海の降る街

@intelligentschool29vie

第1話

三方向を海に囲まれた街がありました。

ありふれた、海辺の街。

海猫の鳴く声が響くその街は、とある名前で親しまれていました。


——曰く、「海の降る街」と。


この街には数年に一度猛烈な大雨が振り、海抜が驚く程に下がることがあるので、そこからきているのではないかといわれていました。

そんな街に、とある恋する少年がいました。

名前は×××××。幼馴染の○○○○ちゃんのことが好きな、平凡な少年です。

彼は今日この日、○○○○ちゃんにその思いを伝えるつもりでした。長年心に秘めてきた、燃え上がるような熱い思いを。

そして彼は、○○○○ちゃんを海辺の防波堤に呼びました。

その防波堤にはロマンチックな噂がたくさんあり、その中でも防波堤の上で雫のネックレスを渡すと恋が叶う、という噂は有名でした。

それを○○○○ちゃんも知っていたのでしょう、×××××君に「大事な話があるから、その、一緒に防波堤にきてくれないかな」という誘いに、顔を赤らめながら首を縦に振りました。







「お熱いねぇお二人さん! 幸せになれよ! 」


防波堤近くに停留していた漁師のおじさんが冷やかしともとれる祝福をなげかけてきます。

顔を赤くする二人ですが、×××××君は少なからず気が楽になったのでしょう、防波堤の上によじ登り、○○○○ちゃんを引き上げると件のネックレスを取り出して、真剣な目で○○○○ちゃんの目を見つめて告げました。


「あなたのことが好きです。僕と付き合ってください」


その言葉を予想はしていたはずの○○○○ちゃんは嬉しさの余り、見開いた目から零れる涙を止められませんでした。


「うん……私も……私も×××××君のことが——」


————ぐらり。


その奇妙な感覚を最後に、二人の意識は防波堤もろとも崩れ去りました。





『——では……ん!繰り返します!これは訓練ではありません、市民の皆さんは、高台へ避難してください!大津波が接近しています!』


「×××××君!×××××君!?大丈夫!?×××××君!」


少女の悲鳴のような呼び声に目を覚ました×××××君は、聴こえてきた絶望を知らせるアナウンスに愕然としました。

それもそのはず、彼の記憶が正しければ此処は防波堤、つまりこの街で最も海に近い場所ですし、なにより。


「……×××××君?……その足、どうしたの?血が……いっぱいでてるよ? 」


彼の足にはコンクリートの破片が突き刺さっていました。運の悪いことに、彼の利き足である右足が使えなくなっていました。

狼狽える少女を見据え、自分がこの娘に何を言えばいいのか悟った彼は言いました。


「○○○○ちゃん、僕をおいてはやく逃げるんだ。この足では僕は逃げ切れない。はやく行くんだ」


彼は自らのヒロイズムを誇示したかったわけではありません。実際目の前の少女に、泣きながら助けてくれと叫び散らしてしまえばどんなに楽だろう、と思っていました。けれど彼は、少女に生きてもらいたかった。


「そんな……嫌だ、嫌だよ!置いて行けるわけないよ!×××××君をおいて行くぐらいなら私も死んだ方がいい!」


そう叫んだ彼女は少年に肩を貸すと歩き始めました。

彼女の手を振りほどこうとした少年は、彼女の必死な顔を見て、もしかしたら助かるかもしれない、と思ってしまいました。

だから彼は、何も言うことができませんでした。




あれから30分程歩いたでしょうか、彼等は幸運にも崩れていない大きな建物にたどり着きました。

心身ともに疲れきって満身創痍だった彼等は喜ぶこともせず、建物の屋上を目指しました。



「おお!?お前さんたちも生きていたか!!」


屋上に倒れこむようにしてやってきた彼等を迎えたのは、冷やかしてきたあの漁師のおじさんでした。

やっと頼れる大人の元に来れた喜びで、涙が滲んできた彼等はようやく安心しました。これで助かる。元の日常に戻れる。

そう彼等が安堵の声をあげようとした瞬間、ぐらり、とまたあの悪夢の感覚が襲ってきました。


——ビシッ、バキバキ。


それが何の音かを確認する間も無く、彼等のいる建物の一階が、その自重に耐え切れずに潰れました。

悲鳴をあげながら傾いた屋上を滑り落ちて行く少年は、とっさに近くの瓦礫に手を掛け、少女を抱きしめました。

そして見てしまいました。

滑り落ちたおじさんが、ぐちゃり、と潰れたトマトのようになる瞬間を。

それを○○○○ちゃんに見せまいと彼女の頭を下を見れないように固定した彼は、気づいていなかったのでしょう。

少女の視線の先にある、巨大な破壊の波に。

そんなことはつゆ知らず、彼の手は限界を迎え、遂に手が離れてしまいました。

落下して二回程弾んだ彼等。もう、歩く力は残っていません。

それを察してか、少女は少年の顔を両手で挟み込むと、その唇を彼の唇に押し付けました。


「あのね、×××××君。多分もう二度と言えないだろうから言っておくね。さっき言えなかったことなんだけど。……私ね、私も……×××××君のことが」


——ビシャッ。


そんな音が響きました。


——何の音だ?


——街を侵食し始めた津波の音?


——折れた電信柱が倒れた音?


それとも。




僕ノ顔ヲ両手デ挟ミ込ンダ彼女ノ頭ガ潰レタ音?


————うわぁァァァァァあぁぁぁぁ!!!!!!


そんな声を上げようとした彼を、上空から落下してきた荒れ狂う海水の塊が呑み込んだ。






三方向を海に囲まれた街がありました。

ありふれた、海辺の街。

海猫の鳴く声が響いていたその街は、今はもうありません。

ただ、その街を襲った悲劇についての話だけが残っています。

そしてもう一つ。その街は、とある名前で親しまれていました。

今は、悪夢を呼び起こす名前。

曰く——














————曰く、海が降る街、と。

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