第1章 大森林にてⅠ
聖樹の森。ハントム大陸の中央に鬱蒼と生い茂る、大陸最大の大森林である。
遥か太古からある森の中にはA級、S級の魔物が跳梁跋扈し、どれ程の腕利きの冒険者であろうと踏み入れれば命の保証はない。
その森の中央。神秘の泉の前で、ユリウスは立ち尽くしていた。
「……ここはどこですかねぇ?」
ユリウスが気が付いた時、そこは森の中であった。
当然、彼がこの場所がどこであるかなど知る由もない。
ユリウスは首を傾げながら最後の記憶を思い出す。
「……ギルド戦争の最中だったはずでは?」
言葉に出しながら確認する。
妙に現実味を帯びた周りの空気に違和感を感じながらも、ふと泉に映る自分の姿が目にとまった。
目深く被ったフードを取り払い、目に掛かる銀髪を手で攫う。
そこに映るのは間違いなくユリウスである。
蝙蝠の紋様を写す魔眼を携え、揺れる銀髪は腰まで垂れる。口から覗く鋭い犬歯は自分が選んだ種族、【真祖の吸血鬼】のそれであるし、そもそも見た目に関しては自分が自分好みに創り上げたキャラクターである。見紛う筈もない。
「やはり美しい……。おっと。見惚れてしまいました」
水面に映る自分を見つめてユリウスは頬を染めていた。ナルシストのように見えるが、自分の作った自分好みのキャラクターである。仕方のないことであるかもしれない。
「それはそうと、ここはまだアカシックオンラインの中ですかねぇ? このようなマップは見たことがありませんが……。それにしても……。なんですかね。この妙なリアリティは……」
ユリウスの中で何かが警笛を鳴らしていた。
アカシックオンラインはVRMMORPGであるが、後一歩現実になりきれないものであった。どれだけ素晴らしくともゲームである。
しかし、目の前の光景は完全にVRから現実への一歩を踏み越えている。
周りの草木は風に揺れ、泉の水面はそれはもう透き通った水である。リアリティというよりは、リアルそのもののような光景にユリウスはじんわりと滲む汗を感じ取る。
汗が滲むというVRでは絶対に感じられない現象に思い立ったかのように自分の掌を握って開くユリウス。そこに感じられるのはアカシックオンラインでは感じられなかった、微細な指の触覚であった。
「何が起きているのか。理解が追いつきませんよ? 」
一筋の汗を額に浮かべながら誰に向かって喋るでもなく、ただ処理の追い付かないこの状況に整理をつける為にユリウスは独りごちる。
「現実? いやしかし……。この姿は?」
ユリウスが自分の姿を確認し、思考の渦にのまれるその時であった。
背後に巨大な影が差す。
「なんでしょうね……。訳のわからない森の中。状況の把握ができていない現状。そしてこんな所で背中に影が差すというのは……」
茂みの中から出てきたのは身の丈三メートルはあろうかという巨大熊であった。
「ええと……。そうですね。ここがゲームの中なら大丈夫なのでしょうが……。熊ですか。正直最近アカシックオンラインばかりやっていてですね。現実の感覚というものを久々に感じているわけですね。はい」
言葉自体は冷静に努めるも、その焦りが早口になって表に出るユリウスであった。
「この感覚。現実ですよね。というか貴方ジャイアントベアですよね? まんま熊じゃないですか」
ジャイアントベア。アカシックオンラインでは中堅どころのエネミーモンスターである。ユリウスのレベルからいって負けることもなければ攻撃されたところで傷一つつかないであろう。しかし、妙に現実味のある感覚に、実際に熊を目の前にしたような感覚でユリウスは焦っていた。
ジャイアントベアは狼狽えるユリウスを見て、獰猛な顔でニヤついている。どうやら自分より格下だと定め顔を綻ばせている様だ。
まるで獲物を見つけた獣のように。
「いや。まんま獣なんですが」
「グオオオオ」
一歩一歩ユリウスへとその距離を縮める。
目の前に迫った巨体はユリウスに的を定め、その熊らしい腕を振り降ろした。
しかし、その腕がユリウスの身体を引き裂くことはなかった。
突如、ユリウスのローブが光りだし黒い霧状の物体がその腕を受け止めたのである。
「グオオ!?」
その黒い霧はジャイアントベアにまとわりついていく。ジャイアントベアは必死になってそれを振り払おうとするも、霧はその全身をどんどん覆っていった。
「これは……。死神の霧?」
死神の霧。ユリウスが装備する死神のローブに付与された固有スキルである。攻撃を受けたと判断したとき、襲撃者に対しレベル差に応じたデバフをかけるというものである。ユリウスのレベルが|999《カンスト》に対し、ジャイアントベアのレベルはアカシックオンラインで300を超えることはない。その差をもってジャイアントベアにかかるデバフは……。
即死効果である。
ジャイアントベアは黒い霧と格闘を繰り広げ、やがて絶命する。
その光景と、自身に訪れる慣れ親しんだ感覚にユリウスは言葉を漏らした。
「この感覚は……」
アカシックオンラインのプレイ中、魔法やスキルを使うと訪れていた感覚に似たものをユリウスは感じ取っていた。
「先ほどの黒い霧は……。ローブの効果発動エフェクト……?」
身を横たえる熊を前にユリウスは思考の渦にのまれる。
(まずこの場所ですが私の知っているどこでもありませんね……。アカシックオンラインにはこのようなマップはありませんし、そもそもここまでリアルではありません。しかし目の前のコレはジャイアントベアで間違いなさそうです……。いったいこれは……しかしこの妙なリアリティや体の感覚……やはりここは現実……?」
一旦辺りを見回すユリウス。木々は空を覆い、現実では見たことも無いような禍々しい植物が生い茂っていた。その一つに身を寄せ、まじまじと凝視する。
(これはアカシックオンラインのマップにあった……。とりあえず出来そうなことを試してみましょう……)
そこでユリウスはアカシックオンラインでやっている時と同じように二対の腕輪に魔力を込めてみる。
すると、腕輪はその呼びかけに応えるかのように淡く光を放ち始めた。
「これは……。魔法発動可能エフェクトですね……」
そのままユリウスは魔法を発動させる。
「フロスト・ワールド」
すると淡い光は強く発光し、魔方陣を展開する。
ユリウスの足元から花が咲くように氷の波が辺り一面に広がっていった。その波に触れた植物たちが凍っていく。大気の水分をも吸収し、巨大な一輪の氷華を咲かせた。
「発動してしまうのですか…」
突然の氷河期を思わせる非現実でありながらありえないほどに感じられるリアルな感覚と光景を前に、ユリウスはここがゲームの中ではなく現実であるということを強く確信するのだった。
王城の引き篭もり召喚士 森のどるいど @forest_druid
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