エピローグ 超古代文明調査隊、最後の仕事


 不気味な色をした空は、空から差し込む光の筋に切り裂かれるようにうっすらと消えていく。黒い空気をした町は、陽の光と地面から舞い上がるホタルのような光に包まれて、徐々に明るくなっていった。

 冬の寒さから、春の日差しを喜ぶように、町の人はみんな、その光に静かに歓声を上げていた。光をけるように影の魔物は消えてゆき、徐々に世界は元の姿を取り戻していた。

 そんな様子を窓から眺め、校長先生はひげをなでながら優しくほほえんでいた。

「……もう、心配ないようじゃの……。シンもシンジも……よくやったのう……」

 まるでその場に彼らがいるかのように、校長先生はひとり言をつぶやいて嬉しそうに笑った。

 世界が戻っていく様子に、セイラン学校の生徒たちは、どこもかしこも歓声を上げていた。抱き合って喜ぶものも、跳びはねているものも、ほっと安堵あんどのため息をついているものもいた。そして先生たちも窓の外の様子を見て、次々にホッとした表情でほほえみあっていた。

 そしてある一室では――

 勢いよく部屋に飛び込んでいく赤髪と青髪の少年がいた。そしてそれを出迎える少女が、嬉しそうに笑顔をみせていた。遅れて入ってきたバンダナ頭の少年も、部屋にいた女性も、その肩に乗る小人も、みな、嬉しそうにほほえんでいた。

 

 世界は、またいつもの輝きを取り戻すだろう。それを予感させる雲の裂け目が、その先に見える青空が、まぶしく輝いて見えた。






*****


「良かったのですか、ペルソナ様」

 雪景色の広がる山の中で、幼子はマントの男に静かに声をかけていた。

 先程まで入り口が開いていた神殿跡地には、もはやこの二人しかいない。先程までここにいた少年達はもういない。彼らを送り届けたエプシロンとデルタも今は姿が見えず、ここには、この二人だけが静かにたたずんでいた。

「相手は確かに子どもですが……彼らのおかげで上手く行ったのもまた事実……。少々素直にお礼を伝えても良かったのでは……」

 静かに笑みを浮かべ、自分の主に提案を申し入れるなど、オミクロンにしては珍しいことだ。そんな部下に一瞬視線をくれてやりながらも、ペルソナはその口元をわずかにゆがめ笑った。

「お前にしては珍しいな。この私に意見するなど……」

「恐れ入ります」

 しかしペルソナは一呼吸はさみ、静かに答えた。

「あれで良いのだ。親しくなる必要もあるまい。それに何より……」

と、ペルソナはふと表情を一瞬真面目にして意味深に言った。

「ある意味で……あの少年達が闇の石に関わることになったのは、運命的なものだったのかもしれん……。ともすれば……おそらく関わりはこれでは終わるまい。またいずれ会う」

 その言葉に、オミクロンはほほえんだ。

「……楽しみですね」

「フ……だと、いいがな……」

 部下の言葉に一瞬笑ったペルソナだったが、すぐにマントをひるがえし、部下に背を向けた。

「行くぞ」

「はっ……」

 雪積もる木々の間を、一陣の風が通り過ぎ、それに黒いマントがはためいたかと思うと――

 次の瞬間そこは無人で、ただただ白い雪が日差しに照らされて輝くだけだった。


*****





 寒かった冬も、その寒さを和らげ、徐々に暖かな日差しが増える頃――

 心配していた精霊族の体調不良も治まってきて、冬の初めまであれだけ騒いでいた異常事態ももう昔話になった頃――

 春の日差しを感じ始める芝生の上で、お弁当を広げている子どもたちがいた。穏やかな日差しに、冷たさよりも柔らかさを感じる風。もう冬は終りが近づいていた。

 そんな昼休みの時間、子どもたちの明るい声が響いていた。

「もうすぐ学年末テストだね」

 そう言って水筒のお茶を飲むのは青髪のシンジだ。薄手の上着のボタンを外し、軽やかな服装をしている。その隣でまだマフラーを首に巻いたまま、ボタンもしっかり止めているのは赤髪のシンだ。

