王城の引き篭もり召喚士
森のどるいど
プロローグ 戦場にて
月が照らす荒野で二つの影が相対していた。
片や、ギルド【黎明の空】第三席、元帥の役職を持つ、通称【百鬼夜行】のユリウス。
小柄な身を漆黒のローブに包み、目深に被ったフードは不敵な笑みを浮かべる口元のみを映していた。両腕に装着している黒と白、二対の腕輪は怪しく光る。ローブから伸びる月明かりに曝された銀髪は腰まで垂れ、時折吹き付ける風に踊っていた。
片や、ギルド【炎の獅子】第二席、同じく元帥の役職を持つ、通称【一騎当千】のジーク。
ユリウスと対照的にその体躯は巨大。炎のような紅のフルプレートアーマーを装着し、その体躯に見合うであろう背に担ぐ金色に輝く大剣は至高の業物であることが窺える。獅子の紋様の入った紅のマントは風に揺れ、アーマーの間から垂れる尻尾は彼が獣人であることの証明であった。その姿はさながら炎の獅子である。
荒野の各所では既に戦端が開かれており、剣戟の金属音と極大の魔法陣が展開されている。
「ひさしぶりだなユリウス。この状況。一対一で俺に勝てるとは思っていないな?」
ジークは挑発的な視線と挙動で言の葉を釣り上げる。
「私がそんな間抜けだったことがありますかねぇ?」
同じく、ユリウスも挑発的に言葉を返した。
―――しばしの沈黙の後、先に動いたのはジークだった。
「切り伏せるッ!」
刹那。ジークがその巨体を携え、目にもとまらぬ速さでユリウスに迫り大剣を抜き放つ。
人の身長ほどもあろう剣線の軌道はユリウスの胴を真っすぐに捉え、無駄な動きなく振るわれた。
ユリウスがその大剣に曝されれば一瞬にして真っ二つであろう。
しかしその剣線が届くことはなかった。
突如、巨大な黒い腕が地面から伸びてくる。その腕が黄金の大剣を鷲掴んだ。
大剣を握りしめたまま地面から這い出てきたのは、全身が黒い金属で固められた巨人であった。
「やはり召喚済みかッ! おらっ!」
ジークは掴まれた大剣を力任せに引き抜く。その反動で双方とも仰け反り、距離を取った。
「相変わらず甘々ですねぇ……。私がこんな最前線に何もせずにくるわけがないでしょうが」
いつの間にか巨人の肩で足を組んでいたユリウスが、ジークに呆れ声で語りかけた。
「誘い出されたのはあなたですよ?」
その巨人の体躯はジークの十倍はあると見れる。威風堂々の出で立ちで佇む巨人の体はアダマンタイトでできていた。世界最高の防御力を誇る黒い金属はどんな物理攻撃も跳ね返す。
そんな巨人を前にして、ジークは挑発を買うように片手で大剣を構え、指で挑発する。
「それはどうかな?」
「ふっ……。やれ。
「ウオオオオオオオオオオ!」
ユリウスの命令とともに、大地を震わす咆哮を上げ、その巨大な腕が横凪に振るわれた。黒い塊がジークに迫る。
しかし、ジークは大剣を地面に突き刺し、固定しながら巨人の腕を受け止めた。
「ガ?」
「ふんッ」
黒い腕はその大剣の頑強さに動きを止める。ジークはその隙を見逃さない。
地面から一気に大剣を引き抜き、腕を押し返す。
ジークはその隙を見逃さない。弾かれてよろめいた巨人の腕に迫り、大剣を叩き付ける。
「
防御貫通攻撃スキルである。
そのスキルに寄って放たれた大剣により、真っ黒な腕は両断され、地面に落ちた。凄まじい重量が大量の土煙を舞わせる。
巨人の体から、腕の質量が消えたことにより、巨人はバランスを崩し片膝をついていた。
ユリウスは形勢が不利と見るや否や、巨人の肩から飛びのき後方へと移動した。
「やはりあなたは厄介ですね。一撃で体力を半分以上もっていきますか? 普通」
「この程度では相手にならんぞ? 知らなかったか?」
「知っていますよ……。はぁ……。
ユリウスは掌を巨人に向かって突き出し、二つの腕輪に魔力を込める。
「ホーリーヒール。
詠唱と共に、
「おいおいおい……。自動蘇生までつけんのかよ……」
「つけますね。知らなかったですか?」
