第9話 対立
背後から絶え間なく発砲音が聞こえる。
振り返ることなく海へ走り続ける稔侍と悠。
子供たちが蹂躙された世界で、味方してくれた二人の大人の背中は、届かないほど大きかった。
ほどなくして海に浮かぶ一艘の小型ボートをみつける。教師ふたりが言ってたのはこれだろう。
「よし、ちーちゃん乗り込むぞ!あいつらの言う事が正しければ学校に行けばなにかわかる!」
「…」
「…悠?」
しかしボートを前に悠は立ち止まる。俯いた顔から表情は読み取れない。
「稔侍、僕わからないよ。あの先生達の言うことが正しければ、僕たちはいない方がいい存在なんでしょ?きっと何人も殺してきたんだ…。そんな記憶を今取り戻したって、その後どうすればいいのさ。それに、作り替えられたと言っても思い出は思い出だ。月島や、ほかのクラスメイトとの思い出が嘘だったなんて思いたくない…」
「そんな事言ったって!やらなきゃ死ぬんだぞ!俺達は殺される!それに真実を知りたくないのかよ!」
「だから!その真実ってやつがほんとに正しいことなのかわからないんだよ!」
ベルトに挟んだグロックをドロウ。引き抜く動作と同時にスライドを引き、かわいた発砲音を鳴らすまで1秒ほどしかからなかった。
稔侍の足元からほんの数センチずれた所に一筋の煙が登る。こんなにも感情を露わにする悠を見たのが初めてだった稔侍は、1歩も動くことが出来なかった。
「…息をするように、こんなことが出来てしまうんだ。こんなの異常だよ…。知識もないのに、稔侍の足元に穴を開けるのに一秒もかからなかった。こんなことが身体に染み付いてるような記憶が怖くてたまらないんだ!」
なおも感情を荒げながらゆっくりとグロックを腰のベルトに戻す。悲しそうな、今にも泣き出しそうな悠は、上目に稔侍を見た。
「…だからって逃げるのかよ。そうやって、過去から。俺は予感してる。失われた俺達の過去はきっと大事なものだったに違いないって。そこには悠、きっとお前もいたはずなんだ。悠だってそう感じていたはずだ。」
「そんな事言ったって!絶望しか待ってないかもしれないだろ!」
「この……分からず屋がぁ!」
煮え切らない態度に稔侍は激昂。
稔侍の手がベルトに挟んだグロックに伸びるのを見てそれより先に、グロックをドロウする悠。しかし、それを上回る速度で引き抜いた稔侍は悠のグロックを撃ち落とした。
「…」
「…なぁ、悠。こんなことしてる場合じゃないんだ。先を急ご---」
「くっ…!!」
突如稔侍にむけて走り出した悠。腕を大きく振りかぶり勢いに任せて振り下ろす。誰から見てもスキだらけだった。
「そんな攻撃…あたらねぇよ悠!」
軽く身体をひねるだけでかわした稔侍。空振りをした悠は大きく体制を崩し前のめりに倒れ込む---ように見せかけ前に受け身を取り、低い体制からの回し蹴りを放つ。
「うおっ--!?」
足元を狙った低い蹴りを避けることが出来ないと悟った稔侍は重心をコントロールし足払いをかけられた勢いで悠に倒れ込む。
そのまま右の肘を悠の腹へねじ込む。完全に鳩尾を捉えていた。
「かっ……は!」
「はぁ…はぁ…お前が、俺に、近接戦闘で勝てたことなんてねぇだろ……はぁ」
息を切らしながらそれでも立ち上がる稔侍。
腹を抑え呼吸のままならない悠を見下ろしたその目は、一種の哀れみを含んでいた。
港町の明かりが稔侍を後ろから照らす。
「悠、お前のいうことは間違っちゃいないよ。気持ちもわかる。けど俺は、1度関わったことを逃げ出すのが嫌だ。そう思っただけだよ」
1人ボートの方へ歩み出す稔侍。
悠はもう、何もする気力が起きなかった。
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