「テストだべか〜……。紙のテストは赤点取らないようにしなきゃだべ〜」

 そんなシンを見てニヤニヤと笑っているのは、バンダナ頭のガイだ。こちらはまだ春にもなっていないというのに、ハーフパンツで涼し気な装いだ。

「シンってば、去年も赤点あったもんねぇ〜。ボクは心配だなぁ〜あっはっは」

「そういうガイくんも、赤点ではシンくんに負けてなかったんだからね、要注意よ?」

と、釘を指すのはピンクの髪を風にゆらされるヨウサだ。ふわふわの白いファーのフードのついたコートの前を開け、こちらも比較的軽やかな装いである。

 そんな四人の様子を見てニコニコと楽しそうにしているのは、銀髪のきれいな美少年、彼らの級長のフタバだ。以前怪我をした手のひらにその形跡はなく、怪我はもう回復しているようである。

 楽しそうに会話をしていると、ふと思い出したようにフタバが声を発した。

「そうだ、そういえば今日の新聞見た?」

「新聞?」

と、シンジが首をかしげると、フタバはコクリとうなずいた。

「うん、今朝の新聞にあったんだ。町の図書館に何者かが侵入した形跡があったけど、何も盗まれていなくて、代わりにある本が届けられていたらしいよ」

「ある本……ってなんだべ?」

と、シンが問いかけたその向かい側で、ハッとヨウサが息を飲んだ。

「え、まさかとは思うけど……まさか、あの闇の石の本?」

 その言葉に双子もガイもあっと声を上げるが、フタバは少し首をかしげて続けた。

「本の名前まではわからないけど、でも、前にシンくん達が言っていたその本じゃないかなって思うんだ。なんでも古い本で、古文書の一種だって書いてあったから。それって図書館の一番奥の部屋にある、本の種類のことでしょ? だとしたら、前にシンくん達から聞いた話の本じゃないかなって思って」

 フタバは自分の持ち込んだ話に興味津々だ。ペルソナに憑依ひょういされていたときの記憶がないフタバは、あの事件の後、改めて双子たちからペルソナ事件のことを聞かされて、初めてペルソナの盗賊事件を知ったのだ。しかしそれ以来、すっかりこの事件の、そしてシン達の活動のファンなのだ。