「……知ってるよ。相手してやる。おらぁ!」
ジークは巨人に向かって剣を繰り出す。身体強化と自動回復を施された巨人は凄まじい攻撃力と防御力を誇っていた。
しかし、戦闘ギルド【炎の獅子】最強は伊達ではない。
巨人種で最強の種である
巨人の攻撃が何度もジークを襲うが、彼にして見ればあまりに愚鈍な攻撃は避けられるか受けられるか。ダメージには至らない。そして凄まじい攻撃力から放たれる大剣の一振りごとに、徐々に巨人の体力は削られていった。
どうみてもジリ貧である。
が、ユリウスが欲したのは時間である。
倒すことではない。
ジークと巨人が死闘を繰り広げる後方でユリウスは次の召喚魔法を行使していた。
「母なる大地に落ちるは闇から出でしもの。全てを喰らい、彼の地に終焉を。神級魔法〈終焉を告げる災厄の種〉」
紡がれたのは神級魔法。ユリウスの三つ使える最強の魔法の一つである。
ユリウスの詠唱と共に、巨人とジークが戦う真上に巨大な魔法陣が現れ、光の粒子が形を形成していく。膨大な魔力量にジークは寒気を感じるも、目の前の巨人はそれを許してくれずに攻撃を止めることはない。そして……。
―――そこに現れたのは巨大な種だった。
その種の先が少し割れる。と、戦場と化した荒野から白い何かがその種に向かって吸い上げられていった。
「っ! 絶対防御領域!」
この魔法の最初の攻撃。これだけは受けてはいけない。ジークはそれを知っていた。ジークは完全防御スキルを発動させる。すると、赤い三画の結界がジークを包んだ。
このスキルは一度使うとしばらく使えず、発動中は動けなくなるというデメリットもあるが、全ての攻撃を一定時間完全に無効化するスキルである。
種が吸収するものは敵味方見境がない様で、目の前の巨人からも白い何かが吸い取られていく。次第に目の前の巨人が苦しみだし、その巨体を地面に横たえた。超重量の巨人が光の粒子となって消えていく。巨人が倒れたそこには陥没した地面だけが残され、巨人は跡形もなく種に吸い込まれていた。
巨人がいない今がユリウスを倒せるチャンスであるが、絶対防御領域を発動させている今、ジークは動くことができない。
気が付くと、先ほどまで鳴り響いていた剣戟の金属音や魔法による爆発音が一切しなくなっていた。
戦場の全ては種に吸い尽くされ、荒野には二人の存在と、吹き抜ける風のみである。
ユリウスは満を持して口角を釣り上げ、獰猛に笑った。
「芽吹きなさい、種よ。サモン、終焉の聖樹、
サモンの詠唱と共に、種は萌芽する。
種の開いた間から黒い枯れ枝が無数に伸び、人の形を形成していく。
人の形に形成されたそれに枯れ枝の翼が生え、心臓部には五つの灰色の宝玉が鈍く光り輝いている。根のような触手が何本もその体から伸び、さながら神話の悪魔のようである。
「ガアアアアアアアアアアッ!!」
形成が終わると同時に、挙げられたのは産声であった。断末魔の如く戦場に鳴り響く産声は、ユリウスの口角を更につり上げ、ジークの額に汗を滲ませる。
そしてそれは天から降ってくる。
禍々しい見た目を携えた聖樹は真っ黒な魔力―――さながら瘴気のようなものをまき散らしながらユリウスの目の前に降り立ち、膝を突いて頭を垂れた。
「ふっ。もう解いても大丈夫ですよ? ジークさん?」
ユリウスの言葉と同時に絶対防御領域がその効果を失っていった。
「もう少し早くにいってほしかったな」
そしたらお前をしとめられたのに。そんな言外の言葉を言いたくなるジークであった。
もちろんユリウスは絶対防御領域の発動時間を計算して行っているため、そんなことは出来ようもない。
「何人いたっけな」
「この戦争、総力戦では?」
ジークは全てのギルドメンバーがこの戦争に参加しているのを知っている。
炎の獅子の構成員その数百五十名。黎明の空の構成員百名とその構成員から召喚された召喚獣が百匹以上。ジークとユリウスを除き、全てを吸収したと思われるその召喚獣がどれほどの強さをもつのか、ジークにもわからない。
