれになったコンテナ。無骨な外見とは裏腹に、まるでカフェのように作り替えられていた内装は今や見る影がない。カウンターテーブルは破壊され、扉はもはや原型を成していない。そしてなにより、1人2人では説明のつかない量の血液がベッタリと各所に張り付いていた。


「こちら捜索隊。目標2名は逃走。しかし化学教師と生物教師の無力化に成功しました。被害は甚大ですが、引き続き創作を続けます」

「全く……子供相手に君たちは何度遅れをとるのかね。まぁいい、はやく捕まえて来い。抵抗するようなら殺せ。」

「かしこまりました。アイザーク博士」


無線での通信を終えた1人の隊員があたりを見渡す。たった2人の人間に部隊の殆どが殺されたと思うと改めて"あの高校"がいかに異様だったを思い知らされる。


「全く手こずらせてくれたな。催涙兵器まで持ち出しやがって…」


別の隊員が足元に転がる白衣の科学教師を蹴り飛ばす。反応はない。その白衣を腹部からの出血が多すぎて赤く染まっている。


「全隊員に次ぐ。まだ目標2名はそう遠くへ行って無いはずだ。付近をくまなく捜索せよ」


忙しない足音が遠ざかっていくのを聞いて、元生物教師である百舌は呟いた。


「なぁ、ヘロさんや…アレ、あいつらに渡すの忘れてたろ」


ピクリとも動かない血にまみれた白衣の化学教師はその言葉を聞いて激しく咳き込む。まだ息はあるようだった。


「あぁ…しまった…。なに分、急いでたから…」


そう言って白衣の内ポケットから2本の注射器を取り出す。


「……はぁ…はぁ…いまから、追える?」

「…百舌さん、冗談キツイよ…ごほっ!」


満身創痍の2人はなおも職員室での会話のように、日常の切れ端のように会話を続ける。


「まあ…これは2本ともただのビタミン剤なんだけどね…」


血にまみれた口をにやっとさせて言う。


「おい…話が違うぜ…あいつらの記憶を取り戻す…言わば記憶修復剤のプロトタイプが出来たって…」

「はは…ブラシーボ効果さ…彼らはそれだけで取り戻せると踏んだんだ…」

「あぁ…なるほどな…ありうる話だ。もう記憶の扉は開きかかってる」


僅かな命を燃やしながら、かつての仕事仲間と話す二人。


「あいつら…うまく逃げたかなぁ…」


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稔侍がボートで学校に向かった後、悠はうずくまった体制のまま一人呟く。


「…別にギリギリで身を捻ったからそんなに痛くなかったし。」


スクっと立ち上がり稔侍が過ぎった方と、教師達が戦った資材置き場を交互に見る。


「グロック、壊れちゃった」


稔侍のクイックドロウによって砕かれたスライドを一瞥しぽいっと海に投げ込む。法治国家日本国で海に銃の不法投棄は如何なものかと思ったが、おえらい大人達が揃いも揃って記憶を消したり塗り替えたり果ては殺そうとしてくる状況に、もうどうでも良くなっていた。しかし---


「先生、負けちゃったのかな」


数名、武装した兵士がこちらに近づいて来るのが見て取れる。向こうもこちらの存在に気づいたようだ。ゴクリと生唾を飲み込む。

つかつかと歩いてきたアイザークの部下達は悠の目の前まで距離を詰める。


「矢口悠だな。主任のところまで来てもらおう。抵抗するなら殺す。」

「ご自由にどーぞ」

「…」


やけにふてぶてしい、まるで拗ねたように答える悠に、本当にこの少年が多くの人間の命を奪ってきたのだろうかとBクラス職員は疑問に思った。


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対岸に渡った稔侍はすぐさま学校に向かう…気持ちは大いにあるのだがいかんせん足がない。学校までは数キロ離れているところのため急遽タクシーを探す。


「くそっ…こんな時に…」


あたりを見渡すが時刻は深夜。人通りはおろか車の一台すら見当たらない。


「…走るか」


意を決して学校方面に走り出す稔侍。しかし覚悟も虚しく1度目の曲がり角を曲がったところで、遠目に走行するタクシーを発見した。


「…!ラッキー、ついてる。おい!止まってくれ…」


しかしだんだんと近づくタクシーの運転席には【乗車不可】の文字。恐らく誰かが乗っているのだろう。手を挙げてから気づき、その手をゆるゆると力なく下ろす。

しかし、思いもよらずタクシーは稔侍の目の前で停車した。


「お客さん、後ろのお嬢さんが相乗りしてもいいそうですよ」

「マジですか!助かります!急いでるんです!」


そう言って後部座席に乗り込む稔侍。

親切にも相乗りを許してくれたそのお嬢さんとやらにお礼を言おうと思ったのだが…


「あれ……あんた確かやたら元気で有名な………端七刀華?」

「あら、そういうあなたこそ、確か佐世保稔侍くん…だったかな?同じ学年の」


運命の歯車が回り出す。

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