「でもそれはあり得るねぇ〜。あの図書館に侵入しただなんて、そう簡単にはできないもん〜。これはあの、ペルソナの仕業じゃないかな〜!?」

と、ガイもノリノリだが、思いがけず双子の反応は落ち着いたものだった。

「そうだべかな〜……?」

「でも、まあ律儀りちぎに本を戻してくるなんて、あのペルソナにしては、いいことじゃない?」

「ユキのペンダントも戻すようオラ達約束させただし……まあ、いいことだべな」

「……約束、まではしてないけど、僕達アイツにそう言ったもんね」

 そんな双子の様子に、ヨウサもガイもフタバも思わず顔を見合わせてほほえんでしまった。それに気がついた双子が、怪訝けげんに思って首をかしげる。

「なんだべ、おめーら? 何笑ってるだ?」

 シンの問いかけにヨウサは軽く首を振って答えた。

「ううん、なんだか、やっぱり二人はペルソナのこと、詳しいんだなぁと思って」

「そんなことねーべ!」

「そんなわけないよ!」

と、双子が同時に反発するものだから、思わずまた三人は吹き出した。

「でもまあ、確かに詳しくはなるんじゃないかな?」

 にこやかに続けたのはフタバだ。

「あのペルソナ、僕の身体に憑依ひょういして、しばらくみんなと一緒に活動していたんでしょ? だとしたら、お互いに詳しくなるのも、普通なんじゃないかな」

 その言葉に、双子は納得いかないような表情だ。

「好きで一緒に行動していたわけじゃないけどね」

「そりゃあまあ、最初から目的は一緒だったかもしれねーだべが……」

と、そこまで言って、はっと双子はお互いに顔を見合わせた。

「……そういえば……そうだよね……。最初から僕達は闇の石を悪いことに使わないようにって集めていて……」

「ペルソナはその闇の石で、世界の危機を救おうとしてたんだべし……。目的は最初から似ていたわけだべな……」

「そこなんだけどさ」

と、話に混じったのはヨウサだ。

「話を聞いて、私考えたんだけど……もしかしてペルソナは最初から私達のこと、信頼していたんじゃないかなって思ったの」

「えっ?」

 思わず双子の声がかぶる。ヨウサは続けた。

「だって、フタバくんに乗り移ってあれだけ近くにいたのよ。いつだって闇の石を持ち出せたと思わない? でもそれをあえてしなかったのは、シンくん達なら悪用しないって……きっといい方向に運んでくれるって、初めからちょっと信用していたんじゃないかなぁって、思うのよ」

 その言葉に、改めてペルソナの言葉が双子の脳裏をよぎる。

(形が変わっていれば――手を組んでいたかもしれんな――)

「あのペルソナが、ねぇ……」

と、シンジが空を見上げる。その隣でシンがすっくと立ち上がった。そんなシンの横を優しく風が通り過ぎる。

「……そういえば、超古代文明調査隊は、もう活動しないの?」

 フタバが唐突とうとつに問いかけると、ガイが少々残念そうに肩をすぼめた。

「さすがにもう、ペルソナの悪事を止める!って活動はないしねぇ〜。それにもう光の石も闇の石もほぼ謎は解けちゃったし〜、今は沈んだところからの復活待ちだからねぇ〜」

「あ! て、ことは、もしかしたら光の闇の石はもう復活しているのかも知れないわね。今日のニュース、もしかしたらあの闇の石の本かもしれないんだもの!」

 と、ヨウサも嬉しそうに続けると、シンジもシンはまたも顔を見合わせていた。

「……石の復活、だべか」

「なんだか、それ聞いてようやく『一件落着』って気分だなぁ」

「じゃあ、こうしない?」

 再び話しだしたのはヨウサだ。

「超古代文明調査隊、最後の調査は『石の復活』を見届けること!」

「いいね、僕賛成だよ。僕は一度も活動したことないから楽しみだなぁ」

と、嬉しそうにその提案に真っ先に乗ったのはフタバだ。

「確かに〜、無事を見届けてこそ調査隊だよね〜。アレ? 探検隊だっけ? 調査隊だっけ〜?」

と、自分の言葉に首をかしげているのはガイだ。そんな様子にシンジが笑いながら立ち上がった。

「もうどっちでもいいよ。なんかどっちも使ってた気がするし。ね、リーダーのシン隊長!」

との弟の言葉に、シンもおう、と元気に答えた。

「オラ達『超古代文明調査隊』最後の任務だべ! 石の復活を見届けに、今日は図書館に行くだべよ!」

「おお〜!」

 リーダーの呼びかけに、その場の全員が元気に返事をした。

 短い昼休みはもうすぐ終わろうとしていた。五人はお弁当を片付け始めながら、今日のこれからの活動の話に花を咲かせていた。

「放課後、じゃあ集合どこにするべかな〜?」

「僕達五人、最後の活動か。なんだかちょっと寂しいな」

「五人……あ! そうしたら、実はペルソナも超古代文明調査隊の一員だった、と考えてもいいんじゃないかしら?」

「え〜、ボクは認めないぞ〜!」

「あれ、でも僕に憑依ひょういしていたペルソナのお陰で、事実に近付いたのも本当なんでしょ?」

「む〜、しかたねーだな……。特別に認めてやるだべさ。ペルソナは一番下っ端の隊員でいいだ」

「あはは、ペルソナが聞いたら怒りそう〜!」

「じゃあじゃあ、他のデルタやオミクロンはどうなるの〜?」


 彼らの明るい声は、青い空の下、いつまでも楽しげに響いていくのだった。




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双子の魔術師と仮面の盗賊 curono @curonocuro

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