「ではお相手願いましょう。一騎当千さん」
その言葉と同時に、頭を垂れていた聖樹は目の前のジークを見据え臨戦態勢を取る。
「いいだろう。相手をしてやる百鬼夜行!」
同じくジークも大剣を両手で持ち、迎撃の構えである。
「小手調べだ。
まずはジークが聖樹に向かって切りかかる。しかし体から撒き散らされる黒い瘴気に斬撃は阻まれ、皮一枚のところで剣は止まっていた。
「硬すぎるなそれは」
「……。こっちが驚きですよ。どんな攻撃力してるんですか。吸収した分の魔力障壁ですよ? 何人分ですか? ここまで一撃で削れるものなんですね……。はぁ……。では、とりあえずはお見舞いしましょうか。聖樹よ。天撃」
【
すると、天が割れ非常識なサイズの落雷がジークを襲った。目にも止まらぬ速さで落ちる雷に、その紅の姿は跡形もないであろうと思われた。
しかし、ジークはユリウスの言葉と同時にスキルを発動させていた。
大剣を天に向け、その刀身からまばゆい光が天に向かって伸びている。その光は落ちてくる落雷を打ち消し、消えることなくその光を携えていた。
「ッ……! 天断ですか……」
【天断】。戦士職最上位の攻撃スキルの一つであり、その攻撃倍率は非常識の塊である。また、使用者の攻撃力により、効果も変わってくるそのスキルは、ジークの攻撃力で振るわれることで、他者の追随を許さぬものになっていた。
「おう。一丁喰らっといてくれや?」
どこかにやけるような口調でジークは呟く。
そのままジークが輝く刀身をユリウスと聖樹に向かって振り下ろした。
撒き散らされた瘴気の障壁は霧散し、聖樹が両腕でその攻撃を受け止める。
爆風が巻き起こり、後方にいたユリウスの魔力障壁をも貫通してダメージを与えていた。
「天断で無理なのかよ……」
剣を叩き付けながら、憎々げに声のトーンを落とす。
そこには片腕を犠牲にしながらも天断を受け止める聖樹の姿があった。
「グッ……。こ、この非常識脳筋め……! なんで直接喰らってない私がダメージを受けるんですか……! 聖樹よ! そのままカタストロフ!!」
体に埋め込まれた灰色の宝玉の一つが赤く光輝く。
同時に聖樹の周りに巨大な魔法陣が展開されたかと思うと、ユリウスを除く荒野全てを包み込んだ。
その光が晴れると同時に現れたのは満身創痍のジークである。
「お前も大概非常識だよ……。威力がやべぇわ……。ほぼ残ってねぇ……」
「私も大概やばいですよ……。直接攻撃は一度も喰らってないんですけどね? というかなんのために絶対防御領域使わせたかわかってます? なんで生き残ってるんですかねぇ……」
相対する二人ともが肩を上げ下げしながら息を切らしていた。
「瞑想」
「エリアホーリーヒール」
同時に二人は回復スキルと回復魔法を唱える。二人の体の傷は見る見るうちに癒えていく。
聖樹の腕も元通りに戻っていった。
「さて。さっきの感じだと三発ほど連続で当てれば良いわけだ。あ。その前にお前がもつかな? やろうぜ。第二ラウンドだ。」
「すぐに回復しますがねぇ? まああとこちらも四発打てばアレが発動しますよ? 耐えるだけですね。楽勝ですね。いいでしょう。やりましょう」
二人は構えあう。
片や、大剣を構えて。
片や、召喚獣を従えて。
突然、対峙する二人の空が虹色に輝いた。
まばゆいばかりの光は全てを包み込む。
ユリウスはその光の中で、何も考えられぬまま意識を手放していった。
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お読みいただきありがとうございました!
見切り発車甚だしいですがゆっくりでも着実に更新ができればなと思っております。
私なりに書いてみたいと思いますので宜しくお願いします(・。・)y~゜
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