最終話 15センチ

 ある日の朝の住宅街。

 カイは今日もその家を訪れた。いつも通り彼女の母親が現れ、いつも通りの報告をし、いつも通りカイに頭を下げた。

「そうですか、ユウはまだ……はい。いえ、こちらこそ申し訳ありません」

 カイはさらに深くユウの母親に頭を下げる。そしてユウによろしくと伝えた後、諦めてその家を離れた。

 あの日から、ユウは空っぽになってしまった。彼女が自殺を選ぶまでには相当な苦悩があったのだろう、カイが彼女を救ったことは、結果としてその苦悩を否定し、死に見出していた最後の希望を潰すこととなり――絶望したユウは今も自室でただ臥せっている。死んではいるが生きてもいない。おそらくそれしか彼女は自らを保てなかったのだろう、あるいは保つことができずに壊れてしまったのかもしれない。

 15センチ。

 カイの胸にはその距離が強く残っていた。ユウに伸ばした手が届かなかった15センチ。あの時は魔王の力で埋めたが、それでは意味がないのだ。カイが魔王だったからこそ苦悩したユウに本当の救いを与えるには、魔王の力で埋めた15センチになんの意味もない。

 あの15センチをまだカイは埋められていない。その距離を隔て、ユウは近くて遠いところにいる。ユウを取り戻すには埋めねばならない――その、小さくて大きな距離を。

 カイは莫大な魔力を持っている。世界を手中に収めることなど容易なほどに。だがその力をもってしても、すぐそこにある小さな心に手が届かない。カイは戦わねばならない、辛くとも、悲しくとも、いつか望みを叶えるために、愛する者を救うために。

 勇者と魔王の戦いは、続いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

勇者と魔王のTragic love 八木山蒼 @ssss31415

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